第22話 シナリオ通り……?
◇あらすじ◇
ゴールデンウィークを利用し、謎解き企画「レイクサイド」に参加するため、山梨県の竜宮湖畔リゾートホテルを訪れた出町と古野。だが、2日目の朝、参加者の一人が死体となって発見される。
◇事件関係者◇
魚原真吾・・・ゴシップ記事ばかり書いているジャーナリスト。竜宮湖畔のボート乗り場で何者かに撲殺される。
浦島光治・・・竜宮湖畔リゾートホテルのオーナー。「レイクサイド」の企画、運営も務める。
鳥羽明夫・・・歴史学者。地元の大学で、竜宮湖の歴史について研究している。
新藤雪彦・・・鳥羽の助手。将来は歴史学者を目指しているらしい。
八重崎岳・・・気鋭の推理作家。代表作は『湖畔に死す』。
園真沙美・・・少女漫画家。代表作は『センチメンタル・レイクサイド』。
弓丘いずみ・・・話題のクイズ女王。文学と歴史を得意としている。
※浦島以外は「レイクサイド」の参加者。
太陽が湖面を照らし始める頃、浦島からの通報を受けた山梨県警が到着した。ロビーに集まっていた「レイクサイド」の参加者たちは、分かりやすく気を落としていた。それもそうだ、と古野は思う。ゲームのつもりで参加した謎解き企画で起きたのが、本物の殺人事件だったのだから。園などは、先ほどからずっとハンカチを顔に押し当ててすすり泣いていた。
「ふーむ、とすると被害者を最後に目撃されたのは、昨日の夕食の時間ということですね……?」
やや間延びした声の主は不動一成と名乗った山梨県警の警部だ。歳はまだ30そこそこといったところだろうか。どうやらエリートのようだが、現場経験が浅いのかどことなく口調の端々に緊張が見受けられる。応対する浦島のほうも、「ええ」とか「そうでございます」とか単純な受け答えを連発していた。
「それは本当ですか?」
鋭い声が飛んだ。出町である。ナマケモノの雰囲気は既に消え失せ、探偵の顔になっている。
「……誰だ? 君は」
「俺は出町昇之介。『レイクサイド』に参加した高校生です」
「ふーむ……君もこの謎解き企画の参加者の一人なんだね」
不動警部は、浦島から受け取った「レイクサイド」参加者への招待状に目を通しながら納得したようにつぶやく。
「しかし君はあくまでただの参加者なんだろう? 捜査に口を挟んでもらっては困るなあ」
「はあ、そうですか」
出町はやや不満そうな表情のまま一旦引き下がる。それを見た不動警部は一同を見回して声を上げた。
「えー、皆さんにお聞きしたいんですが、夕食のあと、被害者の魚原さんを目撃された方はいらっしゃいませんか」
しばらく沈黙が流れた後、八重崎が遠慮がちに手を上げた。
「あの、目撃したというわけではないんですけど」
「……というと?」
「部屋で新作の原稿を書いていたら、彼から電話があったんです。『ちょっとでええから、アンタの取材させてくれへんか?』……だったかな、とにかくそういう感じの」
「それであなたは何と?」
「忙しいのでまたにしてください、と答えたら『ああ、そうでっか。ほな、また今度お願いしますわ』というようなことを言われて、電話が切れました」
「それは何時頃のことでしたか」
「えーと、20時30分頃だったと思いますけど」
不動警部は手帳に何かを書きこんだ。
「分かりました。それ以外に魚原さんを目撃された方は?」
全員が首を横に振っている。
「なるほど……」
不動警部はまた何かをメモすると、今度は浦島に向かって何やら小声で話しかけている。浦島が二、三度うなずくのを見ると、不動は薄笑いを浮かべて再び皆を見回した。
「えー、皆さん。犯人が分かりました!」
「!!」
「本当ですか?」
八重崎と鳥羽が驚きの声を上げる。古野がふと隣を見ると、出町は何やら考えこんでいる様子で、不動の話は全く耳に入ってきていないようだった。そうとは知らず、不動警部は自信満々で話を続ける。
「犯人は一つだけ重大なミスを犯していました……。実はこのホテルの玄関口には防犯カメラが設置されていて、21時になると作動を開始するようになってるんです」
その辺りの話は、先ほど浦島から聞いたのだろう。とすると、防犯カメラの映像に犯人が映っていたということだろうか。
「このホテルから犯行現場であるボート乗り場まで行くには玄関口を通るしかありません。そこで、その防犯カメラの映像を確認したところ、21時以降にホテルを出ていった人物は一人しかいないということが分かりました!!」
図星だった。
「犯人は、新藤雪彦さん! あなたですね!」
不動警部が満面の笑みを携えて指差した先を、一同はゆっくりと目で追った。一方、突然名前を呼ばれた新藤はただただ困惑するばかりだ。
「映像によれば、昨夜の21時以降にホテルを出入りした人物はあなたしかいないということが分かりました。あなたがホテルを出たのは21時12分。ホテルに再び入ったのが37分。ここからボート乗り場までは往復20分足らずですから、犯行は十分に可能ですよね?」
おどおどしてはいたが、それなりに優秀な刑事のようだ。一方、嫌疑をかけられた新藤は、とんでもないと言いたげな表情であわててそれを否定する。
「ち、違いますよ。自分は、気分が悪かったのでその辺をぐるっと散歩してきただけです。信じてください」
新藤はそう必死に弁明するが、不動警部はなおも疑わしそうな視線を新藤に送っている。
「つまり犯行は、被害者が八重崎さんに電話をかけた20時30分から、防犯カメラが起動する21時までの間に行われた、と?」
「往復20分ですから、可能でしょう?」
「では皆さんのアリバイを確認するとしますか」
昨夜の状況が次々と整理されていく。頼りなさげな雰囲気はとうに消え失せ、不動警部の目には鋭い光が宿っていた。もしや、今回は出町の出番がないのでは……?
