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名探偵はあてにならない。  作者: 龍
CASE:6 The malpractice
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第20話  過ちて改めざる【解答編】

◇あらすじ◇


 自身の過去の医療ミスを隠蔽するため、証拠のカルテをつかんだ同僚を殺害した外科医の本城。彼の犯行を出町はどうやって立証するのか?


◇メインキャラクター◇


 出町昇之介(でまち しょうのすけ)・・・東都高校2年。探偵クラブを創設した実力抜群の名探偵だが、天性のナマケモノでもある。


◇事件関係者◇


 本城拓矢(ほんじょう たくや)・・・今回の事件の犯人。東都大学付属病院心臓血管外科に所属する外科医。8年前に犯した医療ミスをネタに藤村から脅迫され、口封じに彼を殺害した。


 藤村幸三郎(ふじむら こうざぶろう)・・・本城の同僚。彼の医療ミスを暴くが、口封じに殺される。


 若山和江(わかやま かずえ)・・・東都大学付属病院に勤務する看護師。

 午後の仕事が終わる頃には陽はとっくに暮れ、自室の窓からは過度な光を放つネオン街が遠くに見えた。鉛のように重い体を椅子にあずけた本城は、一日分の疲労を吐き出すほどの深いため息をついたが、疲れはますますはっきりするばかりだった。

 昨夜、出町との食事を終えてからどことなく気分が晴れなかった。あの少年は、間違いなく本城を疑っている。しかしいったいなぜ? どこでミスをしたというのか?

 あれこれ考えているうちに、ドアが遠慮がちにノックされた。それが誰なのかは薄々分かった。


「……どうぞ」


 声を出すのも億劫だったが、なんとか絞り出すようにして応答すると、ドアを開けて入ってきたのはやはり出町だった。


「……やあ、今日はどんな用件だい?」


「本城先生。藤村氏を殺したのはあなたですね?」


 出町がこちらに来るなりそう言ったので、本城は一瞬フリーズした。冗談かもしれないと考えたが、出町の表情をうかがう限りではどうやら冗談ではないらしい。


「僕が?」


「自首してください。それが最善の選択だと思います」


 正直に言って、もはや反論する気力すらなかったのだが、まだ出町が証拠をつかんでいるかどうかは分からない。もしかすると、証拠をつかむのをあきらめ、自首するように説得しに来ただけなのかもしれない。本城としては、その可能性に賭けるしかなかった。


「とんでもない。仮に他殺だとしても、僕は犯人じゃない。僕は現場には一度も入っていないんだから」


「まだお認めになりませんか」


「ああ」


「そうですか……」


 出町が深いため息をつきながらうつむくと、それを待ちわびていたかのように、デスクの上の電話が鳴り出した。出町がうつむいたまま何も言わないので、仕方なく本城は受話器をとる。


「僕だが」


 電話の相手は若山だった。


「本城先生、急患です」


「どういう患者だ!?」


「オオトモさんです。分かりますか」


「オオトモ?」


 オオトモ。どこかで聞いた名だ。本城は瞬時に考えをめぐらす。そしてすぐに答えにたどり着いた。昨日、藤村が電話で話していた狭心症の患者だ。何かあったのか。

 とにかく急がなければ。若山に一通りの処置を任せた後、電話を切り、出町を残して部屋を出ていこうとした。しかし、すぐに出町に呼び止められる。


「待ってください、本城先生」


「しかし、すぐに行かないと、患者が!」


「今の電話は、俺が若山さんに頼んでかけてもらったんです。こういうことはしたくなかったんですけど」


「どういう……?」


「急患の話は全て嘘です」


 意味が分からない。いったい出町は何を考えているのか。


「先生、オオトモという患者さんをご存知なんですね。どうして知ってるんです?」


 そこでようやく、本城は出町の意図に気づいた。オオトモ氏のことを知っているのは、現場で藤村の電話を聞いていたからだとでも言いたいのだろう。さすがにその手には乗れない。


「何かと思えば。それは、昨日、医局でカルテを整理していたときに見たんだよ。狭心症の患者だ」


 平静を装いつつそう答えると、出町は一瞬戸惑ったような表情を見せた後、目を細めてこう言った。


「今の言葉ではっきりしました。あなたが藤村氏を殺した犯人です」


 淡々とした言葉だった。


「……何?」


「あなたが、オオトモという患者のカルテを見たはずはないんです」


「なぜ、そんなことが言える?」


「オオトモさん、という患者は存在しないからです」


 本城は軽い頭痛に襲われた。出町の言葉の意味が全く読めない。


「……確かに昨日の午前、狭心症の患者さんが藤村氏のもとを受診しました。ただし、名前はオオトモではありません。タジマさんといいます」


 まさか?


