Ⅴ 好敵手
「まて」
そのまま見逃してくれると思いきや、ソウに呼び止められた。
「なんだ…じゃなくて、なんか用でもあるんですか?」
相手は一応貴族だし、面倒だが口の聞き方には気をつけよう。
「気を使わなくても、普段通りで話してくれていいよ」
こいつ偉い人間にしては、ずいぶん奢らないな。
「君が慣れない敬語で、いちいち止まったら時間の無駄だから」
ソウは、悪気があるのか無いのか、キツい事を言うタイプのようだ。
「ああそうか。用件はなんだ?」
――――しん、と周りが静まる。
「よければ私と手合わせを。」
なぜ、帝国の偉い奴が俺と戦うと言い出したんだ。
「理由は?」
「理由……ただ強さが見たいと思っただけで特にはないよ。
しいて言えば妹を任せられる人間か、見極めたい」
なるほど、そういうことなら受けないわけにもいかないか。
「大丈夫なの?兄さんめちゃくちゃ強いんだよ!?」
メルドラが動揺、俺を止めようとした。
奴が強いことは、なんとなくわかる。
「ここで負けるならその程度ってことだろ」
リシルを助けるには、皇帝を倒す必要がある。
ただ助け出し、逃げるだけではまた捕まる可能性があるからだ。
そして、皇帝を倒す際に、一番障害となるのがこいつのはずである。
こいつを倒せば、皇帝を倒しに行けるわけではないがそのくらい、強さがある証明にはなる。
互いに出方を見たいところだが、時間が惜しい。
あいつには時間があっても俺にはない。
「俺からいく!」
それとも俺が動かずにいれば、向こうが痺れを切らして仕掛けてきただろうか。
「は…!」
閉じたままの鉄傘を降りあげ、避けられるのを覚悟で頭を狙う。
ソウは避けずに、左腕の甲で受けた。
「軽い……」
この傘は閉じればただの鉄の塊に等しい鈍器。
こいつはそれを手甲とは言え、武器も介さずに受け止めた。
そのうえ…まだ腕が使えるようだ。
傘を振り払われ、すかさず後退した。
なぜ、こいつは斬りかかってこないのだろう。
見くびられているか、手加減。
そのどちらであっても、相手にすらされていないというのか。
さすがは軍団長と言わざるを得ない。
苛立ちより悔しさが勝った。
とは言え、まだ負けたわけではない。
戦いは始まったばかりだ。
単なる手合わせで、本気になっているようじゃ、あいつを助けにはいけない。
「…兄さんと戦って、怪我ひとつしてないわ!」
「手を抜いているだけじゃないかしら」
「ううん、兄さんが一度戦うっていったら……」
「言ったら?」
「…はあああああ!」
俺はもう一度、降りかぶる。
「…目付きが変わった?」
今度は、足を狙うが、相手はそれを予測するだろう。
「くらえ!」
であれば、足と見せかけて――――――
「…!」
腹に足で蹴りを入れた。
当然プレートがあるので、ダメージは少ない。
ソウはただ、後ろに倒れる。
だが、少し罪悪感が残った。
こいつ悪い事してないしな。
「レツ…!」
「あーなんか悪いな。お前の兄貴だってのに腹狙っちまった」
「ちょっと大丈夫?」
セッカがカツと一緒に、ソウの上体を起こした。
「ああ、大丈夫だ。まさか本気で腹を狙われるとは…甲冑がなければ危なかったな」
ソウは負けたことは、たいして悔しくもないようだ。
普通は平民の俺に負けたら腹が立つだろうに、変わっている。
「…ちょっと貴族様、腕が血だらけじゃない」
「大変だ!」
セッカが言うとカツはあわてふためいた。
「こんな挫傷程度、すぐに治るよ」
「どうしよう!何かない?」
メルドラはカツと思考が似ているのかその辺でバタバタする。
「まったく、しょうがないんだから」
「…!」
セッカはカツに、ソウの腕をかかえさせ、ボトルのキャップを外し、勢いよく液体をぶっかけた。
「君……「兄さん顔が赤いよ!なんかヤバイやつじゃないのそれ!?」
メルドラがソウの頬が赤いと言う。
傷からくる熱だろうか。
薄い緑の液体が、腕から石で出来た地面にだらりと水溜まりをつくる。
ソウは何を言いかけたんだろう。まあたいしたことないだろう。
「兄さんいたくない?」「……ああ」
「わるい…」
「気にしないでくれ、元は私が言い出したことだ」
「というか、どうして避けなかったんだ?」
「初めに言ったろう。君の力を判断すると」
「じゃあ…」
「今度こそ、メルドラを頼む」
こくりと頷いて、俺は三人を連れる。
そのまま旅を続けることにした。
しかし、次に何をするか、まだ考えていなかった。
取り合えず街は目立つので、森に移動した。
「ねえ、レツはなんで旅をしているの?」
「あーちょっとワケありでな」
会ってまだ二日と経っていないのに、俺は不思議とこいつらのことを、信用しかけている。
ただ向こうが同じことを考えているとは、限らないが。
「そういえば、カツもまだあそこにいた理由を聞いてなかったな」
動物の死骸で溢れていた場所。
殺ったのは“ヨク”という老人と考えるのが妥当だ。
けど、カツはなんのために帝都に来たんだろうか。
「オレは…孤児院を追い出されちまって」
「…そっか」
おそらく帝都に出稼ぎに来たんだろう。
「じゃあレツは?」
「妹と来たんだ」
実際には妹が拐われて、俺が追いかけてきた。
帝都にいるのは事実なので、嘘は言っていない。
「そっかー」
―――しまった。妹はどうしたか、訪ねられる。
そう思って身構えたが、メルドラはそれ以上追求してこなかった。