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名探偵はあてにならない。  作者: 龍
CASE:2 雪枕温泉殺人事件
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第7話  雪枕の後悔【解答編】

 解答編ですが、今回の事件もかなり雑でしたね。


容疑者

 白木雄造(しらき ゆうぞう)・・・雪枕温泉総支配人。


 緑川陣(みどりかわ じん)・・・若手実力派俳優。


 紫藤淳也(しどう じゅんや)・・・ミュージシャン。


 佐伯青葉(さえき あおば)・・・東都高校1年。

 出町らが広間に戻ったとき、ちょうど山形県警が到着したところで、貧相な顔の刑事が白木に何かを尋ねていた。


「あ、ちょうど良かった。警察の方ですよね?」


 出町がにじり寄ると、刑事はあからさまに顔をしかめた。


「お前が出町とかいう高校生かね? 勝手に現場に入るとはどういうつもりだ」


「あ、いえ。個人的な捜査の一環ですよ。それより刑事さん、今からここで事件の真相を話してもいいでしょうか」


 軽やかに刑事の追及をかわした出町に、刑事は何やら言いたそうだったが、出町の最後の言葉を聞いて目の色を分かりやすく変えた。


「事件の真相だと?」


「ええ。赤沢さんを殺害した犯人はこの中にいるんです」



***



 出町の推理を聞いた後の刑事の反応が楽しみだ、などと古野はのんびり考えていた。ワトソン役として事件の記録を務めている彼にとって、解決が劇的であればあるほど楽しみも増えるのである。


「俺は最初から犯人の行動に疑問を感じていました」


「疑問?」


 刑事が何のことか分からないとでも言いたげに首をかしげると、出町はそれを手で制した。


「犯人は赤沢さんを殺害した後、わざわざ死体に水をかけているんです。なぜそんな面倒なことをしたんでしょう?」


「雪枕の見立てじゃねーのか?」


 紫藤がガムを噛みながら口を挟む。

それに対し、出町はゆっくりとかぶりを振る。


「犯行を終えた犯人の心理として、犯人は一刻も早く現場を立ち去りたいはず。ぐずぐずしていて誰かに見つかったり、証拠を残してしまったりしたら大変ですからね」


 それもそうか、と紫藤。


「じゃあ、犯人はなんでそんなことをしたっていうんだ?」


「犯人には、そうせざるを得ない理由があったんですよ」


「せざるを得ない理由、ですか?」


 そう聞いたのは青葉だ。


「そう。犯人の目的はただ一つ。それは、赤沢さんが本当は温泉に入っていないということを悟らせないためだ!!」


 一瞬の沈黙。

 口を開いたのは古野だった。


「赤沢さんが……温泉に入っていない?」


「青葉ちゃんが温泉に行く赤沢さんを見たと言っていただろ?だが実は赤沢さんはその時既に殺されていたんだよ」


「青葉ちゃんが嘘をついてたっていうのかよ、出町」


「そ、そんな! 先輩、わたし嘘なんてついてません!」


 青葉が泣きそうな顔で詰め寄ると、出町があわてて否定する。


「い、いや。青葉ちゃんが嘘をついてると言ったんじゃないんだ」


 古野は少し混乱したようだった。


「いったいどういうことなんだ出町。俺にはさっぱり分からんぞ」


「つまり……青葉ちゃんは確かに、温泉に行く赤沢さんを目撃した。だがそれは赤沢さん本人ではなかったということさ」


「変装……ってことですか、先輩」


 青葉が愕然としてつぶやく。


「ご名答」



***



「それでは犯人のとった行動を整理していきましょうか」


 いよいよ始まったな、と古野は内心わくわくしていた。正直、出町のナマケモノぶりに耐えられるのは、この犯人を追い詰めていくぞくぞくとした感覚によるものなのかもしれなかった。もっとも、古野自身は何一つ推理には関与していないのだが。


「俺の推理では、犯人は夕食が済んだ直後の19時40分頃に赤沢さんを殺害した。ここまではいいですね?」


 一同は沈黙をもって答える。


「その後犯人は、あらかじめ用意しておいたウィッグをかぶり、赤沢さんのメイク道具を借りてメイクをし、浴衣を着て彼女に変装した。そしてその姿で青葉ちゃんに目撃されることによって、あたかも赤沢さんが20時40分頃まで生きていたかのように思いこませたんだよ」


