第11話 贈り物
あらすじ
青葉の取材に同行し、孤島で行われる降霊合宿に参加した出町と古野。だが、その夜、降霊サークルのリーダー橋本がバラバラ死体となって発見される。
容疑者
石川真平・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の3年生。今回の合宿には参加していないのだが……。
寺田紗希・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の3年生。殺された橋本とは恋人同士だった。
水野康一・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の3年生。眼鏡と体格のせいでオタクに間違えられやすい。
八原俊也・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の2年生。オカルトに詳しい美青年。
佐和山灯里・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の2年生。オカルトが苦手だが、城戸に誘われてサークルに入ったらしい。
城戸健治・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の2年生。チャラチャラしてはいるが、理系のエリート。
浅沼春奈・・・サークル「ミディアム」のメンバーで、白馬大学の2年生。考古学者を目指しているが、ややヒステリックな性格。
土星館は出町の指示ですぐさま封鎖され、一同は本館の大広間に集められた。
オカルトが苦手な佐和山は、バラバラ死体に二度も遭遇したこともあり、浅沼に介抱してもらっていた。青葉もさすがに参ったようで、難しい顔をした出町にくっついている。こういうとき探偵というのは役得だよな、と古野は恨めしそうに眺めていた。
「本当に……死んでいたのは京介だったの?」
「ええ。間違いないと思います。白いローブを着ていましたし、体格もそっくりでしたから。ただ、四肢が完全に切断されていたうえに顔もズタズタにされていたので、まだ断定はできませんが」
出町の言葉に寺田は複雑な表情を浮かべた。京介、と呼んでいるところから見てもやはり恋人同士だったのだろう。殺されたのか、そうでないのかさえはっきりしない状況では無理もない、と古野は心の中で同情する。
「やっぱりこのブラッディメアリーの仕業なんだろうか」
テーブルの上に放置されていた手紙を手に八原がつぶやく。
「おそらくは。少なくとも本当にブラッディメアリーが現れて橋本さんを殺した可能性はないと思います」
「確かに。ブラッディメアリーは鏡の前で名前を呼ぶことが呼び出しの条件だし」
八原の言葉に出町も満足げにうなずく。
「ところで、こういう展開って……」
佐和山をなだめていた浅沼が思い出したようにつぶやく。
「孤島に人が集められて脅迫状が届き、人が死ぬ……。ってことはこの島は……」
言わんとすることを察したのか、浅沼が言い終わるかどうかというところで出町が走り出した。ものすごいスピードで外に出ると、そのまま庭を突っ切っていく。つられて古野と城戸、八原も追いかけていくが、一向に追いつけない。足の速いナマケモノってどうなんだ、と古野は思わず吹き出しそうになるが、状況が状況なだけに何とかこらえる。
どうやら出町が向かっているのは船着き場らしい。急にどうしたんだよ、と声をかけようとした古野もだんだんと異変に気づきはじめていた。
「船が……船がないっ!」
声を上げたのは城戸だった。
帰還用の船が忽然と姿を消していたのだ。寄せては返す波にさらわれてしまったのか、いやロープでつないでいたからそんなはずはない。とすると―。
「……最悪の展開ですね」
そう言って出町が指差した先。船をつなぎとめていたロープは、美しい切断面だけを残して切れていた。これくらいのことは古野にでも分かる。誰かがロープを切ったのだ。
「脱出経路を絶たれたわけですよ。この様子だと恐らく犯人は、橋本さんが携帯を回収することも計算に入れていたんでしょう。橋本さんを最初に殺害したのもそのため。たぶん携帯は犯人が処分してしまっていると思います」
八原が、海原の果てを見据えてへなへなと座り込む。隣で城戸も絶句していた。
「ただこれではっきりしたことは、犯人はまだこの島の中に、俺たちといっしょにいるということです」
***
「じょ、冗談じゃないよ!? 島から一歩も出られないなんて」
船が消えたことを報告に戻ると、水野が素っ頓狂な声で出迎えた。
「そんな……。じゃあ、あたしたちはこの島に閉じこめられたってこと!?」
浅沼のややヒステリックな声に、佐和山がまた泣き出す。
「そういうことになります。合宿が終わるまであと2日。それまでは俺たちはこの島から一歩も出られないってことです」
八原は努めて冷静さを保っているようだったが、その声には震えが混じっていた。
「そ、そんな……! ボ、ボクはこんなところで死ぬなんてごめんだよ!」
水野があわてて立ち上がる。取り乱すと余計にオタクっぽく見えた。
出町はその水野を何とか落ち着かせると、隣で祈るように座っていた寺田に優しく声をかける。
「寺田さん、橋本さんが誰かに恨みを買っていたというようなことはありませんか。どんな些細なことでもいいんです」
「分からないわ……。それに京介だって、もともと私にそれほど興味があったわけじゃないみたいだし」
「? どういうことですか」
「そういう男なのよ。熱くなりやすく冷めやすい、まるで金属ね。ほら、2年前に自殺した小林那月って子の話、覚えてるでしょ。京介はあの子を狙ってたみたい」
小林那月、というと今回の降霊で呼び出す「ミディアム」の元メンバーだ。2年前に奇妙な自殺を遂げたという―。
