第12話 月夜の訪問者
あらすじ
降霊合宿の取材のため、ある島を訪れた出町、古野、青葉の3人はそこで降霊サークルのリーダーのバラバラ死体に遭遇する。やがて起こる第2の殺人―。犯人の正体とその目的とは?
容疑者
寺田紗希・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の3年生。殺された橋本と付き合っていた。
水野康一・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の3年生。体格のせいでよくオタクに間違えられる。
八原俊也・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の2年生。オカルトに詳しい美青年。
佐和山灯里・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の2年生。オカルトは苦手だが、なぜかサークルに入っている。
城戸健治・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の2年生。チャラチャラした性格の理系エリート。
浅沼春奈・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の2年生。美人だが性格はややキツめ。
石川の左腕が入っていた箱を足元に置いた出町が一同を見渡す。
「出町くん……。犯人の使ったトリックが分かったって本当?」
寺田が震える声で聞く。
「ええ、犯人はまだ分かりませんが、橋本さんの死体を木星館から土星館へと移動させたトリックは分かりました」
誰かが唾を飲みこむ音が聞こえた。
「まず話しておきたいのは、この事件の犯人『ブラッディメアリー』が死体を切断することに執着する意味です」
「そ、そんなの異常者だからに決まってんだろ!?」
城戸の言葉に出町は静かに首を振る。
「俺も最初はそう思っていました。ですが本当の理由は、死体を切断することがトリックを成立させるうえで無くてはならない重要な行為だったからなんです」
「重要な、行為、だと……?」
「そうです。……ところでどなたか石川さんの身長を覚えておられる方はいませんか」
そこで出町は再び一同を見渡す。
「い、石川さんは……わたしと同じくらいの身長でした」
佐和山が答えると、それに伴って寺田も「そうね……身長の低さがコンプレックスだったわね」と同意の意を示す。
「やっぱりそうでしたか……」
「やっぱり? 何がやっぱりなんだよ、出町」
黙って聞いていた古野が解説を急かした。
「まあ、それについては一旦置いておくとして、肝心のトリックについてお話ししましょう」
上手くかわされて古野はムッとしたが、出町はそれには気づいていない様子で淀みなく話を進める。
「あの夜、燃え盛る木星館の中に横たわっていた死体は、橋本さんではなく石川さんだったんです」
「……は?」
「あの死体は橋本さんではなかったってことだよ、古野」
「……はあ?」
わけが分からない、という表情の古野に、出町はため息を一つつき、とりあえず説明を再開する。
「要するに、木星館の火の中にあったあの死体は、本当は石川さんだったということです」
「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、京介は……」
「その時点で既に殺されてはいました。ただし、死体は初めから土星館に置いてあったんです」
出町の説明に、寺田はがっくりとうなだれる。
「なぜ犯人が死体を切断し、そのうえ顔までつぶしていたのか。その理由を考えた結果、こういう結論に至りました。橋本さんは高校時代にバスケをやっていて背が高かったのに対し、石川さんは自分の身長にコンプレックスを抱くほど背が低い。だから死体をバラバラにすることで二人の身長差をごまかしたんです」
「何てことだ……! 全て犯人のトリックだったなんて……」
八原が悔しそうにつぶやいた。
「死体が白いローブを着ていたために、俺たちは木星館の死体を橋本さんだと思いこんでいた。だが実際には橋本さんの死体は初めから土星館にあったんです。木星館を燃やすことで石川さんの死体を隠滅し、翌朝手紙を置くことで俺たちを土星館へと向かわせ、橋本さんの死体を発見させる。そうすることで、あたかも死体が移動したかのように錯覚させられるというからくりですよ」
「ちょっと待った! じゃあその犯人っていうのは誰なんだ?」
城戸が手をあげ、それから周りを見回した。この中に犯人がいると疑っているらしい。他のメンバーもお互いを疑いの目で見つめ合う。
「それはまだ分かりません。ただ、今日の一晩を乗りきれば合宿も終わりです。明日になればこっちの異変に気づいて、誰かが船を出してくれるかもしれません。それまで待つしかないと思います」
***
「ええっ! 本気ですか、寺田さん」
