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名探偵はあてにならない。  作者: 龍
CASE:2 雪枕温泉殺人事件
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第6話  雪枕の痕跡

前回・・・商店街の福引きで当てた温泉旅行で山形の雪枕温泉を訪れた出町と古野。だがその夜、客の一人が「雪枕」という伝承に見立てられて殺される。


容疑者

 白木雄造(しらき ゆうぞう)・・・雪枕温泉総支配人で、死体の第一発見者。


緑川陣(みどりかわ じん)・・・若手実力派の俳優。出町と古野に「雪枕」について教えた。


紫藤淳也(しどう じゅんや)・・・売れないミュージシャン。キツめの香水をつけている。


佐伯青葉(さえき あおば)・・・東都高校の1年生で新聞クラブに入っている。

 いつの間にか外の雪は止んでいた。赤沢殺害の発覚後、雪枕温泉の宿泊客は皆、広間に集まっていた。


「警察は1時間ほどで来るそうです」


 通報をしていた白木からの報告を受け、皆が安堵のため息をもらした。この大雪で警察が来れないのではないか、という不安はとりあえず解消された。それに出町はともかくとして、穂坂村での前例がある古野は特に喜びを隠さずにはいられなかった。


「警察が来るんなら、あとは適当に任せときゃいいんじゃねえの?」


 紫藤がガムを噛みながら言うと、緑川もこれに同意し、


「そうだな。素人がどうにかできるものでもないし、あとは警察に任せるとしましょう」


 と答えて席をたとうとした。だが、窓際に突っ立って考え事をしていた出町が鋭い声でそれを制した。


「待ってください!!」


 緑川の動きが止まる。それだけではない。紫藤のガムを噛む無秩序な音も一瞬消えた。


「赤沢さんは何者かに殺害された。そしてその犯人はまだこの温泉の中にいる。ここで皆さんが別行動をとれば、それだけ危険が高まるということを意味します」


「え、先輩。犯人は温泉の中にいるんですか!?」


 椅子に座りこんでブルブルと震えていた青葉が素っ頓狂な声をあげる。


「その可能性が高い、というか外部から全然関係のない人間が入ってきて赤沢さんを殺して逃げていったという可能性はないと思います」


「どうしてだい?」


 緑川が不思議そうに尋ねる。立ち上がりかけていた体は、いつの間にか元通り椅子に収まっていた。


「犯人は赤沢さんの死体を雪枕の伝承に見立てていた。わざわざ新品の白装束まで用意し、死体を水浸しにしているんですよ。外部犯ならそんな手のこんだことしないでしょう?」


