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名探偵はあてにならない。  作者: 龍
CASE:8 消えた王子を探せ
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第25話  ナマケモノと猫

◇メインキャラクター◇


 出町昇之介(でまち しょうのすけ)・・・東都高校2年。探偵クラブの創設者。天才的な推理力をもつが、天性のナマケモノでもある。


 古野直翔(ふるの なおと)・・・東都高校2年。探偵クラブのメンバー。出町の親友であり、彼のサポートを務める。


 佐伯青葉(さえき あおば)・・・東都高校1年。新聞クラブに所属。


 佐々原紀之(ささはら のりゆき)・・・警視庁捜査一課警部。出町とはある事件で知り合った。血が苦手。


 本多(ほんだ)・・・警視庁捜査一課刑事。佐々原の部下。

 今朝から断続的に降り続いていた雨は、15時をまわったところでようやく止んだ。

 小さな池のほとりに集まって作業をする鑑識の姿を、「ペットのフンは持ち帰りましょう」と仰々しいフォントで書かれた看板に腰かけて遠目に見ていた佐々原紀之は、やれやれと息を吐きながらタバコに火をつけた。

 現場は夢見公園という、この辺りでは最も規模の大きな公園だ。住宅街に近く、景観が整備されていて豊富な遊具を備えているということもあり、子をもつ親に人気のスポットだと聞いている。その公園の中ほどにある小さな池のほとりで、男が頭から血を流して倒れているとの通報が入ったのだ。佐々原らが駆けつけたときには既に男は息絶えていて、頭部には打撲痕があった。と、ここで厄介だったのが雨だ。朝から降りっぱなしだった雨のせいで、何か証拠が残っていたとしても既に洗い落とされてしまった可能性が高い。佐々原はゆったりと煙を吐きつつ、精一杯の恨みをこめて鈍色の空を見上げた。


「警部」


 その後も忙しなくタバコを吸っていると、後ろから控えめな声で呼ばれた。見ると、立っていたのはスーツ姿のパッとしない部下の本多だった。見るからに頼りにならなさそうな男なのだが、刑事としてはなかなか優秀で、佐々原もその実力を高く買っている。


「どうした、何か分かったか」


「はい。えー、被害者は豆島悠一、29歳。近くのコンビニでアルバイトをしているそうです。死因は、後頭部を強打されたことによる脳挫傷。死亡推定時刻は昨夜の20時から22時の間です。現場や死体の状況から見て、どこか別の場所で殺害された後、ここに運ばれたものと見られます」


「ほう? 死体を運んだ……?」


「そうです。あ、死体、ご覧になりますか」


「……いや、いいよ」


 佐々原はあわてて手を振った。というのも、佐々原は血を見ただけで失神してしまう特殊な体質だからだ。そのことを知っている本多は察したように何度かうなずいた。


「あ……。すみませんでした。それでは警部、第一発見者の話はどうしますか」


「おう。聞かせてくれ」


 佐々原は、吸っていたタバコを携帯用の灰皿でもみ消し、本多のあとについて歩き出した。


◇◇◇


 第一発見者は、六条道也と名乗る若い男だった。被害者の豆島とは友人付き合いがあったらしく、同じコンビニでバイトをしていたのだという。ビニールの透明な傘を左手に持った六条は、時間をとられたせいか、いら立たしげに口を開いた。


「……だから刑事さん。オレは、近くのレンタルショップでDVDを借りた帰りにたまたま公園によっただけなんだよ。そしたら悠一が倒れてるのを見ちまったんだ。ホントにそれだけだよ」


 そこまで答えると、六条は煩わしそうに頭をかいた。


「雨が降っていたのに、公園に寄り道をしたんですか?」


「ああ……いや、寄り道っていうか……アパートに帰るのに、公園の中を通るのがいちばんの近道なんだよ」


「ああ、なるほど」


 そう言いつつ、佐々原は六条をちらりとにらむ。


「ではお手数かけますが、死体発見時の状況を詳しく聞かせていただけますか」


 できるだけ丁寧な言葉を選んで尋ねると、六条は分かりやすく不機嫌な顔になった。


「だからさ、それはそこの若い刑事さんに全部話したんだよ」


 六条がそばに佇んでいた本多を指さすと、本多は佐々原のほうを見て黙って目を伏せた。


「そこを何とか。こちらとしても、できるだけ正確な話が聞きたいものですから」


「正確な話?」


「お願いします」


 佐々原が大げさに頭を下げると、六条はまたしても面倒くさそうに頭をかいた。それから渋々といった様子で話し始める。


「……だからね、レンタルショップでDVDを借りた帰りにこの公園を通ったら、池のそばに悠一が倒れてたんだよ。しかも、頭から血を流して……。そんで、警察に通報したってワケ。分かった?」


