05・勇者と共に
旅に出てからの三年間は、無我夢中に戦いのみを求めた。魔物がいるところなら何処でも行った。
旅に出てすぐに冒険者ギルドで登録して、ただの【カイン】としてギルドカードを得て世界を巡った。
冒険者とは、冒険者ギルドに登録し資格があれば誰でもなれる職業である。資格といっても犯罪者でなければいいだけだ。
ランクは下からHGFEDCBAS、SS、SSSの11段階ある。
この世界で成人とみなされる13歳になっていればGから始まる。Hは12歳以下の人のランクだ。13歳にならなければ、どんなに実力があってもGより上のランクにはなれない。
Hは街中か街から離れない草原か森の浅瀬での薬草採集が精々である。
しかしHから始めるとそれなりにメリットがある。
まず冒険者が行う依頼には、成功報酬の他にギルドが定めたポイントが設定されている。このポイントはHの依頼にも付いているので、ランクは上がらずとも貯められる。
ランクを上げるには一定量のポイントが必要なので、年齢さえクリアすれば一気にランクを上げることができる。
ポイントは魔物にも付けられていて、腕に自信があれば魔物の討伐証明や素材の売却でポイントを貯めてもいい。
ただしBランクから上は上がるのに試験がいるので、すっ飛ばせるのはCまでとなる。
話は反れたが、世界を巡るのにギルドカードが必要だったから冒険者になった。
父が若い頃使っていたという腕輪型の魔道具、アイテムボックスに死んだ魔物をそのまま入れる。
旅に出る時に、両親が幾つか魔道具を渡してくれた。そのどれもが代々フィンランディ公爵家が継いできた家宝だ。
本来なら継ぐことがほぼ不可能な者(そもそも皇帝陛下への謁見の後、僕は継承権を弟に譲った)に渡していい代物ではない。
両親の優しさに改めて感謝しつつ街を目指して歩き出す。
街に戻ってすぐ、五日前から借りている宿の部屋に入って服を脱ぎ散らかしてベッドに倒れ込む。昨日の昼から森に入り今日夕方まで潜り続け、睡眠すらとらずに戦い続けた。
流石に体力の限界だった。
集中し過ぎると時間どころか、食事睡眠を忘れてしまうクセは治さなければと微睡みの中で考えながら瞼を閉じる。
宿は明日まで取ってあるから朝までゆっくり寝よう。
三年間戦ってきて下級冒険者とひけをとらない位には強くなったとは思う。多分に自信がない………煩わしいものは避けたいと、人との接触を極力しないようにしてきた。その為自分が人と比べてどれ程なのかよく分からなかった。
一度目の時に漫画などでよく見たテンプレが如く絡んでくる者は、見せしめるように過剰に返り討ちにした。そうすれば他の冒険者達は避けて通るようになる。
魔物を狩りまくって売却、合間に行っていたHランクの依頼のポイントを合わせて、一気にCランクまで上がれるほど集めた。
強くはなっていると思う。
そろそろ神様との約束を、確実に果たせるように準備に取り掛かろう。
世界最大の学問の都に行って、魔法の書物を片っ端から読み漁った。
その都には世界中から書物が集まっており、魔法関連だけで一億冊を越える。素人の研究の論文から、禁書扱いになったものまで様々だ。
中には“精霊文字”や“古代文字”等の書物もあり、解読に苦労した。
フィンランディの家であらゆる勉強をしていて良かったと思う。本当に。
全部読むには並々ならぬ集中力と耐久心が必要で骨が折れたが、興味深い魔術を見つけた。
地に陣を描き、空中や自然の中に流れる“魔素”を集めて溜め、その溜めた“魔素”を魔力に変換し魔法の威力を増長させる魔術。
魔術とは今ではあまり使われなくなった古代の魔法の技術である。特殊な陣を古代文字で書き、魔力を流すことで発動させる魔法の一種。
僕が最期の時に使う魔眼の魔術と同調し連動して発動するようにすれば、少しは力を増すことが出来るだろうか?
神様を信じていないわけではない。けれども五百年積み重なった力に、たかが二十年程の魔力で購えるのだろうか?