「なるほど、ここでそれにつながるわけか。ありがとうございます、寺田さん」
「おいおい、どういうことだよ出町。俺にはさっぱり……」
古野には何が何だか分からない。出町に説明を求めると、
「もちろん俺にも何が何だか分からない。ただ推測するに、橋本さんの今回の降霊の目的は、死んだ小林さんの霊を呼び出して、自分を好きだったかどうか知ることだったんじゃないのかな。たぶん自殺の真意を尋ねるっていうのは表向きの目的だよ」
「そ、そんなことのためにボクたちはここに集められたっていうのかい!? くそぉ、橋本の奴……」
水野が語尾にいら立ちをこめるが、もはやどうしようもないことである。
「とりあえず飯にしようぜ。腹が減ってしょうがない」
重い空気の中、城戸の提案で一同は自分たちが朝食をまだ食べていないことを思い出していた。
***
遅めの朝食をパン一枚で済ませた出町は、古野と青葉を引き連れて木星館の焼け跡を見に来ていた。
一晩燃え続けたであろう火は美しい建物を黒焦げの残骸へと変えてしまっていた。橋本のバラバラ死体があったはずの場所に近寄ろうとするも、ガレキが多すぎてまともに調べられない。
「あんだけ燃えてて、よく一晩で鎮火したよなぁ」
古野が素朴な疑問をつぶやく。
「たぶん防火対策が施されてたんじゃないか。ほら、橋本さんも言ってただろ? 火事で館が焼失したことがあったって。それを教訓に、火災対策を進めたってとこだろう」
出町が足元を指差す。なるほど、窓も防火ガラスだったらしく、多少の損傷はあるもののほとんどは原形をとどめていた。
「犯人もそのことは織りこみ済みだったんだと思う。下手に火をつけて本館まで延焼してしまったら元も子もないからな」
「あ、あの先輩、その犯人のことなんですけど……」
「うん? どうかしたのかい、青葉ちゃん」
「わたしもちょっと推理してみたんです。それで、犯人は石川っていう人なんじゃないかと」
「石川? そんな人いたっけ」
古野が首をひねると、出町がすぐさま「ほら、欠席したメンバーが一人いたろ?」と助言した。
「それで、どうして石川さんが犯人だと思うんだい?」
「だって犯人は、炎の中から橋本さんの死体を運び出して土星館に並べたわけでしょう? とすれば犯人は石川さんしかありえないと思いません? 石川さんなら、こっそり炎の陰に隠れていて、わたしたちが引き返した後に死体を運び出せたと思うんです」
「おー! すごい、そうかもしれないな!」
「ですよね! それしかないですよ、たぶん!」
青葉の推理に古野が賛成して盛り上がっていたが、どうも出町の反応はよくない。
「ほんとにそうかな? 俺はそのトリックにはいまいち納得できない」
「え、どうしてですか」
「バラバラにすることで運びやすくはなったかもしれないけど、体重は出血のぶんを差し引いてもほとんど変わらない。死体を持ってあの火の中を脱出するなんてことができるだろうか? それに土星館に移動していた死体には、切断された箇所以外の傷や汚れはまったく見受けられなかった。そんな状態のまま死体を運び出すのはまず無理だと思う」
「確かに……」
「それに冷静に考えてみたら、その死体移動トリックについてはある程度の仮説はできたんだ。欠席していた石川さんが関係していたって点では、青葉ちゃんの推理も合ってると思うよ」
「ほんとですか!?」
「てか、トリック分かったのかよ、出町。もったいぶってないでとっとと教えろよ!」
青葉と古野に同時に詰め寄られ、出町は両手をあげて降参の意を示す。
「分かったよ。ほんとは一眠りしてからにしようと思ってたんだけどな」
***
3人が食堂に戻ると、なぜか一同は全員集合してテーブルについていた。テーブルには丁寧に包装された箱が。
「なんですかその箱は」
出町の質問に答えたのは八原だった。
「俺が見つけたんだ。テーブルの上に置いてあったんだよ」
よく見るとその箱には例の赤いインクの文字が記された手紙が添えられていた。Presentとある。
「なかなか粋な犯人ですね。中身は何でしょう……」
「こ、怖いのは嫌ですよ……」
佐和山が再び泣きそうな声を出すが、出町は構わず、丁寧に包装を解きはじめる。と、何かを感じたのか眉をひそめた。
「ど、どうかしたのか出町」
「い、いや」
出町が感じた違和感―。それは箱の冷たさだった。長時間冷凍していたのだろうか、異様に冷たい。
包装を解き終え、箱のふたに手をかける。中身は―。
「これは……」
出町の横から八原が覗きこみ、ひっと軽く悲鳴をあげる。頑として中身を見ようとはしない女性陣をよそに、好奇心に駆られた男性陣は箱の周りに集まってくる。
「!!」
声にならない悲鳴をあげたのは水野だ。
それもそのはず、箱に入っていたのは嬉しい贈り物などではなく、切断された左腕だったのだ。腐食を防ぐための冷凍だったのか、と出町は思わず納得していた。
「い、石川だ……。この腕時計、あいつのものに間違いない。あいつは時計のコレクションが趣味で、珍しい時計をいくつも集めていたから……」
水野が肩を震わせながら必死に声を絞り出した。その腕には確かに、文字盤に月と太陽があしらわれた珍しい腕時計がついていた。
「なるほど、これではっきりしましたよ……。犯人の使った死体移動トリックが」
確信に満ちた出町のつぶやきも、微かに震えていた。
被害者
橋本京介・・・絞殺
石川真平・・・絞殺
“ブラッディメアリー”を名乗る犯人は誰か?
寺田紗希・・・サークル「ミディアム」のメンバー。
水野康一・・・サークル「ミディアム」のメンバー。
八原俊也・・・サークル「ミディアム」のメンバー。
佐和山灯里・・サークル「ミディアム」のメンバー。
城戸健治・・・サークル「ミディアム」のメンバー。
浅沼春奈・・・サークル「ミディアム」のメンバー。
○今回の謎
・犯人はどうやって橋本の死体を移動させた?
・(新)犯人の動機は?




