13・聖女の悲しみ
これってどこで入れるべきか悩みますね…………
この想いを生涯貫くことをどうか赦して下さい。
私はジルトニア皇国の第一皇女として生を受けました。
生まれた時から、聖と愛喜を司る神、シルフィアーナ・トラスティ様の“加護”が備わっておりました。
その為両親を含む周りの方々に、シルフィアーナ様のような愛と慈しみをもって他者に接しなさいと言われて育ちました。
ですが私は、それがどういうものなのかよく分かりませんでした。だから父や母、周りにいる沢山の臣下達を見て、彼等のように笑顔で相手を気遣うように優しく接するように心がけました。
そんな日々を過ごしていた私は、四歳のある日、母に呼ばれ茶会の席につきました。
その時私は、その方の姿を見て、皆様が言っていた“愛”について理解することが出来ました。
一目惚れだったのです。
その方のお母様によく似た青銀の髪、右目は宝石のような美しい紫色、左目は神秘的な黄金の瞳、なにより惹かれたのが穏やかで優しい笑みでした。
恋をしました。
先日、母に連れていっていただいた劇。
内容が王女と平民の騎士の身分違いの熱く激しい恋愛だったのですが、私には少し難しく王女と騎士の燃えるような恋心が、よく分かりませんでした。
しかし、今ならお二人の気持ちが理解できます。このような気持ちなのですね。
声が聞きたい、話がしたい、隣にいたい、その瞳でずっと私を見ていてほしい、身体に触れたい、その熱くて力強い腕で抱き締めてほしい…………
あの方を想うだけで、心は熱く猛りしかし締め付けられてこんなにも苦しい…………
その茶会の記憶はほとんどありません。
ただあの方の姿に強く惹かれたことと、あの方だけが呼ぶ特別な“名”をつけてくださったことは覚えています。
この時の想いを、私は生涯忘れることはないでしょう。
この想いを母に伝えました。子供心にあの方と結婚したい、一緒にありたいと思ったのです。母は私の想いを聞くと、最初は嬉しそうに、次いで悲しそうに目を閉じました。
そして母は話をして下さいました。
彼はジルトニア皇国建国当初から、我が皇家に支えるフィンランディ公爵家の長子で、家柄と身分は私の相手に相応しい方ですが、彼は“欠陥色”だから公爵家は継げませんし、皇女の婚約者としては不相応だと、私が分かるように丁寧に。
欠陥色…………魔力があることが当たり前のこの世界で、魔力を持たない人…………だから私には相応しくないと…………
魔力を持たない?
だからなんだと言うのです‼
愛と慈しみを持って他者に接しなさいと言っていたその口で、存在を否定する差別を言うのですか‼
私は、心の底から怒りが沸き上がるのを感じました。その怒りのままに父にお願いしました。
あの方がいい、と。あの方以外には嫁ぎません、と。
二週間説得し続け、漸く許可を頂きました。
そして両親とフィンランディ公爵夫妻、カイン様で婚約について話し合いが行われました。
私は残念ながら、その場にご一緒はできなかったので、部屋で落ち着かずそわそわしながら待っていました。
侍女から笑われながら長く感じる時間を過ごしていたら、父から呼び出されました。
謁見の間に着くと困り顔の父、心配げな顔の母、申し訳なさそうな顔のフィンランディ公爵様、悲しみの涙に瞳を濡らすおば様、皆様の顔を見て不安で胸が一杯になりました。
不安は当たりました。
カイン様は私との婚約を断ったそうです。目の前が真っ暗になりました。立っていられず、母に支えられて椅子に座りました。
カイン様は私がお嫌いだったのですか?