「皆さん、昨夜の20時30分頃から21時まで、どこで何をされていたか聞かせてください」
不動警部の言葉に一同はしばらく顔を見合わせていたが、やがて八重崎が口を開いた。
「僕は魚原さんからの電話のあと、園さんの部屋で創作について議論を交わしました。終わったのが……22時頃だったと思います」
不動警部が園に視線を送ると、彼女もうなずいた。
「俺は19時40分過ぎに夕食を終えて、その後は食堂に残って弓丘さんと話をしてました。20時30分頃に鳥羽先生が、それから10分くらい経ってから古野が合流したはずです。ですからその時間、俺たち4人は間違いなく食堂にいました」
そう出町が話すと、不動警部はまた何かをメモした後、ペンでこめかみの辺りを叩きながら話し始めた。
「まあ、君と弓丘さんはいいとして、鳥羽さんと古野くんは20時30分の時点で食堂にいなかったということかい?」
「それはそうです。でも現場まで往復で20分かかるのだとしたら、先生と古野にもそんな時間はなかったと思いますよ?」
「ふむ。それもそうか……」
出町の冷静な反論に、不動警部はしばし押し黙り、メモ帳に目を落としながら何かを考えこんでいた。
「あ、あの警部さん……」
沈黙に耐えかねたのか、浦島が恐る恐る声をかけると、不動警部ははっと顔を上げた。
「おっと、失礼。……えー、では浦島オーナーのアリバイも聞かせてください」
「は、はい。私は、自室にこもって『レイクサイド』の日程を再確認しておりました」
「お一人で?」
「そうでございます」
「では、そのアリバイを証明できるものはありませんか」
「そうでございますね……。ああ、そういえば20時40分過ぎに旧友から電話がかかってきまして、それで10分ほど話しこんでおりました。……これで証明になりますか」
「電話は携帯に? それともホテルの電話にかかってきましたか」
「固定電話のほうでございます」
「そのご友人に確認をとっても構いませんね?」
「もちろんでございます」
不動警部がメモ帳とペンを差し出すと、浦島はそれを受け取って旧友の連絡先を書いた。それが終わると、不動警部は再び新藤のほうに向き直る。
「どうやら、犯行が可能なのはあなただけのようですね」
「じ、自分は体調が悪く、しばらく部屋で休んでいたものですから……」
「しかし、それを証明することはできない。それに、21時過ぎに散歩に行ったという話もどうも怪しいんですよね……」
「そ、そんな!」
不動警部の追及にうなだれる新藤を見かねた出町が口を挟む。
「ちょっと待ってください、警部さん」
「何だね?」
「彼が犯人と決めつけるのはまだ早いと思いますよ。もし彼が犯人だとしたら、どうやって被害者をボート乗り場に呼び出したんですか?」
不動警部は笑って受け流す。
「それは簡単なことさ。これを見たまえ」
そう言って警部が広げたのは、「レイクサイド」の招待状だった。殺された魚原宛てのものらしい。
「その2枚目だ」
見ると、そこに書かれていたのはこんな文章だった。
『魚原真吾様。あなたは被害者役に選ばれました。犯人役と協力し、探偵役を欺いてください』
出町が「おっ」と声を上げた。
「被害者はまさに被害者役だった。新藤さん、あなたが犯人役に選ばれていたとすれば、打ち合わせと称して被害者をボート乗り場に呼び出すことも可能でしょう?」
「ち、違います! 自分は犯人役ではありません」
「往生際が悪いぞ。運営者の浦島オーナーに聞けば分かることだ。ですね、オーナー?」
だが、浦島の反応は芳しいものではなかった。
「い、いえ、それが……。私も、誰がどの役なのかは知らないのです。何しろ、無作為に選んだものですから」
「えっ……」
不動警部は愕然とした。その顔は、あと一歩のところだったのに、とでも言いたげだ。
「警部さん。気を落とすことはありませんよ」
自分の出番とばかりに出町が警部に声をかけた。