そんな不安がいつも心の奥底に蟠っている。勝手なことをしても大丈夫かとも思うが、魔術を使うことにデメリットはほとんどないのでいいだろう。恐らく。
世界中に何ヵ所か、魔力溜まりと呼ばれる自然界に漂う“魔素”が集まっている場所がある。
其処は大抵、自然界に住まう者―精霊妖精幻獣―が多く住んでおり、高位或いは王が守護している。その者達に協力を頼んでみよう。
それからは魔力溜まりを探しながら旅をする。
情報を求めて人と関わるようにした為か体質なのか、トラブルに巻き込まれることが多かった。その分人との出逢いも増え、いつしか旅の仲間が出来た。
初めは小さな魔族の女の子、そして拐われ奴隷に落とされた兎人族の少女と狼人族の男の子、娘を探す冒険者、父の仇を探す親子等その他多数。
帰る地を持たない者が多かったので、そのまま一緒に旅をした。放っておけなかったからなのだか、かなりの大所帯になってしまった。
そんなこんなで更に三年、六年ぶりに皇都に帰ることにした。一緒に旅をしていた人達の帰る家を、皇都でつくるために。
食事処兼宿屋、冒険に必要なものを取り扱う道具屋の店を始めて旅の仲間に商ってもらう形にした。
それからフィンランディ公爵家に帰って両親と一悶着あったり、弟達に甘えられたり、皇帝陛下に呼ばれて行った皇宮で久しぶりに逢った第一皇女殿下に強く惹かれ心の奥に厳重に封印したり、旅の仲間が冒険者になって共に依頼をこなしたり、いろいろあったが割愛する。
この時これからの旅に同行を申し出た者達がいたので、冒険者のクラン《紫紺の太陽》を設立した。
僕は再び旅に出る。今度は仲間と一緒に。
それから更に約三年後、遂に邪神と邪神の眷属が動き始める。
初めは港街が邪神の眷属に襲われた。それをきっかけに世界中で魔物達が活発になる。
僕がリーダーを務めるクラン《紫紺の太陽》のメンバーと共に、世界中を駆け巡り魔物を討伐していった。
いつしか僕は、“英雄”と呼ばれるようになる。
それから約半年後、ジルトニア皇国に神様から勇者召喚の神託が下る。
それを神様から聞いた僕は皇族や宰相、騎士団の重職、神官等と共に勇者の訪れを待った。
勇者の名は桐生暁。
懐かしい日本人の特徴をもった彼は、酷く緊張しているようだった。当然だろう。此方に来る前に神様から説明されたとはいえ、日本とは明らかに違う異世界に来れば冷静でいられる方がおかしいだろう。
彼の戦闘の師に僕が就くことは、事前に皇帝陛下達と話し合いで決めてある。
けれど訓練に入る前に彼とは沢山話そう。彼の心が落ち着くまで。
二日間はこの世界や魔法について教え、街に行って色々な人達に出逢わせた。
この世界を感じてもらう為に。
次の日から訓練に入る。
訓練において一つだけ彼に心で謝る。ちょっとやり過ぎた感が否めなかったから。
――極端な方法をとってすまない。
結果だけを言えば、流石勇者だと言わざるを得ない。彼は異常な早さで強くなっていった。彼の為(本当だよ?)とはいえ、手段を選ばなかったのに………
でも身体は強くなっても心は変わらない。寧ろ今は弱っていると思う。(僕のせいではありません、決して‼)彼の心が潰れないように、力に溺れないように、しっかり視ていなければ。
訓練でダンジョンに行った時、彼に僕の事を話した。
同じ世界から来たことを。
彼はとても驚き、同時にとても喜んでいた。
彼方での名前を聞かれたので【蒼】とだけ伝えた。そうしたら彼が自分の事は【アカ】と呼んでほしいと言った。
家族にそう呼ばれていたんだとか。
アオとアカ。なんか面白い。
皇都には既に勇者召喚の噂は広まっていた。
力のない弱き人々は勇者に縋る。別にそれはいい。
人々の“希望”になる。
それが勇者の使命だから。
皆が彼に期待する。勇者なら“出来て当たり前”だと戦いを強いる。強さを強要する。
僕もその一人に徹してはいる。
けれど…………
――彼の心から、悲鳴が聴こえる………
ここにいてはいけない。
そう思い皇帝陛下に話をし、実戦訓練を名目に二人で皇都を出る。
勇者召喚より僅か一月後のことだった。
旅に出てからアカの心は落ち着いていった。彼本来の性格なのだろう。感情豊かになった。
よく笑い、よく驚き、よく泣いて、たまに怒って、少しだけ悲しみ、本当によく泣いた。
泣き虫なの?
