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名探偵はあてにならない。  作者: 龍
CASE:8 消えた王子を探せ
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第27話  ワトスンの大仕事

◇事件関係者◇


 豆島(まめしま)悠一(ゆういち)・・・今回の事件の被害者。夢見公園の池のほとりで死んでいた。コンビニでアルバイトをしており、六条とは親しかったという。


 六条(ろくじょう)道也(みちや)・・・豆島の友人。彼と同じコンビニでバイトをしていた。遺体の第一発見者。


 森沼(もりぬま)孝治(こうじ)・・・ペットショップ「モコ」の店長。


 瀬内(せうち)真弓(まゆみ)・・・ペットショップ「モコ」の店員。


 青田(あおた)鴇子(ときこ)・・・青葉の近所に住む老婆。ロシアンブルーの「王子」を飼っている。


 王子(おうじ)・・・鴇子の飼うロシアンブルー。おとなしい性格だが、突如として失踪した。

「警部、あの少年です」


 豆島のアパートへと向かう雨の道中で、本多が「不審な少年がいる」と言って通りの奥を指した。見ると、道路脇でしゃがみこみながら紫陽花の植え込みに頭を突っこむ奇怪な少年の姿があった。佐々原は一瞬嫌な予感を抱いたが、まさかあの出町がこんなところにいるはずはないと思い直す。


「警部、一応話を聞いてみますか」


 本多の遠慮がちな声で佐々原は我に返った。


「お、おう、そうだな。話だけでも聞いておくか」


 小降りとはいえ雨の降る中、挙動不審な少年に話しかけたくなどなかったのだが、本多に促されるがままに佐々原は少年のもとへと駆け寄った。

 少年は未だに紫陽花の中でもぞもぞしている。これはいよいよおかしいぞと思いつつ、意を決して話しかける。


「……おい、君。こんなところで何してるんだ」


 少年がびくっと体を震わせたのがはっきりと分かった。そのまま恐ろしくスローな動きで紫陽花の中から頭を引っ張り出す。ちらっと顔が見えたが、やはり出町ではないようだ。


「す、すみません。猫を探してたらつい夢中になってたみたいです」


 カッターシャツの肩に積もっている紫陽花の残骸を払いながら、少年はそう釈明する。


「猫を?」


「はい。知り合いの猫が行方不明になったんで、こうして俺が探しに出てるってわけですよ」


 苦笑混じりにそう答えつつ、少年はズボンのポケットからハンカチを取り出して顔や頭を乱暴に拭き始めた。その様子を見ていた佐々原は、少年の使っているハンカチに見覚えがあることに気づいた。スカイブルーの布地の端に、特徴的なマークが刺繍されている。


「君、もしかして東都高校の生徒か?」


 濃紺の2本のペンが交差するそのマークは、知恵と協力を表す、私立の名門として名高い東都高校の校章だった。そして東都高校は、出町の通う高校でもある。


「……はい、そうですけど」


 少年は不思議そうにうなずいてから佐々原の視線に気づいたのか、あわててハンカチをポケットにしまった。その様子をぼんやりと見ていた佐々原はある可能性にたどりつく。


「君はもしかして……出町の知り合いか?」


 少年が小さく声を漏らしたのが分かった。


「やっぱりそうか……君は出町の友達なんだな」


「……はい。古野直翔といいます」


 思わぬところで思わぬ人物に会うものだ。佐々原はじっと考えこんだ。これは何かの巡り合わせではなかろうか。古野少年をうまく利用して出町の情報を聞き出すことができれば、この奇妙な事件もすぐに解決できるだろう。隣できまりが悪そうにしている本多をちらりと見てから、佐々原は先ほど古野少年が「猫を探している」と言っていたのを思い出した。


「申し遅れたが、私は警視庁捜査一課の佐々原という者だ。こっちは本多」


 佐々原の言葉で本多がぺこりと頭を下げると、古野少年も会釈を返した。


「実は、私は出町とは少なからぬ縁があってね。さっき出町によこしたメールの送り主も私なんだ」


「ああ、そうだったんですね。そういえば、近くの公園で事件があったとか何とか、出町が言ってたような……」


「そう、それだ。そこで、出町の友人である君に一つ相談があるんだ」


 古野少年はさっと身構えた。それもしかたないだろう。刑事に「相談がある」と言われて居心地が悪いのは佐々原にも分かる。


「いや、別に難しい話じゃないんだ。それどころか、君にとってお得な話だと思うよ」


 佐々原は努めて笑顔を保ちながら説得を続けた。佐々原はあまり強面ではないため、表情を崩して辛抱強く説得を続ければほとんどの相手は折れるということを経験上知っている(幼い子ども相手だと泣き出されるのは別として)。案の定、古野少年もすぐに警戒を解いた。