夕食の前、寺田と話をしていた青葉が素っ頓狂な声を上げた。何事かと出町と古野も駆けつける。
「ええ。今夜、降霊を行うわ」
古野が小さく悲鳴を上げるのと、出町の目が見開かれるのがほぼ同時だった。
「どういうことですか、寺田さん」
「犯人も分からないまま夜を越すなんてごめんだわ。だから京介の霊を呼び出して誰に殺されたか聞き出すのよ」
「そんなっ! いちいち呼び出される橋本さんの身にもなってくださいよ!」
古野の言葉に寺田は耳を貸す素振りもない。
「とにかく! 今夜8時に大広間に集合! 分かったわね!」
そう言い放つと、寺田は水野の元へと去っていった。
***
午後8時。
寺田に言いくるめられてしまったのか、メンバーたちは一様に黒いローブに身を包み、大広間に集合していた。出町たちも仕方なく同席する。ただ、発案者の寺田と、佐和山がまだ来ていなかった。
「言いだしっぺはどうしたんだよ。ボク、ほんとはもう寝たいんだけどなあ。勘弁してほしいよ……」
水野のため息が漏れた。
「あー、すみません!!」
かわいい声とともに現れたのは佐和山だった。かなり急いで来たらしく、息が上がっている。
「遅いぞ、佐和山」
「ご、ごめんなさい、八原くん。許して……」
懇願するような目つきで八原を見上げている。目のやり場に困った八原はそれ以上彼女を問い詰めなかった。
「それにしても遅いわね、寺田さん。何してるのかしら?」
浅沼がいら立ちを含んだ声を上げる。
「いいや、もうボクたちだけで始めちゃおう!」
水野の提案に、一同が「さんせーい」と答えたのを合図に、城戸が蝋燭に点火し、それと同時に浅沼が大広間の照明を落とした。それからカーテンが全て閉められる。
「サークルの規定に従って、いちばんの年長者であるボクが、臨時のリーダーを務めます」
水野が弱々しく宣言し、一同に円になるように身振り手振りで促す。その中に自分たちも含まれるらしいと悟った古野が慌てた。
「ええっ、俺たちも参加しなきゃいけないんですか?」
「うん……。黙って見てるわけにはいかないだろ?」
「は、はあ……」
半ば強制的に円に組みこまれ、それから隣と手をつなぐように指示される。古野の両隣は佐和山と浅沼だったので、少し得した気分だ。出町は相変わらず難しい顔をしており、また青葉は露骨に嫌そうな顔をしていた。というか、この状況で取材はどうするのだろうか。殺人事件のせいで青葉は、本来の自分の目的を忘れているらしい。
「目を閉じて」
また水野の弱々しい声が聞こえ、一同はおとなしく目をつぶる。蝋燭の炎が怪しくゆらめくのが見えた。
「グリゴリー……レサアーサポンセ……グリゴリー……ラセーニョポンセ……死者を呼び給へ、死者を呼び給へ……」
「グリゴリー……」
復唱が始まった。古野が、さてどうしようかとこっそり目を開けて辺りを窺うと、サークルのメンバー全員の口が動いているのに対し、青葉は口を固く結んでいたのだが、出町はなぜか口を動かしていた。……この短時間で覚えたのか? いや、推理以外ではてんであてにならない出町のことだ、どうせ適当につぶやいているに違いない。と、結論を出した古野は結局押し黙ったまま、時間が過ぎるのを待った。
10分はたっただろうか、ようやく地獄のような時間は終わりを告げた。結局のところ橋本の霊は現れず、時間と蝋燭をすり減らしただけの徒労に終わったのだった。
「あれえ、ダメか……。ちゃんと手順通りにやったんだけどなあ……」
水野は首をかしげていたが、降霊が失敗した原因は恐らく高校生3名を参加させたことにあるのだろう、とその3人は思っていた。
「バカバカしい! 結局何も起こらないじゃないの!」
イライラしながらカーテンを開けた浅沼が声を上げた。
「あれ、何か明るくない? あそこ」
それにいち早く反応した出町が駆け寄る。それに続いて、他のメンバーも窓のそばにやってきた。
「ほら、あそこよ。灯りがついてるみたいじゃない?」
浅沼が指差した先、そこは窓の外、中庭を挟んだ向こう側に建つ礼拝堂だった。殺された橋本の説明によれば、今は使われていないはず。その礼拝堂の窓からぼんやりと灯りが漏れ出ている。
「さっきカーテンを閉めた時は真っ暗だったのに……」
「まさか!」
出町が走り出した。大広間を出て中庭を横切り、礼拝堂へと向かう。雲の隙間から月が顔を出していた。その光の下を進んでいく。出町に続いて他のメンバーも中庭を走り抜けていった。
だが、礼拝堂には鍵がかかっていた。扉を叩いて呼びかけるが、中からは何の反応もない。
「古野! 大広間に戻って鍵をとってきてくれ!」
「お、おう! 分かった」
出町の指示で古野は引き返す。だが、戻ってきた古野の顔は浮かなかった。
「出町! 鍵がなくなってる!」
「何!? 犯人が持ち去ったのかっ」
すると出町は扉に体当たりを始めた。扉は木製だが、かなり頑丈である。途中から古野と城戸も加わり、体当たりは続いた。やがて扉は悲鳴を上げ、バリバリという破壊音を伴って開け放たれた。