「なるほど。そのとき、周りに人はいましたか」


「いや、オレだけだったと思うぜ」


「死体に触りましたか」


「そんなわけねえだろ。何でオレがそんなことしなきゃならないんだ。オレが悠一を殺したって言いたいのか?」


「いや、そうは言っていません。私が聞きたいのは……」


 いきり立つ六条をなだめながら、佐々原はこれがあくまで事務的な質問であることを強調した。それにしても、どうもこういう相手は苦手だ。刑事を長くやっていると、本当にいろいろなタイプな人間と顔を突き合わせることになるのだが、中でもこの六条のようなすぐキレる若者というのは、どうにも上手く話がまとまらないので苦労するのである。


「私が聞きたいのは、あくまであなたが死体を発見されたときの状況だけです。それによってあなたを犯人扱いしようというわけではありませんから、ご安心ください」


「……死体に触ってなんかねえよ。おい、大丈夫かって揺さぶろうとしたんだけど、頭に乾いた血がついてて、おまけに雨に打たれても無反応なんだぜ。誰だって死んでるって思うだろ?」


「確かに、その通りですな」


 一応、話の筋は通っている。ひとまず質問を終え、そばに突っ立っていた本多に目で合図を送ると、本多は持っていた数枚の写真を六条に渡してから、佐々原には質問内容を耳打ちしてきた。それを理解した佐々原は、突然渡された写真を怪訝な表情で眺めている六条に向かって慎重に話しかける。


「あなた、亡くなった豆島さんとはかなり親しい友人だったんですよね?」


「ああ、かなりってほどでもないけど、あいつとはバイト先が一緒だったんでね」


「そんなあなたにお聞きしたい。実は、その写真は豆島さんの所持品を1つずつ撮ったものなんです。それをご覧になって、豆島さんが普段持っていないようなものを持っていたり、逆にいつも持ち歩いているものを持っていなかったりというような、おかしな点はありませんか」


「おかしな点って言われてもねえ……」


 そう言いつつも、六条は写真を一枚ずつ丁寧に見ていく。写っているのは、使いこまれた黒い長財布、タバコと、ガスの切れかかった百円ライター、真新しいスマホ――。驚いたのは、そうした持ち物の一つひとつに、「豆島悠一」と名前の書かれたシールが貼られていることだ。ちょうど、小学校に入学したての一年生がやるように。以前、物を紛失して困ったというようなことでもあったのだろうか。


「お?」


 何かに気づいたような六条の声で佐々原は我に返った。


「何か見つけましたか」


「いや……あのさ、アパートの鍵がないんだ」


「アパートの?」


「あいつ、鍵にも名前書いて変なストラップもつけてたから、バイト仲間の間ではけっこう有名だったんだ。でも、その鍵がどこにもないんだよ」


「その鍵は、キーリングについてましたか」


「いや、あいつはいつも鍵一本をそのまま持ってたぜ」


 いったいどういうことか。鍵が消えているというのは確かに不自然な話だが、それでは犯人が鍵を持ち去ったというのか。それもおかしな話だ。どう考えても、鍵を持ち去る意味がない。

