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マジック・スペル ~闇の底の絶望~

マジック・スペル6部作目


元々エブリスタに投稿していた作品です。

プロローグ


 水も食べ物もなく、それを手に入れる手段も失くしたスラム。そこには他人を食べて生き残るか、死を待つか…どちらにしろ未来も希望もない。そうなったスラムにふらっと訪れて、その者たちを自分のモノにする男が現れるようになった。


「お前達、オレの民にならないか? オレの民になるなら、水も食料もやる。だから、オレのために生きろ」


全てを欲する強欲は、今日も難民の命を拾う。病人だろうと見捨てない。強欲は拾うことはあっても捨てることはないからだ。そして何故かその男が訪れたスラムには水が湧き、大地が潤い恵美ができる。そしてスラムは少しずつだが豊かになり、村となっていく。だが、そうなれば盗賊などが村を襲うようになる。


「お前ら、二度とオレの国に手ぇ出すな。…オレの民になるなら、もう誰も傷つけなくても生きていけるようにしてやる」


 だがその男は盗賊でも拾う。拾われた者は更生し、二度と人を傷つけなくなる。こうして、男の国は拡大していく。王家に気付かれぬよう水面下で少しずつ、だが確実に。理想郷ユートピアは男の野望と共に、多くの難民を救っていくのだった。




 第一章『危険人物』


 【知略の虎】


 今は無き大国の王都。絶壁に囲まれた街は正に要塞。そこに住まうはこの世界で最強の盗賊団と多くの難民。なぜなら、彼らが襲うのは王国のみ。難民を救い、王国の民を憎む。そのため王国に攻め入って得た食料などは難民にも分け与え、そして難民の中から志願して盗賊になる者おり、その数は日に日に増えている。


「お前は見てるだけでいいからな。手は出すなよ」

「えー、またかよ。おれだって強くなったんだぞ」

「まだ中級魔道士レベルだ。それに、今回の相手はオレより強いかもしれないんだよ。噂じゃ賢者クラスらしいしな」


 街の外に聳える鉄の絶壁。その前にマントを纏う二人組が現れる。だが、片方は明らかにまだ子供だ。


「さて、どうやって街に入るかな。壊すのは面倒だし、やっぱ飛び越えるしかないか…。でも高いな。けど、おそらく標的は城だろ」

「考えないでいつもみたいに突っ込めばいいだろ。おれは見てるだけなんだし、早く終わらせて帰ろうぜ」

「…じゃあ、お前も戦うか?」

「え、マジ?」


 一人が手を壁に合わせて、魔力を高める。


「ただし、雑魚限定な。強い連中はオレがやる。…やばくなったらすぐ隠れろよ」

「おれは何にも心配してないよ。それはあんたが一番よくわかってるだろ」

「まあそうだな。…行くぞ。『金属の創造主アイアン・メーカー』」


 すると鉄の壁が形を歪め、溶けたように液状のようになり大きな穴をあけた。


「全ての金属は、オレの思うがままだ」


 穴は絶壁を貫通し、トンネルを作る。そこを駆け抜け、街へと侵入。


「誰だ貴様ら!」

「やっぱ見つかるか」

「当たり前だよ」


 街には予想よりも人が多く、武器を持たない者達は慌てて街の奥へと逃げて行く。そしてその中を縫うように武装をした者達が集まってきた。


「…ネラル、お前一人でするか?」

「いいの?」

「どう見ても、全員雑魚だ」

「こいつら、舐めやがって!!」


 怒った盗賊たちは、持っていた武器で一斉に攻撃を始める。


「武器が通じるのは、せいぜい上級魔道士の下までだ」


 武器を持っている盗賊はいるが、杖などの魔器を持っている者は一人もいない。そして武器に使われているのは多くが金属。とくに強力な銃ですら弾は金属であり、二人は今その金属で出来た絶壁を通ってきたのだ。


「…全ての金属よ、我に従え。反射リフレクト


 近づいてきた武器や弾は、来た方向へ戻っていく。


「な、なんだ! こいつ、銃弾跳ね返すなんて」

「これならどうだ!」


 今度は爆薬が放られる。だが、跳ね返す前に火種は火薬へと達した。


「今だ! どんどん投げこめ」


 導火線を短くし、すぐに爆発するようにしてあるので爆弾は二人へ届かない。だが爆発は届いていた。それから数十個の爆薬が投げられ、辺りを煙が覆い尽くす。


「さすがに生きちゃいないだろ」

「安心するのは早いぞ。魔法使いには闇の賢者みたいな化け物もいるんだ」

幾重魔法デュアルマジック風刃爪牙エアルド・ファングロー


 五本の風の刃が近くの民家を次々と切り裂く。建物は崩壊し、獣の爪後のような切り跡を残す。


「オレの前で闇の賢者の悪口を言うとは、いい度胸だな」

「何も、建物に八つ当たりしなくてもいいじゃん」

「ふん。まあいい、ここはお前に任せるぞ」


 煙の中から上空に向かって魔力の翼を広げた男が飛び出し、城へ向かって跳んでいく。


「了解。…まあ、暇よりいいか」


 煙が晴れ、現れたのは子供一人。世界最強と言われる盗賊団は完全になめられていた。




 街の方から爆音が聞こえ、城に居た盗賊団の幹部達は警戒態勢に入る。難民は安全な城内に避難させ。城壁に魔道士や武器を装備させた者を配置。


「愚図愚図するな! 敵が今すぐ攻めてくるかもしれないんだぞ!」


 城の入口の近くで支持を出しているのは女性。魔法陣の刻まれた剣を持っていることから、魔法剣士だと推測される。


「女指揮官とは勇ましいな」

「! お前、どこから」


 翼を広げた男は、その女性の前へ降ってきた。唐突のことで、周囲が一瞬固まる。


「お前がここのリーダーの『知略の虎』か?」

「くっ、『破嵐崩壊ブレスト・デトロイ』!」


 向けられた剣から暴風が吹きだし、風は城壁を前方にある城壁と共に男を吹き飛ばす。


「いきなり酷いな」


 だが、城壁を破壊した風が突然消える。そして魔力の翼を広げ、右手に剣を持った男が上空へ現れた。


「ドーラさん、こいつグリードです! 王家が血眼になって探してる史上最凶の賞金首ですよ。しかも額は五千億。あり得ない金額です」

「王家が五千億も出す賞金首だと。闇の女王ですら三千億だったというに」


 史上最凶として恐れられた闇の女王の賞金より上。つまり闇の賢者の力以上に、グリードのことを危険だと思っている証拠だ。


「いつの間にか賞金首にされてたのか。しかも、闇の女王より上…嬉しくないな」


 盗賊団の視線はグリードに向き、いつでも総攻撃ができる状態になっている。


「捕まえて王家に引き渡しましょう。五千億もあれば、もっと多くの難民を救えます」

「馬鹿者!」


 だが、女性の怒鳴り声によって周囲は沈黙してしまう。


「我々はなんだ? 王国から物資を奪っている身で、賞金がもらえると思うな。引き渡したところで、我々には何の得にもならん」

「しかし、ではどうするのです?」

「決まっている。侵入者は排除するまでだ。やれ!」


 合図と共に、グリードに向かって無数の魔法が多方向から迫る。逃げ場はなく、逃げる様子もない。


「面倒だな。オレは話をしに来ただけなんだが。超硬封壁ギガウォリス


 だが、魔法の障壁で全ての魔法を防ぐ。そして障壁に守られながら、指輪を一つ天高く放り投げた。


「先に仕掛けてきたのはそっちだからな。一瞬・多数技法クイック・マジョリティースキル魔雷千鳴サウザンド・ダークライ


 指輪から巨大な陣が現れ、暗黒が空を包む。そして、轟音と共に降り注ぐは黒い雷。


「電圧は加減してやる。死にはしないが、全身しびれて動けなくはなるな」


 雷鳴は街を包み、千本の雷が城壁内に集中して降り注ぐ。あまりの数に逃げ切れず、ほとんどの者が雷に撃たれてしまった。グリードの言うとおり、雷を受けた者は痙攣をしながら倒れ込む。


「くっ、何だこの魔法は…。体が、言うことをきかない」

「なんだ。お前も痺れたのか」


 再び女性の眼前に降り立ち、剣を鞘へとしまう。翼を消すと完全な無防備の状態となるが、今グリードに攻撃できる者は一人もいない。


「お前、確かに他の奴より強いけど、知略の虎なのか? 賢者に匹敵すると聞いてたが、今のあんたは上級魔道士。つまりオレとそう変わらない力しか持ってない」

「あの方と私を比べるな。あの方は、私なんかよりもはるかに強いのだ」

「じゃあ、会わせてくれよ。オレはただ話し合いに来ただけだ。…違うな。欲しくなったら話し合いにはならないから」

「何を訳のわからないこと…」


 動けない体を必死に動かそうとしているが、それを見下すグリードからすれば無意味にしか感じない。


「戦場なら、あんた死んでるよ。悪いことは言わないから、知略の虎を呼んでくれよ」


 もがいて剣を持った右腕だけをどうにか上げて、その切っ先をグリードののど元に向ける。


「断る!」


 その姿に力を取り戻したのか、動けなくなっている他の者達も何とか浮きあがろうとしていた。


「ふ、いい根性だな。虎だけじゃなくてお前たちも欲しくなってきたよ」


 のど元に突き立てられる刃をどかし、左手を女性へと近づける。まだ痺れは切れないようで、女性はそれを見ているしかない。


「ドーラから離れろ!」


 あと少しで左手が女性に触れようとした時、高速で飛んできた魔力の塊がグリード直撃し、グリードは数メートル吹き飛ぶ。飛びながら眼は魔力が飛んできた先、城の入口に立つ男へと向けられた。


「…王家に並ぶ強大な魔力、賢者に匹敵する魔力の質。お前が、知略の虎か?」


 空中で体勢を立て直し、入口に立つ男を見る。纏う魔力は噂通りの実力を示す。魔力の質は総量より重要で、質が高ければ高いほど僅かな魔力で強大な魔法を使うこともできる。


「世間じゃそう呼ばれているようだな。だが、私自身がそう名乗ったことはない」

「そうか。…でも、何で魔弾銃なんだ? それだけの魔力があれば魔法を使った方が確実だろう」


 先ほどの魔力の塊は、男が持っている銃からはなられた物。魔力を圧縮して飛ばす特別な物だ。


「お前には関係ないことだ。悪いが、出て行ってもらおう」


 左手には剣をとり、グリードへ迫る。魔力で強化している訳でもないのに、凄まじい速度だ。


「なるほど、魔力を練り込んで鍛えた肉体。身体能力は紅の賢者並みか。でも、オレより遅い…究極神のアルテ・コルラド魔光翼マジットウィグ状態二レベル・ツー


 そして眼前にまで迫ったグリードの姿は視界から消え、全身に何かで殴られたような衝撃が走る。


「キサ流 奥義『無音無影むおんむえい』」


 グリードは懐に現れ、さらに魔力を込めた拳を放つ。


「キサ流 剛の秘拳『音壊おんかい』」


 放たれた拳は音速を超え、空気の壁を突き抜けた拳が爆音のごとき轟音と破壊力を生む。その衝撃と拳が男を捉え、耐えきれずに男は宙を舞う。


「…あんた、その肉体を築くのにどれほどの歳月を費やした? キサの奥義を二つも受けて、無傷な奴はアルエ以外見たことなかったぞ」


 男は無傷のようで、何事もなかったかのように起き上がる。そして初めて向けられる睨み、それは虎のごとき覇気が込められていた。


「だが、もう終わりだ。今のあんたと戦っても面白くない。…これでも多少医学をかじってたんでね。無音無影で攻撃しながら、あんたの体は調べさせてもらった」


 だがとたんに男の表情は歪み、ものすごい量の吐血が地面を赤く染める。


「あんた病気だろ。最後の音壊は、肉体を突き抜けて内部を破壊できる。だが、そこまでの吐血は普通出ない」

「ロー様!」


 痺れが取れたのか、ドーラと呼ばれていた指揮官は真っ先に男の元へと向かう。だが、男はドーラの手を払い、グリードを睨み続ける。


「私の命が欲しいならくれてやる。だが、仲間や難民には手を出すな」

「お前ら、全員オレの話聞けよ」


 纏っていた魔力を解き、再び争う気はないと示す。だが、虎のごとき覇気は向けられ続ける。


「なんだ、もう終わったのか」


 状況も知らず、鉄の竜に乗ったネラルが、城壁を越えてやってきた。


「誰も殺してないだろうな」

「当たり前だろ、どうせあんたは全部拾うんだから」

「そうか。じゃあ、お前先帰ってろ。こいつらとの交渉は長くなりそうだ」

「は? やだぜ。だいたい、ウンディーネはあんたが持ってるだろ」


 グリードが首から下げている蒼い宝石が輝く。その宝石には、精霊の王である水の精霊が宿っているのだ。


「ふぅ、まあいい。…知略の虎、いや『ロー・トラグス』。お前の寿命は、あと半年もないとみたがどうだ?」

「…………」


 当たっているのだろう。誰一人口を開こうとはせず、黙りこんでしまう。この状況で、話し合いなどできるはずもない。ローは先ほどの吐血のせいで体が言うことをきかなくなっている。


「お前は、この先をどう考えている? お前の実力はだいたい分かった。だから言わせてもらう。この街は一月ともたずに王家に滅ぼされる」


 突きつけられる現実。だが賢者と渡り合えるリーダーが居たからこそ、今まで何とかなってきたに過ぎない。そのリーダーの力が弱り、いくら絶え忍ぼうと近いうちにそのリーダーの命は尽き、力を失った街は滅びるだろう。


「そんなこと、私が一番よくわかっている。だが、どうすることもできん。仮に王家の最高の医療機関で治療しようとも、私は延命しかできぬのだからな」

「ロー様…」

「遠からず、王家はここにやってくるだろう。だから、みんな覚悟はしている。頼むから、余所者は帰ってくれ」


 グリードは周囲を見渡すが、全員同じ気持ちなのだろう。誰一人恐れた眼をしてはいない。


「くだらねぇ。覚悟だ? 死ぬのは覚悟じゃねえぞ。だいたい、盗賊団が死ぬ気でも、かくまってる難民は、死んで仕方ないと思ってるのか?」


 グリードの眼は魔眼に変わり、周囲を圧倒するほどの覇気を放つ。


「この世に死にたい奴なんていない! 生きること、それは欲望だ。欲望を持たないで生まれ来る奴なんていない。…お前ら、追い込まれて諦めてるだけだ。それは覚悟じゃない」

「ならばどうしろと? 王家は難民の粛清を始めている。だが、もう私にはそれに対抗できる力はない。死ぬその時まで精一杯生きるくらいしかもうできないんだ」

「でも、本当は生きたいんだろ。誰も死なせたくないんだろ。…人間なら、足掻けよ。欲望のままに足掻いて見せろよ」


 足掻いたところで何も変わらないかもしれない。それをわかっていて、だがそれ以上に人の欲望を知りつくしている。だからグリードは引かない。


「オレの魔眼は服従の力。いかなる万物をも従える。全ての欲望を叶える力。そして、お前の体を健康な頃に戻すことも可能。永遠の若さだって、男を女にすることだってできる」


 眼を使い続ける間全てが思いのままであり、その間はどんな事でも可能。つまり人の細胞を組み替えたり、命を奪うことも。そして力を解いても服従が解けただけで、変化したところは変わらない。殺した者は生き返らないし、治した病が再発することもないのだ。


「もっとも、病を治すってことはお前の体を変化させることだ。それ相応の対価が必要になる。それが食い物か女か眠りかはわからないがな」


 魔眼を使うには対価が必要であり、その対価は魔眼によって異なる。そして強欲の魔眼は、人の三大欲求からなる食欲、性欲、睡眠欲のどれかとなるのだ。


「例えば、オレが薬だとしよう。そしてその薬を使うのに代償がいる。…お前は何を差し出す?」


 だが、ローは銃口をグリードへと向ける。それが、彼の答えだった。


「私は、誰かを犠牲にしてまで生きるつもりはない。貴様に頼るくらいなら死を選ぶ。だから、この街から出ていけ」


 再び虎のごとき視線が向けられ、本気だということを示す。だが、ローの考えとは違って周りの仲間達は武器を手放した。


「本当に、ロー様をお救いできるのですか?」

「何を言ってるんだドーラ!」


 敵意を向きだすローとは違い、周囲はまるで救いを求めるかのような視線を向ける。


「私にできることならなんでもします。だから、ロー様をお救いください。この方は、私達には必要な方なんです。この方が居たから私たちは今、生きていられるのです」

「…ドーラ?」

「私でよければ何でもいたします。この命をささげてもかまいません」


 救いを求める視線は、城の中にこもっている難民たちからも向けられ、多くの人がローを必要としているのは明らかだった。


「全員、自分が犠牲になってもお前を救いたいそうだ。…こんな状況でも、死んだ方がいいと思うのか?」

「…みんな」


 諦めていたのはロー一人。他の仲間や難民たちは、心の底ではどうにかして彼の病を治すことができないかと悩んでいたのだろう。


「一人でも想ってくれる奴が居るなら、どんな手段を使っても生きろよ。…こんなに想ってくれる人が居るお前ならなおさらだ」

「…どうすれば、私の病を治してくれる?」


 王国から虎と恐れられた男。そんな男でも、涙を流すことがある。そんな男を助けたいと、想う仲間がいる。強欲が欲するのは、その全て。


「お前ら全員、オレのモノになれ。もちろん対価はお前らに払ってもらうがな。…ただ、対価を出すならどんな病気や怪我も治してやる。強欲のままにな」


 こうして、最強の盗賊団はグリードの民へ加わる。それから街には恵美ができ、盗賊団は王国を襲わなくなったそうだ。正確には来るべき時まで、その牙を研ぎ澄ませている。




 【支配の魔眼】


グリードが賞金首となってから、多くの者が彼を狙うようになる。金のため、自由のため、家族のため。理由は様々だが、危険を冒してまで向かってくる。だがグリードはそんな者達も受け入れ、戦わなくてもいい環境を与える。もともと難民はお金があっても王国に入れなければそのお金を使うことができず、何より必要だったのは物資だった。だからグリードの国にまだ金はない。働けば食べ物が食べられ、水が飲める。そんな環境に金は必要ないからだ。その日を必死に生きることには何も変わらない。でも、餓えで苦しむことは無くなった。病気や怪我をおっても手当てしてもらえる。