「分かりました。俺に協力できることなら何でも」


「いやー、ありがとう。助かるよ。それじゃあ早速、私たちのあとについてきてくれないか。今から被害者のアパートに行くところなんだ」


 古野少年は分かりやすく首をかしげている。


「部外者の俺がそんなとこに入ってもいいんですか?」


「ふむ。本来いけないことだが、まあ今回は特別だ。それに君に何か手伝いをさせようっていうわけじゃない。君は被害者の部屋を見て、そこで感じたことを出町に伝えてくれるだけでいいんだ」


 それでも古野少年は煮えきらない様子だった。


「刑事さん、出町と知り合いなんですよね? だったら刑事さんが直接あいつと話せばいいじゃないですか」


 意外な言葉に、佐々原は一瞬口ごもる。


「いやー、あの、まあ、そうしたいのは山々なんだが……。ほら、私が直接頼むと、出町は絶対に馬鹿にしてくるんだよ。『無能警部』とか『日本警察最大の汚点』とか散々に言われるんだ」


 多少の脚色はあるが、概ねこんなところだろう。少なくとも出町に刑事のプライドを傷つけられたくないというのは本音だ。端から見れば、中年刑事が高校生に協力してもらって楽に事件を解決してもらっているだけに思えるかもしれないが、協力を要請する当人にとっては、やはり少なからず苦い思いはあるものだ。

 古野少年も思い当たるところがあったのか、苦笑を浮かべている。


「なるほど、そうですよね。分かりました。出町のワトスンとして最大限の協力をしたいと思います」


 ワトスン、名探偵の最高の助手。確かに、出町をコントロールするには古野少年くらいの平凡さがちょうどいいのかもしれない、と佐々原は皮肉でなくそう思った。


「ありがとう。それじゃあ、こちらも君の猫探しに協力させてもらうよ」


「えっ、本当ですか」


「もちろん」


 佐々原は力強くそう言うと、小雨の降る夕方の小路を先頭に立って進んでいった。


◇◇◇


 妙なことになったな、というのが正直な第一印象だ。それでも古野は嫌な顔一つせず、詳細を知らない事件の、顔も知らない被害者のアパートの中に二人の刑事とともにいた。


「本多。何か見つかったか」


「いえ、警部。何も出てきません」


 さっきからずっとこの調子である。結局、部屋の鍵はしっかりと施錠されていたため、管理人に頼んで開けてもらったのだった。つまり、部屋の中に消えた鍵があるはずはないのだ。それでも刑事たちは熱心に部屋の中を探し回っていた。

 部屋はごく普通の1Kで、29歳の男の一人暮らしにしては随分と片付いた部屋であるという印象だ。2つ並んだラックにはロックのCDが無造作に並べられており、ライブでゲットしたらしいTシャツなども飾ってある。


「……しかたない。ひとまず引き上げるか」


 佐々原の、諦めに満ちた声が聞こえた。有益な手がかりはつかめなかったというところか。古野としても、とりたてて出町に伝えるべきことなどないように思えた。鍵は、被害者がどこかで失くしたに違いない。現実に転がっている謎など、分かってみれば真相は案外単純なものである場合が多い。それより、勢いづいて飛び出してきた手前、早く王子を探しに行かなければ。

 古野が部屋を出ていこうとしたその時、あるものが目に留まった。


「これは……?」


 それは、ラックに並んだCDの隙間から少しだけ顔を出した写真だった。思わず写真を引き抜いてみる。そこに映っていたものに古野は目を丸くした。


「どうしたんだ、古野くん。何かあったのか」


 しばらく写真を凝視していると、後ろから佐々原の声が聞こえた。


「その写真……何か事件と関係があるのか?」


 佐々原は暢気なことを言っている。古野は震える手でスマホを取り出した。早く出町にこの写真について知らせなければ。とんでもないことになった。



***



 古野が王子を探しに出ていった後、鴇子がもう一度家の中を調べてみると言い出したので、青葉と出町はそれに付き添うことになった。そして、最初に入ったリビングの隣の部屋で問題が起きたのだ。

 今は物置同然だというその部屋の窓ガラスが割られていたのだ。それも、ちょうど外からクレセント錠を操作できる位置だけである。ガラスの破片は床に散っていた。


「鴇子さん、朝に家の中を見回ったときに、ガラスが割れてるって気づかなかったの?」


 青葉が聞くと、鴇子は軽く頭を押さえて目を閉じた。


「えぇ……。もしかしたら気がつかなかったのかもしれないわ。何しろ王子がいなくなって動転していたものだから……」


 無理もないことだ。青葉は同情を抱かざるを得なかった。自分もかわいがっていたからこそ、王子が消えてしまった悲しみは計り知れない。


「とにかく出町先輩、これではっきりしましたよね。犯人は昨夜、鴇子さんが寝静まった後、この部屋の窓を割って室内に侵入。王子を眠らせるか何かして、またこの窓から外に出たんですよ! どうですか、わたしの推理!」