 雨といい、消えた鍵といい、こいつは厄介な事件になりそうだ、と佐々原は思わずため息をついた。さっき止んだばかりの雨が、また降り始めていた。



***



「あーあ。雨、また降ってきちゃいましたね……」


 書庫の小さな窓から空を見上げていた佐伯青葉がぽつりとつぶやいた。

 6月に入り、例年より少し早めに梅雨入りしてからというもの、晴れ方をすっかり忘れたかのような暗い空の広がる日々が続いていた。古本が至る所に積まれた、探偵クラブの部室である書庫には、この時期特有の湿気のために何とも言えないかび臭さが漂っている。そんな状況で、出町昇之介は性懲りもなくまた図書室からくすねてきたらしい科学雑誌に目を通しながら、コンビニで買ったおにぎりを頬張り、そして古野直翔は期末試験に向けておとなしく勉強に取り組んでいたのだった。そして今日、新聞クラブの青葉が、何やら依頼を抱えて久しぶりに書庫を訪れていた。


「梅雨って嫌なんだよなあ、じめじめしてて」


 古野は、数学の問題を解いていた手を止め、きわめて平凡な意見を言った。青葉は「そうですよね」と同調してくれたが、案の定、出町は眠そうに雑誌のページをめくるばかりだった。


「……それで青葉ちゃん。依頼っていうのは……」


 仕方なく、古野は問題集をしまいながら本題に入ろうとした。出町はおにぎりを口一杯に押しこみ、顔を上げる。


「あ、はい。依頼というのは、この子のことなんです」


 そう言うと、青葉はソファーの上に置いていたカバンからスマホを取り出し、手慣れた様子で操作をすると、パッとこちらに画面を向けた。写っていたのは、一匹の猫である。


「猫か」


 声に軽く驚いて振り返ると、いつの間にか出町がそばまで来ており、スマホの画面を覗きこんでいた。確かに、写っているのは間違いなく猫であり、どうやらロシアンブルーのようだ。つやのある毛並みはよく手入れがされており、机の上にちょこんと立ってこちらを上目遣いに見る仕草は、まだ子猫らしいその幼い外見とも相まってとてもかわいらしいものだった。


「それで青葉ちゃん、この猫がどうかしたのかい?」


 古野が画面から目を離して先を促すと、青葉はスマホをカバンにしまってから話を続ける。


「この猫、名前は『王子』と言いまして、わたしの家の隣に住む青田鴇子さんというおばあさんが飼われているんです。ここまではいいですか?」


古野はうなずいた。


「わたし、猫が大好きで、それで休日によく鴇子さんの家にいって王子と遊んでたんです。でも今朝、学校に来る途中に鴇子さんの家に寄ったら、王子がいなくなったんだって、鴇子さんが……」


「いなくなった?」


 出町が反応を見せる。ふと見ると、その眠そうな顔は少しずつ探偵モードに変化しつつあった。


「いなくなっちゃったそうなんです。朝起きたら王子はいなくて、家のどこを探しても見つからなかったと……」


「青葉ちゃんが最後に王子の姿を見たのはいつ?」


「日曜日の夕方頃です。そのときはちゃんと家にいましたし、様子がおかしいということもなかったと思います」


 今日は火曜日であるから、王子が失踪したのは日曜日の夕方から今朝にかけての約1日半の間ということになる。


「なるほど。じゃあ、これまで王子が行方不明になったということはあった?」


「わたしの知る限りでは、ないですね。王子はそんなに活発な子じゃないですし」


 青葉がそう答えた瞬間、軽快なBGMがメールの着信を告げる。出町のスマホだった。出町は面倒くさそうに、デスクの上に放り出していたスマホを手にとった。古野と青葉も横から画面を覗く。


『厄介な事件発生。知恵を貸してくれ。現場は……』


「誰からだ?」


「知り合いの警部だ。どうやら事件らしいな」


「あの、先輩……」


 青葉が遠慮がちに声をあげる。


「ん? どうした?」


「この現場、わたしの家の近くなんです」


 メールの文面を指しながら青葉がそう言うと、出町の目が怪しく光った。スマホを乱暴に放り出すと、青葉のほうに向き直る。


「青葉ちゃん、そのおばあさんの家に案内してくれ」


 それを聞いた青葉は目をぱちくりさせている。


「え、でもいいんですか? 事件なんじゃ?」


「事件は興味深いけど、探偵としては依頼を優先させなくてはね」


 出町は力強くそう言って雨の降る窓外に目を向ける。それから少し笑って続けた。


「まあ本音としては、40過ぎた中年警部より、かわいい後輩の頼みを優先させたいってのもあるんだけどね」

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