「これは、どういうことだ」


 そして新たに訪れたスラム。だがそこには死体が転がり、生きていても虫の息だ。


「…子供のころにワクチンを受けて感染を防ぐ、危険な病気か」


 王家だったグリードはワクチンを接種していたので感染はしないが、難民である者がワクチンを受けられることはない。だが、何人かの老人がグリードの前に集まってくる


「旅の方、この村は見ての通りです。悪いことは言わないからお帰りなさい。感染しても責任はとれませんでな」

「オレは子供のころにワクチンを打ったから問題ない。それより、貴方は平気なのですか?」

「なに…私が子供の頃、まだ王国に住んでいてワクチンを打ってもらえた。それだけのことですよ」


 子供の頃。つまり、今は無き王家の民。難民になると、誰も守ってはくれない。病気も貧困も自分で何とかしなければならないのだ。そして救いたくても、今のグリードはこの病のワクチンを、大量に持っていはいない。つまり、救えない人たちが大勢出てくる。


「オレが、ワクチンをもらってくる。だから、それまで耐えてくれ」


 グリードは街の中心へ行くと、魔法で大きなクレーターのような穴を作り、そこの中心に聖剣を突き刺す。


「オレが戻るまでこの地に憑いててくれ。せめて、水くらいは飲ませてやりたい」

(わかりました。お気をつけて)


 聖剣の柄にウンディーネの宿る宝石を下げ、離れる。するとクレーターに水が湧く。それに驚く者もいるが、病に苦しむ者にはそんな余裕はない。


「この水をみんなに飲ませてやってほしい。かならず戻る」

「貴方は一体? 水を出す力があるなんて」

「ただの人ですよ。もっとも、拾える命は全部拾う強欲のね。…勘違いしないでください。全員の命は助けるんじゃなくて、“拾う”んです」


 強欲はタダでは助けない。自分のモノにするか、それなりの見返りがなければ。そうとは知らぬ老人を残し、グリードはスラムを出る。


(…シグ、状況はわかってるだろ)


 遠くの地に居るもう一人の自分。この世の全てを見通すと言われる『万里の魔眼』を持つ自分に、心の中で問いかける。


(勝手だね、グリード。一方的に繋がりを切っておいて、助けてほしい時だけ僕に頼るなんて)

(うるさいな。時間がないんだよ。お前はあいつらを見殺しにできるのか?)


 自分と同じ声が頭に響く。拗ねたようなシグとは違い、グリードは焦りが見える。他人であるはずなのに、難民をどうしても助けたいと思っているようだ。


(マリヤは頼らないの? きっと助けてくれるよ)

(ここからじゃ遠いし、難民を受け入れているんだから、あの病のワクチンはそんなにないだろ)

(…仕方ないな。ここから一番近くてワクチンを大量に保持してる国は、ぺルチーノだよ)


 大国であるジハールもアンジェルも難民を受け入れ、蓄えは減っている。つまり、難民を受け入れて疲弊していた。そう考えれば、残された王家の中で最も力を有しているのはぺルチーノだろう。そして難民を受け入れない王がワクチンを分けてくれるはずがない。


(でも、止めた方がいいと思うよ。今はまだ、王国に手を出すときじゃない)

(わかってる。でも、オレの魔眼じゃあの人数を治すのは無理だ。その前に精神がのまれる。…もうなりふりかまってられないんだ)


 忠告を無視して、四翼の翼を広げて砂漠を飛ぶ。向かうは神の手を持つとされる最強の戦闘家の一つ。残っている王家の中で、おそらく最強の力を持っている。それでも、強欲は治まらないのだ。




 街は結界に覆われ、街中を兵士が徘徊。そして、国の上空を戦艦が飛び回る。大国であるジハールやアンジェルが田舎に思えるほどの科学と兵力。いついかなる時でも戦争を始められそうな武力だ。


「賞金を懸けて一月にもなるが、奴の所在はいまだに掴めないのか?」

「名の通った賞金稼ぎなども向かったはずなのですが、すぐに連絡が取れなくなります。さらに人数を増やしていますが…」


 王家が今もっとも恐れているのは、グリードの存在。もしグリードの国の所在が分かれば、全勢力をもって討伐に向かうだろう。それほどグリードが言っていた王家が無くとも、土地を再生させる方法が恐ろしいのだ。もっともそれを闇の賢者の弟子であるシグも知っていることを、王家は誰も知らない。


「なんなら、またアキがやろうか?」

「頼むことになるかもしれないな。本当は、お前は切り札とりして手元に置いておきたいのだが」

「アキは別に報酬がもらえたらそれでいいよ。だって、アキの欲望を満たしてくれるのはあなたくらいだから」


 ぺルチーノの王の側に立つ少女。見た目は十歳かそこら。だが、その眼に浮かぶのは大罪の魔眼。王家に匹敵する闇の魔力を秘め、無邪気に微笑んでいる。だが、側に居ながらもぺルチーノの王はあまり近づいて欲しくないような感じだ。


「相変わらず、アキが嫌いなんだね」

「契約以上のことはしない。わかっているだろう」

「うん。じゃあアキは行くね。…アキはあなたのために力を使い、その代わりあなたはアキの欲望を満たす。そういう、契約だもんね」


 少し寂しそうに玉座の間を出て行く少女。二人の間には契約しかないのだろう。少女に対して、視線を送ることすらしないのだから。


「王、あの者をいつまで手元に置くつもりですか? 確かに能力は認めますが、危険すぎます」

「わかっているが、奴が居なければ私はこの国の王になれなった。…だが、私だっていつまでもあんな汚れ者を手元には置かない。時がきたら、始末するさ」


 大罪者が道具として扱われるのは、今に始まったことではない。魔眼という強力な力。その視界に入れば勝敗が決する必勝の眼。力として利用しない手はない。力を使った際に発生する対価さえ用意してやればよいのだ。もっとも、大罪者は闇の住人。そして魔眼を完全に扱うことは大罪者本人にも難しい。扱いきれずに暴走してしまうこともある。その点を考えれば、大罪者を手懐けるのは諸刃の剣なのだ。




 同じく大罪者であるグリードは、戦艦が飛び交う国を少し離れた所から眺めていた。もちろん様子をうかがっているのだが、戦艦を相手にしたことは無いのでさすがに悩んでしまう。


「やっぱ強硬突破しかないか。王のところまで行ければ、魔眼でどうにでもなるからな」


 最悪、王を操ってでも従わせれば兵士たちを引かせることができる。無理矢理従わせることは、強欲の魔眼『服従』の十八番だから。


「となると、やっぱあいつを呼ぶしかないか」


 グリードは曇り始めた空を眺める。雲は厚く、周囲は暗くなる。嵐でも来そうな感じだ。


「グギャー!!」


 だが、天地に轟いたのは雷ではなく魔物の声。そして雲の中からゆっくりと山のごときその巨体を現し、大地を魔物の影が闇に染める。角や牙、そして巨大な翼に竜のような体。悪魔のような容姿の石像。


「こういう時のために、わざわざ強化して生き返らせたんだ。来い『石岩獣ガーゴイル』」


 大地に降り立ったその巨体は、まさに山。頭に立つグリードがアリのように思えるほどだ。


「行くぞ。まっすぐ王都を目指せ」


 そしてどうやって飛んでいるのか不思議に思えるほど苦もなく飛び上がり、結界を突き破って国内へと侵入。徘徊していた兵士や戦艦はその姿に恐怖しながらも、攻撃を開始する。だが、まったく通じない。


「無駄だ。最強種だった『石獣ガーゴイル』は、オレの力で絶対種に昇華したんだからな」


ガーゴイルの体の硬度は、既に石ではなく鋼。いかなる攻撃も通さず、確実に王都へと迫っていく。さすがにこれは王都にいる王達も焦りを見せ始める。


「戦艦の攻撃が効かぬガーゴイルだと。あれは最強種だろう。なぜだ」

「わかりません。ですが、もう王都の側まで迫っております。報告通りなら、奴が降り立っただけで、王都は壊滅します」


 兵士の大半が討伐へ向かい、城は手薄になっている。民も避難を始め、国は大騒ぎだ。


「もしもの時は私が出る。奴が姿を見せたら知らせろ」

「その必要はないよ。現にあいつは誰も傷つけてない。お前らが勝手に攻撃してるだけだ」


 玉座の間の入り口。そこには探し続けていた男の姿がある。


「グリード、あの化け物を差し向けたのは貴様か?」

「ああ、混乱に乗じてあんたに会うためにな」


 一触即発。王は怒りに震え、溢れだす魔力で空気が揺らす。怯えた神官は壁際まで下がって身を縮込ませる。


「よくも、王である私を愚弄してくれたな。…貴様は、私の手で葬ってやる。神の力を思い知れ」

「―! 王家の血『神のコルド・ハント』か」


 一瞬で王の姿は消え、見つけることができない。まるで超速奥義である無音無影のようだ。だが、無音無影の速度ならばグリードは捉えることができる。それができない速度ということは、速度はグリードより上というわけだ。


(今はウンディーネも居ない。奴のことだ、どうせ移動しながら魔力を集めてるんだろ。強力な一撃を放つために。…となれば、あれを使うしかないか)


 グリードはマントを取り、腰にある二つの剣も地面へ置く。相手の実力が自分より上なのはわかっている。おそらく速度、魔力、力。全てにおいて戦闘家であるぺルチーノには適わない。だったら、できることに全てを注ぐしかない。


「いつでもいいぜ、来いよ」


 まるで神に祈るかのように、胸の前で両手を合わせて眼を閉じる。


「なんのつもりだ。どうせなら足掻いて見せよ」

「これが、オレの全力の足掻きだよ」

「そうか、ならば死ね。神の手の力を持って一瞬で終わらせてやる。もっとも、その後は死よりも辛い生き地獄を味あわせたる! 『神の鉄鎚コルド・ハンマー』」


 グリードの前に現れる閃光。音速を超え、光速をも超える速度で放たれた神速の拳。それは込められた魔力を光と力に変え、当たれば対象を肉塊へと変える。


「キサ流 柔の秘拳『抱解ほうかい』」


 だがグリードはその拳を両手で受け止め、全ての力を分散させた。


「そんな、バカな!」

「この技はあらゆる力も抱擁し、そしてどんな力も解放する。オレが入口に立ってて、攻撃が前からしか来ないとなれば、繰り出される攻撃を受け止めるくらいはできる」


 さすがに全ての力を受けきれなかったようで、グリードの両腕は痺れて震えている。だが、勝敗はついた。


「悪いがもう逃がさない。あんたが神の手を発動するより、オレが魔眼を使う方が早いぞ」

「くっ…」

「大人しく、言うことを聞いてもらおうか? オレもできれば魔眼は使いたくないんだ。ただ、念には念を…『敵力の吸収エネミードレイン』」


 王の拳を受け止めた状態のまま、両手で王の魔力を吸い取る。逃げようにも、魔眼で服従させられるだけ。結局、ほとんどの魔力を吸い取られてしまう。


「さて、これでもう抵抗できないだろ」

「私を人質にして、この国を乗っ取るつもりか?」

「…王国なんていらない。オレが欲しいのは、世界だ。そしてオレは欲しい物があってこの国に来た。お前の国が大量に保持してるワクチンが欲しいんだよ」

「ワクチン…だと? そんな物のために、こんなことをしたのか!」 


 再び王の怒りが向けられるが、魔力の無い状態では恐れるほどではない。そして今度はグリードも怒りがこみ上げる。


「そんな物か。お前の言うそんな物がなくて、苦しんでいる人たちが大勢いる。お前には分らないだろうな。王家が絶対であることを、守ろうとしてるお前には一生」


 ほとんど歳の変わらない二人。だが片方は長く続いた王家のために、そしてもう一人は王家を捨てて貧困に苦しむ難民のために戦う。それが二人の差であり、覚悟の違いでもある。


「お前には、大切な人はいないのか?」

「王になる者が守るのは誇りと国だけだ。友などいないし、女など跡取りを産むことしかできん。子が産めるなら誰でもいいだろ。お前のように私は欲望では動かん」

「…愛した者すら、いないのか」


 例え、グリードが国を捨てなくてもこうはならなかった。グリードには愛した人が居て、その人がいつも道を示してくれたからだ。


「お前とは議論しても無駄のようだ。用件を済ませたら帰る。急がないと賢者や他の王が駆け付けてくるからな」


 本来なら闇の賢者が真っ先に駆け付けてもおかしくないが、監視役をしてるシグが共犯なのだ。そうなれば、闇の賢者に情報が入るのは遅くなる。とはいえ、知れれば一瞬でこちらに来る手段も持っているので油断はできない。


「お前だって恥をさらしたくはないだろ。あのガーゴイルは自然災害として処理した方が、都合がいいんじゃないか?」


 魔物が現れることはよくある。それで出た被害は自然災害と同じ。ただ、ここまで大規模な事は闇の賢者が就任して以来初めてのことだ。


「ワクチンをもらったら何もしないで帰る。誰一人傷つけはしない」


 グリードも本当は長居をしたくない。さっきの攻撃は、前からしか来ないとわかっていたから対処できたに過ぎないからだ。もし、どこから攻撃が来るかわからない状況であれば、グリードに勝機は無かったであろう。


「私は、お前を許さない。この借りは必ず返すぞ」

「負け犬の遠吠えにしか聞こえないな」

「く…」

(くそっ。こんな時にアキラは…)


 城に保管してあるワクチンをもらい、後は帰るだけとなる。だが、人質として王を連れて歩いている時、背後に王に匹敵する闇の魔力を感じ、王を放って近くの窓から外へ飛び出す。


「いい所に来たアキラ! 奴を連れてこい!」


 王の声が聞こえるが、先ほど感じた恐怖で考えている暇はない。すぐさま城の側に見えた木々が生い茂る林へと逃げ込んだ。後は魔力を隠し、音を立てないように奥へと進む。


「侵入者さん、どこに居るの?」


 魔力を隠す気がないのか隠せないのか分らないが、先ほど感じた闇の魔力が林へと入ってくる。木の影に隠れ、息を殺して神経を研ぎ澄ませた。


「アキはあなたを捕まえないといけないの。だから出てきて」


 無邪気な子供のような声。だが、グリードは出ようとはしない。それは、自分と同じ禍々しい魔力を持っていることを分っているからだ。


「お前も大罪者なんだろ。そうと分っててのこのこ出て行くような馬鹿はいない」


 声は反響し、グリードの居場所はつかめない。だが、少女の嬉しそうな声が聞こえる。


「あなたも大罪者なの? アキ、他の大罪者に会ったことないんだ」

「そりゃそうだろ。オレだってアルエ以外の大罪者が居るなんて知らなかった。まして、王家の側に居たなんて」

「仕方ないよ。アキは道具なんだもん。自分一人じゃ生きていけない。だから、王に仕えるしかなかったんだもん」

「…道具」


 自分を道具だと言っているのに、何も感じていないようだ。まるでそれが当たり前で、真実であるかのように。


「お前は、道具で幸せなのか?」

「当たり前だよ。だって、道具になれたんだよ」


 少女が近づいてくるのを感じるが、動くことができない。何の魔眼か分らない以上、下手に動くのは危険だからだ。


「アキはね、物心がついてから十年間…ずっと玩具おもちゃだったんだよ。あれ、でももしかしたら産まれた時からかもしれない」 

「…道具の前は玩具か」

「だって、アキは玩具だったんだもん。いろんな男の人達が、毎日アキで遊ぶんだよ。アキのこと、玩具だって言ったんだよ。だからアキは玩具だったんだ」


 おそらく、盗賊や人攫いにあって売られたか弄ばれたりしたのだろう。グリードが助けた子供たちも攫われそうになっていた。難民に人権は無い。国民が攫って奴隷にしている国もある。盗賊が攫って売り買いしたりしたりもしているのが現状だ。


「でも、アキは五年くらい前に大罪者になったの。そしたら、アキは玩具じゃなくて道具になれた。いつもお部屋の中から出してもらえなかったのに、お外に出してもらえた」

「…魔眼の力を使えば、自分の力で外に出られたんじゃないのか?」

「そうかもしれない。でも、アキには対価を払うことができない。だから、お外に出てもどうしようもないから。…それに、アキの体はアキの言うこと聞いてくれないんだもん」

(自分じゃ払えない対価…となると暴食か色欲か…強欲。だが、強欲なら自らの意思で外に出ようとするはず)


 少女との会話だけで、グリードは相手の大罪を探ろうとしていた。その中で自分の対処できない大罪は三つ。暴食は使った分だけ空腹に襲われ、色欲は抑えきれない性欲に駆られ、強欲はその時その時でどの欲望にはしるか分らないが、基本的には暴食と色欲に怠惰を足した対価となる。もっとも、怠惰は睡眠欲なので、自分一人で払うことができる。だが、暴食は一人で大量の食糧を得るのは難しく、色欲は相手が居なければ満たされない。そう考えれば、この二つのどちらか二つの対価も兼ね祖な言える強欲しか考えられないのだ。そしてそのうちの強欲も消え、残る可能性は二つ。


(…物心ついたのが十五年前。確かめてみるか)

「アキだっけ? 一体何歳なのかな?」

「呼び捨て嫌。せめてアキちゃん手呼んで。それに女性に年齢を聞くなんて失礼よ。まあ、まだ二十歳くらいだからそんなに気にしてないけどね」

(オレより年上かよ。だが、これではっきりしたな。まさか色欲とは…やっかいな)


