10・カーウェン鍾乳洞 その三
思わず突っ込みをしてしまった僕を、どうか許してほしい。
それほど天條院と友人二人の姿と、一点集中な言葉に衝撃を受けてしまったんだ。
ふぅっと汗もかいていないのに、瑠華は手の甲で顎下を撫でる。
「…………僕に突っ込みをさせるとは恐ろしい男だ…………」
「…………君はどっかで頭でも打ったのか?………」
櫂から呆れた視線をもらった瑠華は肩を竦める。
天條院が瑠華達に駆け寄ってくる。こちらからも静葉や櫻花が歩み寄る。無事を喜びあっている様を、少し離れた位置から瑠華、疾風、櫂、環でなんともなしに見る。
「三人が無事で良かったな」
「そういえばあの三人は俺達のすぐ近くに居たんだから、同じ場所に飛ばされてても不思議じゃないか………」
「やっぱり俺達だけじゃなくて、あの教室内にいた奴等は皆こっちに来てしまったんだろうか?」
「あの三人が居たんだ。その可能性は大きいだろうな」
あの時、教室内には僕達を含め三十人近い生徒がいたはずだ。ぱっと見だから自信がないが。
全員が近くに居るのか、それともあの三人が偶々で他はバラバラになってしまったのか。
あれ?
「なぁ、そういえば教室内に梢先生居なかった?」
「…………………居たか?」
瑠華の言葉に三人が考え込む。三人は見ていないらしい。けど確かに床が光る前に、教室に入ってきたのを瑠華は見ていた。
先生も来ているのか。
「先生も来ていたら心配だな。あの人ドジだし」
環の言葉に四人で頷く。すごく心配だ………
はぁ、限られた情報しかないのはこうも不安が大きいのか………とりあえず当初の目的通り出口を目指そう。
瑠華は左手の薬指で眼鏡を持ち上げながら意識を切り替え、櫻花達に近づく。
「櫻花、もう行こう。再会の喜びはここを出てからゆっくりやった方がいいだろう?」
「ああ、そうだな、すまない。先に急ごう」
「あっ、瑠華も無事だったんだね?良かった」
天條院の言葉に瑠華は作り笑いで頷く。そうしてから櫻花に視線を投じる。櫻花も頷き、皆を促す。
「よし!じゃあ、行こう!何かあったら皆は俺が守るよ。だから皆もフォローお願いね」
天條院が当たり前のように場を仕切り、先頭を歩き出す。鈴木と瀬川がそれに続き僕達は無言でついていく。
出口に向かっているのかも分からないが、とりあえず歩みを止めずに進む。途中またもやゴブリンが現れ、先頭を歩く天條院が拳や蹴りで沈めていく。
天條院も一匹につき一発だから、やはりゴブリンは弱いのだろう。
そういえばさっき見た青い芋虫はもう出てこないのかな?別に見たいわけではないけど、ゴブリンばかりだから…………
それに芋虫を見た時、心が弾んだんだけどなんだったんだ?
天條院に敵を押し付け楽をしながら黙々とついていくと、今までとは違う場所に出た。
そこは、祭壇と言えばいいのだろうか。部屋全体が大理石で綺麗に敷き詰められていて、部屋の中央に太く美しい四つの柱に囲まれた三段に積み重なった台、遠目だがその床にはびっしりと複雑に読めない文字が書かれているみたいだ。
洗練された厳かな空間に暫し言葉を忘れる。全員が端から見たら間抜けな顔を晒すこと暫く―――
ハッと我に返り、眼鏡を弄くりつつ皆に声をかけて正気に戻す。皆も顔を元に戻しつつ、部屋の中に散る。魔物はいないようで、瑠華も祭壇に近づいていく。
瑠華は祭壇の上まで行き、床にびっしりと描かれた文字を見る。見たこともない文字で複雑過ぎて目が痛くなってくる。だが何故かとても興味が引かれ瑠華は、片膝をつき文字に触れてみる。
―――ドクンッ
「―――――っ⁉」
文字に触れた瞬間、心臓が大きく跳ねる。
―――ドクンッ、ドクンッ
心臓の鼓動が激しく脈打つ。身体全体が心臓のようだ。文字から手が離れない。
「瑠華?」
すぐ後ろにいた静葉が瑠華の異変に気づき、訝しむように声をかける。
だが瑠華は答えなかった。
その時、祭壇の文字が光輝き陣のような円が形成される。輝きは強くなり周囲にナニかが渦巻いている。
瑠華は文字から手を離し立ち上がる。後ろに振り向き、静葉を見る。瑠華の顔を見た静葉が目を見開いた。
僕は笑っていた。
魂が震えている。叫んでいる。
心が歓喜に満ちていく。
喚んでいる。“僕”を喚んでいる。
どうしてなのか、誰なのかは分からない。
けれど分かる。
喚ばれている。そして魂が応えている。
声を出して高らかに笑いたい。
この胸の高鳴りを声に出して叫びたい‼
瑠華は静葉の腕をそっと掴む。そして祭壇の下で、何が起こっているのか分からず茫然とする櫂の方へ力任せに投げる。
「櫂‼受け取れ‼」
「――――っ⁉」
櫂がしっかりと静葉を受け止めるのを確認して、視線を空に向ける。心の中で静葉に謝りつつ。
「瑠華‼」
最後に自分を呼ぶ静葉の声を耳にして、眩い光に呑み込まれた。
気づけば白い空間にいた。
瑠華は暫しその場で立ち尽くす。
「久しぶりね」
後ろから聞こえた声に振り向けば、そこには真っ黒な少女が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「ああ、久しぶりだね、セラ」
瑠華も久しぶりに逢う彼女に、心からの笑顔を向ける。
――――おかえりなさい
――――ただいま
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