「つまり藤村氏は、患者さんの名前を間違えて記憶していたんです。同じようなミスはこれまでにもあったようですが、あなたは藤村氏との付き合いはほとんど無かったため、そのことを知らなかった……」


 そういうことか。出町の言葉を、本城は半ば上の空で聞いていた。


「どういうことか分かりますよね? あなたは確かにオオトモさんを知っていると言いました。ですが、オオトモという名前の架空の患者が存在していたのは、藤村氏の若山さんとの電話の間、つまり、犯行時刻の犯行現場以外にはありえない。これこそが、あなたが犯行時に現場にいた決定的証拠です」


 出町の言葉を最後まで聞き終わらないうちに、本城は椅子に深く座りこんだ。とても立っていられる状況ではなかった。


「そうか、そうだったか……」


「もっとも、今俺が証明したことは、先生が現場にいたことだけです。あくまで殺人を否認することはできますが」


「いや、そんなつもりはない。全て自供するよ」


 そう答えて、本城はまた一つ深いため息をついた。今度はいくらか気分が楽になった気がする。


「ずっと不思議に思ってたんだが、いつから僕に目をつけてたんだい?」


「実は……初めてここで会ったときからなんですよ」


「僕は何かまずいことを言ったかな」


「あのとき、昼食を食べに行ってたのにどうして藤村氏の死を知っているのかと聞くと、先生は『看護師たちのひそひそ話を聞いたから』と答えましたよね。これが問題でした」


「どうして?」


「だって普通なら、病院に警察が来てるのを見て、何があったのかを誰かに聞くでしょう? でも先生はそうしなかった。興味がなかったか、あるいは既にその死を知っていたかのどちらかです」


「なるほど、それもそうだな」


 本城は何とか笑おうとしたが、乾いた声が出るばかりだった。


「……先生の動機については、俺もいろいろと考えてみました。恐らく8年前、先生は当時勤務していた地方の病院で医療ミスを犯した。それは患者の取り違え。それをネタに藤村氏に脅迫を受け、口封じのために殺した、といったところでしょうか」


 ドキュメント番組のナレーションを聞いていると錯覚するほどにすらすらと出てくる言葉に、本城は圧倒されていた。


「まさにその通りだよ。そうか、その病院に問い合わせて、カルテの紛失を確認したのか」


「そうです。紛失したカルテは2人分。これを藤村氏が持ち出して脅迫のネタにしていたとすれば、その医療ミスは患者の取り違えの可能性が最も高い、というわけです」


 出町の見事な推理を聞きながら、本城は窓を少し開けた。都会の夜風が今夜は妙に心地よい。見飽きた夜の街の光景が、ここに来たばかりの頃のように新鮮に映った。


「そう……。あの日のミスが全てだった。あれさえなければ」


 夜勤明けのぼんやりとした頭で診察をした結果、およそ間違えるはずのない主婦と老夫を取り違え、投薬をミスした。死に直結しなかったのが不幸中の幸いだった。あれから8年。ミスをずっと隠し通し、何もなかったことにしようと苦しんできた8年間。その苦闘の日々さえ、ひどく虚しいものに思えた。難しい手術をいくつも成功させ、名声を得てきたこともまるで意味のないことのように思えてならなかった。どれもこれも、所詮はミスから目を背けてきただけではないか。


「出町くん、『過ちて改めざる是を過ちと謂う』って言葉、知ってるかい?」


「えーと……論語、でしたっけ」


「そう。自分の愚かさを正当化しようとすると、愚かさを重ねてしまう……。大学の教授が口癖のように言ってた言葉でね。ふと考えてみたんだ。自分はどこで間違えたんだろう? 多分8年前のミスではないんだ。僕は、外科医なんかになるべきではなかった。そして、過ちを改めなかったからこそ、今こうして過ちの報いを受けている」


 出町は、終始穏やかな表情で本城の話を聞いていた。


「さ、そろそろ行こうか、出町くん」


「……そうですね」


「ああ、そうだ。1つだけお願いがあるんだけど」


「何ですか」


「あのファミレスでもう一度食事をしたいんだ。君も一緒にどうだい? ハンバーグも今なら食べられる気がするんだ」


 もう苦しむことはない。全て一からやり直しだ。


「分かりました。御供します」


 出町が笑顔で了承するのを見た本城は、急いで白衣を脱ぎ、戸締まりをして自室を出た。そのまま決して振り返ることはなかった。

解答編、無事に書き上がりましたー! 倒叙モノは初めてだったんですけど、どうでしょう? 


ちなみに出町くんの検診の結果がどうなったのか……については次回で。


次回

 CASE:7 竜宮湖畔殺人事件


 ゴールデンウィーク期間中に竜宮湖で行われるミステリー企画「レイクサイド」に、出町の分も勝手に応募して見事に当選した古野。だがその初日、不可解な本物の事件が発生する……!

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