 七つの大罪はそれぞれ違い対価も能力もことなるのだが、危険なのは憤怒と強欲以外。強欲は激しい欲望に襲われ、憤怒の対価は会ってないようなものだ。そして他の五つの大罪は、魔眼と同じ効果とさらに欲望を受けることがある。


(色欲の魔眼は『支配』。オレの魔眼と似たようなもんだが、使えば激しい欲望に襲われ、さらに精神が崩壊していく。…もう、自我が崩壊し始めてるのかもな)


 自分を玩具や道具だと言う時点で、既に精神がおかしい気はしていた。だが、闇に落ちた者は精神が以上をきたすことが多いので気にしていなかったが、ここでもう一つの大罪との差が出た。暴食の魔眼の力は腐食、あるいは老化。つまり、視界に入る者すべてを老いさせる力を持つ。そして対価は暴食に襲われ、自分もどんどん老いていくことになる。それを考えると、女性はむしろ若いくらいだ。


「ねえ、いつまでかくれんぼするの? アキ、早く終わらせて帰りたいよ」

「…アキちゃんは、大罪者との戦い方を知ってる?」

「戦いなんて、みんなアキの物にすれば終わりだよ。侵入者さんもアキの物にしてあげる」

「残念だがそれは無理だ。オレは誰の物にもならないし、アキちゃんの魔眼の能力が危険だってのは、服従のオレがよく知ってる。『かき消す風(イレイス・エア』」


 林の中に突風が起こり、木の葉をはい上げて視界を狭める。さらに風が音もかき消した。


「捕まえた。悪いが大罪者に手加減をしている余裕はなくてね。魔眼を使わせてもらってるよ。…ていうか、本当にオレより年上なのかよ。見た目ネラルと変わんねーじゃん」


 風が治まる寸前、グリードが女性の背後を取っていた。そして魔眼により、少女の体は自由を奪われる。


「酷いな。これじゃ、アキは侵入者さんの顔見れないよ」

「そんなことしたら、支配されるだろ。アキちゃんの魔眼は意思を支配する魔眼だから、意思を持つモノならなんだって操れるんだから。オレが服従できないようなモノも」

「そうなの? アキはよくわかんない。だって、道具は使われるだけだもん」

「…できるよ。その気になれば、自分を支配して変えることもできる。意思を操るから、岩とか自然には通じないけど、オレができない霊的存在ですら支配できるんだから」


 服従は森羅万象しか従えることができない。だから人の肉体を服従させても、その心まで操ることはできないのだ。だが支配は違う。森羅万象を操ることがでないが精神などの実体のない者ですら操ることが可能なので、操られた人は操られていると気付かない。支配の魔眼を持つ者のいいなりになっているのに、本人はそれを自ら望んでしていると思っているのだ。


「アキの力ってそんなにすごいんだ。でも、よくわからないな」

「そうかもね。…そしてごめんね。今のアキちゃんは幸せなのかもしれないけど、オレはアキちゃんの闇を壊すよ」

「え?」


 グリードは、欲望の魔眼にさらに魔力を注ぐ。それは全て、彼女のため。


「アキちゃんは、本当は満たされてない。幼いころから体を弄ばれて、もう何もかもが麻痺してしまっているんだ。だから、一時満たされたってまたすぐに乾く」

「何するの? 怖いの嫌だよ。止めてよ!」

「色欲はいわば快楽。そして本能。この体は慢性的な快楽でもう壊れかけてる。だから、どれだけ求めてももう満足できないんだ。だから、体が言うことをきかないんだろ」


 グリードは暴れる女性を抱きしめ、抵抗できなくする。


「オレの魔眼は服従。この力で、肉体に今までにない快楽を与える。それがショックになってもしかしたら精神は壊れてしまうかもしれない」

「そんな、やだよ」

「でも、そうしないとアキちゃんは今のままだ。半端に壊れかけてるより、闇と一緒に完全に壊れた方がいい。そうすれば、少なくとも自分の意思を取り戻せる」

「やだやだやだやだ!」


 必死にもがくが、魔眼からは逃れられない。グリードが女性を視界に入れた時点で、全ては決まっていたのだ。


「もう闇から逃げないで、ちゃんと向き合って生きてほしい。オレのことは、恨んでくれていいから」

「止めてぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 魔眼によって女性の体は完全に服従され、全ての自由が奪われる。何もできずグリードの思うがままに体を操られ、脳に様々なことが送られてくる。それの処理が間に合わず、意識は落ちそうになるがグリードの魔眼がそれを許さない。そして壊れかけていた精神は完全に崩壊。そして、ようやく意識も途切れることができた。


「精神が崩壊したと言っても、それは今までの精神だ。後は、ああなる前の本当の君がどう生きるかだよ」


 そして彼女を放し、近くの木に背中を持たれさる。ポケットから四つの指輪を出すと四つの指輪が合わさって一つの鉄の塊となり、それを女性の手首で腕輪に形を変えてつける。だが、繋ぎ目は無く取り外しはできそうにない。


「これで、もう誰も君を傷つけられない。肉体も、汚される前に戻した。もう闇に支配される理由は無い。だから、幸せになってくれ」


 何をしても、一度大罪者となった者はその闇から逃れることはできない。それでも、その闇とうまく付き合っていくしかない。それが、定めなのだ。


「オレはもう行くよ。助けを待ってる人たちが居るから。…もし、オレを恨むならその腕輪が居場所を教えてくれるよ」


 纏っていたマントを掛け、寒くないようにしてやる。寝顔や姿は、どう見ても幼い少女にしか見えない。


「もし辛いなら、その時はオレの力で完全に精神を破壊して、生ける屍にしてやるから」


 それが同じ大罪者としてできること。そして、死にたがってる人が居ても死なせてやれないのは命を粗末にしたくない強欲。例え意思のない人形のようになしてしまっても、殺すことはできない。失うことを何より恐れる、それがグリードの…シグの闇なのだから。




 第二章『共犯者』


 【奴隷解放】


 ぺルチーノの国に絶対種の魔物が現れて数日、グリードが奪っていったワクチンによって多くの難民が救われ、全員がグリードの民となる。もちろん抵抗した者もいたが、貧困で苦しみから解放されたいという難民は多かった。そのせいで王家の怒りを買ってしまい、賞金稼ぎだけではなくて王家が選び抜いた精鋭の討伐部隊まで襲ってくるようになる。だが、それでもグリードは強い仲間を探す。王家に対抗できる力を持つと噂される『鬼の女神』を。


「ねえグリード、本当にそんな人いるの? だいたい鬼で女神って変だろ。もういくつのスラム調べたかわかんないよ」

「そうだな。ここも外れなのかな」


 いくつものスラムを周り、情報を集めて訪れた一つの村。だがグリードが音連れた時には既に廃村と化していて、人は誰一人見当たらない。


「でも、この村の荒れ方。傷跡もまだ新しい。数日前まで住んでたような気がするんだけどな」

「でも、誰もいないじゃん。魔物とかに襲われて逃げたんじゃないの?」

「…ん? 誰か居るな」

「え、何も感じないけど」


 だが、グリードは微かに何かを感じ取る。おそらく、分るのはグリードと闇の賢者くらいだろう。二人は人形使い(ドールマスター)で尋常でない数の人形を操る。そのため、どこに何体の人形が居るかなどを把握する特別な訓練を受けていたのだ。


「まあ、感に近いからな。民家の…地下か? 魔物とかではない気がするけど」

「ちょっと待ってよ」


 荒れ果てた民家の内、端の方に立つ民家の中に入る。だが屋根が半分消えていること以外、おかしな点は見られない。


「…まさか」

「今度はなに?」


 外へでると家の裏に回る。そこには、枯れ井戸があるだけだ。だが、グリードはそこから下を見下ろす。水は無いに等しく、水を汲むための道具などもない。


「ちょっと行ってくる」

「え、ちょっと。グリード」


 不安がるネラルを置いて、グリードは井戸へと飛び込んだ。下の方は水を蓄えるために開けており、一室くらいの広さがある。そしてなぜか折り畳み式の梯子が、上からは見えないように置かれていた。


「当たりだな」


 その先に周りの石壁と同じような色が塗られていた壁があり、薄暗いがそこに扉があることが分かる。


「さて、何が出てくるのか」


 ゆっくりと扉を押し、中へと入る。どうやらところどころに上と繋がるパイプがあるらしく、空気は薄いが窒息死するほどでもない。


「…子供?」


 ドアを開けて真っ先に目に飛び込んできたのは、小さな部屋の中央に倒れている少女。微かに動いているので、死んではいないようだ。


「おい、大丈夫か?」

「…お姉、ちゃん」


 意識はもうろうとし、衰弱していることが分かる。すぐさま指輪を器に変え、そこにウンディーネに水を注いでもらう。それからゆっくりと少女に水を飲ませて行った。


(主様、この子)

「分ってる」


 全身に応急措置だけ済ませた後があり、命に別条はないが傷だらけだったのだ。


「…あれ? お兄さん誰?」

「通りすがりの者だよ。…ねえ、ここの村の子なの? 何があったかわかる?」


 衰弱しているので無理に聞き出そうとはしないが、できるだけ情報は欲しい。だが、少女は涙を浮かべて見つめてくる。


「わかんないの。急に、兵隊がいっぱい来て、わたしケガしちゃって…それで、お姉ちゃんがここまで、運んでくれたけど、その後のことは知らないの。…みんな無事なの?」


 外はもぬけの殻。だが、少女はそのことを知らないのだろう。ただ兵士がたくさん来て、怪我をした記憶しかない。不安に思うのは当然のことだ。


「お姉ちゃん強いのに、わたしを守ってくれたの。兵隊さんと戦えば勝てるのに、わたしを先に助けてくれたの」

「そんなに強いお姉さんなの?」

「うん。三年前にこの村に来てから、ずっとみんなを守ってくれてた。角の生えたお姉ちゃん」

「角…」


 グリードの脳裏に浮かぶのは、鬼の女神という名前。子供にお姉ちゃんと慕われることから、優しいというのもわかる。


「兵隊さん、どこの国の兵隊さんだかわかる?」

「わたしはよく分らないけど、お姉ちゃんは『グラン』て言ってた」

「グラン。確かにそう言ったんだね?」


 弱々しく頷く少女。それを聞き、グリードは優しい笑みを見せる。


「お兄さんが、みんなに会わせてあげるから、少し待ってて。まずは傷を治さないと。それに、お腹空いてるでしょ? まずは安全な場所に連れて行ってあげるから」


 少女を抱きかかえたまま部屋を出て、魔力を込めた脚力だけで井戸の外へと跳ぶ。だが、少女を抱えて出てきたグリードを見てネラルは驚いているようだ。


「本当に居たんだ」

「ネラル、肉体強化」

「え?」


 いきなり少女を預けられ、困惑してしまう。だが、さらにウンディーネの宿る宝石を首にかけられた。


「お前はその子を連れて、理想郷(ユートピア:グリードの創った国)に帰れ。後はサナにその子の治療と看病を頼んだら待機」

「え、グリードは?」

「野暮用ができた」

(主様、また私を置いていくのですか?)


 宝石から不満そうな声が聞こえるが、ネラルがユートピアに戻るためにはウンディーネの力が必要だ。


「急いでるんだ。かと言って、その子をこのままにもできない。そう考えたらこうするのが一番いい」

(でも、また王家を相手にするのでしょう?)

「…ああ、だからもしもの時はみんなを頼む。なに、危なくなったらいろいろ切り札を使うさ。だから、行ってくれ」

(…ご武運を。お帰りをお待ちしております)


 そして水に包まれて二人の姿は消える。残されたグリードは、頭を抱えながら遠い眼をした。


(悪いシグ、また助けてくれ)

(そうやって、結局僕を頼るんだね。…僕は、いつでも助けてあげられる訳じゃないんだよ。いつも、時間があるだけなんだから)

(分ってる、でもオレはまだ弱くて、自分一人じゃ誰も助けられないんだ)

(だったらもっと仲間を頼りなよ。知略の虎は、仲間にできたんだから。…失うのを恐れていたら、いつまでも前には進めないよ。いつも身を削って、苦労するのは君なんだから)


 失った者は二度と戻ってこない。だからこそ、誰も危険にさらしたくない。代わりに自分がどれだけ傷ついてもかまわない。そう思っている自分が、確かに居るのだ。


(グリード…頼ったって、それで傷ついたって誰も君を恨まないよ。みんな、君に感謝してるんだから)

(オレの性格は、お前が一番よくわかってるだろ)

(…………)


 返す言葉がない。何でも一人で背負いこみ、自分で見たことしか信じず。本当は頼りたくても、失うのが怖くてできない。そして弱い自分を見せるのは、愛した人にだけ。


(それに、もうすぐ全てが終わるんだ。あと少し、無理させてくれよ)

(はぁ…。グランは難民を集めていろいろさせているみたいだね。そこ以外の村やスラムの難民も連れていかれているよ)

(暴れがいがありそうだな)

(でも、それなりの護衛もいるよ。君と同等の力をもった上級魔道士が数十人もね)


 グリードは魔力の翼を出して、グラン国へ向かう。


(しょせん、普段の戦闘能力だろ。今回はアレも使う。全力で暴れてやるさ)

(最初に言っておくけど、危なくなっても『最堅の盾』は貸さないからね)

(…別れてから、そこまで頼ったことはないだろ)

(今回は頼りたくなるくらい、辛い戦いになるって言ってるんだよ)


 シグの案内でひたすら砂漠を飛ぶが、シグの眼にはその先に待つ闘いが不安でしょうがなかった。




 グランは元々国土が小さく、そして王家の血の力は『重力支配グラビ・ルール』。重力に縛られない彼らは地を離れ、かつて発明国家であったパルス家の『想像創作イマジ・ネイター』の力を借りて空中都市を作り上げたのだ。そして王族と貴族、そしてそれに使える者だけが空中都市で有意義な暮らしをし、民は狭い土地でひたすら働かされていた。難民と変わらぬ苦しい生活。唯一水があること以外は大差ない。でも、この国での難民はさらに辛い生活を強いられる。難民を受け入れ時には攫い、国民の奴隷にするのだ。国民の怒りや不満は全て奴隷となった難民たちに向けられる。それを考えれば、外で苦しい生活をしている方がましだ。


「可愛い顔なのに、もったいいねえ」

「止めとけそんな化け物。女ならまたスラムから連れてくればいいだろ」

「それもそうだな」


 そんな中、唯一牢獄に囚われる女性。特別製のとても頑丈な枷が付けられ、全身傷だらけだ。そして、頭には天に向かって伸びる二本の角。長さは三十センチほどあり、刺されたらひとたまりもないだろう。


「しかし何で殺さないんだ?」

「人質なのさ。こいつからすれば難民は人質で、難民からすればこいつは人質。つまり、どちらかが消えたら争いになる」

「何だよそれ」

「それに殺そうにも簡単に死なないんだよこいつ。まあ、だから自害もできないんだけどな」


 囚われの身で何もできず、縛り続けられる毎日。女性の眼には、既に光は無い。ただ運命を受け入れていた。もう、どうすることもできないのだと。


「グギャー!!」


 そんな女性の耳に届いた魔物の声。窓も何もない牢獄に届いたということは、外では大きく聞こえたに違いない。


「聞こえたか?」

「ああ、何かの魔物みたいだな。…まあ俺達には関係ないだろ。外には上級魔道士が五十人もいるんだ」

「だよな。ああ、オレも上級魔道士だったらいい暮らしで来たんだろうな。好きな難民を奴隷に選べるし、いい物も食える」

「俺たちなんて国民に比べたらまだましな生活送ってるだろ。国民はもっと酷いんだ」


 一番いい生活を送っているのは王家。最高の物を食べ、国民を見下して上空で優雅な生活を送る。次に貴族。豪華な物を食し、王と同様に国民を見下して生活できる。次は王や貴族に使える者。これには兵士も入り、それなりの物を食して生きている。そして国民は食べるのがやっとの生活。そして奴隷として扱われる難民は、死ねばそれまで。まるで使い捨ての道具のように扱われる。


「おい、王都に魔物が出たぞ。お前らも来い」


 階段を下りてやってきた兵士は、息を荒げながらその場に居た者達を外へと連れ出す。そして飛び込んできた光景。空を覆い尽くす空中都市。そこに向かう巨大な石像。


「あれって、石獣か?」

「ああ、上級魔道士のほとんどが討伐に向かった。だから俺達はここの監視だ」

「け、こんな寒い日にやってられないな」


 空に都市があるため、下の土地には日が当らない。何よりグランの土地は寒気が長く、他の王国に比べれば気温は低いのだ。それでも、奴隷として扱われる難民たちは薄着で働かされる。ひたすらに働く奴隷を眺めるだけで、監視とは名ばかりだ。


「『闇の軍勢ダークネス・ナイツ』」


 だがそんな監視達の眼の前に、突然無数の鎧が姿を現す。鎧は近くの兵士を襲い、国民を遠ざけ、難民はどこかへつれ去っていく。


「な、なんだこいつら!」

「知るか! とにかく反撃しろ」


 魔法や銃などの装備を使って攻撃するの、鎧にはまったく通じていないようだ。そして監視はどんどん倒され、牢獄の周囲には居なくなる。


「お前ら、引き続き難民を解放しろ」


 鎧の群れの中から現れたグリードは、鎧たちに命令をだして牢獄へ続く階段を降りはじめた。グリードの姿が消えると鎧は国中に散らばり始め、次々と難民を国の端へと連れて行く。


「はじめまして、あんたが『鬼の女神』か?」

「…………」


 牢屋に囚われる女性は口を開かず、視線も床を見つめたまま変わらない。


「まあ、見ただけであんただってわかったよ。闇に属してるオレだから感じられるその、内に秘めた絶対種を思わせる禍々しい魔力。力だけならローより上だな」

「…女神じゃない。弱い私は、誰も守れなかった。みんな、居なくなってしまった」


 光をなくした瞳は虚空を見つめ、抜け殻のように無気力。大切な何かを失ってしまったのだろう。


「あまり自分を追い込むな。大罪者になるぞ」


 その気持ちはグリードにも分らないわけでもない。自分は大切な人達との繋がりを断ち切り全てを失いかけ、そして失いたくないという己の欲望に気付いた時に闇に落ちた。もし失っていたら、別な大罪に目覚めていただろう。


「それでも、私は自分が許せない。私にもっと力があれば、誰も失わなかったのに」

「…許す許さないってのは人のかってな傲慢だよ。そして生きる希望を失ってしまったように無気力なお前は怠惰でもある」


 罪のない人はいない。生きること、欲することは強欲。許す許さないなどの定義は傲慢。憎しみや怒りは憤怒。何もしない、したくないは怠惰。食べること、求めることは暴食。自分と他人を比べるのは嫉妬。一人が寂しく他者を求めるのが色欲。それらが大まかに大罪であり、生きることも、生きるのを止めることも大罪となる。人は、生きること自体が大罪なのだ。もっともそれは自然の摂理であり、誰にもそれを咎めることはできない。なぜなら、それが生きるということだからだ。


「お前には、帰りを待ってる人はいるんじゃないか?」


 女性が付けられていた枷が外れ、女性を縛る物はなくなる。


「オレは今、難民を逃がしてる。だから、もう人質はいない。そして枷も外れた。…今お前を縛っているのはお前自身だ」


 未だに無気力な女性を残し、部屋を出ようと階段へ向かう。眼からは希望と共に光が消え、放心状態。だが、彼女の手は固く握られている。


「お前が助けて、井戸の隠し部屋に運んだ女の子は、今もお前の帰りを待っているよ。…お姉ちゃんは“強い”んだって、信じてる」


 立ち直れるかどうかは本人次第。いくら声をかけようと、他人であるグリードの言葉は届かないかもしれない。それでも、女性の帰りを待っている人がいるのだ。


(放っておくの?)

