Ⅷ ウィルス
月明かりすら届かない深淵。
ランプと白い鳥籠がくっきりと造形をきわただせた。
訪れた者に真なる幻想を魅せる。
閉じ込められて、7日が経つ。
少女はただ、救いの訪れを待つ。
「食事だ」
―――――――
「おれはコウ…真帝の命において、森を汚す人間を始末している」
「なんだと……」
これは真帝がやらせたことなのか。
「先ほどの獸はおれの意思で操った死体だ」
死体…道理で血がでず死なない体だったわけだ。
妹に危害を加えない他はどうでもいと思っている。
だが、これを容認できるか。答えは否だ。
「あのな、殺されたら殺す世の中そういうことなんだよ」
「ならば貴様らに生きる価値はない!!死ね!!」
コウがみるみる獸の姿に化した。
眼前に向かってくる。
それを撃ち抜くと、コウの腹に穴があいた。
これでしばらく動けないはずだ。
「けほっ…」
メルドラが軽く咳き込んだ。
「どうした!?」
「なんか…けほ…急に…」
メルドラは膝をつき、前に倒れ込んだ。
「くっ…」
茫然としていると、ジェールまで苦しみ始めた。
一体どうして――――
「ぐ…病原ウィルスの…味はどうだ……!」
どうやらコウの体には疫病の元が入っていたらしい。
オレが撃ったことで、傷口から菌が撒き散らされたようだ。
メルドラが酷く弱っている。
このままでは、長くはない筈。
…どうすれば、助けられるんだ。
「レツ、コウの血液を採取して」
セッカが小さな声で言った。
「お前は平気なのか?」
セッカは涼しい顔をしている。
カツもピンピンしている。
何故メルドラとジェールだけウィルスが効いたのか、そんなことは今はどうでもいい。
コウから血液を取る理由もわからない。
とにかく言われた通りやるだけだ。
一発撃っただけだが、急所に当たったようで、コウは身動きがとれないようだ。
「無念……」
そのまま事切れる。
――――――
「ふう。イチジはどうなることかと…」
メルドラはセッカが作った血清というもので、容態が落ち着いている。
ついでにジェールも、それを渡したので一応助かった。
「勝負に負けてカりまで作ってシマイマシタ~」
無駄に元気なやつだ。
「回復するまで休みましょ」
「ごめんねレツ…妹さん助けないとなのに」
申し訳なさそうに、メルドラは両手をあわせる。
「まあ気にするな、帝国潜入はもっとキツいんだ
。
これくらいで辛いとか言ってられねえよ」
新しく入った宿の寝台で仮眠をとる。
本音を言えば朝まで眠りたいが、あまり寝過ぎると、変な時間に目が覚める。
生活リズムが狂うと計画に支障を来す。
少しでも早く、リシルの所へ行き、万全な状態で皇帝を倒して助ける。
それが目的だが、上手くいく保証がない。
下手をすれば、俺は死ぬ、リシルが生け贄になるだけでなく仲間なった三人まで巻き添えになる。
あいつらの命を背負うほど、俺に強い心はない。
かけられるほど、強い信頼関係もない。
――――――
【帝国皇城―――――】
「いまだ見つかっておりません」
「なんだと!?」
皇帝シラヨウは、配下である青年に、鬼の形相を向ける。
「婚姻は間近、早々に探すのだ!!」
「は…重々承知いたしております」
「でなければわかっておるな――――終焉のソウ=よ」
「噂で聴いただけなのだが、皇子の婚約者が逃亡したと、笑い種になっているが…」
皆大口をあけて高笑いをする。
「それが、噂の通り逃亡中のようですぞ…」
場は静まり返った。
「ご静粛に!皇女殿下が参られたようです」
「なにっ」
「フフフ……」
カツリ、カツリとかかとの高い靴を履いた女。
中華下手の服、濃い布を頭の上に巻き、薄いベールを口元にしている。
「ジョク殿下!」
「またそのようなお姿で!!」
「あら…皇子、に内緒で楽しいハナシ、してたんでしょ?」
――――――
―――なんだか当たりが騒がしい。
ザワザワ声で目が覚めた。
窓から見える外はまだ明るいが、俺はどのくらい寝たんだろう。
部屋から出ると、セッカはメルドラの口に粥のようなものをはこびつつ、携帯食の四角い固形物を食べていた。
メルドラのほうがセッカより背が高いのだが、端からみると、姉がセッカでメルドラが妹のように見える。
―――リシルは今頃どうしているだろう。
酷い扱いを受けていないといいが。
――――――
「お野菜にパンに魚…こんなに食べられないよ……」
「生け贄はまるまると豚のように太らせよとの命だ」
「うう…」
―――――
「さっきからガヤガヤしてるな」
「有名な双子の大道芸人だってさ!」
出掛けていたらしいカツが宿のドアを勢いよく開けた。
「大道芸人?」
西葉のマジシャンか、東陽の芸者か、はたまた南石の踊り子か、北央のサーカスなのか。
見に行くことにする。
町の中心に大勢の人だかりが出来ていた。
隙間からなんとかのぞく。
そっくりな少年と少女が、手から花や鳥を出す。多分手品を披露している。
俺のいた田舎にはこなかったが、そういう職業があることは知っていた。
村ではたまに都会について語るので、よく話題にあがっていたのだ。
だが人が多くてよく見えない。
空いたころにまた見にいくか。