第14話 ささやかな救済【解答編】
あらすじ
ブラッディメアリーと名乗る人物によって次々と殺されていく、サークルのメンバーたち。ついに犯人の正体が明らかに……!
容疑者
八原俊也・・・サークル『ミディアム』のメンバー。眼鏡をかけた美青年。
佐和山灯里・・・サークル『ミディアム』のメンバー。オカルトは苦手。
城戸健治・・・サークル『ミディアム』のメンバー。チャラ男。
浅沼春奈・・・サークル『ミディアム』のメンバー。気が強い。
輪ゴムで犯人が分かると豪語した出町だったが、「ミディアム」のメンバーたちの反応は淡白だった。中でも城戸は、あからさまに出町をバカにしたような雰囲気だ。
「おい、ボウズ。犯人が分かったのはいいが、寺田さんの死体が見つかったとき、あの礼拝堂は密室だったんだろ?」
城戸が当然の疑問を口にすると、浅沼もそれに便乗する。
「そうよ! それに礼拝堂に灯りがついたとき、あたしたちは降霊の真っ最中だったじゃない! どうやって灯りをつけたっていうのよ」
次々と投げかけられる疑問にも出町は顔色一つ変えず、ゆっくりと口を開いた。
「それでは、先にその謎の答えからお話ししましょう」
出町に言われ、一行は礼拝堂の前へと移動する。中にはまだ寺田の死体が横たわっているため、さすがに中には入らないが。
「寺田さんの死体が発見されたとき、この礼拝堂は完全な密室でした。それは間違いありません」
出町の説明に、古野はもう一度あのときのことを思い出していた。灯りがついているのを見て礼拝堂に向かったが、ドアには内側から鍵がかかっていて、古野が鍵を取りにいくと鍵は無くなっていた。仕方なくドアを破って中に入ると寺田のバラバラ死体が横たわっていて、右手に鍵が握られていた。窓は全て施錠され、天窓には鉄格子がはめられている。どう考えても完全な密室だ。
「それでは、犯人の行動を整理してみましょう」
出町の話は続く。
「恐らく犯人は、降霊の始まるずっと前に寺田さんを礼拝堂に呼び出し、殺害。その後、死体をバラバラにします」
青葉と佐和山が視線を反らした。
「犯人はあらかじめ大広間から、礼拝堂の鍵を盗んでいました。殺害後、蝋燭をセッティングした犯人は、鍵とあるものを持って外に出ます」
「あるもの?」
「寺田さんの右手ですよ」
「!!」
その場にいた全員の目が見開かれる。青葉は手で顔を覆ってしまった。
「死後硬直が始まる前に、犯人は鍵を寺田さんの右手に握らせます。死後硬直が始まれば、鍵は手の中に固定されることになりますからね。その状態で天窓に上り、鉄格子の隙間から、腕ごと中に落としたんです」
あまりの事実に、古野は開いた口がふさがらなかった。確かに腕一本ぐらいなら鉄格子の隙間は通過できるうえに、死体が天窓の真下にあったことは古野自身も確認済みだ。
「……密室トリックについては分かりました。でも先輩、蝋燭の件はどう説明するんですか」
青葉が震える声で尋ねる。
「その説明の前に、水野さんの死体が発見されたときに感じた違和感についてお話ししましょう」
「ちょ、ちょっと待て、出町。なんでそこで水野さんのことが出てくるんだよ」
「古野。あの時の現場の状況を思い出してみろよ」
「現場の状況?」
「部屋は明るかったか?」
何とか記憶をたぐり寄せようと古野は目を閉じた。水野の死体を見つけたとき、あの部屋は……。
「おお! そういえば、電気が消えててカーテンも閉まってたから、朝とはいえけっこう薄暗かったな」
「そう、そこだ! 部屋の明かりは消えていたんだ。つまり犯行が行われた深夜、あの部屋は真っ暗だったはず。では犯人はどうやって水野さんを絞殺したのか? わざわざ明かりをつけたり消したりしたとは思えないし」