(ああ。…大罪者であるオレには、これ以上してやれることはないよ。乗り越えられるかどうかは本人次第だから)


 大罪者にしか、大罪者の気持ちはわからない。そして、自分と向き合えるのは自分しかいないのだ。


(ただ、彼女は大罪者にはならないよ。心が闇に囚われていても、彼女の魂は答えをすでに出していた。固く握られた拳が、その答えだからさ)


 何かを悟ったように、一人外に出る。だが、そこに待っていたのは―


「やれやれ、これは予想外」


 周囲を取り囲む上級魔道士。鎧の残骸が周囲に転がり、先ほどの兵士たちとの実力の違いを見せつけられる。それに対するは、強欲の大罪者一人。




 【運命の歯車】


 王都を襲撃に向かったはずの石岩獣は少し離れた所に倒れ、何かに押さえつけられているようにもがいているが起き上がれない。そのため石岩獣を討伐に向かった上級魔道士が全員戻り、絶体絶命の状況になってしまったのだ。


「石岩獣のあの様子…王自らお出ましというわけか」


 山のごとき巨体の石岩獣を押さえつけられる魔道士は賢者くらい。それ以外にできる者が居るとすれば、グラン王国の王。重力支配の力を使えば、対象を地に縛るなど造作もないことだ。


「まあ、上級魔道士との戦いは想定してた。できたら回避したかったけどな」


 諦めたようにマントを取り、ローブを脱ぐ。そして現れたのは金色の鎧。


「あまり、こいつに頼りたくなかったからさ」


 身につけた者の身体能力などを高める『魔動の鎧』。まだ魔界と交流があった時代、対魔物兵器としてパルス家が発明した物。かつての大国『グローリア』が戦艦などを持たぬ代わりに、兵士一人一人の力を上げようとして数多く保有していた代物だ。


「それがどうしたというのです? 我々の方が戦力は明らかに上ですよ。大人しく投降してはどうです」


 一人前に出てきた壮年の魔道士。他の者とは魔力の質が違い、上級魔道士をまとめ役だというのがよくわかる。実力的にも、グリードより上かもしれない。


「あなたから見たら、オレはテロリストだろう。でも、あなたは今の王家をなんとも思わないのか? 魔力を感じれば分る。それ程の実力と精神を持っていてなぜ王家に着く?」


 聖者を思わせる曇りなき魔力。それは心の現れであり、闇に染まるグリードの魔力とは正反対。だが、グリードの魔力も黒く染まっていても濁ってはいない。


「理由は簡単ですよ。私にも家庭がある。そして、この国を守るのが私の信念。母国を守りたいと思うのは当然でしょう。確かに王がしていること全てを正しいとは言いません」


 国を捨てた身であるグリードには、母国を守りたいという言葉は重くのしかかる。捨てなければ、王として信念を持って国を守っていたはずだからだ。


「それでも、私はこの国の民なのですよ。…あなたにも信念があるようですが、我々にも譲れない物があります。投降していただけないのでしたら、戦うしかありませんね」


 十数年しか生きていないグリードには、倍近く生きているであろう魔道士の言葉が響く。ただ一途に国を守ってきた信念は、それ程重く感じたのだ。


「オレの信念は、あなたから見ればガキの我がままに見えるんだろうな。…でもオレにはもう一つ、あの人の名にかけて負けられない理由がある」


 三年間だけとはいえ、史上最強の魔道士の弟子をしていた。それは信念ではなく、誇り。


準備呪文ストックスペル…蒼の禁忌『電光雷鳴(ライトニング・サンダ―)』、右手固定ライト・セット吸収装備ドレイン・ウィア


 天地を繋ぐ雷の柱。轟音と閃光は五感を麻痺させ、全てを焼き尽くす電圧を秘める禁忌魔法。雷の柱はグリードの右手に集められる。それは闇の賢者が復讐のために編み出した技の一つ。魔法を取り込み、鎧として再構築する究極の強化技法。


「『雷光の帝王ライトニング・エンぺル』」


 最強・最凶として、とてつもない破壊力を持つことから禁忌とされた魔法の一つ。それを鎧として纏った。今のグリードは強大な魔法その物と化す。


「最堅の盾なしで使うのは初めてなんだ。正直、魔動の鎧がどれくらいもつか分らない。…だから、一瞬で終わらせる」


 雷と一体化した今のグリードは雷その物。動きは光速の域、その姿を捉えきれるの者はいない。


「雷を纏って一体となる。…『雷光の帝王』として恐れられた『ラング・グローリア』を思い出しますね」


 上位魔道士たちは全員結界を張るが、その上から圧倒的な力で叩き潰す。反撃しても光速では当たらない。雷と化したグリードを止められる者は、誰もいなかった。


「残るはあなただけです。どうか引いてください。正直、あなたみたいな魔力を持ってる人と戦いたくないんですよ。…オレの大切な人も、真っ白な魔力の持ち主なので」

「闘いに情けは無用ですよ。守りたいならば、時には心を鬼にしなさい」


 戦争を知らないグリードの考えは甘いのだろう。ましてや、人の命を奪ったことなどないのだから。


「グギャー!!」

「ん! ガーゴイル?」


 静まり返っていた街に響く魔物の声。石岩獣の方を向くと、山ほどの大きさのある体が崩れ始めていた。というより、鋭利な刃物で切られたかのようにバラバラになっていく。


「こんなに早く報復の機会が訪れるとは思わなかったぞ」

「―!」


 さらに雷と化していたグリードの体が吹き飛ぶ。民家を数件突き抜けるほどの勢い。生身ならば肉塊になっていただろう。


「英雄ラングのまねごととは面白い。だが、私の神の手の前では無力だ」

「あのガーゴイルってあんたの使い魔? 正直見かけ倒しやね」

「俺様が抑えてたんだから当たり前だろう。あんなのに暴れられちゃ俺様の国が潰れる」

「だるぅ。やる気しねぇ…」


 崩壊した建物から抜け出し、その視界に飛び込んできたのは絶望。裏四皇として恐れられた四家の王が集結していたのだ。


「お前らは手を出すなよ。あいつは私の獲物だ」

「お好きにどうぞ。あたしが出るまでもないでしょ」

「国をめちゃくちゃにされたのは俺様だぞ」

「まぁまぁ。ここはぺルチーノ卿に譲ろうよぉ。面倒だしぃ。


 力の差は明らか。そして、開けた場所ではぺルチーノの動きを捉えることは不可能に近い。さらに他の王達も戦闘に長けている。


「裏四皇が出てくるなんて予想外もいいとこだな。グラン一人なら何とかなると思っていたが、いくらなんでも四人は無理だ」


 ウンディーネや仲間がいない状況。いくら上級魔道士を倒せたと言っても、王達は次元が違う。同じ力を持っていた自分がよくわかっている。


「…でも、何人か道連れにする」


 姿は見えているが魔眼は通じない。幻影か、別な力で妨害されているのか。とにかく魔眼が無効かされている。それはロード家の王家の血である『現実の幻想リアル・イマジン』の可能性が高い。どう頑張ろうと、勝機はない。


「準備呪文、蒼の禁忌『電光雷鳴』、左手固定レフト・セット…複合・吸収装備タリブル・ドレインウェア、究極雷装『電皇雷帝ライボルト・クロス・エンぺル』」


 さらに禁忌を取り込み、出力を上げる。だが、既に魔動の鎧は力に耐えきれずに軋み始めていた。


「闇の軍団、倒れてるやつらを遠くへ連れていけ」


 動かなくなっていた鎧たちが立ちあがり、壊れていた場所は修復される。動き出した鎧はグリードが気絶させた者達を連れて遠くへ向かう。場に残るのは、王達とグリードのみ。


「他人を気遣う余裕があるか。だが所詮、お前では私には勝てない」

「気遣いたくないから、関係ない人達には御退席願ったまでだ」


 ぺルチーノとグリードの姿が消え、周囲に衝撃波が起こる。グリードの速度は、ぺルチーノに追いついているのだ。


「おや、案外楽しそうやね。あたしも混ざろうかな」

「止めてくれ。お前にまで暴れられたら俺様の国が滅んじまう。一人であのガーゴイルを片づけたんだしな」

「おいらは早く力解きたいぃ。魔眼を警戒するのはわかるけどさぁ、疲れるんだよねぇ」


 だがグリードの鎧が耐えきれず、少しずつグリードの動きが遅くなっていく。ぺルチーノに負けるか、鎧が崩壊して自らの力に襲われるか時間の問題だ。


「―! ねえ、この下って牢獄だったわよね?」

「だねぇ。んでぇ、確かやばいの閉じ込めて無かったぁ?」

「ああ、だが俺様でも外せない特別製の枷で力も魔力も抑えているはずだ」

「じゃあ、この魔力は?」

「…とりあえず、離れよう」


 グランの力で三人は宙に浮く。途端に地面に亀裂が入り、裂け目が開かれて鬼神が姿を現す。


「グリードの奴め、いつの間にか枷を外しやがったな。おかげで俺様の国はめちゃくちゃだ」

「それよりも彼女、本当に強そうね。あたしが殺っていい? 血が騒いじゃって」

「でもぉ、精神が病んでて再起不能じゃなかったのぉ?」


 その時、ボロボロになったグリードが鬼神の側へと現れる。ぺルチーノは王達の側に。


「この状況で出てくるなんて勇気あるな」

「あなたに死なれる前に、聞いておきたいことがあったので」

「オレに?」


 まだ光の戻らぬ瞳は、何かを求めるようにグリードへと向けられる。


「…私には、あの子に会う資格はあるんでしょうか? 私はあの子の両親を、守れませんでした。他にも、多くの人を」


 鬼の眼にも涙。どれだけ強大な力を有し鬼と恐れられても、目の前に立っているのは、一人の女性だった。多くの人の死を眼にし、罪の意識に囚われている。


「あるに決まってるだろ。あの子を助けたのはお前なんだ。…お前以外に、この先あの子を誰が守ってやるんだ?」

「っ―」

「あの子にとって、お前は家族なんだ。お前が居なくなったら、あの子は本当に一人になるんだぞ。…誰もお前を恨まないさ。きっとみんな、お前には笑顔で居てほしいはずだ」


 女性が、どんな言葉を求めていたかはわからない。だが、あえて追い込んだ。自分が死ねば悲しむ人が居る。小さな子供を一人にしてしまう。多くの人の死によって罪の意識がある者に、酷い仕打ちかもしれない。それでも、そう追い込まれて死のうとは思わないはずだ。


「我々は無視か。どうせ二人とも死ぬんだ。下らん慰め合いなど止めろ」

「そうでもないさ。オレにも覚悟ができた。人を…辞める覚悟が」


 グリードの周囲に闇が集まり、その闇を取り込んでグリードの体は黒く染まっていく。


「我が魂を喰らい、全てを闇に染めろ。…あんたは逃げな。あの子が待ってる。できたら、オレの代わりに他の子供たちも守ってくれるとありがたい」


 魔力は膨れ上がり、覇気も増していく。既に絶対種を思わせるほどの禍々しさだ。


「自らを闇に喰わせるか。だが、それを私が待っていてやると思ったか? 貴様が魔物になる前に肉塊に変えてやる!」


 再びぺルチーノの姿は消えた。どこから来るかわからない。グリードも動くことができないようで、無防備のままだ。


「一撃で終わらせる!」


 ありったけの魔力を注ぎ込んだ拳が迫る。もう避けることも防ぐこともできない。耐えきれるかどうか、闇に染まった肉体次第。


「―!」


 しかし、眼前に迫っていたはずの王は刹那に下がる。その瞬間グリードの前、直前までぺルチーノが居た場所に何かが降ってきたのだ。


「やっと見つけた。アキにあんなことしといて消えるなんて酷いね」

「アキラ、貴様今までどこに行っていた」


 グリードと同じマントを纏った少女。その眼にあるのはグリードと同じ大罪の魔眼。


「アキはもう、道具じゃない。だから、あなたの側に居る必要もなくなった。…もう、闇には囚われない。これからは、アキの生きたいように生きる」

「この私を裏切ると言うんだな。だったら貴様もここで消してやる」


 ぺルチーノの怒りで、鳥肌が立つほど冷たい魔力が放たれる。その魔力が込められた両手は、触れるだけで対象を粉々にしてしまいそうだ。


「…色欲の大罪者、わざわざこんなやばい所まで追ってこなくて…も」

(ジ~)

「その呼び方は、呼び捨てよりも嫌」

「…ちゃんと精神安定してるよな?」

「今更キャラは変えられないの。…だって、アキはアキだもん」


 多少幼さは抜けているが、やはり見た目どおりの精神年齢に感じる。年上だとはやはり思えない。


「それと、それ以上闇を取り込むなら魔眼を使ってでも止めるよ。あなたにはアキをこんなにした責任がある。…ちゃんと人として生きて、償ってもらわないと」

「それはできない。オレはあいつらと刺し違えてでも、あいつを逃がすことにした。…お前が望むなら魔眼で元に戻してやるから邪魔するな」

「私は逃げませんよ。…あなたに死なれては、あの子の居場所がわからなくなります」


 グリードが思った通りに事が運ばない。もう歯車は、狂い始めていた。


「確かに、お前に死なれたら私たちは誰についていけばいい? お前に救われたこの命、仲間とお前のために使うと決めたんだ」

「…ロー、お前もか」

英雄ヒーローは遅れてやってくると言うだろ」


 当然のように現れたロー。どうやら、運命は彼を死なせたくないようだ。


「ウンディーネから知らせを受けてな。グラン国の難民の救出は終えた。お前が王や兵士たちの注意を引いてくれたから楽に事が運んだ」

「さすがは知略の虎と言うべきか。ぬかりないな。オレは結局、一人じゃ何もできないか」

「私を仲間に引き込んだのはお前だ。それはお前の力だろう。だから、お前に死なれては困る。…ここからは虎として暴れるとしよう」


 闇の大罪者二人に、賢者クラスの二人。対するは四人の王。もう、グリードは一人ではなかった。


「貴様ら、俺様の国を荒らしやがって!」


 全身に掛かる重圧。一度倒れてしまえば、立ちあがれないかもしれない。グリード達は、王の逆鱗に触れてしまったようだ。


「あなたが、私を仲間にしようとしていたのは知っています。あの子を助けてくれた恩くらいは、果たしますよ」

「馬鹿な!」


 そんな重圧を感じさせず、鬼神と呼ばれた女性は空を跳ぶ。彼女の瞳には、光が戻っていた。


「ひれ伏せ!」

「無駄です。その程度の力では、私は縛れない」


 女性だけに力を集中させても、女性は倒れずに向かってくる。今までにない恐怖。グラン王の力の前にひれ伏さなかった者はおそらくいないだろう。


「恐ろしい力だな。筋力だけなら闇や紅の賢者より上だな、絶対」


 絶対的な力は、王家の力をものともしていないようだ。


「ふふ、やっぱりあなたはバラしがいがありそうね」

「おっと、悪いけどお嬢さんのお相手は私がさせてもらいますよ。あなたの能力は下手をすると重力支配より危険なのでね」


 鬼神に迫ろうとしていたスカーレット王。それを遮ったのはローだ。虎のような覇気はあるが、頭は冷静に戦況を捉えている。


「どうしよぅ。おいらも戦わなきゃダメかなぁ」

「あなたの相手はアキがするよ。そんなところに隠れてないで出てきたら?」


 アキラが見ているのは民家の屋根。しかしそこには誰もいない。ロード王は、いまだに空に浮いている。


「なんでおいらがここに居るって分ったぁ?」

「アキの魔眼は精神を支配する能力。あなたの幻影は実体もあるし完璧だけど、心がない。そして誰もいないはずの屋根に精神が見えた。あなたの能力はアキには通じない」


 眼に見える物が正しいとは限らない。幻影と実体、嘘と真実を自由に操るロードの力。しかしそれは、普通は眼には見えない物が見える色欲の魔眼には無力のようだ。


「待たせたな。ぺルチーノの王。結局、人を捨てることができなかったが」

「どうせ一瞬で終わる。他の奴らも、どうせ王には勝てん」


 グリードの眼は魔眼へと変わり、闇の魔力が溢れだす。そして、左手には『失われた歴史ロスト・ヒストーリ』が現れた。


「オレは確かにあんたより弱いよ。…でも、いつまでも王が最強だと思わないことだ。…オレが、そんな世界をぶっ壊す」

「お前ごときには無理だ!」


 世界最速最強の拳が音速を超えて向かってくる。それを避ける術も、防ぐ術もグリードにはない。


「―!」

(君はずるいね。結局、僕を頼るんだから)


