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名探偵はあてにならない。  作者: 龍
CASE:5 探偵クラブの怪事件
15/34

第15話  名探偵とラブレター

事件関係者


 出町昇之介(でまち しょうのすけ)・・・東都高校2年。探偵クラブの創設者。名探偵だが、天性のナマケモノでもある。


 古野直翔(ふるの なおと)・・・東都高校2年。探偵クラブのメンバー。出町の助手ポジション。


 佐伯青葉(さえき あおば)・・・東都高校1年。新聞クラブに所属。


 沖津博美(おきつ ひろみ)・・・東都高校数学教師。探偵クラブの顧問。


 森村(もりむら)まどか・・・東都高校2年。


 榎田孝平(えのきだ こうへい)・・・東都高校2年。

 最近、出町昇之介の様子がおかしい。

 桜の季節が近づき、ナマケモノにとっては待ちに待った春休みを目前に控えていることもあるのだろうが、それにしても変だと古野直翔は思っていた。

 ナマケモノモードの出町は、基本的に授業中は寝ている。入学当初は、どの教師からも指導を受けていたようだが、2年生になってからは教師も諦めつつあり、出町の睡眠時間は増す一方だ。廊下側の、前から2番目の席で堂々と机に突っ伏す姿は勇ましくもある。

 古野はと言えば、中央列のいちばん後ろの席で出町の様子がよく分かる位置に座っている。その古野が何を不審に思ったかと言うと、授業中に出町がなかなか机に突っ伏さないのだ。昼食休憩明けの猛烈に眠い時間で、退屈な授業を前にしてもなかなか寝る気配がない。頬杖をついて、窓のほうばかり向いている。古野も最初は、出町が外の景色を眺めているだけだと思っていたのだが、本人の様子をうかがう限りではどうやら理由は違うらしかった。

 出町が見ているのは、窓際の、前から3番目の席に座っている少女ではないか? これが、古野の出した結論である。森村まどか、という名のその少女は、出町の幼馴染みで、長めの茶髪をポニーテールにまとめたなかなかの美少女であり、その明るい性格から男女を問わず人気のある生徒だった。出町と森村がどのような関係なのか、古野にはよく分からなかったがもしかすると……。変人、出町にもいよいよ春が訪れようとしているということかもしれなかった。



***



 榎田孝平が声をかけてきたのは、5限目の古典が終わった時だった。古野の左斜め前の席に座る榎田は、椅子から身を乗り出すようにして話しかける。


「よお、古野。ちょっと頼みがあるんだけど……いいか?」


「うん? 何」


「ここじゃ話しにくいんだ。放課後、探偵クラブに寄ってもいいか?」


「ああ、いいけど。部室は、1階の書庫だからな」


 そうは言ったものの、それほど親しくしているわけでもない榎田の頼みに、古野は不思議な気分になっていた。ふと出町のほうを見ると、また窓のほうを向いて、頬杖をついていた。


◇◇◇


「実は……ラブレターを探してほしいんだ」


 その日の放課後、書庫にやってきた榎田は開口一番そう言った。


「ラブレター!?」


 出町はまだ来ておらず、書庫にいるのは古野と榎田の二人だけだから、誰かに聞かれる心配はないとはいえ、それにしても予想外の単語に古野は目を丸くする。


「ラブレターって、あのラブレターか?」


「他にどのラブレターがあるんだよ」


 ソフトテニス部で汗を流す榎田のイメージとは、あまりに程遠い単語だ。情報化が進んだ現代において、ラブレターというツールは絶滅の危機に瀕しているのではないかと古野は思っていたのだが。


「で……。ラブレターを探すっていうのは?」


「せっかく想いを伝えるわけだから、ラブレターを書いた方がいいと思ったんだ。で、俺なりに一生懸命書いたんだけどさ、それを無くしちまったんだ」


「へえ……。で、誰に渡すつもりだったんだ?」


 榎田は、照れ笑いを浮かべた後、ゆっくりと相手の名を告げた。


「……森村だ」


「えっ……」


 予想外の人物に、古野の思考は一瞬停止した。森村といえば、出町が授業中にしきりに見つめている(と思われる)人物ではないか。出町の眠そうな顔が、ふと古野の頭をよぎった。


◇◇◇


「ラブレター?」


 案の定、出町の反応は淡泊だった。無理もないかもしれない、と古野は考える。ラブレター捜索という、およそ魅力の感じられない仕事に、ナマケモノ出町が食いつくはずはないではないか。それに、このところ殺人事件と立て続けに遭遇していることもあり、犯罪に大きいも小さいもないとは言え、それと比べて余計に魅力のない仕事に思えるのかもしれなかった。