言われてみればそうだ。部屋の明かりをつければ、水野が目を覚ましてしまうはずだ。犯人がペンライトでも持参していたのかと古野が問うと、出町はゆっくりとかぶりを振る。
「古野、お前にあの悪夢の話をしたよな?」
「ん? ああ、血まみれの人物がベッドのそばに立ってたっていうアレか?」
他のメンバーがキョトンとしていたので、古野は出町から聞いた夢の話を教えてやる。反応は様々だったが、皆少なからず驚きを見せた。
「その時、俺の部屋の明かりは消えていた。でも俺にはその人物が見えた。それは、窓から光が射しこんでいたからなんだ」
「月の光か!」
八原が声を上げると、出町は満足そうにうなずいてみせる。
「そう、昨夜は月が綺麗に出ていた。窓からの光のおかげで犯人は、明かりをつけずとも水野さんを殺すことができたというわけさ」
「でも出町。死体を見つけたとき、水野さんの部屋のカーテンは閉まってなかったか?」
「ああ。犯人が犯行後に閉めたんだ」
「何のために?」
「窓から射す明かり。これが礼拝堂の蝋燭のトリックのヒントになるからさ」
***
実験には礼拝堂ではなく、もう一つの館である水星館が使われることになった。本来ならば礼拝堂を使うところなのだろうが、女性陣(特に青葉と佐和山)の猛反対を受け、場所を変えることになったのだ。幸い、水星館の内装は礼拝堂とほとんど変わらなかった。
「犯人は礼拝堂を密室にする前に、ある細工を窓に施したんです」
そこで出町は、手に持っていた画用紙を掲げてみせた。
「本館を探し回ってやっと見つけました。犯人は画用紙を使ったんです」
「どういうことだ?」
「犯人は並べた蝋燭に火をつけてから、窓際に画用紙を貼り付けて、窓をふさいだんです。そうすれば、いくら蝋燭が燃えていても窓から明かりが漏れることはありません」
そこでやっと古野は理解した。画用紙が、明かりが窓から漏れるのを防ぐカーテンの役割を果たしていたということらしい。
「で、でも降霊が終わったあとで礼拝堂に明かりが見えたじゃねーか」
城戸があわてて反論する。だが、出町はあくまで冷静だった。
「だから犯人は、窓際にも蝋燭を置いておいたんですよ。窓をふさいだ画用紙の余った部分を谷折りにして、時間が来れば蝋燭の火が到達して画用紙が焼け落ちるようにしておいたんでしょう。あらかじめその時間を調べておけば、降霊の最中に画用紙が燃えるように細工することもできたでしょうからね。証拠に、窓際には何かの燃えカスが落ちていました」
「でも出町、そんなことして窓は大丈夫なのかよ?」
「その点は心配ないよ。忘れたのか、古野。第一の事件で木星館が燃えたときも、窓ガラスはほとんど被害を受けてなかったろ? 館の窓は全て防火ガラスなんだよ」
「そ、そういや確かに……」
「それでは皆さん。もう一度、大広間に戻って推理の続きといきましょう」
***
大広間は静寂そのものだった。口の悪い城戸も、気の強い浅沼も別人のようにおとなしくなっている。
「それでは皆さん、先ほどお渡しした輪ゴムを取り出してください」
出町に言われ、「ミディアム」のメンバーらはおとなしく輪ゴムを取り出す。
「では皆さん。よーく思い出してください。殺された石川さんは珍しい腕時計をいくつも持っていたんですよね?」
不安げにうなずくメンバーたち。石川さん、というのは橋本の代わりに木星館で燃やされたメンバーのことだということを、古野と青葉は密かに確認する。
「それでは質問です。その石川さんは、腕時計をいつもどちらの手首にしていましたか? 右か左か、あてはまるほうの手首に輪ゴムをつけてください。他の方に見られないように」
不思議そうな表情を浮かべながらも、メンバーたちは手元を隠しながら輪ゴムをつけ始めた。こんなことで犯人が分かるのだろうか、と古野と青葉はまだ半信半疑だった。