 それを防ぐは、世界最硬の盾。グリードに当たる数センチ手前で黒い壁に阻まれる。その壁は攻撃の威力も衝撃も全て吸収してしまう。


(そう言うな。お前も、“オレ”だろ)

「オレは一人じゃない。だから、卑怯だけどお前には負けないさ。『失われた魔法ロスト・マジック』…『栄光の崩剣シャイニング・ブレイクレイド』」


 天空に現れた巨大な光の剣は空中都市を貫き、その下にいた王をも貫く。だが栄光は勝利の力、ゆえに命までは奪わない。光の剣が消え、空中都市は動力をやられたのか、飛行ができなくなったようでゆっくりと地上へ降下していく。


「グギャー!!」

「みんな引くぞ」


 ぺルチーノは倒れ、グランは空中都市が沈んでいくのを見て放心状態。ロードは疲れたという態度を取る。唯一スカーレットが追ってくるが、スカーレットの王家の血である『物理通過フィジックス・パス』は離れてしまえば怖くはない。


「ん? ガーゴイルはバラバラにされたはずじゃ」

「オレが生き返らせたんだ。その際に自己修復機能をつけておいたんだけのこと」


 少し離れた場所で、いつの間にか元に戻っていたガーゴイルに乗りグラン国を離れる。


「しかし、よく生き延びたなオレ達…」

「私が居たんだ。逃げる手立てはいくつもあった」

「あの子のために死ねませんので」

「アキはあなたに責任取ってもらわないと」


 ユートピアを築いて約三ヵ月。考えていたよりも一人多いが、求めていた仲間がそろった。四人の王相手でも何とかなる。そして、今や国土や民は王家よりも多い。世界の半分は掌握したと言ってもいくらいだ。


「ところでアキちゃん、何で膝の上に座ってる? それに責任て何をしろと? 闇から救ってやったんだから感謝こそされても、責任取らなきゃいけないようなことはしてないぞ」

「自由になったアキはもう道具じゃないから、行く場所も帰る所もないの。それに、アキの心を奪った罪。ちゃんと償ってね」

「奪った覚えはない。だいたいオレには、ちゃんと心に決めた人が居る。それに、アキちゃんがオレより年上なんて未だに信じなれない」

「…あなたには分らないよ。小さい時から薬漬けにされて、成長を止められたりした人の気持ちなんて」


 アキラの闇に触れてしまったようで、本人は落ち込んでしまう。さらに、後ろから突き刺さる視線が痛い。なぜなら、泣いているアキラを見ていると罪悪感を感じてしまうからだ。


「ああもう、側に居るのは構わないから泣くな。女の涙は嫌いなんだ。男の涙は見ても吐き気がするけどな」


 何にしても、完全に王家を敵に回してしまった。もう、後戻りはできない。話し合いで解決できればいいが、王達の武力は強大だ。戦争になれば、双方に被害が出るだろう。勝てば永遠の安息。負ければ絶望。


(ジ~)


 我に返った時、アキラはじっと顔を覗き込んでいた。


「なんだ?」

「辛いこと考えてたでしょ。心が苦しそうだよ。アキに隠し事や嘘は意味ないからね」

「不安にもなるだろう。遅かれ早かれ、王家と戦争することになる。話し合いでの解決は、賢者やあの二人となら可能だろうけど。他の六人の王は反対する」

「…避けられないなら、受け入れるしかないよ。苦しんだりしても、何も解決しない。結局、“行動”しないと何も解決しなんだよ」

「その通りだ。そのために私が居る。…考えるのは私の仕事だ。お前は、みんなのためにできることをしろ」


 三年以上前、アルエの弟子になる前。…自分に仲間ができるとは思っていなかった。いつもフィールが側にいてくれたが、フィールは学園最強の生徒で憧れの存在。決して、共に闘う仲間ではなかった。


「そうだな。オレには力も頭も足りない。だから、仲間が必要だ。できたらその仲間に入ってくれないか、女神さん」


 三人の輪から離れていた女性。角と異常なまでの力は人外の者であることは間違いない。


「あなたが、人と魔族のハーフだってのは分ってる。…一人だけ、あなた以外のハーフを知ってるから」


 まともに話したのは一度だけ。それ以来あっていない蒼の賢者の弟子。


「女神ではなくて、『アテネ・オウガスト』です。…あなたの活躍は噂で聞いていました。あの子が笑って暮らせる世界を創ってくださるなら、喜んで力をお貸しします」


 ここから先、世界がどうなるかは誰にもわからない。だが、もう止まらない。引き返せないなら、進むしかないのだから。




 第三章 『罪とペルソナ


 【開戦】


 アテネを仲間にしてから数日。いつ王国と戦争が起こってもいいように、着々と準備が進められていた。グリードの錬金術や魔法で鉄などは武器と化し、ローの訓練の元で闘いに参戦することを決めた難民たちは戦い方を学ぶ。だが、武力や兵力が圧倒的に王国の方が上なのは変わらない。さらに、不満や不安から騒ぎや争いを起こす民まで現れた。


「止めろ!! オレの民同士が争うなんて許さねーぞ」


 そしていつもグリードは一人で現地へと赴く。ウンディーネやネラルさえ同行させない。ローは兵士の育成で忙しく、アテネは女の子に付き添っている。


「王達は何があってもお前たちには手出ししない。例えオレが負けても、奴隷として生かされるさ。もう、土地で困ることは無いんだから」


 グリードのおかげで世界の半分は緑を取り戻しつつある。人が安心して暮らし、恵美を収穫できる土地があるのだから、わざわざ人手である民を粛清しようなどとはしないだろう。仮にそれでも粛清しようとしても、何人かの王と賢者が守ってくれるはずだ。


「頼むから、お前たちはもう争うな。…オレはお前たちを守るために、お前らが安心して暮らせるために、命かけて戦うから」


 一人で難民の暴動を止めに行く理由。命をかけることを、他の仲間に聞かれないため。民から伝わらないように手を回し、仲間であるロー達や共に闘う兵士には一切知られていない。そのうえで、民には命をかけると話す。


「だから、争うな。…それでも争うってなら、魔眼を使ってでも止めるぞ」


 グリードは、王達との戦いで死ぬことを決めている。民たちにその覚悟を話し、精一杯生きてほしいと願う。自分には王としてそれくらいしかできないと、決めつけて。




 そしてその時はやってきた。六つの王国が組んだ連合軍が、民の村を襲い始めたのだ。グリードの住まう城は天空のしかも切り離された空間にあり、見つけてもそう簡単には手出しできない。だから村を襲っておびき出すことにしたのだろう。グリードが村を守るために配置していたゴーレムや鎧は、圧倒的な戦力の前にほとんど無力だった。


「泣いても笑っても、最後の戦いか」

「みんな覚悟はできている。元々、お前が現れなければ私たちはあの土地で死を待つだけだったのだ」

「私も、また守る者が増えてしまいましたけど、こうして生きています」

「アキは、もう王国には暮らしたくないから。ここが無くなったら居場所が無くなっちゃう」

(私はいつでも主様と共にあります)


 準備を整え、城を出ようとする。結局、グリードは賢者たちを頼らなかった。もしかしたら、戦争が起こることも知らないかもしれない。賢者は普段、連絡がない限り外へ出ることはないからだ。それにアンジェルとジハールを頼れば、民から反発を買うかもしれない。所詮、民からすれば王家は王家でしかないのだ。


「行ってらっしゃいませ。…本当は私も参加したいんですけどね」

「サナ、お前はこの城と国を守ってくれ。ここには子供たちがいる。未来を担う大切な命なんだ」

「分ってますわ。…お気をつけて」

「ああ」

「おれは?」


 城を出ることができないサナ。逆についていく気満々のネラル。


「お前は戦うな。民の避難の指揮を任せる」

「えー、戦えないの?」

「前にも言ったが、お前が居なくなったら誰がオレの後を継ぐんだ?」


 天才だったグリードとは違い時間はかかったが、ネラルはグリードから一通りのことを学んでいた。大人になれば、グリードと同じように上級魔道士になれるだろう。


「オレ達が安心して戦えるように、民のことは任せるぞ」

「へーい」


 残念そうな態度を取りながらもついていく。


「じゃあ、行ってくる」


 外に出るとウンディーネが転送門を開き、グリード達や外に待機していた兵士たちを水が包み込む。そしてシャボン玉がはじけて消えるように、水がはじけてみんなの姿が消えた。




 難民の村を襲撃しながらまっすぐ進んでくる連合軍。王家の全ての戦力が集結しているのではないかというほどの、空中戦艦と兵士の数。いま王国に攻め込めば簡単に国を落とせるかもしれない。つまり、王家はグリードを倒すために全戦力をぶつけるつもりなのだ。


「来たか。…人形兵を出せ。一気に追いつめろ」


 王達の指示で、全身を鎧で纏った兵士たちが最前線へ出る。その眼前には、グリードとその仲間たちが立ちはだかった。


「ロー、あの兵士は魔動人形なのか?」

「そのようだ。だが、纏っているは間違いなく魔動の鎧だな」


 魔力を持たず、魔力で操られている人形が魔力を込めて使う魔動の鎧を操れるはずがない。例え人形が自動で動いていても、自分で魔力を生み出せる人形は存在しないはずだ。それはパルス家の能力もアルエの創ったキサをも超える技術だからだ。


「考えられる可能性は一つだが、考えるのは後にするか。…オレは出るが、お前らは出てくるなよ」


 グリードは単身、人形達へ向かう。


「ウンディーネ、周囲に水を。それと魔力をもらうぞ」

(はい)


 グリードの周囲に水玉が現れ、大量の魔力が注がれる。


「準備呪文、水の禁忌『禊ぎの洪水アブルーション・フロード』」


 水玉が弾け、混ざり合い巨大な波を生み出す。それはまるで移動する小さな海。眼前にある物をのみ込み、全てを洗い流す。波はどんどん高くなり、王達が乗る空中戦艦までのみ込もうとしている。


「人形兵が半数以上も…。ち、ロード」

「面倒だなぁ~」


 しかし波の前に巨大な壁が現れ、戦艦への直撃をさけようと行く手を阻む。


「失われた歴史…失われた魔法『天壌より舞い降りた終焉ヘブンフォール・デッドエンド』」


 台風の眼のように戦艦の真上だけ雲が消え、厚い雲に丸い穴ができる。だがその瞬間、その穴の下にある物全てが凍りつく。


「なんだ。何が起こってるんだ」


 戦艦や兵士たちは障壁シールドで防いでいるが、人形兵や大地は完全に凍りつく。そして戦艦まで迫っていた高波の天辺に、グリードは立っている。


「失われた魔法の力はどうだ。障壁がなければ、骨まで凍りついているぞ」


 失われた魔法には、自然を操るものが多くある。今グリードが操ったのは天空だ。上空数千メートルの高さにあるマイナス百度以下の冷気を、魔力を使って一気に地上まで持ってきた。


「でも、いくら障壁でも限界がある。魔雷千鳴」

「この魔法は、闇の賢者の―」


 さらに周囲に降り注ぐ漆黒の稲妻。障壁で未だ戦艦や兵士たちは健在だが、グリードの魔力は無いに等しい。


「キサ流、剛の秘拳…二式『崩振ほうしん』」


 足場にしていた凍った高波に、残りの魔力を込めた拳を叩きこむ。だが氷は砕けず、“粉々”に崩れる。高波にのまれ、一緒に凍っていた人形もろとも。周囲を粉雪が降り注ぐかのように、視界を白銀に染める。


「音壊が威力なら、崩振は技。その衝撃の振動は対象を駆け抜け、細胞や元素などの結合を切り離して崩壊させる」


 敵兵と戦艦が見えなくなり、迫っていたのも数十体の人形兵のみ。迎え撃つは、グリードの全兵力。


「全員、少数だからとって気を抜くな。魔動の鎧を着ているんだ、絶対種クラスの力があるかもしれない。一対一で戦おうとするな」

「ローちゃん…」


 しかし、アキラだけが眼の前の兵士ではなく白銀の世界を見つめている。


「グリちゃん、一人で死ぬつもりかもしれない」

「…わかってる」


 全員で戦うと決めていた。だが大将が自ら単身で乗り込み、味方が近づけないような広域魔法の連続。後のことを全く考えていない戦い方だ。そして、今はグリードの姿さえ捉える事が出来なくなってしまう。王達もグリードの姿を見失い、慌て始める。


「奴はどこに消えた」

「あれだけ魔力を消費したんだから隠れてるんじゃない?」


 しかし、ぺルチーノの脳裏には何かが引っかかった。思い浮かぶは、ワクチンを奪いに城まで乗り込まれた時のこと。


「兵士を下げさせろ! 奴にとって、兵士は魔力を補給するための道具と同じだ!」

「『超高等技法マギスキル』…『百の破槍ハンレット・グングニル』」


 兵士へ指示が出るよりも先に、魔力を具現化させた無数の槍が船体へ突き刺さる。障壁内部に現れたので、防ぐことができなかったのだ。


「報告、全艦の動力部損傷。飛行できずにゆっくりですが降下を始めました!」

「…私とスカーレット卿が出る。とりあえず他の者は、全艦を無事に降ろせ」

「あ~いぃ」

「俺様一人でもお釣りがくる」


 ぺルチーノとスカーレットが外に出て、薄れて見えるようになった眼下を見下ろす。そこに立っていたのは、グリードだけだった。


「遅かったか…」


 周囲に横たわる兵士たち。その者達から致死量ぎりぎりまで魔力を吸いつくしたグリードは、まるで死体の山に立つ悪魔のようだ。


「闇の軍勢、こいつらを安全な場所に」


 現れた数千の鎧は、持てる限りの兵士たちを抱えてその場を離れて行く。兵士が一人残らずいなくなり、残るはグリードとそれを睨む二人の王だけとなる。


「今度は逃がさないぞ。グリード!」

「あたしも居るんだから、一人で楽しまないでよ」

「悪いが、オレは全てかけてる。オレを殺したいなら、お前らも全てをかけてかかって来い」


 兵士たちの魔力を取り込んだことで、完全に回復した魔力。濁った魔眼。


「そうか、中級も含めて千人近くもいた魔道兵士までもがなぜやられたかわかった。今回は、魔眼を使ってるんだな」

「命かけてるんだ。自分の全てを賭けてるに決まってるだろ。…今のオレは闇の女王にも劣らない、化け物だ」


 闇の女王を思わせる禍々しくも気高い魔力。だが、それでも臆することなくスカーレットは単身向かってくる。


「ふふ、いくら化け物でも私を倒すことはできないでしょ」


 物理通過の力をもつスカーレットには魔法しか通じない。例え大砲や銃でもすり抜けてしまう。つまり魔法を使う隙さえ与えなければいいのだ。そしてスカーレットは接近戦をもっとも得意とする王家。さらに王家の血の力を組み合わせた技は防ぐことができない。


「脳を潰す? それとも心臓をえぐる? とりあえず、一方的になぶり殺してあげる」


 通過するかしないかはスカーレットが選ぶことができ、さらに物理通過は一種の空間魔法。皮膚を抜けて内臓だけを破壊するのは訳がない。さらに対象に体を通過させた状態で能力を解くことで対象の空間をずらし、断裂させることもできる。鋼の硬度を持つガーゴイルをバラしたのはこの力で間違いない。


「―神の鉄鎚!」


 最速を誇るぺルチーノはスカーレットの影に隠れて姿を見えなくし、一気にグリードの背後を取って神の拳を振るう。


「! そんな、なぜ」


 だが、グリードは片手を後ろにまわしてその拳を止めてしまう。自分の最強の拳が片手で止められたことに、ぺルチーノは固まる。


「すごいけど、あたしの攻撃は防げないわよ」

「…キサ流、『螺旋掌らせんしょう』」

「―えっ?」


 触れられないはずの相手。だが、その体にグリードの掌が当たる。スカーレットは体をくの字に曲げて、吹き飛んだ。


「女を傷つける趣味はないんだ。これ以上向かってくるなよ」

「なぜお前は、神速の攻撃を防ぎ。触れられない者に攻撃できる!」


 最強を誇っていた王家の力が通じない。闇の賢者ですら、二人を相手に無傷では済まないはずだ。だが、今のグリードには勝てる気がしない。


「オレの魔眼はあらゆる欲望を叶える力を持ってる。そして魔眼の発動中だけという制限付きで、魔眼の効果を自分に使っているだけだ」

「まさか…そんなことをしたらのまれるだけでは済まないぞ」

「言っただろう。全てを賭けてるって。…今のオレは『一時の皇帝タイム・エンぺル』を越える力と、闇や紅を越える肉体。そして、精霊と同じ霊的存在と化している」


 精霊は実体を持っているが、それでも強大な魔力の塊に等しい存在。実体があるようで無く、無いようである。言ってしまえば魔力の化け物だ。そのため肉体は魔力が具現化した物であり、本当の実体はない。物体で無い物をスカーレットはすり抜けることができないため、グリードの攻撃はすり抜けることなく命中したのだ。


「元より、オレはここを死に場に決めてる。もう後戻りはできない。お前たちを倒した後、闇にのまれる前に自ら命を断つさ。だから、お前たちを逃がすつもりもない」


 自らの全てを賭けて得た力。代償は大きく、全てを失うだろう。それでも、グリードは自分一人の犠牲で世界を救うと決めたのだ。


「世界はもう、お前たちを必要としていない。だから、消えるべきなんだ。オレも、お前たちも」

「滅ぶならぁ、一人で滅んでくださいぃ」

「世界が必要としない? 俺様達の存在を世界が認めないなら認めさせるまでだ」


 グリードの体に無数の鎖が巻き付き、地面にめり込むほどの重圧が体にかかる。


「「無駄だよ。今のオレは、闇の賢者を越えている」

「ぬぅ!」

「な、貴様もか!」


 体にかかる重圧も巻き付く鎖も気にせず、その力を使っている二人へ迫った。


「アテネ以上の力を持った体に、その程度の重力は効かない。そして現実の幻想は実体を持つ幻覚。だが、魔眼でオレは自分の脳を支配してる。お前の幻覚は、オレには通じない」


 自然すらも騙す幻覚。壁が創られれば実際にそこには壁は無くても、自然はその壁を避けて流れる。無い物をあると思わせる力。そんな神のような力も、今のグリードには通じないのだ。


(―歌!?)