 それでも古野は、榎田に「全力を尽くす」と伝えてしまっていた。ここで引き下がるわけにはいかない。


「そこを頼むよ、出町。困っている人がいたら助ける。それが名探偵のあるべき姿勢だろ?」


「別に俺は名探偵じゃないぜ。お前が勝手に言ってるだけじゃないか」


「それじゃあ、俺の期待に応えるためだと思って頑張ってくれよ」


「お前の期待に応えたところで景品なんて出ないし、それより俺は寝たいんだけど」


 睡眠欲にだけは忠実なナマケモノは、あくまで働こうとはしなかった。そこで古野は奥の手を行使する。


「フフフ。そんなこと言っていいのかあ?」


「……どういうことだよ」


「出町……。お前、授業中に森村のほうばっか見てるだろ」


 半分眠ったようだった出町の顔に、明らかな動揺が広がる。


「お、お前……! なぜ、それを」


「ハッハッハ。俺はいちばん後ろの席だからな。お前の動きは嫌でも目に入るんだよ。それにしても探偵っていうのは、人の隠し事を暴くのは得意なくせに、いざ自分が隠すとなるとバレバレだなあ」


 出町はまだ何か言いたげだったが、あきらめたらしく、ソファーにだらしなく座りこんだ。


「……それで? 俺はどうすればいいんだ」


「だから、榎田のラブレターを探してくれるだけでいいんだ。まずはあいつの話を聞いてやってくれ。部活が終わったらここに寄るように言ってあるからさ」


「……分かったよ」


 出町の深いため息が書庫を満たした。



***



 春になり、日もずいぶんと長くなった。午後6時近くになってもまだ外は明るい。

 西日の射す書庫に、部活を終えた榎田が来ていた。


「おお、そうか! 捜索を引き受けてくれるか!」


 出町が働いてくれることを伝えると、榎田はガッツポーズで喜んだ。出町は相変わらず納得のいかないような表情だったが、榎田の様子を見て、いつもの探偵モードに移行した。


「……さて、それじゃあ榎田。依頼内容について詳しく話してくれ」


 榎田はソファーに腰を下ろし、ゆっくりと話し始めた。


「実は俺、ずっと前から気になってる子がいるんだ。その子に自分の気持ちを伝えようと思ったんだけど、面と向かっていうのはちょっと恥ずかしいんで、ラブレターを書こうと思ったんだ」


 榎田の気になっている子が、まさか自分の気になっている森村だとは想像さえしていないであろう出町は、榎田の話に丁寧に付き合っていた。


「……で、何度かの書き直しを経てやっと書き上げたんだけど、俺としたことがそいつを無くしちまったってわけさ」


「……どこで無くしたんだ? 家か、学校か」


「学校に持ってきてたんだけど、いつの間にかカバンの中から消えてたんだ」


「なるほど」


 出町は何度もうなずき、それきり黙りこんでしまった。……と思いきや、突然顔を上げて榎田を見据える。


「そもそも、誰宛のラブレターなんだ?」


 古野はあわてた。ここで榎田に森村の名前を出されたら、出町が怒って帰ってしまうかもしれない。ナマケモノは普段はおとなしい生き物だが、一度怒らせたらどうなるか分かったものではないのだ。

 暢気に答えようとする榎田に見えるように、古野は手でこっそりバツ印をつくる。その意味を理解したのか、榎田はあわてて口をつぐんだ。


「あ、ああ……いや、そいつは秘密だな」


 榎田の様子に、出町は明らかな疑いの目を向ける。


「でも古野には話したんじゃないのか?」


「い、いやそれは……」


「古野には話せて、俺には話せない理由でもあるのか」


 榎田はすっかり参ったようだった。出町はしばらく返答を待っていたが、やがてあきらめたのか、のそりと立ち上がった。


「まあ、いいや。とりあえず探してみようとは思う。じゃあ俺は帰るから」


 お先に、と言い残して出町は足早に書庫をあとにした。後には無言の古野と榎田が残った。



***



 翌日の放課後。

 古野は、ソファーに寝そべった出町と話をしていた。安くて古いソファーの寝心地は決して良くないはずだが、出町は相変わらず気持ち良さそうに目を閉じている。


「俺としては、ラブレターの行方よりも宛先に興味があるんだけどなあ」


 出町がそう言いながらうっすらと目を開け、じろりと睨んできたので古野はあわてて目をそらした。


「ま、まあそれは置いといて、お前は捜索に集中してくれればいいから」


「ふーん、別にいいけど。でもなんで俺には話せないのか、イマイチ分からないんだよなあ」


 出町はそう言ってまた目を閉じた。そのまま数分の沈黙が訪れる。古野はしばらく数学の勉強をしていたが、どうにも集中できない。教科書をしまって出町に話しかけようとしたとき、書庫の扉がいきなり勢いよく開いた。おかげで出町は安眠を妨げられる羽目になった。