「た、確かに」


 出町の説明に納得したのか、緑川は椅子に深く座りこみ、腕組みをして思索にふけりはじめた。さながら彼が演じている温泉ミステリーシリーズの主人公の刑事のようだ。


「それで白木さん。今夜ここに宿泊しているのは俺たちだけなんですか」


 出町が質問を開始する。


「ええ。夕食の前にお話ししました通り、2年前に起きた火災のせいで客足はめっきり減っておりまして」


「なるほど」


「おいおい、いったいどういうつもりだよ。事件は警察に任せておくんじゃなかったのかよ!?」


 紫藤がイラつきを滲ませながら声をあげる。ガムはもう噛んではいなかった。


「ええ、でも警察が来るまであと1時間ほどあるようですから、できるだけ捜査を進めておこうかな、と」


「お前はいったい何なんだ? ただの高校生じゃないのか」


 紫藤がうさんくさそうに出町に視線を寄せる。ポケットから新しいガムを取り出してまた噛み始めた。


「こいつは出町昇之介。見た目はただのナマケモノ高校生だが、れっきとした探偵なんだぜ。ついこの間も事件を解決したばかりだし」


 古野が援護を加える。ワトソン役としては、ホームズの名誉を汚されたくはないのだ。


「探偵ねえ」


 なおも紫藤は疑っているようだったが、とりあえずは納得することにしたのか、おとなしく椅子に座ってガムを噛むことに集中しているようだった。


「それでは確認したいんですが、食堂での夕食が終わった19時20分以降、赤沢さんを目撃したという方はいますか?」


 青葉がおずおずと手をあげる。


「わたし、見ました」


「それは何時頃だった?」


「20時頃だったと思います。浴衣を着て温泉に行くみたいでした。わたし、夕食のあと古野先輩と卓球してたんですけど、その途中に見たんです」


 出町の顔がピクリと動く。


「温泉に行くところだったんだね。で、赤沢さんが帰ってくるところも見た?」


「はい。20時40分頃だったかな」


「赤沢さんの様子に何か変わったところはあった?」


 出町の問いに、青葉はうーんと考えこむ。


「うーん、そう言えば赤沢さんすごく急いでました」


「急いでた?」


「はい。温泉に行くときも帰ってくるときも走ってましたし、わたしが卓球やりませんかって声をかけても返事すらしませんでしたから」


「ふーん、なるほど。で、一緒に卓球をやってた古野くんはそれを見なかったのかな?」


「え?」


 出番も少なくぼんやりしていた古野は突然のご指名に焦った。だいたいいつも「古野」と呼び捨てしてくる出町が君付けで呼んできたことからして、ややイラついているようだ。


「あ、ああ。見たよ。20時頃に温泉に行く赤沢さんをな。帰ってくるところまでは見なかったけど」


 必死に答えるが出町は、相変わらず役に立たないな、とでも言いたげにため息をつく。それから出町は話の矛先を白木に向けた。


「白木さん、確かここの温泉へ向かうには、卓球台の置いてある部屋の前を通る必要がありますよね」


「ええ、そうでございます」


「白木さんは夕食後何を?」


「わたくしは自室に引き上げまして、帳簿をつけておりました。それが終わったのが21時頃でしたね。それから館内を見回っておりまして、赤沢様のお部屋のドアが開いていましたので、覗いてみますと……」


 死体を思い出してしまったのか、白木はそれきり顔を覆ってしゃべらなくなってしまった。仕方なく出町は話を戻す。


「青葉ちゃん、他に温泉に行った人はいた?」


「はい。紫藤さんが」


 名前が出て紫藤は少したじろぐ。


「お、俺は温泉に行っただけで別に殺してなんていねえよ」


「温泉に入っていた時間は分かりますか」


「そうだな。飯を食ったあと、部屋にこもって1時間ほど曲を作ってたから、20時20分ってところか。それから30分くらい入って部屋に戻ったよ」


 曲を作っていた、と聞いてこっそり古野は、紫藤が一応はミュージシャンだったことを思い出していた。紫藤と言えばキツい香水ばかりが印象に残っていたが、そう言えばこいつはどんな曲を作るんだろう、と興味を覚えていた。