「……どうやらつけ終えたようですね。では皆さん、手首を見せてください」
メンバーたちが一斉に手首を出す。浅沼は右手首に輪ゴム。城戸も右手首につけている。佐和山もそうだ。だが……。
「やはり、そうでしたか」
出町がふっとため息を漏らす。
「ブラッディメアリーを名乗り、4人を殺害した犯人は、あなたですね」
***
「犯人はあなたです。八原さん」
八原だけがどちらの手首にも輪ゴムをつけていなかったのだ。額に汗が浮いている。八原の手から輪ゴムが落ちた。
「お、おい出町……。どういうことだよ、俺にはさっぱり」
「水野さんの右手首の傷を覚えてるだろ? あれは水野さんからのメッセージだったんだ。『石川さんは、いつも腕時計を右手首につけている』という」
「それがどうしたっていうんだ」
「箱に入っていた石川さんの腕は左腕だった。だけど、なぜかそこに腕時計がついていた。それで分かったんだ。犯人は、石川さんが腕時計をどちらにつけているか知らない人物だと」
八原はうなだれたまま、顔を上げようとしない。
「初日の自己紹介のとき、八原さんが石川さんのことを知らないと言っていたのを思い出して確信しました。何の目印も無いと、あの左腕が誰のものかが分からなくなる。そこで、腕時計をつけることを思いついたまではよかったけど、どちらにつけるべきかが分からなかった。それが唯一のミスだった」
出町はそこで言葉を切り、八原の答えを待つ。もはや誰も口を挟もうとはしなかった。
「フ……。参ったなぁ。そんなことでバレるなんて」
ようやく絞り出された八原の声は、乾ききっていた。
「八原さん……。自殺した小林という女性とは、どういうご関係だったんですか」
「……恋人どうしだったよ」
八原は眼鏡を外し、ゆっくりと話し始めた。
「彼女と出会ったのは、俺がまだ高校生だったときだ。当時の俺の生活は荒れていて、とても勉強どころじゃなかった……。そこに救いの手をさしのべてくれたのが彼女……那月だった」
八原の顔にわずかな輝きがあらわれる。
「那月は、荒れきっていた俺を正しい道へと導いてくれた。こうして大学に入れたのも那月のおかげだ。あの日々は本当に楽しかった。昔つるんでいた仲間から呼び出されて一晩中いじめられることもあったけど、那月がいてくれたからそれにも耐えられた。しばらくしてそいつらからの連絡も無くなり、このまま平穏な生活が続くんだとばかり思っていた」
八原の表情が険しくなる。
「だが、異変は突然やってきた」
「異変?」
「那月から『ミディアム』のことを聞いたのもその頃だった。橋本とかいう男に誘われて、そのサークルに入ることになったとも聞いた。ところが『ミディアム』に入ってから那月の様子が途端におかしくなった」
「何かあったんですか」
出町の穏やかな問いに、八原は首を振って続けた。
「その時は何も分からなかった。那月からの連絡が減り、ついには俺の前から姿を消した。そのすぐ後、那月が首を吊ったと知らされたんだ」
八原は頭を抱えた。
「いったい何があったのか? 原因は分かりきっていた。那月がおかしくなったのは『ミディアム』に入ってからだったからな……。」
「それで『ミディアム』に入り、小林さんの死の真相を確かめようとしたわけですね?」
「ああ。そして知ったのさ。恐るべき事実を……」
「事実?」
「サークルを作った橋本、寺田、石川、水野の4人が那月を麻薬漬けにしてボロボロにしていたということを!」
出町の眉がピクリと動いた。他のメンバーたちは声もあげられそうにない状況だった。古野の隣では、青葉が手で口元をおさえていた。
「あの4人が……。なぜそんなことを?」
