08・カーウェン鍾乳洞 その一
やっと異世界です。前置きが長すぎてすみません……
寒さに震えて目を開ける。
どうやら冷たい地面に横になっているようだ。ふらつく頭を押さえながら起き上がり、ずれていた眼鏡を直す。
周りには幼馴染み達が倒れていた。
瑠華が全員に声をかけながら揺らせば皆すぐに目を覚ました。やはり頭がふらつくのか、それとも状況が理解できないのか、皆ボーとしている。
両方だろう。突然こんな見知らぬ場所に居て、冷静に状況が理解できたらびっくり仰天である。
僕?冷静であろうとしているだけだよ。心臓はドキバクさ。
辺りを見回す。見えるところ全てが岩と水晶?だろうか、しか見えなかった。肌寒く白い空気、水晶?があることから考えて鍾乳洞のようだ。
テレビでしか見たことがないから、確証はできそうにないが。
今は一一月の半ばで寒く冬の下着に厚手の上着を着ていても、ここに長時間居たら風邪を引くだろう。
風邪を引くと面倒なんだよな。大丈夫だって言ってんのに病院に行けって言われるし。
一二月の寒空に寒中水泳をやったって、風邪を引かなかったんだからそこら辺丈夫なんだよ、きっと。
そんなどうでもいいことにうんうんと腕を組んで一人で納得している様は、明らかに冷静ではなく動揺していることに彼は気づいていない。
考え込んでいるうちに他の者も正気に戻り始める。
「……………何、ここ?………」
「………さっきまで教室にいたのに?」
「…………いったい何が?………」
呆然と呟かれる言葉に、瑠華も思考から我に帰る。
「皆、大丈夫か?怪我とか痛むところは?」
瑠華に言われて全身をくまなく見て首を振る皆の姿に、とりあえず安堵する。
改めて周りを見回す。かなり広い部屋のようだ。部屋から見て左右?前後?に二本の道が延びている。道の幅は大人が立って横に並んでも大丈夫そうで、ここから出られないということがなさそうで安心する。
立っていた位置から近い方の道に近づき覗き見る。道はくねくねしているようで先が見えない。岩というか水晶?(もう水晶でいいか)のお陰なのか、周りがうっすらと光っていて暗くて見えないってこともなさそうだ。
「瑠華、行けそうか?」
道の確認をしながらつらつらと考えていたら、後ろから声をかけられる。振り向けば櫻花が立っていた。
「櫻花、ああ、行けると思うよ………もう大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう。皆も落ち着いたよ」
櫻花の肩ごしに見れば、確かに皆しっかりした目でこちらを見ていた。
うん、大丈夫そうだ。
櫻花と共に皆のところに戻りつつふと見れば、静葉が寒そうに腕を擦っていた。
女子は当たり前だがスカートで、ニーハイソックスを履いているが教室内だったから上靴だ。寒くて当然だろう。
着ていた上着を脱いで静葉の肩にかけてやる。静葉が不思議そうに上目遣いで瑠華を見る。
「寒いんだろう?着てなよ」
「…………ありがとう」
上目遣いも頬を染めはにかみながら笑う姿も、可愛いとは思う………が、何故お前達はそんな生暖かい目でこちらを見る?
少し睨みながら視線を返せば、然り気無く視線を逸らす者とニヤリという効果音が似合う笑いかたをする者に別れる。
踵落としでも食らわしたろか?と呪詛めいた言葉を心の中で呟いたら、それを感じ取ったのか疾風が咳払いをしつつ話始める。
「さ、さて、とりあえず状況を整理しよう。俺達はさっきまで教室にいた。そして床が突然光ったかと思ったら光に吸い込まれ、気づいたらここにいた。ここまでいいよな?」
全員が頷きを返す。
「問題はここが何処で、なんでいきなりこんなところにいるのかってことだけど……………」
その問題の答えはこの場の誰にも答えられない。
けれど瑠華には、そしておそらく環と刹那にも一つの推測というか可能性が頭に浮かんでいる。
瑠華が二人を見れば、なんて言っていいか分からないという表情をしている。
瑠華を含めた三人は孤児院で、院長先生の友人が寄付してくれた漫画やラノベ等をよく読んでいた。他の人はあまり興味がないようだったが。
その本の中にはファンタジーで、異世界に召喚されるという話も多くあった。
今の状況がその本に書かれていたことに似ている。本に書かれていたこと、しかも異世界召喚などといきなり言ったら、普通は痛い人を見る目で心療科を勧められるだろう。
だから二人はあんな顔なんだろう。
でも状況を見てその可能性が高いなら、言ってみるべきだろう。痛い人を見る目で見ないでほしいけど。
「………もしかしたら異世界に召喚されたとか?」
わざと(ここ大事‼)えへっと小首を傾げながら可愛らしく言えば、内容よりもその仕種に呆れた顔を返された。
いや若干一名、可愛い……と微笑みながら言ってくれたが、あえてスルーする。
「まぁ、瑠華はともかく、俺もそんな感じがする。そういう本読んだことある」
「…………俺も」
やはり環と刹那も瑠華と同じ考えだった。他の者もバカにするでもなく真剣に考えてた。
けれど考え込むのは今は止めたほうがいいだろう。肌寒さが寒いに変わってきた。
「考えるのは後にしないか?ここに居たら風邪を引いてしまう。とりあえず外に出てみよう」
「そうだな、動こう。ここにいても仕方ない」
瑠華の言葉に皆が立ち上がる。
「うぅ、寒くなってきた。せっちゃん、上着ちょうだい!」
「ちょうだいって言われると、あげたくなくなるのは何故でしょう?」
「Sだからじゃないの?」
「それだけは違うと俺の名誉にかけて否定させてもらおう」
「フム、出口はどっちだ?」
紗霧が寒そうにして刹那に上着をねだる。口ではなんと言っても笑いながら上着を脱いで渡す刹那を見て、お前ら早く付き合っちゃえよ‼と心の中で突っ込んでおく。
そして疾風、君はいつもブレないね。
「とりあえずこっちから行ってみる?間違っていたら引き返せばいいんだし」
瑠華はさっき覗いた方の道を指す。根拠はないがさっき見たし、という感じだ。皆も特に否定はないようで頷く。
言い出しっぺなので、瑠華が先頭を歩く。全員が格闘技経験者なので何かあった時、対処できるかもしれないが油断しないようにしよう。
皆には言えなかったが、僕は目が覚めてから激しい違和感を感じていた。
自分がいるべき場所に帰ってきたような懐かしさと歓喜、そして焦燥感が心に渦巻いている。
なんだろうか、この気持ちは………
先ほど皆には冗談めかして言ってみたが、僕はここが異世界だと確信している。
地球とは明らかに空気が違う。何故こんなことを思うのか分からないが、分かる。空気が濃い。ここの空気を吸っていると身体中にナニかが満たされていく感覚がある。
ナニかは分からないが、不快なものでも体に害をなすものでもないと思う。
とりあえず少し落ち着ける場所を見つけるまでこの気持ちは誰にも言わないでおこう。
それに彼方で光に呑まれて意識を失う直前に聞いた、あの女の嗤い声。
何故あの嗤い声を聞いただけで、あんなにも心が乱されたのだろう。
何故あんなにも嫌悪感が心に沸き起こったのだろう。
何故かは分からないが、なにかイヤな予感がする…………
読んでいただいてありがとうございました。