父に理由を問えば、カイン様が自分は相応しくない、と言っていたそうです。
カイン様まで、ご自分をそんな風に言うのですか…………
私は悲しくなり、涙が溢れます。しかもカイン様はフィンランディ公爵家の継承権も弟に譲り、旅に出ると。
私はどうしていいか分からず、何も考えることができなかったので、その場は謝罪し部屋で休ませていただきました。
翌日、父からカイン様が旅に出たことを聞きました。
それから、再びカイン様にお逢いしたのは六年後でした。
六年ぶりに見たカイン様は、以前より遥かに素敵な男性になっておりました。
私はこの六年間、カイン様を忘れた日は一日たりともありません。カイン様が私を拒絶しても、やはり私は貴方でなければ嫌なのです。父にもその事をお伝えしました。父は苦笑しつつも、私の我が儘を許して下さいました。
申し訳ありません、お父様。
この時、父の計らいで一度だけカイン様が皇宮にいらした時に、お逢いし話することが出来ましたが、私は緊張して上手く話せませんでした。
カイン様は笑っていらして、ちょっぴり恥ずかしかったです。
その後カイン様は、一緒に旅をしていた方達の為に皇都を走り回り、一月程でまた旅立たれました。
ある時、私はとある街でカイン様にお逢いしました。偶然の出会いだったのですが、私は嬉しくてカイン様が行くところあちらこちらについていきました。
カイン様は苦笑しつつも突き返したりせず、私のことを気にかけ守って下さいました。
その夜、私は見たくないものを見てしまったのです。カイン様が見知らぬ女性と抱き合っているところを。
血の気が引き、立っていられないほど身体が震えました。心臓が痛いくらい早鐘を打っています。
身勝手な醜い嫉妬と怒りが沸き上がるのを感じます。嫉妬と怒りのままにカイン様を問い詰め、女性を口汚く罵ってやりたくなりました。
ですがそんな醜い姿を、愛しい方に見られたくない一心で、踏み留まりました。
その後女性がいなくなり、カイン様がその場に一人になったので、私は意を決してカイン様の前に姿を見せました。カイン様は私に気づいていたようで、驚かずに私を見ていました。
そして私は、自らの想いを伝えました。この胸に宿る熱い想いを。カイン様は無表情のまま、じっと私を見つめ聞いておりました。
私は自分の気持ちを伝えて、返事を待ちました。
長く感じる時間を待ち続けて、返事はもらえないのかと瞳に涙が浮かんだ時、カイン様が口を開きました。
答えは以前と変わらず、自分は相応しくないというものでした。
私はそんな言葉が聞きたいのではありません。カイン様のお気持ちが聞きたいのです‼
悲しくなり、カイン様に詰め寄ってしまいました。カイン様はやはりそんな私をじっと見つめ、真剣な顔で言いました。
―――話をしよう
それから数日後、皇宮にてカイン様に呼ばれた方達が集まりました。私の家族とカイン様の家族、《紫紺の太陽》の主だったメンバーです。
カイン様が語った話は、信じられないことばかりでした。
カイン様が異世界の人の前世をもって、神様によって此方の世界で転生したこと。
その神様とある“約束”をし、その為にやらなければならないことがあること。
数年後、邪神が現れること。
邪神を倒す為に、勇者様が召喚されること。
カイン様が勇者様と共に、邪神を倒す為の旅に行くこと。
そして邪神を倒したその時、神との“約束”の為に、魔眼に込められた魔術を使い死ぬこと。
全てが信じられないことでした。
いいえ、信じたくなかったのです。カイン様が近い将来死んでしまう、なんてこと。
私と同じように話を聞いていた人達は、驚き困惑し悲しみ、そして怒っていました。
何故、カイン様が死ななければならないのか、と。
そんな私や皆様の姿を見て、カイン様は優しく笑いました。そして私達に言ったのです。
―――皆が生きるこの世界が大好きで、守りたいから魔術を使う。だから止めないでほしい。僕は誇りをもって死にたい。
そんなことを言われてしまっては、もう何も言えません。皆様も悲しみで満ちた顔で口を閉じました。
お話の後、カイン様が私に一つお願いをしてきました。
自分のことは忘れてほしいと。
とても残酷な言葉です。
カイン様のお気持ちは分かりますが、あんまりです。
私に幸せになってほしいのだと。
カイン様は私の瞳を見つめてそう仰いました。
この時、私は二つの誓いを心に刻みます。
だから私はその誓いの為に、カイン様に嘘をつきます。
カイン様の言葉に、了承の意を示しました。カイン様が亡くなった後、貴方を忘れ必ず幸せになると。
