第三章 8 岡野瑠兎
時間はやや飛んで放課後。
乃子と紘は早速、岡野瑠兎という人物に会うために、オカルト研究部の部室を目指していた。
校舎の片隅にある文化系の部室群のさらに片隅に、そのオカルト研究部の部室はあった。部室のドアには『オカルト研究部』というネームプレートがはめ込まれており、その周りには可愛らしくデフォルメされたドクロや魔法陣の絵が貼られていた。
まるで少しでも怪しい部ではないことを、周囲に向けて知ってもらおうとしているかのような、そんなような意味合いがその絵にはあるように乃子は感じるのだった。まったくもってこういう変な部活は、周りから誤解されやすいからね。
「ここか」
「ここね」
乃子と紘はお互いを見て頷き合うと、早速紘がそのドアをノックした。
「……どうぞぉ」
すぐに室内から返事が来る。紘は女の子になってしまったその細い手で、オカルト研究部部室のドアノブを回した。そしてドアを開くと同時に、その室内へ足を踏み入れた。
「……ようこそぉ、オカルト研究部へぇ」
オカルト研究部部室、その中央に位置する場所に声の主は存在していた。彼女は学校の椅子に深々と腰掛けおり、その前には同じく学校で使われている机が置かれている。この彼女こそが、レミアの言っていた岡野瑠兎という人物に違いないだろう。
瑠兎は日本人にしてはかなりの色白で、とても美しい雪ような肌を持った女子だった。対してその髪は、不気味さを表すかのような暗い紫色。そして目も、感情が分かりにくい細い目をしていた。美しさと不気味さを同時に身に纏ったかのような女の子。彼女を一言で表現するなら、まさにそんなような人物であった。
「……気を張らなくていいぃ。この空間はぁ、君たちを大歓迎しているよぉ」
瑠兎は、ゆらりと両手を広げてそう言った。部室内は綺麗に整理整頓されているものの、そこかしこに奇妙な物体や写真があり、やはりオカルト研究部という名にふさわしい空間を醸し出していた。
「……まあまあ掛けたまえぇ。座って話をしようじゃないかぁ」
瑠兎の前にある机の反対側には、彼女に向かい合うように二つの椅子が用意されていた。まるで乃子と紘が来るのを、分かっていたかのような準備の良さであった。
二人は瑠兎に招待された椅子に、謙虚ながらも堂々と腰を下ろした。
「……ワタシは岡野瑠兎。もうご存知の通りぃ。まさにオカルトのために生まれてきたような名前だろうぅ? だけど残念ながらぁ、これが本名なのだよぉ」
ここまで彼女を岡野瑠兎としてきたが、正直言って今までそれは完全に定かではなかった。もしかしたら赤の他人、まったくの別人という可能性も〇・〇〇一%くらい存在していたからだ。この物語ならその可能性があっても、本当に本当におかしくないからである。
「まるであたしたちが来ることが、分かっていたかのような用意の良さね。 これもオカルトとやらの力ってやつなのかしら? 瑠兎さん?」
乃子は手始めにそんなことを訊いてみる。
「……君たちが来ることが分かっていた理由ぅ? そうだねぇ、水晶玉に君たちがここに来ることが映し出されたからぁ」
瑠兎はそう言って、球体のような形を両手で作った。それから言葉を続ける。
「……というのはスカーレットな嘘でぇ、本当はレミアから聞いたからだぁ。今日の放課後あたりにぃ、例の用件で君たちがワタシを訪ねてくるってねぇ」
瑠兎はイケてるオカルトジョークをかませながら、事の真相を語った。これまた癖がありそうでないような、癖がなさそうであるような、そんな不思議な人物である。岡野瑠兎は。七歳児のレミアが、キャラとして普通に見えてくるくらいである。
そういえば、レミアと瑠兎の関係を訊いてみたいと思っていたんだった。ちょうどいいタイミングだし、ここで聞いておきましょうか。
「一つ訊きたいのだけれど、瑠兎さんとレミアってどういう関係なの? 知り合いなのは分かるけど、どこで知り合ったの? よければ教えてもらえないかしら」
「……ワタシとレミアは昔ぃ、組織の同期だったんだぁ。だから彼女と知り合いなのだよぉ。だけどワタシには驚くほど才能がなくてなぁ、少しもしないうちに自分から組織を辞めてしまったんだぁ。それで今は普通の女子高生というわけさぁ。レミアとの関係はそんなところさねぇ。特に面白味もないぃ、いたって普通の理由だろうぅ?」
「まあ……本当に普通ね」
どう考えても、サイドエピソードとして本一冊分にはならなそうであった。実際蓋を開けてみれば大したことない、なんてのは現実でよくある話である。
「岡野さん。そういえば他の部員はどうしたんですか?」
紘が珍しく丁寧な口調で、そう瑠兎に尋ねた。忘れているかもしれないが、乃子と紘は二年生であり、瑠兎は一応三年生だ。上級生には丁寧語になるのが、どの世界においても共通な不変のルールだろう。
えっ? 二次元のキャラクターは、よくどんな人物にも同じ口調じゃないかって? 年上の人にも生意気な口調で話すじゃないかって? ――だってあれは、そういう指示のもとで演技をしているからね。だから許されるのよ。
そんなのはどうでもいいとして、紘の問いに瑠兎が答えた。
「……君たちと一対一で話すためにぃ、今日は部室に来ないように言ってあるぅ。だが気にしなくていいぃ。それよりもぉ、愉快なことが目の前に転がっているのだからねぇ」
「愉快なこと、ですか?」
「……そうぅ。それは――」
瑠兎は右手を持ち上げると、人差し指で紘を指差した。
「――君だよぉ。種神紘クン」




