33・鍛練
翌日相変わらずのもふもふ幸せを感じながら目を覚ます。名残惜しいけど、上半身をお越し朝の祈りを捧げてからベッドを出る。
欠伸と伸びをしながら洗面所に向かい顔を洗って眠気を吹き飛ばす。
『清潔』をかけておいた服に袖を通して洗面所から出た時、テトがじっと見つめてきていた。
何か言いたそうだったので目線で促してみる。
「……………………ところで主よ」
「ん?」
「言おう言おうと思っていたんだが……………」
「うん」
やけに勿体ぶって言いにくそうに言葉を切るテト。
何かありましたか?
「……………………………鍛練はしないのか?」
その言葉を聞いて、視線を窓の外に向ける。
太陽が上り始めたばかりで薄暗いが、小鳥のチュンチュンという鳴き声が聞こえ心が和む。
ああ、今日もいい天気になるといいなぁ…………
「……………………主、現実逃避してる?」
「ぐはっ!」
あまり話さないマリアの、つぶらな瞳で言われた言葉に吐血し床に四つん這いになる。
け、結構効くね……………
何を隠そう瑠華も、昨日の夜風呂でまったりしていたら唐突に気付いてしまった。
―――あれ?僕ってこの世界に来てから鍛練してなくね?、と。
【カイン】であった時も、毎朝起きて朝の鐘が鳴るまで鍛練を欠かさなかったし、彼方の世界にいた時も、幼馴染み達と一緒に毎朝鍛練や組手をしていた。
何故忘れていたのか?
それは誰にも分からない………………………はい、悪いのは完全完璧に忘れていた僕ですね‼申し訳ありませんでしたぁ‼
誰にともなく謝っておく。
「…………………忘れてたのか?」
「今日からやらせて頂きます」
「忘れてたんだな?」
テトの追及が厳しい……………
「何処かに場所があるかな?」
「…………………宿の裏に馬小屋があって、その手前に広めの場所があったぞ」
場所もしっかりリサーチ済みとは恐ろしい……………
テトに呆れた視線を向けられつつ、従魔達を伴って宿の裏に向かう。確かにそこには鍛練が出来るほどの広さがあった。
建物の日陰になる位置に寝そべったテトの体に、マリアとムツキが乗り体を伸ばしてまったりする。
目の前に広がるもふもふ幸せ空間の誘惑に負けそうになるが、頭を振って追い払う。
テトの目が恐ろしくつり上がりそうだったので。
先ずは格闘術からと思い、少し足を前後に開き腰を落とす。初めに【カイン】の時にしていた型と動きを思い出しながらやっていく。
こちらは完全に独学なので、専門家が見れば型もへったくれもあるかい‼と言われそうだが、一度目の人生の時に図書館で読んだ本の知識のみで、実際に見たことがなかったのだから仕方ない。
次に幼馴染みと共にしていた組手を思い浮かべながら身体を動かす。
こちらは武術教室自体は辞めたが、幼馴染み達の見よう見まねでやっていたので型や動きは完璧だ。基本は合気道になる。
次は剣技をやる為に、いつも腰に差している銘もない只のミスリルの剣ではなく、輝きも性能も全く違う、手に馴染んだ二振りの剣をアイテムボックスから取り出す。
一つは〔宵闇〕という銘をもつ刃が漆黒の刀。
柄、鐔、刃、鞘にいたる全てが漆黒で刃は約1メートル、黒剛石というミスリルより硬い鉱石と、月の精霊石を素材に作られた精霊剣である。
月の精霊石を使っているので「月魔法耐性大」と「精神系異常耐性大」の付与が付いている。
付与などなくても、刀自体が最高の業物になる。
もう一つは〔蒼穹〕という銘を持つ刃が青い剣。
刀身は約1メートル程で、刃は淡く青みを帯びて光っている。ミスリルと海の精霊石を素材に使っていて、刃以外は白銀で装飾は何もついていないシンプルな剣だ。
海の精霊石を使っているので「水、海魔法威力向上大」が付与されているが、以前は宝の持ち腐れ的な感じになってしまっていたけれど、これからからはちゃんと使え役に立つ付与だろう。
まず〔蒼穹〕を左手に持ち、〔宵闇〕は少し離して置く。