最初に感じたのは生ぬるい空気と血のにおい。
「!!」
出町が後続を手で制した。それを合図に女性陣は一歩下がる。
礼拝堂の広い床の中央―。天窓から降り注ぐ淡い月光に照らし出され、並べられた蝋燭に取り囲まれるようにしてそれは横たわっていた。もはや疑いようもない、紛れもなく寺田のバラバラ死体だった。橋本、石川と同じく四肢を丁寧に切断され、その切断された右手には鍵が握られている。
出町の指示で古野は窓の鍵を調べにかかった。窓際にまで置かれた蝋燭を倒さないよう慎重に一つ一つ見てまわるが、どの窓もしっかり内側から施錠されている。そして残る脱出経路は天窓―。だが、天窓には鉄格子がはめられており、とても人間が脱出できるとは思えなかった。
そう、見た限りではこの礼拝堂は……。
「密室」
誰かがそうつぶやいた。
「うわっ!!」
その直後、八原が壁を見て悲鳴を上げた。壁に書かれていたのは、見覚えのある赤い文字だった。
『生贄は頂いた されど、未だ我が傷は癒えず 新たな血を捧げよ ブラッディメアリー』
***
再び大広間へと戻ってきたメンバーの中に、口を開こうとする者はほとんどいなかった。ただ水野だけは「なんで寺田が……」と先ほどの降霊の呪文のように繰り返していた。佐和山と青葉からはすすり泣きが漏れ、浅沼も気丈に振る舞ってはいたが、その目に元気はなかった。
「で、出町……。犯人はどうやって寺田さんを殺したんだ? まさか本当に霊に殺されたんじゃ……」
このままでは埒があかないと思ったのか、古野が出町に尋ねた。
「そんなことがあるわけがない。犯人、ブラッディメアリーが何らかのトリックを用いて礼拝堂を密室にしたんだ……。だが、謎はそれだけじゃない」
「え?」
「蝋燭さ。降霊が始まる前、つまり浅沼さんがカーテンを閉める前は礼拝堂は真っ暗だった。ところが降霊が終わってカーテンを開けてみると、礼拝堂からは蝋燭の灯りが漏れていた。ということは、降霊の最中に突如として礼拝堂に並べられていた蝋燭に火が点けられたということになる」
出町の声は震えていた。
「そんなことが可能だったのか? もしこの中に犯人がいるとして、その人物は降霊の最中に抜け出したということなのか? 手をつないで円になっていた状況で……?」
そこまで言うと出町は顔を上げ、一同を見回した。
「皆さん、一つお願いがあります。これまでの事件で何か気づいたことはありませんか、あれば教えてください。特に水野さん、自殺した元メンバーの小林さんについて何か知っていることはありませんか」
名指しを受けた水野は体をびくびくと震わせながら虚空を睨んでいた。それから何かを思い出したように顔色を変え、
「そ、そういえば……。石川が……」
とつぶやいた。
「石川さん? 石川さんがどうかしたんですか」
出町が問い詰めると、水野はあわてて首を振る。
「ああ、いや何でもない。それよりボクは部屋に戻って休ませてもらうよ。この中に犯人がいるかもしれないんだからね……」
「そ、そうだ! 俺も部屋に戻るよ」
「じゃああたしも。こんなとこにいたら殺されるかもしれないし」
水野に続き、城戸と浅沼が席を立つ。遅れて佐和山と八原も連れだって大広間を出ていった。
「出町……」
古野が茫然として出町の名を呼ぶ。青葉はいつの間にか眠っていた。
「古野、青葉ちゃんを頼む」
「え、お前はどうするんだよ」
「ちょっと考えたいんだ。分からないことが多すぎて……。くれぐれも部屋には鍵をかけておけよ」
呼び止める声を無視して出町は大広間をあとにした。
◇◇◇
「犯人はどうやって礼拝堂を密室にしたんだ……。それに降霊の最中に礼拝堂の蝋燭に火を点けた方法も分からない。何より犯人の動機はいったい……」
出町は、自室のベッドに仰向けに寝転んで考えを巡らせていた。といっても、手がかりはつかめそうになかった。明日もう一度礼拝堂を調べてみようと決意したところで睡魔に襲われ、そのまま深い眠りへと落ちていった。
どのくらい経っただろうか、出町はふと目を覚ました。
それにしても今夜は本当に良い月夜だ。窓から月光が注いでいる。その光に照らし出され、何かが浮かび上がった。
「!!」
血まみれのローブに身を包み、右手に大剣を携えた人物がすぐそこに立っていたのだ。顔はマスクで覆われていて定かでない。ただ静かな殺気だけは感じられる。
自分のものか、それともその訪問者のものかさえ分からない荒い息を確かに聞きながら出町は、あれだけ古野に言っておきながら、ドアの鍵をかけ忘れたことを思い出していた。
被害者
橋本京介・・・絞殺
石川真平・・・絞殺
寺田紗希・・・絞殺
“ブラッディメアリー”を名乗る犯人は誰か?
水野康一
八原俊也
佐和山灯里
城戸健治
浅沼春奈
○事件の謎
・犯人はどうやって礼拝堂を密室にしたのか?
・降霊前には真っ暗だった礼拝堂だが、降霊後には蝋燭の灯りが窓から見えた。どうすればそんなことが可能か?
・犯人の動機は何か?