私の言葉を聞いたカイン様は、安心したように笑いました。その笑顔を見て、罪悪感が胸を締め付けますが、悟られぬよう必死に表情を笑顔で保ちます。
その後カイン様は再び旅に出て、世界中を巡っているようです。私は必死に魔法の修行をしました。カイン様と共に、勇者様の旅についていこうと決めたからです。
最後の瞬間、カイン様の側にいられるように。
ちなみにですが、あの時カイン様と抱き合っていた女性は顔見知りでもなんでもない、只の通りすがりのようです。
女性が具合が悪く蹲っていたので、介抱していただけなのだとか。
抱き合っているように見えたのは、女性の身体を支える為に密着していただけ。
恋する女は盲目だと書物で読んだことがありますが、まさか自分が体験するとは思いませんでした。
恋する女の瞳は恐ろしいものですね。
それから数年後、カイン様が言っていた通り邪神が復活し、邪神の眷属が現れ、世界を混沌に落としました。
けれどすぐには勇者召喚の神託は下らず、世界は蹂躙されていきます。
カイン様率いる《紫紺の太陽》の方達は、邪神の眷属と魔物達に立ち向かい、人々を助けていると私にもお噂は届いております。
いつしかカイン様は、“英雄”と呼ばれるようになりました。
邪神の眷属が現れた半年後、漸く勇者召喚の神託が下りました。神託は我が国に下り、皇帝陛下を中心に準備を始めました。そして勇者召喚の儀式を行い、勇者様の訪れを待ちます。
現れた方はアカツキ・キリュウ様という方で、優しそうな可愛らしい方でした。彼の方はカイン様の元で修行を積み、一月後旅立たれました。
この時私はまだ、連れていくには不安が残るということで一緒には行けませんでしたが、約半年後には合流出来ました。
旅は大変でしたが、とても楽しかったです。勇者様は感情豊かな方で、カイン様は変わらずにちょっぴり怖かったりしますが、仲間達との旅は本当に楽しく、私を大きく成長させてくれました。
カイン様に私の誓いを悟られぬよう隠すのは、とても辛かったです。ですがカイン様が最後まで笑顔でいられるよう、誇りを持って逝けるよう、私は嘘をつき通します。
そして約二年半後、私達は邪神と相対します。
勇者様とカイン様を筆頭に、皆が力を合わせ立ち向かいます。私も皆を癒しながら、支援しながら邪神が隙をつくるよう魔法を放ちます。
ついに勇者様が邪神に剣を突き立てます。
邪神の体が崩れ落ち、後には黒い水晶のようなモノが残され、淡い光を放っています。
他の仲間達は喜びに叫び、涙を流しています。その様子を少し離れた位置から、穏やかな表情で見つめる愛しい方を見つめ、そっと近付きその手に触れます。
愛しい方と目を合わせ見つめます。
笑え!笑いなさい‼誓った筈です‼愛しい方に見せる最後の顔は笑顔だと‼彼の方が安心して逝けるように笑顔でいると‼
お願いだから、笑って‼
結局、最後に笑顔を見せたのは彼の方でした。
私を安心させるように笑って頷き、そっと私の手を外しました。
涙が溢れます。溢れて止まりません。
愛しい方の最初で最後の詠唱が聴こえます。
唄うように、流れるように、静かに、厳かに、一言一言に強い魔力を込めて言葉を放ちます。
愛しい方が俯かせていた顔を上げ、叫ぶように最後の一節を唱えます。
世界が光で満ち満ちていきます。
眩い程の光が消えていくのを感じ腕を下ろせば、倒れている愛しい方が見えました。
私は駆け寄り、愛しい方の身体を抱き起こします。
身体はまだ温かくて、穏やかな表情を見れば、ただ眠っているようですが、そこに生命は感じられません。魂が抜け落ちた、ただの抜け殻です。
涙が溢れます。溢れて止まりません。
愛しい方の身体を抱き締め、泣き叫びます。心から魂から悲鳴を上げます。
――――もう、愛しい方には逢えない
わたくしはジルトニア皇国第一皇女、レミーディア=ウェマス・フィーナ・ディザーレウェハス。
この先、わたくしはジルトニア皇国皇女として、責任を果たす時がくるでしょう。結婚し、夫となった方の子を宿して母になり、国に尽くしていくでしょう。
それが皇女としてのわたくしの責任。
国の為に、わたくしは生涯尽くします。
だから一つだけ、どうか赦してください。
こんな罪深いわたくしは、きっと地獄に行くのでしょう。
それでもこの心を、想いを貫くことをどうか赦してください。
そうして罪を償った暁には、願わくばいつかどこかでまたあの方に出逢えますように―――――
聖女の願いは咎人によって果たされる――
読んでいただいてありがとうございました。