構えをし目を閉じる。一つ深く深呼吸をして頭に身体に馴染んだ型を休む間も無く繰り出していく。
一通り終わると、〔宵闇〕を右手に逆手で持ち〔蒼穹〕も逆手にし、背中で交差させるように構える。
この構えが【カイン】の基本的な剣の構えになる。
こちらも一通り二振りの剣を振り、身体が違和感なく動くことを確認してから、一つ息を吐き姿勢を正す。
すると瑠華の息遣いと剣が風を切る音しかしなかった空間に、拍手の音が響き渡る。
少し前から気配には気付いていたが、瑠華としては特に問題がなかったので気にせず放置していた。
「お客さん、凄いね‼もしかして有名な剣士さんだったりするの?」
“有名な剣士”という言葉に苦笑が零れた。
面倒くさそうなので否定しようと振り返り、戸口の前に立つアーシャと目を合わせる。
「――――――っ‼」
すると彼女は何故か、頬を赤く染め視線を泳がせ、慌てたように建物に入っていった。
突然のアーシャの行動に意味が分からず、きょとんとする瑠華。
その様子に呆れたように、一つ息を吐いたテトに気付かない。
瑠華は今、いつも目深に被っているフード付きのローブを着ておらず、顔を晒している。黄金の瞳を隠す為、頭のペンダントだけはしているが。
無表情で少し冷たい印象を与えるけれど、中性的な綺麗な顔立ち。鍛練の為に薄いシャツ一枚だけで、首もとが開き鎖骨が見えている。汗が顔や首を濡らし、髪が汗で顔に張り付いている。
一心不乱に身体を動かした後だから当然だが、顔や首がほんのり赤く染まり息も乱れていて、ちょっとイケない雰囲気を醸し出していた。
「……………………主がまた無駄に色気を振り撒いている?」
「……………………ああいうのを人の間では“すけこまし”と言うのだろうな…………」
目に入れても痛くない、可愛く癒しの存在である従魔達のそんな会話は知るよしもなかった。
「ところで主よ、もう一つ」
剣をしまい、若干ゴワゴワする布で汗を拭き呼吸を整えていると、テトがまたじっと見つめてきた。
なんかイヤな予感……………
「確か今日の昼過ぎにギルドに報告に行く予定だったな?」
「そうだけど?」
「一度街の外に出てから、また戻ってくるつもりなんだよな?」
「そうだね」
「………………街を出る前に行け」
「え?何で?」
朝行ったら冒険者が沢山居て、また絡まれるよ?
「どうせ主のことだ、その時になったら面倒くさくなって後回しにするはずだ」
「……………………そんなことはないよ?」
「いや、絶対そうなる。以前も期限付きの依頼を受けて、達成してるのに面倒くさくなって後回しにして、結局期限切れでペナルティを受けた前科があるからな。だから街を出る前に行け!」
視線を空に向けしらばっくれてみるが、テトの言うことが正論だと思うくらいには自覚しているので、頷いておく。渋々。
「全く、主は時折ダメモードになるからな。ちゃんと管理しておかないと」
ダメモードって……………
汗をかいて気持ち悪かったので、部屋に戻って服を脱ぎ『清潔』の魔法を身体にかけてから、新しい服を着て装備をつけて身支度を整える。
宿屋の女将に鍵と朝食の追加料金を払い、食堂でマリアとムツキと一緒に大盛りの食事をする。食事を食べ終わり、少しまったりしてから母娘に挨拶をして、宿を出た。
朝の鐘が鳴って大分経つので、街も人も既に動き始めていた。
ギルドに向かって歩いていると、前方が妙にざわついていることに気付く。
街の喧騒とは違うざわめき。
何かあったのかと、周りにいる野次馬達に混じり、ざわめきが起こっている中心に向かってみる。
その時、周りの会話が耳に入ってきた。
「ヤカサルの村が希少種に襲われたって?」
「騎士団が追い返したけど倒してはないらしいぞ?」
「ここに来るんじゃないのか⁉」
どうやら厄介な事が起こったらしい。
読んでいただいてありがとうございました。
進みが遅くて申し訳ありません…………