 グリードの耳に届く歌声。その瞬間、グリードの体は内部から破裂し、崩れる。


「危ねぇ」

「やったか ―!」


 刹那、グリードの肉塊は視界から消えゆく。そして二人の王は吹き飛び、黒い影が二人の奥に居た人物へ迫る。


「キサ流 『螺旋双掌らせんそうしょう』」


 その人物の喉に左の掌が撃ち込んだあと、重ねるように左手の甲に右の掌が撃ち込む。


「…くっ…ぁぁぁ、ぅ」

「喉が潰されちゃ、自慢の『天使の歌声アンジェル・ボイス』も使えまい。なあ、トーリアの王」


 掌を撃ち込まれた王は血を吐いて地面へと落下。喉を押さえながら、もがき苦しんでいる。


「馬鹿な。肉体は確かに崩壊したはずだ。なぜ生きてる?」

「何度も言わせるなよ。魔眼は全ての欲望を叶える。今は細胞の一つ一つを服従させてるんだ。この眼が発動している限り、肉体が朽ちても瞬時に再生できるんだよ」


 死人を生き返らせることができない魔眼でも、死なないようにはできるようだ。


「く…全艦、主砲発射用意!」


 遠くの方に着陸してた戦艦の主砲が、人形兵と戦っているロー達に向けられる。


「ただではやられない。いくらお前でも、あいつらを守りきることはできまい。発射!」

「ガーゴイル!」


 戦艦から主砲が放たれた刹那、グリード達とロー達の間の地面が盛り上がり巨大な山が出現。よくみればそれは土にまみれたガーゴイルだ。


「馬鹿な。主砲が効かないだと」


 戦艦の主砲は、ガーゴイルの硬度の前に歯がたたない。そして、グリードは完全に孤立してしまった。


「もしものときの防壁に、ガーゴイルを地中に待機させといてよかったぜ。それに、あいつらもガーゴイルを越えてくるのには時間がかかる」

「貴様…本気で」

「ああ、決着付けようぜ。二度と戦えないようにしてやるからよ」


 放出された闇の魔力。世界をのみこんでしまいそうなほど、深くて黒い。今のグリードを倒せる者が居るとすれば、神の領域に居る者だけだろう。


「そうか、わかったよ。貴様がそのつもりなら、私にも考えがある。全戦力をもってお前も、お前の国も滅ぼすとしよう。全ての人形兵を出せ!」

「…完全に破壊しとくべきだったか」


 着陸した戦艦の方から向かってくる兵士。ロー達が戦っているのと同じ、魔動の鎧をきた人形。だが今度のは質が違う。人形を戦闘用に改造した特注。全身に武器を仕込み、巨人のような巨体の人形までいる。そしてその数は、先ほどの数倍だ。


「お前にあの全てを防ぐことはできない。お前が防げなかった人形はお前の大切な仲間の命を奪うだろう。そう、お前から全てを奪ってやる」

「…三度目だ。今のオレは魔眼でどんな欲望も叶える。今のオレは、世界最強だ。…我流

 魔の秘拳 『千手阿修羅せんじゅあしゅら』」


 迫りくる人形兵、それを迎え撃つグリードから無数の腕が見える。実際そこにあるのか、幻影なのかは分らない。だがグリードに近づいた人形は、次々と破壊されていく。本当に手が千本あるのではないかと思わされる。


(もって、あと三分か。時間がない)


 しかし、グリードの限界は近い。少しずつだが、グリード動きが鈍ってきたのだ。


「ん? なぜ向かってこない」


 半分ほどの人形兵を破壊した頃、人形達はグリードから離れ始める。だが、グリードも限界のようで無数の腕は消え去る。


(ち、あと少しもってくれよ)


 左手で顔を抑え、何とか理性を保とうとする。そして冷静さを取り戻した時、周囲に王が居ないことに気づく。感じるのは、上空に浮かぶ強大な魔力。


「お前ら、何をする気だ」

「言ったはずだ、お前の全てを奪ってやると。『王家の呪文キング・スペル』」


 王だけが許された力を解き放ち、六人の王は魔力を合わせてグリードをすら越える境地に達する。六人が操る力は神の力。それを使って放たれた魔法は全てを消し去るだろう。


「グリちゃん、やっと見つけた!」

「来るなアキ! ガーゴイルの影に隠れろ!」

「全て消えされ。『絶対王制アブソルート・マナキー』」


 一人だけガーゴイルを越えてやってきたアキラ。だが、止める間もなく王達の無情なる審判の光が放たれた。


「ガーゴイル、みんなを守れ!」

(くそ、魔眼が…)


 止めたくても体は言うことを利かず、さらに魔眼も使えない。アキラの前に立つも、すぐそこまで王達の放った光が迫っている。


「…腕一本、くれてやるよ。『超究極神のウル・ラルテ』」


 残りの全魔力を注いだ左手で地面にたたき込む。まるで隕石が落下したような巨大なクレーターができ、そしてアキラを引き寄せて地面に押し付けた。その上でグリードは左手を前に突き出して顔を伏せる。その瞬間、巨大化しながら光は周囲のモノ全てをのみ込んで、そうして大陸を突き進んでいく。




 【究極の存在アルテ・メート


 光が通り過ぎ、辺りに静けさが訪れる。その中に、水の膜に覆われた人影があり、弾けるようにその膜は消えてしまう。


「グリちゃん、重いよ」


 アキラは上に乗るグリードから抜け出す。だが、アキラの眼に飛び込んできたのは、左腕を失くしたグリードの姿だった。


「グリちゃん…、腕―」


 だが、グリードは放心状態に近く。よろよろと起き上がりながら、自分が作ったクレーターの上へあがる。


「…………」


言葉が出ないのも無理はない。そこには何もないのだ。あるのは剥き出しになった地面と、ガーゴイルの破片らしきものが散乱している程度。それが地平線まで広がっている。


(なんでだよ…)


 この先には、多くの村があった。おそらく、その全ては消失してしまっているだろう。結局、グリードは何も守れなかった。


「終いだ。やれ」


 残っていた魔動人形が、ゆっくりとグリードとアキラへ迫る。


「いい加減にしろよ。これ以上は、俺がやらせない」


 人形兵の何体かが崩れ、歩みを止めた。王達の眼の前に、ドラゴンに乗った少女と少年が現れたのだ。


「…ここまで、する必要があったの?」

「あったからしたのだ、ジハール卿。あいつは我々王を消そうとしている反乱分子。消さねば世界は滅びへ向かうのだ」

「…王が居なくても、世界は滅ばないわ」

「絶対の保証があるのか? 我々は己の正義のために戦っている。王とは国を守るためにあるのだ」


 だが、フィールは魔力を放出して敵対の意思を示す。


「…彼は、国ではなく世界のために戦っていた。それでも、否定するの?」

「ただの人間に、世界をどうこうできるはずがないだろう。そういうのは、神の仕事だ。我々王が、国を任されたようにな」


 手負いの王達と、賢者に匹敵する力を持つ弟子と王。闘えば、負けるのは目に見えているが二人は引かない。だが、張り詰めていた空気は第三者によって破られる。


「フィール、お前は離れてた方がいいよ」

「…うん」

「なんだ、この魔力は?」


 周囲に満ちる歪んだ力。質が違い過ぎたので誰の魔力かすぐには分らなかった。


「グリちゃん、行っちゃダメ!」


 泣き叫ぶ、アキラを見るまで。一歩一歩王達へ近づくグリードの、変わり果てた様子をみるまで…。


「あれは、咎人。…堕ちたのか。やはり早く倒しておくべきだった」


 グリードの前身は闇に染まり、さらに闇が衣となってまとわり始めていた。闇は獣の姿を模り、グリードは四つの尾と二本の角を得る。


「しかし、実際に咎人を見る日が来ようとはな」


 大罪者。それは闇に落ち、悪魔の力を手にした者のことを言う。だいたいの大罪者は、その力と向き合って生きていく。しかし、それよりも深い闇。絶望を知った時、人はさらに闇へと“堕ちる”。身も心も魂も闇に染まり、理性を失くした魔物と化す。その力は、絶対種最強クラス。天災とも言われ、暴走が止まるまでに多くの命が失われる。そのため、大昔は悪魔狩りと称して大罪者となった者を駆逐する事すらあった。


「あんたも下がってなよ。いくら王でも、絶対種の相手は無理だ。しかも、あいつは闇の賢者クラスの化け物」

「我々全員なら、闇の賢者でも倒せる。闇の賢者は他の賢者やいつも側にいる『闇を歩くシャドーウォーカー』さえいなければ、すぐにでも消してやれるのだ」

「それは、昔の闇の賢者だろ」

「―!」

「ガアァァー!」


 一瞬でグリードは王達の前に移動。すでに人の領域越えた高密度の魔力を纏い、理性を失くして言葉を発することもない。


「く、王家の呪文! 『王の宝壁キングウォリス』」


 最強を誇る盾。しかし、片腕に圧縮された魔力の一撃を受けて亀裂が入る。」


「な、片手で王の宝壁を」


 さらに追い打ちをかけるように二本の角から力が溢れだし、角の間に高密度の魔力の球体を生み出す。いや、魔力すら越えた力を。


「バカな、光と闇の力だと。そんな咎人、聞いた事がないぞ!」


 人は光か闇、どちらかの力しか使えない。両方使えば反動で肉体にダメージを受けるからだ。そして伝承では、光も闇も扱える者。使ったとしても反動を受けない者は神とされてきた。そう、神は二つの力を使っても何ともないのだ。


「しかも、それを合わせるなんて」


 グリードの得た二本の角。それはそれぞれ光と闇の力を宿している白き角と黒き角。混ざり合うことのない力を合わせる。混ざり合った力は人の領域を越えこう呼ばれる…『神力しんりょく』と。


「神の手の―」


 ぺルチーノは逃げようとするが、目の前の強大な力から逃げ切れるはずはない。


「…光の禁忌、『聖剣の浄葬ホーリー・デッド』」

「!―」


 グリードに引けを取らない魔力が、光となってグリードを包み込む。さらに周囲に現れた光の剣がグリードを貫いていく。それによって光と闇の混ざり合った球体は破裂し、周囲のモノを吹き飛ばす。


「…やっぱり、私も戦う」

「それはいいけど、やり過ぎだろ」


 ゼロの側に戻ってきたフィール。しかし先ほどまでの少女の姿ではなく、ゼロやグリードよりも大人になっている。


「…私が止めなかったら、アレはもっと威力を増してた。それに、私でもこの姿にならないといけないのに、あなた一人じゃ無理」

「まぁね。光と闇の力を使ってる時点であいつが神獣クラスの化け物だってのは分ったよ。しかし、久しぶりに見たな。フィールの大人の姿」


 これが『一時の皇帝』のもう一つの力。第一段階で己の魔力を何倍にも高め、第二段階で一時だけその者が最も強くなる年齢の姿になる。つまり今のフィールの姿が、フィールの人生の中で最も強くなる時の姿なのだ。


「まあ、邪魔な王達は今ので吹き飛んだな。…でも、あいつはやばい。見れば見るほど人外の者だな」


 光と闇の角。そして四つの尾はそれぞれ四大元素の火、水、風、土の属性の力を放っている。片腕を失った闇の獣は、光を失った眼で周囲を見渡す。もう、心など残ってはいない。あるのは、絶望だけ。


(グリードを、止めるの?)

「誰だ?」

「…ゼロ?」


 緊迫した空気を破るように頭へ響く声。その声はフィールには聞こえていないようだ。


(君に、グリードは止められないよ。君が止めるには、グリードを殺すしかない)

「待て、お前誰だ? 誰なんだ」

(僕は、もう一人の君だよ。そうだね、シグ・グローリアの肉体を持つ者かな。君が、シグの心を持っているように)

「もう一人の、俺? それはグリードじゃ」


 だが、ゼロは知っている。自分は本体だったシグの心しか持っていない。もう一人であった自分は肉体と魂を持っていたのだから、分れられても不思議ではないと。


(分ってくれた? 僕は君のように切り離された者だよ。アルエの側に居続けるために置いていかれた存在。そして、僕は光も闇も持っていない。光は君が、闇は彼が持っている)

「じゃあ、今シグと名乗っているのはお前か」

(うん、そうだよ。…そして、僕にグリードを止める資格はない。それは君の役目だから)

「何だよそれ。何で俺が」


 その時、グリードの眼はゼロを捉える。眼が、感情が、力が、全てが向けられた。もう、逃げられない。


(戦って彼を倒すこと。それが君の存在理由。何も知らず、生きていた訳。僕も彼も君に見せてこなかった。知れば、君は彼を倒せない。僕は知っているから、彼を倒せない)

「まだ、俺の知らないことがあるってのか。お前らは何で俺に隠すんだ。どうして…」

(全ては君が望んだことだからだよ“シグ”。それにもう、後戻りはできない。君は彼を倒して英雄になって世界を救う。それでいいんだ。…早く、彼を楽にしてあげて)


 ゼロが戸惑う中、フィールは持っていた杖を竜にくわえさせる。すると、フィールの手に別の杖が現れた。


「…咎人を止めるには、魔力が尽きるのを待つか死なせるしかない。でも、彼は魔力を吸い取る力を持っているから、多分止まらない」

「だからって、その杖を使うのか。【究極のアルテ・メート】を」

「…武器は、使うためにあるのよ。それに、あなたと違ってこの杖を使っても、私の攻撃は彼には届かないわ」


 究極の杖、それは現存する杖の中では最強と言われている。この世に『アルテ・メート』の名を持つモノは四つ存在している。一つはフィールが持つ杖。そして闇の禁忌とされる究極の破壊魔法。その他に最強の神獣と魔神が持つと言われる神剣。これらはあまりに強力なために『究極の存在アルテ・メート』と呼ばれるようになったのだ。


「…まあもしそれでも彼を殺さずに止めたいなら、方法が無いわけではないわ」

「あるのか?」

「…王剣と聖剣の力を使えば、止まるかもしれないと言うだけの話よ」


 そしてフィールの見つめる先、闇の衣に覆われているとはいえ腰のあたりに僅かに見えるのは王剣と聖剣。


「…ちょうど、あそこに二本ともある。幻想否定の力と完全浄化の力なら、彼の闇を祓えるかもしれない」

「なら、俺がやる。フィールは援護を頼む」

「…そのつもり。私は彼に近づくことさえできないわ。『氷雪華アスノース・ブロム』」


 上級呪文のはずなのに一時の皇帝と化し最強の杖を持っているフィールの魔法は、城さえ凍りつかせられるほど巨大な氷を創りだす。だがその中に閉じ込められても、グリードは一瞬で砕いてしまう。


「確かに、この力なら近くで使うと自爆の可能性があるな」


 自分の半身を死なせたくはない。その思いで、グリードの持つ剣目がけて突っ込む。


「超高等技法…『百破滅槍ハンレット・ブレイグニル


 ゼロは迫りながら『破壊神のゴット・ブレイク』の力が宿る百の槍を飛ばす。だが、グリード本体に触れる前に四つの尾で全て弾かれてしまう。もちろん、弾いた尾はボロボロに崩れ落ちる。


「ガアァァーオ!」


 だがそれも瞬時に再生してしまい、ダメージは受けていないようだ。


「…闇の衣にいくら攻撃しても無駄みたいね。大きいので視界を塞ぐから、本体に強力なのを撃ち込んで。王家の秘術、『非情の審判ディス・ジャッジメント』」


 放たれた魔力の塊。それは弾こうとするグリードの尾を避けるように動きながら直接本体へ触れる。刹那、弾けた魔力は爆風を起こして全てを吹き飛ばす。先ほど六人の王で放った魔法に匹敵する力を、フィールは一人で使えるのだ。


「少し、大人しくしてろよグリード」


 爆風に耐えていたグリードの眼前に現れるは、白い鎧。そしてその右手には巨大な槍がある。


「行くぞ。破壊神のゴット・ブレイス


 破壊神の力を凝縮された槍はグリードが纏う闇を貫き、闇に落ちたグリードへ達す。


「…! ゼロ、下がって」

「分ってる」

「ガアァァーオー!」


 槍を放して離れようとしたが、その前に魔力を纏った拳が白い鎧を殴り飛ばす。殴った右手の衣は消え、一瞬現れた腕は骨が砕けて出血している。白い鎧は地面に叩きつけられるが、土煙りの中から出た後フィールの側へ飛ぶ。


「…大丈夫?」

「ああ、何とかな。まさか『破壊神のコルド・ブレイマー』の上から攻撃されるなんて思わなかった。破壊できずにダメージを受けたのは初めてだしな」


 破壊神の力を宿した鎧は、触れるモノ全てを破壊する。なので普段は攻撃がゼロまで届くことは無いのだ。それに、攻撃したグリードの手は再生しながら再び闇の衣に覆われて行く。