「警部さんの推理は素晴らしいと思います。問題は、誰が犯人役かを突き止めることです。犯人役=犯人と見てまず間違いないでしょうから」
***
「弓丘さん、ちょっといいですか」
取り調べが一段落し、各々が部屋へ戻ろうとしている時に出町が弓丘を呼び止めた。振り返った弓丘は、やや元気がなさそうに見えはしたが、それでもしっかりと気丈さを保っていた。
「何かしら?」
「魚原さんの残したメッセージ……『74』の意味、何か思い当たることはありませんか。博学な弓丘さんなら何か分かるかと思ったんですが」
「残念。さっぱり分からないわ。でも……」
「でも?」
「私が考えるに、あのメッセージは何か歴史に関係があることだと思うのよ」
「歴史、ですか?」
「そう。魚原さん、今みたいになる前はまともなジャーナリストだったって言ったでしょ? 以前、彼は歴史を専門にしていたのよ」
「なるほど……。参考にしてみます。ありがとうございました」
出町が深々と頭を下げると、弓丘は「捜査、頑張ってね。探偵くん」と言い残して去っていった。
その後、古野と出町は、出町の部屋で事件について話し合うことにした。
「出町、今回は何だかおとなしいんだな。いつもなら、警察の話にもっと口を挟むのに」
「県警の協力は得られそうにないと思ったからね。そこで、今回は独自に、というか勝手に捜査を進めることにしたんだ」
「えっ?」
古野がよく分からないという顔を見せると、出町はにやりと笑ってハンカチを取り出し、それでジーンズのポケットから何かをつまみ出してみせた。
「見ろ。死体の胸ポケットに入ってたシャーペンだ」
白いハンカチに包まれたそれは確かにシャーペンに見えなくもなかったが。
「出町、それシャーペンじゃなくてボールペンじゃないか?」
「うん? ああ、そうだった。ボールペンだった」
「しっかりしてくれよ……」
思わずため息をつきそうになる。
「まあ大目に見てくれよ」
「てか、死体から勝手にそんなもん持ってきていいのかよ?」
「あとで返しとくからさ」
これ以上、何を言っても無駄だろう。
「……で? そのボールペンがどうしたっていうんだよ」
「さっき、ちょこっと書いてみたんだけど、このペン、インクが切れてるんだ」
「インクが?」
「おかしいだろ? 何で被害者は書けないボールペンを持ち歩いていたんだろう?」
「書けなくなったのを忘れてたんじゃないか? 俺もよくやるぜ、インクの切れたボールペンを筆箱に入れっぱなしにしてたり」
「でも被害者はジャーナリストだったんだろ? ボールペンが書けないなんて致命傷じゃないか?」
「まあ、それはそうだな」
出町は一旦ボールペンをポケットに戻し、備え付けのソファーに寝転んだ。
「この事件の犯人は、自分が犯人役に選ばれた時から、この犯行計画を練ってたのか……」
「どういうことだ?」
「恐らく、犯人役への招待状には、被害者役が誰かということが書いてあったんだろう。そこで魚原さんの名前を見た犯人は、何らかの動機で彼を葬り去ろうと決意した……といったところだろう」
「犯人のシナリオ通りに事が進んだわけか」
古野がしみじみとつぶやくと、出町は早くも眠くなってきたのかソファーに寝たままあくびを連発し始めた。
「おーい、医者に『睡眠を控えろ』って言われてるんだろ?」
「少し、少し寝るだけだよ……」
やれやれ。結局これだよ。
古野は重い腰を上げて窓際に近づいた。五月晴れの空を映して透き通るように美しい竜宮湖のほとりに、警察関係者の姿がちらほら見えた。
「キャーーー!」
瞬間、響きわたる悲鳴。まどろんでいた出町も跳ね起きる。
……今度はいったい何が?
◇被害者◇
魚原真吾・・・撲殺
◇犯人は誰か?◇
浦島光治
鳥羽明夫
新藤雪彦
八重崎岳
園真沙美
弓丘いずみ
◇今回の謎◇
・魚原が遺した「74」の意味は?
・なぜ魚原は、インクの出ないボールペンを持ち歩いていたのか?
・犯人は誰か?




