Ⅰ傘
―――――雨が止まない。
「お前が傘殺しのレツか」
「そうだと言ったら、お前は死んでくれるのか」
ここは様々な気風が入り乱れた多民族国家。
俺は田舎からこの帝都へやって来た。
悪しき皇帝の城に、妹・リシルが拐われた。
古くからの伝統で、年に一度神託が降りた少女を、聖女として生け贄とする。
俺の妹は、不運にもそれに選ばれたのだ。
そんなこと、させない。
あいつを必ず助ける。
傘を滑る赤と、それを洗い流す透明の雫。
ああ汚い、俺はなんて酷いことを、もう何度この傘にしてきたんだろう。
襲いかかった奴への慈悲など、始めに殺すことを覚えた日からすでにない。
幸い雨の多いこの国は、天然のシャワーが汚を洗浄してくれる。
――――城は目の前にある。
けれども、妹は厳重に囲われた地下に、来るべき日まで幽閉されている。
俺一人で何千の兵士を倒すことは、実質不可能だ。
仲間がほしい。どこかに落ちていないものか。
そんなことを考えてながら歩く。
なにかに足をひっかけた。
「仲間、落ちてたな」
戦いで負けてブッ倒れたのか。
そう思って顔や腕を視てみる。
とくに外傷もなく、ただ寝息をたてているだけだ。
いつの時代も、どこもかしこも治安の悪い所ばかり。
しかし平然と寝息を立てるこの女。
何者だろう。特徴は長い黒髪、ヘソ出し、ブーツの女。
格好からして、ただの街娘には見えない。
娼婦、にも見えない。どちらかと言えば色気がない。
だとすれば、俺と同じく戦いに身を投じる側の人間であろうか。
「おい」
俺は少女に話を聞こうと、声をかける。
「誰……!」
少女は素早く武器を手にした。
両手に軽めの拳銃、迷わず俺に狙いが定まっている。
―――――決めた。
こいつを仲間にしよう。
「まて、俺はただの通りすがりの冒険者だ」
手を後ろに組み、敵意はないことを表す。
真っ直ぐ、互いの瞳にある志をみる。
伝わったのか、少女は息をついて、武器をもつ腕をおろした。
「俺は‘レツ’……わけあって、田舎から出てきた。見ての通り冒険者をやってる」
一先ず、自分の大まかな情報だけを伝える。
妹のことは、まだ話せない。
「レツ…ね、よろしく。
私は同じく冒険者のメルドラ。生まれたのもこの都市よ」
なんにせよ、向こうもなぜ冒険者をやっているかを言わない。
当然まだ互いを信頼しているわけではない。
ならばプライベートに関することは、語らずともいい。
「俺はある目的のために仲間を集めているんだ」
何故俺は仲間がほしいか、その理由も話せば万が一、メルドラが敵だった場合に不利になる。
かいつまんで、メルドラを仲間にしたいことを交渉する。
「奇遇ね、私も仲間がほしいと思っていたの」
メルドラは手を差し出した。
「そうか、これからよろしく」
俺はその手をつかみ、強く握った。
「それで、これから何をするつもりなの?」
何をするか、問われても信頼に足る仲間を探すだけだ。
「取りあえずは、しばらく仲間を増やす期間にする」
だがむしろ、戦力になり敵対しないのなら信頼など要らない。
「もしかして、世界征服でもする気?」
メルドラは冗談のつもりなのか、クスりと笑った。
だが案外的を射ている答えだ。
皇帝を倒して妹を救うことが俺の目的なのだから。
このまま皇帝を倒せるなら仲間を作る過程も不要。
ただし、それを実現する可能性が低い。
いま見切り発車に城へ乗り込むのは無謀な挑戦だ。
ムダに命を散らすようなことはしたくない。
「まず仲間を集めるにはこの近くにある森や、洞窟にいくのがいいだろう」
「なんで?」
帝都には皇帝の息がかかっていて、見つかれば怪しまれる。
「帝都で冒険者は滅多に見かけないだろ」
計画が知られて、俺が殺されてしまえば、あいつを救える者はいない。
「なるほど、……強い人は皆、皇帝の兵士になったものね」
メルドラはなにか思い詰めた様子で、遠目からでも濃い存在感を放つ、城を見ている。
「ま、私も自分の目的は、よくわからないけど。とにかく死なない程度に頑張ろう!」
メルドラは走り出す。
「ああ、目的も果たさないまま死ぬわけにはいかないからな」
メルドラを追いかけ、俺は走る。
しばらく森を進んで、中腹に入りかけたとき、デカイ骨が横たわっているのが視界に入った。
「……巨大動物の死骸か」
嗅ぎ慣れた鉄サビの臭いが、森に充満する。
それにまだ死んだばかりのようだ。
血が傷口からドクドク流れ出ている。
傷は一つ、たった一撃で仕留めたとなれば、武器は剣や銃ではない。
とすれば、ナタか斧あたりだろう。
他にも小さな躯が散乱、真新しい血、獣の肉片草木に飛び散っていた。
俺は動物が人より好きだ。
少し心が傷むが、自然の摂理だと割りきろう。
「大丈夫かメルドラ」
フラフラと歩き、地に足がついていない。
戦いに慣れていないのか、たんに倒した敵の死体は見ないタイプなのか、この惨状を見たことで、具合が悪くなったようだ。
「ちょっと悲しくて…動物だし」
人間は動物を殺しても見て見ぬフリをして生きている。
それは俺もメルドラも同じだが、ただのエゴでも辛いものは辛い。
「変わってるな、俺と同じで」
でもそれでいいんだ。生きるには誰かの犠牲が必要になる。
損をする人間も特をする人間も、いつ立場が逆転するかわからない。
今を自由に生きられることを、噛み締めて生きるんだ。