「槍が刺さってても平気なのかよ。…それに、何で急に魔力が倍増したんだ?」

「…多分、私の魔法を吸収して自分の魔力にしたんだと思う。爆発が思ったよりも小さかったから。それでその魔力を使って破壊されながらそれを上回る再生をしているのよ」

「つまり、槍を抜いた手もすぐに再生するのか。…剣を奪えないなら、一瞬で全てを滅するしかないか」


 魔法は吸収されてしまうなら、下手に魔法は使えない。だが、接近戦では今のグリードの方が有利。剣を奪うのは容易ではない。ならば再生する間もなく、破壊神の力で一瞬のうちに全てを滅するしかないのだ。


(ようやく、殺す決心がついたんだね。まあ闘いが長引けば、君の大切な人が傷つく可能性があるしね)

「黙ってろ。…いつか、ぶん殴ってやるからな」


 ゼロは破壊神の力を込めた魔力を集める。…が、遮るようにフィールが前に立つ。しかもその姿は元の少女に戻っている。


「フィール、何で? まだ時間じゃないだろ」

「…うん。でも、使えば使うだけ辛くなるし。それに、もう私たちの出番は無いわ」

「―! だと、いいけどな」


 グリードの強力な魔力で気付かなかったが、周囲にいくつかの別な魔力を感じた。そしてそれはゼロたちに敵意を向け、グリードを守ろうとしている。だが、グリードはまっすぐゼロ達へ向かう。


「止まってください。あなたは、まだ死んではいけないのです」

「ガアァァ!!」


 グリードの前に立ちはだかり、その動きを止めた女性。二本の角を持ち、ゼロを吹き飛ばした拳を片手で抑えながらもう片方の腕で抱きついて離れないようにしている。


「私に『一人でも想ってくれる奴が居るなら、どんな手段を使っても生きろ』と言ったのはお前だぞ。無呪文ノートスペル、『時の牢獄タイム・プリズン』」


 さらに男が魔法で足と邪魔な尾の動きを封じ、これによりグリードは完全に身動きを封じられた。だが抵抗は強く、そう長くはもたない。


「帰ってきて、グリちゃん。アキ達には、グリちゃんが必要なんだよ」


 理性を失った眼に向けられたのは、色欲の魔眼。視界に入る者の精神を完全に“支配”する事のできる魔眼が、理性を失ったグリードを支配する。


「ガアァァ! アァァァァァァァ! …あぁぁぁー!」


 叫びは悲鳴へと変わり、闇が消え去ったグリードは脱力してそのままアテネの腕の中へ倒れ込む。


「何で…邪魔しやがった。あいつに殺されるのが、最初の筋書きだったのに」

「ふざけるな! まだわからんのか。何で私たちが命がけでお前を止めたと思う? お前は、私たちには必要だからだ」

「今のオレに、何ができる? 片腕を失い、精神はボロボロ。元々の力はお前らに劣る。何より、オレには王家の血が流れてる。王家は、もう必要ないんだ。オレも…な」


 だが、ローはグリードの胸倉を掴んで持ち上げる。


「血がなんだ。私にだって半分貴族の血が流れているぞ。お前に王家の血が流れているから何だと言うのだ?」

「私には半分魔族の血が流れていますよ」

「アキは…分んない」

「お前は、血で誰かを差別したか? 血で人を選んだか?」

「今のオレには、何の力もないんだぞ。魔眼はしばらく使えず、左手が無いから使えぬ力もある。戦闘力は、はっきり言って半減だ」

「グリード、別に私たちはあなたの力を見てついてきた訳ではないのですよ。それは、あなたもよくわかっているはずです。あなたは、私達を力だけで選んではいないでしょう」


 グリードは全身に力が入っていない。ローが手を放せば、地面へそのまま落下してしまうだろう。それ程、今は弱り切っていた。


「グリード、もうこだわるな。お前らはこのまま帰れ。後のことは俺達と賢者で何とかする。今の弱りきった王達を抑えるくらいはできる。もう難民には手を出させない」

「それで、済むかよ。…半数以上の人が、さっきの魔法で消されたんだぞ。いくら土地があったって、住む人が居なかったら何にもならない」


 白い鎧を纏ったまま、ゼロは側まで来ていた。


「じゃあ何ができる? 復讐したってお前の民は戻ってこない。後のことは俺たちに任せて、残ってる民のために力を使えよ」

「だからお前は分ってないのさ。人の闇を知らないお前には、オレの気持ちはわからない。咎人まで堕ちたオレの絶望なんて、理解できるはずがないんだ」

「アキは分るけど、それでも止めてほしいよ。グリちゃんが居なくなったら、また居場所が無くなっちゃうもん」


 同じ大罪者であるはずのアキラに言われて、何も言えなくなってしまう。アキラの気持ちもわかるからだ。


「―! どけ、ロー!」


 わずかの力を振り絞り、ローを自分の後ろに引っ張り、前に手をかざす。


「『闇喰らい(ダークネス・イーター)』」


 右手から闇が現れ、盾のように広がるとグリード達の姿を隠す。その刹那、無数の光速の魔力の弾が飛んできたのだ。グリードが居なければ全滅していたかもしれない。


「く、あのバカども」


 正気に戻ったはずのグリードの右腕は再び黒く染まり、放出した闇を取り込む。するとほとんど失われていた魔力が回復する。


「この力は強くて使いたくなかったが、左手が無いんじゃ『闇食い(ダークネス・イート)』は使えないからな」


 グリードの左手は魔法を取り込んで闇の力をもって、威力を数倍にはね上げて相手に帰すことができる。だが右腕は魔法を取り込んで己の魔力にできるようだ。しかし闇の浸食は右手の方が強い。


「フィール!!」


 ロー達はグリードが守ったから無事であった。ゼロも、白い鎧が魔法をかき消してくれる。だが少し離れた所に居たフィールは、防いだ様子もなく地面に向かって落下していく。


「ち、オレのせいか。…幾重魔法、『炎石流星コメスト・プラネス』」


 ゼロはフィールの元へ向かい、グリードはこちらに杖を向けていた王達に向かって無数の火石を飛ばす。


「なぜあの子が? 先ほどの力なら防ぐのは容易だろう」

「あれは王家の血の力を使ってたからだ。それに、フィールの血は諸刃の剣。一時だけ確かに最強だが、使った後は反動で一気に力が落ちる」


 グリードは王達を警戒しながら、ゼロを見守る。フィールを抱きかかえ、地面に降り立ってから反応が無いのだ。


「うそだろ…フィール」


 しかし、少女は既に呼吸をしていない。心臓のあたりに風穴があり、ほぼ即死だったのだ。


「死ぬな。―死ぬなー!!」


 鎧が消え去り、魔力が溢れだす。だがその色は―


「ゼロ、お前…」


 闇。光の魔法使いが闇に落ちることは無い。一度光となれば、肉体が光になれてしまう。なので闇の魔力を発することは無いからだ。グリードのように体に負荷をかけて両方の力を使い続けていないゼロは、完全な光に染まっているはずなのだ。もしあるとすれば、その者はもう人間ではない。


「…フィールを返せ。フィールが居てくれるならもう、何もいらないから、フィールを返せー!!」


 大昔から人は神に抗い、死者を生き返らそうとしてきた。しかしそれは神への冒涜。神によって生み出された人間にはできるはずがない。できる者が居るとすれば、それは神と対をなす存在。


「傷口がふさがっていく。だが、死者を生き返らせるのは強欲の魔眼でもできないのだろう?」

「ああ。魔眼はしょせん、悪魔の力だからな。…でも、奴は悪魔になったんじゃない」


 フィールから傷が消え、魔力も回復していく。まるで何もなかったかのように。


「…ゼロ?」

「少し待ってて。今、全部終わらせてくるから」


 フィールを結界で覆い、その周りを破壊神の力で隠す。もう、フィールには誰も触れられない。


「なんでこうなった。お前は、英雄になるはずだったのに…。なんでだ、ゼロ」


 立ち上がり、グリードへと向けられる視線。それは真紅の魔眼。


「なんだ、あの眼は? それに、奴の魔力がさっきまでとは別物だ」

「あいつは咎人になったオレ以上の化け物だよ。左手があれば何とかなったかもしれないが、今のオレにはあいつを止める力は無い」


 すると、水がロー達を包み込む。グリードだけが水に包まれず、右手にはウンディーネが宿る宝石を持っている。


「グリード、何を?」

「あいつを、あんなにしてしまったのはオレだ。ウンディーネは、さっきオレとアキを守るために力を使いはたしてしまった。回復には数十年かかるだろう」


 水の中に宝石を入れ、転送門を開く。


「何をする気だグリード!」

「逃げるならあなたも一緒に」


 しかしグリードは手を抜き、背を向けてしまう。


「あいつを止めないと、世界が滅ぶ。…誰かがしなきゃいけなんだ」

「なら私たちも残る。お前一人で戦う必要はないだろ」

「お前たちに何かあったら、誰がオレの国を守るんだ? お前らだってボロボロだろ。アキだってオレを止めるのに魔眼を使ったんだ。無理をすればのまれるぞ」


 転送門によって、水と一緒に別な場所へ飛ばされ始める。もう誰にも抜け出す力は残っていない。


「大丈夫。今度は、死ぬつもりはないから」


 三人の姿は消え、真紅の魔眼へと視線を向ける。


「これが、お前達が俺に隠し置きたかったことか。…確かにそうだな。人間は腐っている」

「闇に耐性の無いお前にはそう写るか。…人の業は深い。とくにオレみたいな大罪者はゴミに見えるんだろう。…この世界を滅ぼすか?」

「ああ、人類は滅ぶべきだ。俺は、人がこんな生き物なんて知らなかった」

「『魔の神眼』にのまれたお前に、人の真実を見ることはできないよ。…なんで、お前は英雄に、神になるはずだったのに」


 グリードはゼロの眼が何なのか知っている。かつてシグと分れる前、魔界で万里の魔眼を得た時に見たことがあるからだ。破壊神の力を持ち、賢者を遥かに凌駕する神力を宿し、真紅の魔眼でこちらを見ていた。


「アルエに聞いた。その眼は全ての魔眼を越えた力を持っていると。そして万里の魔眼の力もあり、この世のすべてを知り、変える力があると。…それが、『魔神』の力」

「魔神か、そんなのは関係ない。この眼が教えてくれた。人は滅ぶべき存在だと言うことを。俺は、人という存在を誤解していたのかもしれない」


 知らぬが仏。他人の心など知らないほうが幸せだ。だが、万里の魔眼を得ることでシグとグリードはあえてその闇を見てきた。欲望、憤怒、憎悪、恐怖、絶望。人の闇が消えることはない。それはきっとどこでもそうだろう。


「その眼にオレはどう写る? 強欲にまみれた存在だ。反吐が出るだろう。抑えたって、抑えきれない欲望。耐性が無かったらお前みたいに感情のままに行動している」

「ああ、楽にしてやるよ。こうしている間にも弱い者は虐げられ、命が奪われていく。権力にものを言わせて、人を奴隷のように扱っている者もいる。これが、人なんだな」

「ああ、誰の心にもある闇だ。お前にだってある。もっとも、魔の神眼は全ての魔眼の力が使え、死者すら生き返らせる力を持っているがな」


 勝てるはずがないのは分っている。だが闇にのまれているゼロを元に戻す方法が無いわけではない。


「お前を倒して、世界から人類を消す。まあ例外はいるがな。…俺はフィールが側に居ればそれでいい。例え嫌われようと、あいつさえいてくれたら」

「それでフィールが悲しむと知っていてもか。お前も強欲だな。全ての闇の頂点に立つ神よ。…オレは、お前を否定する」


 左腕が無いグリードは聖剣を口にくわえ、王剣を右手に構える。


「幻想否定で、俺を否定するか。…だが所詮は王剣であり、持っているのはお前だ。刀身に触れなければ何も消すことはできないだろう」


 魔神となったゼロはもう人外の存在。その気になれば、触れることなくグリードを消し去ることもできる。


「無駄だぞ。よく見てみろ、オレを直接破壊はできない」


 グリードは王剣を自分に刺し、ゼロが破壊神の力で肉体を破壊しようとしているのを防いでいた。


「よくやるな。いくら実体を切らない王剣でも、お前の中の闇にはダメージがあるはずだ」

「激痛に襲われたって即死はしないだろ」

「なら、これならどうだ。王剣では防ぐことのできない力だ」


 グリードを中心に、周囲に現れる針のように細く小さい物体。超高等技術によって具現化された物で、一本一本に破壊神の力が込められている。


「逃げ場は無く。王剣では払いきれまい。…じゃあな、もう一人の俺」


 高速で迫る針は、グリードが王剣をふるうより早く肉体に達するだろう。例え結界を張っても、一瞬で破壊される。


(まあ、グリードが一人ならね)


 絶体絶命。そんなことは幾度とあった。そんなときいつも助けてくれたのは分れた自分。全てを破壊する力でも、史上最強を誇る盾は守ってくれる。


「最堅の盾か。だが、いくら最強の硬度でも破壊の力は防ぎ切れるはずがない」

(もちろん、君の力は最強だよ。もっとも、僕の最堅の盾は君の破壊を上回る再生力を持っている。つまり君がいくら破壊しようとも、僕の盾を破ることはできない)

「笑わせるな。いかに再生力がすごくても、圧倒的な力の前には無力だ。今の俺は、それが可能な力を持っている」


 ゼロは力を集約し、一振りの剣を生む。再生力が高くても貫かれた状態ならば、その部分は再生できないからだ。


(グリード、アルエとすぐに行くから耐えて。…でも、ゼロの力のせいで転送門が安定しなくてもう少しかかるんだ。最堅の盾を貸すから)

「最堅の盾は借りるが、監視者なら黙って見てろ。これはあいつオレの問題だ」


 鎧を纏うことで、仮の左腕を得る。そこに『失われた歴史』を持たせ、持てる力の全てを出す。


「俺はお前を許さない。なぜ、難民を守ってるんだ!!」

「やつらは死んだ。…難民全てが悪いわけじゃない。…『超究極神の力』」


 ゼロは白き鎧を纏い、グリードは漆黒の鎧を纏う。元は、一人の人間であった二人がぶつかり合う。


「まずはその邪魔な鎧を消す。神眼の力を遮っているのはその鎧だろ」

「当然だ。これはあいつがアルエの側に居るための資格。対魔眼用の特別製だからな。魔眼の力は使用者へは届かない。例えアルエが暴走しても、死なないように作ったんだから」


 神速の領域で争う二人。神力を集めて作った剣は王剣では完全に消しきれず、鍔迫り合いが続く。


「面倒だ。破壊神のゴット・ブレイス!」


 さらに力を引き出して左手に槍を構える。王剣でさばききれなければ、鎧ごと一瞬で破壊されてしまうだろう。


「どうしてだ、グリード!」


 迫りくる猛攻。キサに体術を叩きこまれていなければとうに勝負はついている。


「俺達の両親を殺したのは難民じゃないか!」

「…………」

「それを知っていて、何で難民を守る! それに父さんと母さん、ソラを何で見殺しにした!!」

「…どうしてか、オレの記憶を見たなら納得できるだろ」


 力の扱いに慣れてきたのか、さらに数本の槍が現れてグリードを襲う。


「納得できないから、許せないんだろ!」

「く! 究極神のアルテ・コルラス


 とっさに強力な力を込めた槍を出すが、破壊神の力を防ぎきれずに吹き飛ばされる。


「両親を殺したのは難民でも、それを仕組んだのは王家。それに、罪を問われて多くの難民は土地ごと消された。祖父は残されたシグを守るために、怒りを押し殺して生きていた」

「それだけで納得できるかよ。…フィールの両親だって、殺されてんだぞ。大切な人を奪った奴らを…シグがどれだけ辛い思いをしたと思ってる」

「お前がそれを言うか。シグの心でありながら、何も知らずに生きてきたお前が」

「教えてこなかったのはお前らだ。シグがそれを望んでも、今の俺は復讐を望む。『超高等技法…『百破滅槍』」


 もう話すことも無くなったのだろう。ゼロは全力でグリードを消し去る気だ。


「いきなり全てを受け入れられないのは分る。オレとシグだって、何年もかけて受け入れたことだ。…だが、一時の感情で動くな。後悔するぞ」

「黙れ、お前も同罪だ。人は生かしておいても同じ過ちを繰り返す。どんな人間でもな。俺が、人の歴史に幕を下ろしてやる。…先に逝っていろ」


 迫りくる一本の槍。だが、避ける体力はもう残っていない。所詮、人であるグリードには神と戦い続けるなどできるはずもなかったのだ。


「ごめんね…マリヤ。約束、守れそうにない」


 全てが終わったら、一緒になろうという約束。グリードが望んだ、唯一の幸せ。それを、諦めた。


「何で、お前はいつも一人で背負いこむ。…何度も言ったはずじゃ」


 諦めた、はずだったのに。


「何があっても、妾はお前の味方じゃと」

「アルエ…」


 何もない空間からアルエは現れ、片手で破壊の槍を止めてしまう。触れるモノ全てを破壊する力も、史上最強の悪魔は例外のようだ。


「相変わらず痛いのう。やはり、直接止めるものではないな」

「アルエ…カルア。虐殺の悪魔が、何しに来た。お前のせいで多くの難民が生まれた。そのせいで、暴動が起こって俺の両親は…」


 確かにアルエは四人の王を殺し、四つの王国を滅ぼした。そのせいで多くの民が難民になってしまったのは否定できない。だがアルエは直接何かした訳ではないのだ。賢者となって暴動を止め、難民を守ろうと頑張ってきた。それでも、憎しみはアルエへと向けられる。


