第8話 理不尽な宿題
今回からCASE:3。2話構成の短編となっています。
登場人物
出町昇之介・・・東都高校2年。探偵クラブの創始者。推理力は天才的だが、極度のナマケモノ体質。
古野直翔・・・東都高校2年。出町の親友で、ごく普通の高校生。事件の記録を担当している。
事件関係者
沖津博美・・・東都高校の数学教師で探偵クラブの顧問。生徒をよくからかっている。
竹内計・・・東都高校2年。数学の天才と呼ばれている。今回の依頼人。
「はああ、なんて退屈なんだろう。きっと俺は世界でいちばん退屈なんだ」
放課後。3学期が始まったばかりの東都高校の書庫に、盛大なため息が吐き出された。その主は、言うまでもなく出町昇之介。取り立ててやるべきこともなく、依頼人などめったに来ない探偵クラブで過ごす放課後は、ナマケモノである彼にとっては、本来素晴らしい時間であるはずなのだが、このところ殺人事件に連続して遭遇したためか、何もしないでいる時間ほど苦痛を感じるようになってしまっていた。
「何か、何かないか……」
だらしなく横たわっていたソファーから出町が立ち上がるのと、書庫の扉が開け放たれるのがほぼ同時だった。入ってきたのは古野直翔だった。
「何だよ。怠け癖が直ったかと思えば今度は退屈で退屈で仕方ないって顔だな、出町」
「おお……ちょうど良いところに来た! 古野、何か事件を起こしてくれ!」
泣きつくように言って崩れ落ちた出町に、さすがの古野もあわてる。
「おいおい、どういう意味だよそりゃ」
「何でもいいから謎を解きたいんだ。でないと俺は俺でなくなってしまう……」
「いちいち大げさなんだよ、お前は。ったく、こんなことだろうと思って今日はお前にとびっきりの謎を連れてきてやったぜ」
出町の顔がみるみるうちに輝きを取り戻していく。それを見て、単純な奴だな、と思わず苦笑してしまう古野だった。
***
「……というわけで、不本意ではあるけれど君に依頼することにしたってわけだよ、出町くん」
そう話すのは竹内計。東都高校の2年生で、数学の天才と称されている男だ。眼鏡をかけたクール系の美少年でけっこう人気が高いらしい。
なぜそんな天才が出町に依頼をしてきたのか? その発端はある人物にあった。
沖津博美。東都高校の数学教師で、探偵クラブの顧問も担当している。教師としては有能なのだが生徒をからかうことで有名だ。年は30前半ではないかと出町と古野は密かににらんでいた。
その沖津先生が、今日の数学の授業の終わりに、竹内に対してある宿題を出したのだという。ある暗号を今日中に解いて持ってこい、というのがその宿題の内容らしい。
「問題用紙に書いてあったのが簡単な数式だったから、これならすぐ解けると思ったんだけど……全然歯が立たなかったんだ」
竹内はそう語る。
「なるほど……。それで俺に依頼しに来たってわけか」
出町は満足そうに何度も頷く。さっきまで退屈で死にそうだと言っていたのが嘘のようだった。
「ま、暗号だなんてあの数学バカがいかにも考えそうなことだよな……」
「何ですって!?」
そう言って扉が乱暴に開いたので、出町はソファーから転げ落ちることになってしまった。
「お、沖津先生……」
沖津博美、その人だった。
***
「まさか出町くんが私のことを数学バカと呼んでいたとは思いもしなかったわ!」
出町はまたすっかり意気消沈していた。正直に言って、出町は沖津先生を苦手としていたのである。
「すみません」
「それに出町くん。あなた、また科学雑誌を図書室から勝手に持ち出したでしょう! 司書の方から苦情が来てたわよ。先月までの分がごっそり無くなってるってね」
そう言えば、出町は文系のくせに科学が好きで、よく図書室から無断で科学雑誌を持ち出していたな、と古野は思い出していた。最近はそういう話は聞いていなかったからてっきりもうやってないんだろう、と思っていたのだが、やっぱり常習犯だった。
「す、すみません。それにあの雑誌、読み終わった後は枕としても利用してましたから、返すのをすっかり忘れてました」
そう言い訳する出町を軽くにらんだ沖津先生は、その目をソファーに腰かけていた竹内に向け、事情を察したのか不敵な笑みを浮かべた。
「あら竹内くん。まさかあの宿題が解けなくて出町くんに泣きついてきたのかしら?」
竹内はムッとしたが、図星だったので何とも言い返せなかった。
「さすがの天才竹内くんでも解けなかったか~。ま、しょうがないわね。特別に出町くんの協力を許可するわ。竹内くん、あの箱を見せてあげなさい」
そう言われた竹内は、足下に置いていたカバンから続々と奇妙な箱を取り出してきた。
「これは?」
少しやる気を取り戻した出町が箱に興味を示す。箱は全部で5つあった。
「問題の答えがこの5つの箱のどれか1つを指しているそうなんだ。それを沖津先生に見せて理由を説明すれば、宿題クリアなんだよ」
「なるほど……ね」
箱は全て正多面体だった。それぞれに何やら図が書きこまれている。
最初の箱は正四面体。面の一つに地球の絵が描かれており、そのそばには「プラス3」の文字が。
2つ目の箱は正六面体、いわゆる立方体。こちらは面の一つにリンゴが描かれていて、そのそばには「マイナス2」。
お次の箱は正八面体。描かれているのは東京タワーで、そばには「ゼロ」の文字。
4つ目の箱は正十二面体。オリンピックの五輪マークが描かれ、そばには「マイナス1」。
最後の箱は正二十面体。描かれているのはへのへのもへじだけで、文字はなかった。
「この中に答えの箱があるってことか。よーし、竹内。問題用紙を見せてくれ」
意気揚々として問題用紙を受け取った出町だったが、次の瞬間完全に固まってしまった。気になった古野も問題用紙を覗きこむ。
「? なんじゃこりゃ!?」
『Q. 539627+255102を解け。』
果たして出町は数式を解けるのか!?ということですね。次回が解答編となります。
539627+255102の答えが示す箱はどれだ!?
箱A・・・地球が描かれた正四面体。「プラス3」と書かれている。
箱B・・・リンゴが描かれた正六面体。「マイナス2」と書かれている。
箱C・・・東京タワーが描かれた正八面体。「ゼロ」と書かれている。
箱D・・・五輪マークが描かれた正一二面体。「マイナス1」と書かれている。
箱E・・・へのへのもへじが描かれた正二十面体。