 なおも出町の質問は続く。


「温泉から戻ったあとは何を?」


「しばらく部屋で休んだあと、この広間に来たよ。そしたら途中からそこの俳優さんも来てな、けっこう盛り上がってたところへ殺しだとよ。参っちまうぜ」


 俳優さん、というのは緑川のことだろう。


「緑川さんは温泉には行っていないんですか?」


 出町は案の定、緑川への質問を始める。


「ああ。気分がすぐれなくて、夕食のあとは部屋で本を読んでいたんだ。気づいたら21時を回っていて、広間に出かけてみたら紫藤さんがいたんで話をしてたってわけさ」


「何の話を?」


「ええと、それは……」


 緑川が言いよどむ。そこへ代わりに紫藤が答える。


「2年前の火事のことだよ」


 出町の顔が再びピクリと動く。さらに、ずっとうつむいていた白木も、火事と聞いて顔を上げた。


「2年前の火事というと……ここの別館が燃えたっていう?」


「へへ、そう。殺された赤沢がそれを絵にしてたっていうのがずっと気になっててな。俳優さんと話してたんだよ。あの火事に赤沢が絡んでいるってな」


 出町が目を見開く。


「それは本当なんですか!?」


「分からねえよ。ただあの『燃える』って絵を見たか? あれは野次馬には書けねえ絵だと思うぜ。ま、絵にはあんまり詳しくねえんだけどもな」


「それは、わたしも聞いたことがありますよ、先輩」


 青葉が口を挟む。それからスマホを取り出して『燃える』という絵を検索する。


「わたし、新聞クラブに入ってるって言いましたよね。前に、とある画廊を取材したことがあって、その時に赤沢さんの話を聞いたんです。あ、ほらこれが『燃える』です」


 スマホに映し出された『燃える』を凝視する出町。それはかなり異様な絵だった。


 燃え盛る別館と舞う火の粉が、恐ろしくリアルな質感をもって描かれている。その中に悶え苦しんでいるような人影がかすかに確認できる。昼か夜かも分からないほど真っ赤な画面には、白い浮遊物が散りばめられていた。


「これは、雪?」


「そうでございます」


 そう答えたのは白木だった。


「あの火事の夜、雪が降っておりました。幻想的と言うと失礼でしょうが、まさにそのような言葉がぴったりの光景でございました」


「雪が……。白木さん、その時に逃げ遅れて亡くなったという親子がいましたよね。その方は何という方ですか」


「黒沼様でございます。黒沼吾郎様とそのお子さんのヒロキ様です」


「そうですか、ありがとうございます」


 出町はそれきり黙りこんでしまった。もうすぐ警察が来る時間である。



***



「お、おい出町、勝手に事件現場に入っちゃって良いのかよ?」


 赤沢の部屋を調べ始めた出町に、不安そうに古野がついてきていた。


「別についてこなくてもいいんだぜ?」


「いや、それはダメだ。俺には名探偵・出町昇之介の助手として事件を記録しておく義務がある」


「ははは。そんなものどうだっていいのに……。ふーん、それにしてもやっぱり妙だな、これは」


 赤沢の死体を調べていた出町がつぶやく。


「どうした、何か見つかったのか」


「古野、考えてもみろよ。俺には犯人の行動がどうにも理解できないんだけど」


「え、どうして?」


「雪枕の見立てさ。犯行後、犯人は一刻も早く立ち去りたいはずだ。なのに、白装束は良いとしても、赤沢さんの体を水浸しにする必要が果たしてあったんだろうか?」


 言われてみれば、と古野も首をかしげる。


「あれじゃないか。死亡推定時刻をごまかすってやつ」


 古野の答えに、出町は満足そうに何度もうなずいてみせる。


「それは一理あるな」


 そうしてから今度は畳にはいつくばって調べ始める出町。と、何かを発見したのか、古野に机の下を覗くように指示を出す。


「なんだこれ」


 机の下に落ちていたのは何かの瓶だった。見たところメイク道具のようだが、二人には皆目見当もつかない。


「あ、それ化粧水ですよ」


 突然後ろから声がして二人はてっきり警察が来てしまったと思ってしまった。実際にそこにいたのは、青葉だったので二人は安堵の吐息をつく。


「化粧水?」


「メイクをする前につけるんですよ。メイクが崩れないようにね」


「それが何でこんなところに?」


 古野が首をかしげる。だが出町は何かに気づいたように笑っていた。


「そうか、だから犯人は死体を水浸しにする必要があったのか」


「お、おい。出町?」


「先輩?」


 出町は不意に立ち上がり、伸びをする。


「どうやら俺たちは勘違いをしていたらしい。犯人の使ったトリックによって」


「それじゃあ……!」


「ああ、犯人が分かったよ。そしてその人物が犯した、あまりに単純で致命的なミスもね」

次回は解答編です。突然ですが、相方のUが書いている『死神の右眼』が復讐モノで、こっちもミステリーで、動機が復讐だと通じるものがありますね。


被害者

 赤沢彩絵・・・絞殺


犯人「雪枕」は誰か?

 白木雄造・・・雪枕温泉総支配人。

 緑川陣・・・・若手実力派の俳優。

 紫藤淳也・・・ミュージシャン。

 佐伯青葉・・・東都高校1年。

 

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