出逢いと別れを繰り返し、大切な仲間を見つけていく。
剣士、槍戦士、重戦士、魔女、精霊術師、神官、そして途中で第一皇女で聖女の、レミーディア=ウェマスが加わる。
よくもこれだけ個性豊かな方々が集まったと感心してしまう。
レミーディア皇女の聖魔法は幼いながら世界でもトップクラスで、選ばれるのは必然だった。
皇女殿下のパーティー入りに際し、皇帝夫妻、皇子達、両親祖父母から何度も何度も念を圧された。
――お前が護れ、と。
その事に関して心から反論したかったが、できなかった。全員の目が恐ろしかったので………
僕は彼女に逢いたくなかった。彼女の姿を見ると心が騒ぐ。蓋をした想いが叫びだす。
僕には【唯一】がいるのにどうして?それともそれが間違っている?
僕は【唯一】を忘れることを恐れている?他の女性に想いが向くことが赦せない?それは裏切りだから?固執している?
…………【唯一】が今の僕を見たらどんな顔をする?
僕は考えることを放棄した。
旅は心臓と胃が痛むことが度々あり正直疲れもしたが、それ以上に楽しかった。
けれど旅は楽しいことだけではない。辛いこともある。それでもアカは前を向いて歩いていく。
人々が希望を抱く“勇者”として。
そして旅に出て約三年後――
ようやく邪神の居場所を突き止め、最後の闘いに赴く。
邪神の前に立ちはだかる有象無象は、世界中から今日のこの時の為に集った戦士達が引き受けてくれた。
これで僕達は邪神のみに集中できる。
闘いは双方共に一歩も譲らなかった。全員が持てる全ての力を出し切る。
勇者の聖剣が邪神の心臓を貫いた。
邪神の身体が倒れ、崩れていく。
後には鈍く光る黒水晶が残るだけ。
皆が喜びを身体全体で表し、叫んでいた。勇者と神官が涙を流しながら抱き合っている。
僕はその光景を穏やかな気持ちで見つめる。彼等の笑顔を見れば僕まで笑顔になる。
黒水晶の光が強くなる。
皆はまだ気づいていない。
ふと、手に暖かな温もりが触れる。横を向けば、聖女が涙を堪え唇を噛み締めた真剣な表情で見つめていた。
心の奥底に厳重に閉じ込めていた想いが、溢れる。
この瞬間、初めて僕はこの想いを受け入れる。
あぁ、こんな簡単なことだったのか………
けれど、決して触れてはならない。
この想いは、伝わってはいけない。
彼女には、幸せになってほしいから………
彼女に心からの笑顔を贈り、一つ頷き手を離す。
黒水晶の前に立つ。
光が更に強くなり、魔力が迸る。
闘いで吹っ飛んだ屋根から空を見れば、昼だというのに闇に包まれていた。
この時になって他の皆も異変に気づく。
僕は胸の前で掌を合わせ、祈るように少しだけ俯く。後ろから訝るように名前を呼ばれる。
頭の中に、呪文の言葉が浮かぶ。
「………幸いなる哉、総ての生きとし生ける者にこの言葉を捧げる。地は大樹が如く生命を育む、水は母が如く生命を潤す、炎は地獄の業火の如く命を焦がす、風は息吹が如く世界を巡る、光は太陽が如く生命を暖かく包む、闇は月が如く生命に安寧をもたらす。これすなわち理なり」
左目が熱を持ち痛みを訴える。魔力が周囲を渦巻いている。身体に激痛が襲い、痛みで声が震える。
「大地は轟き風は囁く海は唄い木々はたなびく生命が巡り空は全てを見守る」
邪神よ、お前の願いは叶わせない。
神と僕の願いを叶えさせてもらうよ。
背中に皆の気配を感じながら、最後の一節を唱える。
「生命溢れるこの世界に正しき調律を‼ディパインハーモニー‼」
最後の瞬間、僕は確かに心から笑っていた。
なぁ、アカ、僕はお前を支えられていただろうか?力になれていただろうか?心に寄り添えていただろうか?
同じ世界から来た者同士、もう分かり合えないけれどお前を取り巻く人達は皆優しいから一人でも大丈夫かな?とても不安ではあるんだけどね。
だってお前は泣き虫過ぎるから。
この先、お前が勇者である限り戦いのない日々は来ないだろう。けれど忘れるな、お前は独りではないのだから。
仲間を頼れ。
フィーリアと結婚して幸せな家庭をつくれよ?
それとお前に頼むのは男として情けないんだが、マナのこと見ててやってくれ。頼む。
じゃあな、唯一無二の僕の勇者。
読んでいただいてありがとうございました。
次は勇者視点です。