「あらお二人さん、お揃いね」


 気安く入ってきたのは、以前出町に挑戦して返り討ちにあった、数学教師で探偵クラブ顧問の沖津博美だった。ただ、入ってきたのは彼女だけではない。後ろに一人の生徒がくっついている。その人物に気づいたとき、出町はソファーから数センチ飛び上がった。


「ま、まどか!」


 その生徒は、よく見ると出町と榎田の思い人、森村まどかだった。出町に気づくと笑顔で手を振る。


「あ、昇ちゃん! 相変わらずだね」


 昇ちゃん、と呼ばれた出町は耳まで真っ赤になる。


「バ、バカ! その名前で呼ぶなって言ってるだろ」


「え、何で? 小学生の頃からずっとそう呼んでるでしょ?」


「高校生にもなって“ちゃん”はないだろ、“ちゃん”は!」


「細かいことは気にしない気にしない!」


 古野はしばらく呆気にとられていたが、森村にペースを握られている出町を見て自然と笑いがこみ上げてきた。


「それで、森村は何しにここに来たんだ?」


 古野の問いに答えたのは沖津だった。


「廊下でばったり会っただけよ」


「なーんだ。それじゃあ、出町に会いに来たわけじゃなかったんだ」


 古野が残念そうにつぶやくと、出町が冷めた目でにらんできた。


◇◇◇


 勉強のために図書室に移動していた古野は数学の課題に一段落をつけ、息抜きに書庫を訪れた。出町はソファーで爆睡していたが、そのそばでパシャパシャと写真を撮る人物がいた。


「おお、青葉ちゃん!」


 新聞クラブの佐伯青葉だった。写真を撮るのに夢中になっていたらしい青葉は、古野の存在に気がつくと目を丸くして後ずさりした。


「わわっ、びっくりした! もー、先輩、いるならいるって言ってくださいよ」


 青葉は花粉症らしく、マスクをしていた。


「ごめんごめん。で、何でこんなとこで写真撮ってんの?」


「……クシュン。えー、実はですね、我らが東都タイムズで探偵クラブを特集することになりまして。それで部室の写真を撮らせてもらってたんです。ほんとは出町先輩に許可を得ようと思ったんですけど、寝てる先輩を起こすのも悪いかなと思って、無断で撮らせてもらいました。……クシュン。……それにしてもすごい本の数ですねー」


 青葉は横にずらりと並んだ本棚に圧倒されていた。そこだけ見れば書庫というより第二図書室という感じだが、床に雑然と積まれた古本のせいでそうは全く感じられない。


「ここに並んでる本棚は全部組み立て式らしいよ。だから図書室の本棚より一回り小さくなってるんだ」


 古野の説明が終わる前に、青葉は再び写真を撮り始めた。邪魔をするのも悪いと思い、古野はまた図書室に戻っていった。



***



「おい、出町! 起きろ!」


 古野が何度か強く揺すって初めて出町は目を覚ました。寝起きの不機嫌な顔で睨んでくるが、そんなことを気にしている場合ではない。


「……どうしたっていうんだ?」


「出町、あれを見てみろよ」


 古野が指さす方向にゆっくりと顔を向ける出町。その目が見開かれる。


「こ、これは……」


 ずらりと並んだ本棚の一つ。そこにあるべき本が全て姿を消していたのである。


「どういうことだ? なんで本が消えたんだ?」


 出町の問いに古野は首を振るしかない。


「分からん。図書室での勉強が終わって来てみたら、その本棚の本が全て消えてたんだ」


 よく見ると、空っぽになった本棚には貼り紙がしてあった。そこには無機質な文字が並んでいた。


『本は全て頂いた。名探偵よ、その頭脳を振り絞り、消えた本の在処を突き止めてみよ』

本を盗んだのは誰か?

 出町昇之介

 古野直翔

 佐伯青葉

 沖津博美

 森村まどか

 榎田孝平


 まだ手がかりとなるようなものはほとんど描かれていませんが、一応今回の事件のポイントを。


Q1.本を盗んだ人物は誰か? また、どうやって大量の本を運び出したのか?


Q2.なぜ本を盗んだのか?


 次回をお楽しみに!

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