 青葉の力説を聞いているのかいないのか、出町は床に散らばった破片を丁寧に見つめていた。それからおもむろに立ち上がると、割られた窓の鍵を開けようとした。施錠されているらしく、窓はびくともしなかった。


「先輩……? 何か?」


 出町の表情はどうも冴えなかった。再び破片を眺めてからまた立ち上がると、そばに待機していた鴇子に質問を始めた。


「鴇子さん、よく思い出してくださいね。昨夜、寝る前にこの窓を施錠しましたか」


 そう言って、割れた窓を指す。


「ええ、閉めました。不用心ですからね」


「では、今朝起きてからこの窓に一度でも触りましたか」


 鴇子は一瞬考えこんだ。それから慎重に口を開く。


「触ってないと思います。先ほど申し上げたように、今朝は動転していて鍵を確かめることなんてできませんでした」


 鴇子の答えに満足したのか、出町は固い表情のまま二、三度うなずいた。そしてもう一つ、意外な質問を鴇子にぶつける。


「鴇子さん、車はお持ちですか」


 突然出てきた車の話題に、鴇子も釈然としない様子だった。


「持ってますよ。今でもたまに運転しますが……車がどうかしましたか?」


「ああ、いえ」


 出町はそこで言葉を切ると、一度リビングに戻りたいと言い出した。しかたがないので青葉も鴇子を残し、リビングへと戻る。相変わらずショパンの夜想曲が室内を満たしていた。


「先輩。そろそろ教えてくださいよ。何がひっかかってるんですか?」


 出町はソファーに身を沈めたまま答えようとしない。青葉は先ほどの部屋に残してきた鴇子のことが心配になってきた。


「先輩……!」


「王子が、見つかるかもしれないよ」


 出町が驚愕の言葉で沈黙を破った。王子が見つかるとはどういうことだろう。青葉にはもう何が何だか分からなかった。

 次の瞬間、軽快なBGMが夜想曲の冒頭のフレーズを乱した。出町のスマホが着信を告げたのだ。出町はゆっくりとスマホを手にとる。


「……もしもし古野? 何かあったか」


 相手は古野のようだ。王子を見つけたのだろうか。何かを興奮気味にしゃべっているのが微かに聞こえる。重要なのは、その話を聞いていた出町の表情がみるみるうちに険しくなっていったということだ。


「ふーん。それじゃあ古野も俺と同じ結論ってわけか。オーケー。……そっちに警部もいるのか、よし。じゃあ後でまたメールしとくから、よろしく」


 それだけ言って出町はあっけなく通話を終えてしまった。いったい古野は何を発見したのか、そして出町はいったい何を指示したのか……。


「青葉ちゃん、一度外に出よう」


「えっ!? どうしてですか」


 出町はその質問には答えず、先ほどの部屋に戻って鴇子に退出することを告げると、そそくさと玄関から出ていった。出町の様子がどうもおかしい。青葉も一応、鴇子に話をつけて外に出た。

 雨は再び上がっていたが、相変わらず空は暗く、もうすぐ18時ということも相まって辺りは薄暗かった。見ると、出町は青田邸の裏に回るところだった。満足のいく説明が抜け落ちたまま、青葉は訳も分からずその後をついていく。


「もう先輩……どうしたっていうんですか」


 出町は頑なに無言を保ったまま裏のガレージを見ていた。先ほど鴇子が持っていると言った車はこの中にあるのだろう。だが今はシャッターが下りてしまっていて内部の様子はうかがえない。


「先輩、いい加減にしてください! わたしも怒りますよっ」


「……心配しなくてもいいよ。王子は無事だ」


 ガレージを見終えた出町は自信満々にそう答えた。


「お、王子は今どこにいるんですか!?」


 青葉は思わず出町に詰め寄る。両手でそれを制止した出町は、腕時計をちらっと見て微笑んだ。


「王子の失踪と公園で起きた殺人事件との間にはつながりがある。いずれも同一犯による犯行だ」


「そ、そうなんですか?」


「犯人は、ある理由から王子を隠す必要があると考えたんだ。重要な証拠となるであろう王子をね」


 出町はそこで推理を中断した。


「今はここまで。続きは古野たちの到着を待ってからにしよう」


 出町は一つ大きな息を吐いた。18時になり、通りに等間隔に並べられた街灯に明かりが灯った。

 今回は犯人当ては簡単です。その他、消えた鍵、王子の失踪、古野くんが被害者の部屋で見つけた写真……などなど多くの謎を用意してございます。


 次回、解答編! お楽しみに!!

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