「じゃあ、わたしが見た赤沢さんがすごく急いでいたのは…」


「ゆっくり歩いていたのでは変装に気づかれる恐れがあるからね」


 出町はそこでいったん言葉を切り、一同を見回す。そしてある人物と目を合わせた。


「犯人は、赤沢さんに変装することのできる、演技力の高い人物。つまり、緑川さん! あなたにしかできない犯行なんですよ、これは」


 その人物……緑川陣は両手を握りしめたまま、あえて表情を変えなかった。


「ははは。おもしろい推理だね。だがそれだけでは僕が犯人だという証明にはならないだろう?」


「確かに。これだけではあなたが犯人だとは言い切れない。ですが、あなたは一つ決定的な証拠を現場に残してしまったんです」


 緑川の顔色が変わる。


「証拠?」


「赤沢さんから借りたメイク道具の指紋は全て拭き取っていたんでしょうが、あわてていて化粧水の瓶を戻すのを忘れていた!」


 出町がポケットから、ハンカチに包んだ化粧水の瓶を取り出す。それを見た緑川の顔から完全に表情が消えた。


「机の下に転がっていましたよ。調べれば、あなたの指紋がべったりと付着していることでしょう。刑事さん、お願いします」


 出町にハンカチごと化粧水を渡された刑事が鑑識を呼びつけた。そこで緑川は崩れ落ちた。


「なんてミスだ……普段の僕なら絶対にやらないようなミスだよ、これは」


「殺したいほど憎んだ相手に変装することで、心の落ち着きを失ってしまったんでしょう」


「ははは、そうかもしれないな。自分で選んだ方法ではあるが、あの女に変装するのは確かに苦痛でしょうがなかった」


 そう言って緑川は全てを話し始めた。


 発端は2年前。雪枕温泉の別館で起きた火災だった。その時に逃げ遅れて亡くなった黒沼親子と緑川には交流があったのだ。


 黒沼ヒロキの父親、吾郎は彼の高校時代からの親友だったのである。卒業後も交流を続け、吾郎が結婚して子どもが生まれたと聞いた時は自分のことのように喜んだ。当然、その吾郎が死んだと聞いて彼は悲嘆に暮れ、その悲しみを紛らすかのように俳優業に打ちこんだ。


 それからしばらく経ったある日。問題の絵、赤沢の『燃える』が発表された。


 その絵を見た彼はある疑惑を胸に抱いた。「この絵を描いた人は、あの火事について何か知っているのではないか」と。


 居ても立ってもいられなくなり、赤沢の家を訪ねて彼女を問いただすと……。


「ええ、そうよ。あの火事は私が起こしたの」


「そんな! 何のためにそんなことを!」


「インスピレイションよ。あの頃の私、ちょっとスランプでね。そこから脱出するためにドカンと一つ欲しかったってわけ。いったい私に何の罪があるっていうの? あの親子も、死に際を私に描いてもらえて光栄に思ってるでしょ」


 その時に衝動的に殺さなかったのが不思議なくらいだった。インスピレイションなどというくだらないもののために吾郎たちの未来は失われた? そんなことが許されるはずがない。しかもあの女は、あの絵で人気を確立して何不自由なく暮らしている。


「その時から、どうやって彼女を殺そうか、そのことばかり考えていました」


 緑川はそう言って話を締めくくった。


「も、申し訳ありません!!」


 その時突然、白木が緑川の前にひざまずいた。


「あの火事の責任は私にもあるのです。あの日、私はきちんと別館の戸締まりを確認していなかったのです。そのせいでお客様を死なせてしまったのです!申し訳ございません。何とお詫びすれば良いか……」


「もういいんですよ」


 泣き崩れる白木に緑川が声をかけた。


「僕が、殺すなどという手段をとらなければ良かったというだけのこと。全て僕が悪いんです。僕にはあなたを責める権利も資格もありません」



***



 その後、緑川は連行され、白木も2年前の火事についての事情聴取のためにパトカーに乗せられていった。


「参ったねえ。まさかこんな結末になっちまうとは」


 紫藤がガムを噛みながらぼやいた。


「しかし、お前にはびっくりしたよ。ただの高校生かと思いきや本物の名探偵だったとは。今度、俺たちのライブに来てくれ」


 ライブのチケットを渡すと紫藤は寒そうに屋内へと戻っていった。


「それにしても先輩、大活躍でしたね!」


「まったくだ。一冬で2つも事件を解決しやがった」


 青葉と古野が口々に称賛を贈るが、出町の顔は冴えない。


「おい、どうしたんだよ。また眠くなったのか?」


「いや、あの『燃える』っていう絵がどうも頭から離れなくてな……」


「あの真っ赤な画面に雪が舞ってる不気味な絵が、ですか?」


「あんな絵、さっさと忘れちまえよ」


「……そうだな。とっとと忘れて一眠りすっか。あ、それと青葉ちゃん、今回の件はオフレコだからな」


「ええっ、そんな! 先輩の大活躍を記事にするのは、わたしの使命だと思ったんですけど」


 それを聞いて出町は思わず吹き出した。


「やれやれ。ま、探偵クラブが少しでも有名になるなら良いか……お?」


 何かに気づいたのか、出町が夜空を見る。


「雪だ……」


 久しく止んでいた雪が、ようやく舞い出した。ふとあの絵が重なり、それを振り払うように首を振ると、吐く息が白く震えた。

 やっとCASE:2が終わりました。3話だけなのに何だかとても長かった気がします。次回からは2話完結の短編です。


次回

 CASE:3  沖津先生からの挑戦状


 依頼人は、学年一の数学の天才。その天才でも全く歯が立たないという暗号を解読してほしいのだという。その暗号を作ったのは、探偵クラブ顧問で数学教師の沖津先生だった…!

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