「……橋本は前々から那月に目をつけていたらしい。サークルに誘ったのもそのためだったようだけど、那月に拒絶されて自尊心をズタズタにされたと言うんだ。何で麻薬を入手できたのかは分からないが、それで那月に報復したことは間違いない。それに他の3人も、それを黙認していたんだ……!」
八原の話に、古野は恐怖で体の震えが止まらなかった。あの好青年の橋本が、そんな恐ろしいことに手を染めていたなど、想像もできなかったからだ。
「そうか……。小林さんの残した遺書、あれは麻薬のせいで自分が変わっていくことに耐えられないという意味だったのか」
出町は一人で納得していた。
「その通り。だから俺は誓ったんだ。あの4人に、那月の血の代償を命をもって払ってもらうのだと」
八原は無言のまま崩れ落ちた。
「後悔はしてない。どんな罰が下されようと、肅々とそれを受け止めるつもりだよ」
口ではそう言っているが、八原の肩は確かに震えていた。
「や、八原くん……。」
それまでずっとすすり泣いていた佐和山が八原のほうへ歩み寄った。
「何だ、佐和山」
「あ、あのね……。こんなときに言うのは場違いかもしれないけど、わたしがこのサークルに入った理由……八原くんがいたからなの……ずっと八原くんのことが好きだったから、それで……」
意外な告白だった。出町も目を丸くしている。
「ハハハ……。そうか、佐和山。ありがとう。でも、もう俺のことなんか忘れてくれ」
「ううん。わたし、八原くんのこと、忘れないから。だから、きっと罪を償って……いつか帰ってきてね」
八原はそこでようやく顔を上げ、佐和山をしっかりと見据えた。それからすぐに顔を歪ませ、物凄い泣き声とともにそのまま佐和山の足元に崩れ落ちる。その姿は必死に許しを求めているようにも見えた。もしかすると、優しく手をさしのべる佐和山に、生前の小林那月の姿を見たのかもしれないと古野は思った。
***
翌朝、白馬大学から救助の船がやってきた。すぐさま警察に連絡を入れてもらい、ようやく島を離れることができた。
「ミディアム」のメンバーが船室に入っていくのを見届けた古野は、甲板に佇んでいた出町と青葉の元へ移動した。事件が解決したせいか、出町の顔からは輝きが失せ、すっかり抜け殻のようになってしまっていた。
「出町、お前船酔いは大丈夫か?」
「ん? ああ……」
受け答えにも覇気がない。
「後で吐いても知らねえからな! ところで青葉ちゃん、結局取材はどうなったのさ」
ぼーっとしていた青葉はその一言で飛び上がった。
「あ! そういえば忘れてました……。どうしましょう? みんなに怒られちゃう……」
「なーに、殺人事件があったって言えば、誰も文句は言えないさ」
だらしのない声でそう言った出町が、思いきり伸びをする。
「なあ出町。橋本さんは何で降霊会なんて開いたんだろうな? それも自分が殺したも同然の人を呼び出そうだなんて……」
八原の話を聞いてからずっと疑問に思っていたことを、古野は聞いてみた。
「さあ……? もしかしたら、橋本さんはずっと罪悪感に苦しんでいたのかもしれないな。それで、会って謝りたかった、とか。そうでもしないと死者には会えないからな」
「そうか……。なるほど、そうかもしれないな」
「まあ、死人に口なし。今さらどうしようもないことさ。それこそ降霊でもして聞き出さない限りな」
出町はそう言うと、もう一度伸びをしてから船室のほうへ歩いていった。青葉も心配そうにそのあとを追う。どうやら船酔いに襲われたらしい。古野はやれやれとため息をついて、島を振り返った。不気味な館の横たわる緑の島は、いつの間にか見えなくなっていた。
5話編成となると長かったです……。書ききることができたのは良かったです。
次回
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