「今は“ただのアルエ”じゃ。まったく、妾の弟子はどうしてこう馬鹿が多いんかの。…師弟そろって復讐者なぞ」

「俺はあんたの弟子になった覚えはない」


 しかし、魔神を相手にしていると言うのにアルエは笑って見せた。


「妾の弟子は“シグ”じゃ。例え分れようと、それは変わらぬ。お前ら二人も、妾には大切なんじゃよ」

「理解できないな。…消えろよ」


 ゼロの周囲に展開していた無数の槍が向かってくる。しかし、アルエは動こうとしない。


「何もわからぬ馬鹿者が。いくら力を持っていようと、お前は魔神の足元にも及ばぬ。妾が自ら手を下すまでもない」

「柔の秘拳…二式『流送りゅうそう』」


 アルエに向かっていた槍は、その手前で方向を変えて横を通り過ぎて行く。アルエとゼロの間に現れたキサが、触れることなく槍の軌道を変えていたのだ。


「バカな。どうやって」

「剛の秘拳…三式『遠砲とうほう』」


 さらに離れているゼロの体がくの字に折れ、吹き飛ぶ。


「グハッ! なぜ―!」


 さらに双剣を構え、向かってくる。


「舐めるな!」

「周りが見えていませんね。まあ、あなたには稽古をつけたことはありませんが」


 ゼロは破壊神の力を込めた魔力を放出し剣を防ごうとしたが、刃は朽ちること無く鎧の上からゼロを地面へと叩きつけるほどの衝撃が襲う。キサの持っていた剣は消え去り、力は上空に控えていたシグへと戻る。


「…最堅の盾か。ふざけやがって。みんな消えされ! 破壊神の息吹コルド・ブレストロイ


 大気を覆いつくしてしまうのではないかというほどの神力。それ程の力を放出しても、ゼロの神力が尽きる様子は無い。


「キサ、戻れ」

「平気です。所詮は作りものの肉体ですから、いくら朽ちてもかまいません」

「よいから来い」


 ゼロの神力が来る前にアルエの側へ来ると、アルエは纏っていたマントをグリードへ着せる。


「アルエ?」

「キサ、この子を連れて離れておれ。ここからは妾がやる。お前でも倒せるじゃろうが、お前が傷つく必要はないのじゃ」

「…かしこまりました」

「待ってよ、アル―!」


 グリードが言葉を言い終える前に、キサとグリードの姿はどこかへ消えてしまう。


「シグ…」

「わかってるよ。僕は、ずっとアルエの側に居る」

「お前がシグか。お前の盾が邪魔だ。その盾のせいで神眼が役に立たない」


 最堅の盾は遮断の力を持っており、先ほどから粒子のように周囲に展開し、ゼロの神眼の効果を防いでいた。いくら神眼でも使い方は魔眼と同じ。だが見えていても目が認識できないので、効果が発動しないのだ。


「ゼロとか言ったか、お前には本当の神の力を教えてやろう」


 側に来たシグを抱き寄せ、首筋に牙を突き立て血をすする。


「! …何をしている?」

「覚悟せい。今の妾は『アルエ・カルア』じゃ」


 史上最強を誇る賢者であり最凶と恐れられる悪魔でもあるアルエの魔力は、この世界では魔神となったゼロの次に高い。だがシグから離れたアルエの魔力は膨れ上がり、異質な物へと変わる。


「この世界では自ら神の領域に達した者を、神のような存在として『姿神ししん』と呼ぶ」


 悪魔であるはずのアルエ。だが見開かれた瞳は、カルアの神眼。魔力は神力ほどの質に変わり、総量はゼロを超えている。


「シグ、鎧を纏っておれ」

「うん、わかってる」


 魔神となったゼロでさえ恐怖を覚えるほどの存在感。今のアルエは、『絶対神』の名がふさわしいほどの覇気を放つ。


「なぜだ。何で悪魔のお前が、カルアの神眼を。お前にはもう王家の血は流れていないはずだ」

「悪魔なった時に人であった肉体は無くなってしまったからのう。…じゃが吸血鬼だからかは知らぬが、見ての通り王家の血を飲むことで一時の間だけ、妾は王家の力を取り戻す」


 王の強大な魔力と、悪魔としての魔力が混ざり合うことで異質な力を生む。そしてカルアの神眼はフィールの持つ『究極の杖』に引けを取らぬ魔器であり、さらにその瞳力はこの世の全てを見切る。


「認めない。自ら人であることを捨てたお前が神の力を手にするなど。それに力で上回っても、お前は破壊神の力を持っていない」

「その力を扱えきれぬくせによく言う。…魔界の魔神の足元にも及ばぬくせに」


 破壊の力を纏うゼロの神力は、アルエの圧倒的な魔力の前に押し戻される。同じ神の領域に居ても、既に格が違うのだ。


「ククク、姿神とはよく言ったものだ。だが、いくら力が神の域でもあんたに光と闇を扱うことはできない。…ようやく使い方がわかってきた」


 右手に光を左手に闇を集め、手を合わせてそれを一つとする。


神法コルドスキル『希望の絶望ホープ・ディスペアー


 光と闇の力。本来混ざり合うことのない力が合わさることで、とてつもない力が生まれる。それは先ほど、咎人になったグリードが証明して見せた。


「消し飛べ!」


 アルエにはない神の力。これが、姿だけでなく真の神である証明。生みだされた力を、アルエへと投げ放つ。


「何度も言わせるでない。お前は、妾の足元にも及ばぬ。“あの力”を使うまでもない。王家の秘術…『闇の皇帝ダーク・エンぺル』」


 迫りくる力は、まともに受ければ星の半分が消し飛ぶかもしれない。その力を、睨んだだけで消し飛ばす。力は闇にのまれ、闇と共に消え去ったのだ。


「そんな、なぜだ。俺は神なんだ。お前みたいな悪魔とは違うはずなのに」

「お前は闇にのまれて、魔神となった。じゃがな、弱いんじゃよ。…妾の憎しみの方がずっと深い。闇の頂点の力? 人を殺したことがないガキが、復讐なぞ笑わせる!」


 カルアの神眼奥には、魔眼が浮かび上がる。


「もう止めぬか? 何度やっても同じじゃ。お前では妾を倒すことはできぬ」

「…これで勝ったつもりなのか。俺はまだ、王家の血も神眼も使ってないんだぞ」


 ゼロの眼に力が集まるのを感じ、アルエは距離を取った。途端にゼロの筋肉が隆起し、力が膨れ上がる。


「強欲の魔眼か、確かに便利な力だな。色欲の魔眼で精神力も高められる。今なら誰にも負ける気がしない。…グローリアの王家の血、『完全学習』の力を存分に使えそうだ」

「諦めが悪いのう。いくら妾より強くなろうと、経験値が違いすぎるわ。…だてに数百年も生きている訳ではないぞ」

「ならその数百年の間に、“グローリア”と戦ったことが一度でもあるのか? 剛の秘拳…三式『遠砲』」

「―なっ!」


 キサが独自に編み出して極めた技。それを一度見ただけで出来るようになってしまう。それがグローリアの恐ろしき力。


「やらせないよ。僕が居る限り、アルエには傷一つ付けさせない」


 とっさにシグはアルエの前で攻撃を受ける。だが、遠砲は衝撃を体が突き抜けるので纏っている鎧は意味をなさない。…はずなのだが。


「なぜ、衝撃が抜けない? いくらお前が前に入って威力を殺しても、この技の衝撃はお前を突き抜けて届くはずだ」

「君のただの鎧と一緒にしないでよ。今ので僕には一切ダメージが無い。僕の鎧はあらゆる力を遮断するから、例え破壊の力でも僕に届くことは無いんだよ」

「何か裏があるな。…その鎧の力も暴いて完全学習で手に入れてやる」

「無理だよ。できるなら、とうにグリードがしているもん。…だって、これは君の破壊神の力と同じだから。…究極神の槍」


 シグの力を見抜くために、ゼロはあえて向かってくる。迫りくる槍を無視して。


「―! え?」


 だが、槍は破壊神の力で朽ちることなく届く。回避が遅れ、鎧の上からとはいえ直撃してしまう。


「バカな。これはさっきグリードが使っていた。だが、こんな威力はなかったぞ」

「言ったでしょ。君の破壊神の力と同じだって。…君がその力で作りだした物を他の人に使わせても、本当の力は引き出せないでしょう」

「でも、あり得ない。破壊神の力で壊せないモノがあるはずない!」

「…破壊できないのは、経験の差だね。同等の力でも、僕達が力に目覚めたのは君より早い。その分、精度は君より優れているんだ。―やば」


 しかし油断していた。神眼の力で強化されたゼロは、一瞬でゼロの前に現れたのだ。


「その力の正体、見極める!」


 ゼロの鎧がシグの鎧に触れ、触れた部分から亀裂が入り崩れ落ちる。まるで浸食するかのように、三分の一程度の鎧が失われ、顔が半分出てしまう。だが、両者は止まったまま動く様子は無い。


「…神眼のどの力も通じない。なぜだ?」

「簡単だよ。僕はここに居て、居ない存在なんだ。それが、この鎧の遮断の正体。不思議だろ、見えているのに通じないのって」


 ゼロはシグに触れようと、手を近づけるが、見えない壁でもあるかのように、鎧があった場所より中へ手を入れることができない。


「! これが、お前の力の正体か」

「わかってしまえば、簡単だろ? 僕は君と同じ資格を持つ者。もちろん、グリードもね。なぜなら、僕らは繋がっているから、当然だよ」

「グリードも?」

「うん。本人は気付いてないし、認めないだろうけどね。…だってグリードはまだ、君や僕と違って“眼”を制御できてないもん」

「妾にもわかりやすく話さぬか。古代呪文『地獄の門番が放つデーモンズ・ヘルファイア』」


 シグに攻撃が届かないとわかっているので、容赦なく二人を地獄の炎で包む。遮断できないゼロは、熱まではさすがに破壊できないので鎧の中に熱がこもる。


「よくわかった。お前ら二人は消しとかなくちゃいけないって」

「あら、逆効果だったか。『大爆炎火ギガルフレイ・ボム


 追い打ちをかけるように大爆発を起こして距離を取ると、アルエの側へ向かう。シグの力の正体を知ったからか、ゼロの纏う雰囲気が変わる。


「俺が神だ!」


 周囲に高密度の槍を展開させ、シグを睨む。槍の一つ一つが街一つを消し飛ばせるくらいの力込められているので、さすがのシグも焦りを感じる。


「どうしよう、アルエ」

「とことん追い込むか。…それでダメなら、最悪の事態も考えねばならん」


 ゼロの標的はシグに変わり、アルエはシグをかばうように立つ。早く止めなければ、必ずどちらかが倒れてしまう。


「結局、オレじゃなきゃダメなんだな」

「どうしました、シグ?」


 遠く離れた所で三人の闘いを見守っていたグリードが、立っているのがやっとの状態で戦場へ戻ろうとする。だが、倒れそうになって結局キサに支えられてしまった。


「咎人になったオレにはよくわかる。あれじゃ、ゼロは止まらない。アルエが止めるためには、殺すしかない。…オレが、やらなきゃ」

「その体では無理です。もう、アルエ様にお任せして休んでください」


 片腕を失い、魔力もほとんど残っていない状態。それでも、グリードの眼には力が戻ってる。


「お願いだキサ、オレを、あそこに連れて行ってくれ」

「ですが、もしあなたに何かあったら…」


 だがグリードは知っていた。キサは優しすぎる。ダメと分っていても、心を鬼にすることができないと。


「先ほどの威勢はどうした。防戦一方だな。そのお荷物がいなければ、俺なんてひとひねりだろうに」


 シグをかばいながら戦うアルエは反撃のタイミングをうかがっていた。だが、もしタイミングを間違えば攻撃は全てシグへ向けられてしまう。いつものシグなら耐えられるかもしれないが、血を吸ったことにより体力と魔力が落ちてしまっているのだ。


「やっぱり、僕ってお荷物になってるよね」

「気にするな。それでも、お前が側に居ることを望んでいるのは妾じゃ」

「だったら、二人一緒に消えろ!」


 何もない空間からいきなり槍や剣が現れたり、前からはゼロの攻撃が向かってくる。カルアの神眼とシグの万里の魔眼が無ければとうにやられているだろう。


「悪いなゼロ。もう終わりにしよう。…その姿を見たら、フィールは悲しむぞ」


 ゼロが振り向いたとき、グリードはフィールが閉じ込められている結界を王剣で切り裂いている所だった。


「貴様! 何を」

「何をって、お前にとってフィールは唯一の弱点だろ。準備呪文…失われた魔法『栄光の崩剣』」


 今出せる最強の魔法を放ち、閃光でゼロの視界が一瞬失われた。


「舐めるな。破壊神の力!」


 ゼロを貫いていた巨大な光の剣は消える。だが視覚が戻った時に、眼前にグリードの姿が飛び込む。そして、王剣がゼロの鎧を切り裂き、前半分の鎧がほとんど消し飛ぶ。


「あまい。お前には俺に触れることさえできん」


 肉を切らせて骨を断つ。鎧は剥がされたが、次の攻撃をする間もなくゼロの攻撃が迫る。


「キサ流 柔の秘拳…二式『流送りゅうそう』」


 迫りくる攻撃の軌道を変えて逸らすが、片手では全てをさばく事ができない。


「私も居ることをお忘れ無く」


 側に現れたキサが、グリードの補佐して攻撃を防ぐ。


「くそ!」

「…もう止めて、ゼロ」


 そのときグリードのマントの影から人影が現れ、聖剣でゼロの胸を貫く。


「っ! フィー…ル」

「…お願いだから、復讐なんて止めて。いつもの優しいゼロに、戻って」


 聖剣の浄化の力によりゼロの心から憎悪は消え、正気を取り戻していく。纏っていた鎧を解いてフィールを抱きしめ、ようやく魔神の脅威は去ったのだ。


「ごめんよ、フィール」

「…ゼロ、よかった」


 全員が地面に降り立ち、安堵する。アルエも元に戻り、貧血なのかシグは少しよろめいていた。


「…これ、返す」

「いや、もしまたゼロが暴走したら必要だろ。お前が持ってろ」


 フィールは聖剣をグリードへ返そうとしたが、グリードは受け取らない。キサはシグを心配してアルエたちの方へ向かう。


「グリード、お前は次に何をするつもりだ?」

「気にするな。お前ら二人の邪魔はしない」


 グリードはゼロの頭に手を置き、魔力を吸い取る。一緒に、ゼロが生みだした憎悪も。


「やっぱり、誰かは復讐者にならないといけないんだ。そうなると、なるのはオレだろ」


 耐性が無かったゼロが生みだした憎悪は深く、重い。それがグリードの闇と混ざり合っていく。


「止めて、グリード。アルエ、グリードを止めて」

「もう遅いよシグ。それに、後悔はない。失われた歴史、発動」


 右手に本を持ち、それをアルエたちに向ける。


「仲間はどうするんだ! マリヤだって」

「“見えてる”くせに、聞くなよ。世界にあるの全ての魔法ワールド・オール・マジック』」


 周囲に無数の魔法が展開し、爆音や閃光、衝撃で五感が麻痺。シグが最堅の盾で球体を創ってアルエとキサを包んで居なければ二人も無事では済まなかったろう。


「あれだけの魔法を、逃げるために使うなんて」

「どこに行ったのじゃ? なんならすぐに追うぞ」

「無理だよ。…だってグリード、アルエのマント持って行っちゃったもん」

「そう言えばそうじゃった」


 アルエが纏っていたマントは今は無きカルア家の家宝で、魔力を込めることで姿を消すことができたりなどができる。それが効かないのは『魔消し(マジック・イレイス)』の力を持つアンジェルくらいだ。


「しかしまさか、神眼でも追えないとはな」


 多くの憎しみを取り込み、グリードは一人でどこかへ消えた。それがこの先どう運命を変えるかはまだ誰も知らない。わかっているのは、グリードは再び咎人へ近づいたということ。




 エピローグ


 世界最大を誇る大国『アンジェル』その城に若き王が一人で物思いにふけっていた。


「シグ、大丈夫なの?」


 難民と王の争いがあることを知らされたが、どうすることもできず賢者に待つように言われ、ただ愛する人の無事を祈っている。そんな時、人の気配を感じて周囲を見渡す。


「シグ!」


 自分以外は誰も居ない部屋。だがマリヤはその部屋の隅へ駆け寄る。そして何もない空間で何かにぶつかった。


「私には、そのマントは通じないのは知っているでしょう」

「ああ、わかってる。…だからだ」

「そうだ。とても大事な話があるんです。聞いて…シグ?」


 グリードはマリヤの話を聞こうとせず、王剣を手渡して体を離す。


「いつもごめんな、マリヤ。でも、これで最後だ」

「では、もう戦争は終わったのですか? これでずっと一緒に…」

「許してくれとは言わない。恨んでくれてもかまわない。…もし、覚えていられたならな」

「シグ、何を?」


 マリヤが初めて目にする魔眼。その力が服従だと言うことは聞いていたので知っている。


「オレのことは忘れて、幸せになってくれ。…オレはお前のことを忘れる。じゃないと、未練が残るから」

「待ってください、シグ!」

「…さようなら」


 森羅万象を従える魔眼は、マリヤの脳から大切な物を消していく。楽しかった二人の思い出、想い続ける日々。ずっと愛している男の全てを。


「もう、会うことはないかもしれない。でも、会ってもお互い相手のことを覚えていない。人の記憶なんて…繋がりなんて脆いものだな」


 気を失ったマリヤを寝かせ、城を出る。そして国を出た時に自分の中からマリヤの記憶を全て末梢。これで、二人は完全な他人となった。今のグリードには、未練も後悔もない。あるのは憎しみだけ。


「オレは…いったい」


 考えても、憎しみしか湧いてこない。思い出されるのは今まで知った憎悪。両親の死、家族の死、そして辛かった日々。全ての憎しみを背負い、ここに復讐者という名の悪魔が生まれたのだ。


「クク…ククク。クハハッハ。覚えていろ、オレは王家を…世界を許さない」


 今のグリードを止めるられる者は居ない。もし止められるとすれば、息の根を止めるしかないだろう。もしあの時、マリヤの話を聞いて居れば運命は変わっていたかもしれない。もっとも、既に終わったことだが。





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