マジック・スぺル ~失われた魔法~
マジックスペル5部作目
元々エブリスタに投稿していた作品です。
【プロローグ】
この世界には特別な力を持つ8つの王家と、強大な力を有する4人の賢者が存在する。枯れることのない魔力『無限の泉』の力を持つレイブン。特別な声を持ち、言葉だけで魔力を操る『天使の歌声』のトーリア。手に王冠と天使の輪のような印のある『神の手』を持つぺルチーノ。実体のある幻を生みだす力『現実の幻想』のロード。重力を生み出し、星の重力すらも支配する『重力支配』のグラン。あらゆる防具が通じない攻撃が可能な『防御不可(ノ―・ガード)』のスカーレット。わずかな間だけ、全ての王家を超える魔力と力を手にできる『一時の皇帝』のジハール。全ての魔が無に帰す能力『魔消し(マジック・イレイス)のアンジェル。
年齢不詳の光の賢者の称号を持つ『シリス・コルト』。王家の血が流れる紅の賢者『クレイ・レイブン』。自然と対話する蒼の賢者の称号を持つ『アルク・スイカ』。史上最強と謳われ、かつて闇の女王と恐れられた存在。闇の賢者の『アルエ・カルア』。
世界はこの王家と賢者を中心に動いていたが、そのバランスが崩れ始めている。力が弱まりつつある王家。反対に力を伸ばしている賢者。今まで王家に賢者は従ってきたが、国外にあふれる難民などの存在をめぐり、王家と賢者で対立が始まりつつある。この世界はこれからどう進むのか、それはまだ誰にも分らなかった。
第一章『精霊』
【世界の創り】
『マリヤ・アンジェル』が王家として復帰して数日後、ジハール国の城に八家の王家が集められた。だが、そこに集まったうちの四家の顔ぶれが様変わりしていたのだ。その四家はかつて裏四皇とも言われ、四皇と対をなす戦闘力を秘めているだけでなく戦闘を好む傾向にあり、平和を望む四皇とはそりが合わなかった存在。
「王家復帰おめでとうございます。アンジェル卿」
「ぺルチーノ卿、今日はいったい何の集まりですか? …かつて四皇と対をなした四家が手配したと伺っていますが」
「ふ、見ての通り、我々は既に王位を継承しています。先代のような老いぼれには任せておけぬと判断したもので」
数日前、アンジェルが王家に復帰してすぐにぺルチーノ・ロード・グラン・スカーレットの四家の王が子供あるいは孫に王位を継承したのである。
「歴史上、我々のように若くして王となった者は少ない。アンジェル卿、あなたもです。若く、しかも女性の身で王位を継承。…我々は世界に変革をもたらすべきと考えてきます」
「だから、王の座を奪ったのですか? 実の祖父から」
「力が老いた祖父、弱い父親。そんな二人に国を任せるなんて、考えられない。そう思っていたときに、あなたが王位に就かれた。世界を再編するいいチャンスだと考えています」
と言っても、反乱をおこして無理やり王位を奪い取ったような形なので、納得していない民や神官も多い。だがその辺は四家が力を合わせ、力で抑え込んでしまったのだ。
「我々が王位に就いた今、やるべきことは一つ。世界を復興させるために、手を尽くしましょう。そのために、必要ならば邪魔な存在は消さねばならない」
「…難民のことを言っておられるのですか?」
「ええ、滅んだ国の民を受け入れる余裕は我々にはない。自国の民を守るために、その者達の処理を考えています。…お気づきでしょう。彼らを救う手立てはないということを」
「私は、諦めたらそこで終わりだと考えています。何もせず、邪魔だからといって消していい命などないとは思いませんか?」
だが、ぺルチーノの後ろに他の三家の他に、トーリアとレイブン、そしてジハールが移動する。
「アンジェル卿、あなたの考えは確かに正しいのかも知れない。聖人のようなお言葉だ。だが、そんな言葉では誰も救えない。それが現実です」
「そのようですね。かつては同じ四皇と言われた二家は滅び、一家はあなた方についたようです」
「そうです。もうあなただけなのですよ。あなたも我々に下り、世界を再興させましょう。このままでは、世界は滅んでしまう。これ以上、王家は減るわけにはいかない」
「…あなたは七家が敵に回れば、私が下るとお思いなのですか?」
王になったばかりで、まだ知らぬこと、至らぬことが多いマリヤ。しかし、彼女の意志は固く、その思いに呼応するかのように強大な魔力が感じられる。
「残念ながらあなた方では私を倒すことはできません。あなた方の『王家の血』は私には通じないからです。私の王家の血である『魔消し』の前では」
「ふ、確かにあなたの王家の血はあらゆる魔を無効かさせる。だが、物理攻撃ならば届く。私とスカーレット卿ならいい勝負になると思いますが」
「…違う。一方的に終わるわ。あなた達の負けで」
いきなりドアから入ってきた少女。彼女は入ってくるなり、真っ先にマリヤの隣へ立った。
「…ジハール国の正統後継者である私は、アンジェル卿につく。それに、賢者もアンジェル卿につくと思うわよ」
ジハール国の正統後継者。そしてマリヤの幼馴染でもある『フィール・ジハール』が正装に身を包み、女王として現れたのだ。そしてドアの側にはもう一人、光の賢者の弟子である『ゼロ・フリーム』が控えている。
「ふぃ…フィール、お前」
「…おじさま、今まで代役を務めてくれてありがとう。でも、ジハールは裏四皇に下るわけにはいかない」
「しかしだな、このままいけば世界は―」
「…私が死ねば、ジハールの民も難民になってしまう。そう考えると、私には難民になった人たちを見捨てることなんてできない」
「交渉は決裂ということか。だが、我々は己の正義のために動く。…ジハールとアンジェルの土地には手を出さないが、我々の国の周辺の難民は勝手に処理させてもらうぞ」
「させません。もし難民に何かするというなら、私たちは全力で阻止させてもらいます」
だが、これ以上話し合った所で何も変わらぬと判断したのだろう。アンジェルとジハール以外の王家はその場を立ち去ったのだ。だが、八家あった王家が六家と二家に分かれた。もしアンジェル側に4人の賢者がついたとすれば、勝利は間違いない。ぺルチーノ達もそれなりの覚悟をしなければ難民に手出しは出せなくなったのだ。
「久しぶりね、フィール。ありがとう」
「…私は、自分の意見を述べただけ」
「でも、まさかレイブンとトーリアが向こうにつくなんて」
「…そっちより、裏四皇の方が問題。いくら『魔消し』でも、戦力的に問題あり過ぎ」
気が抜けたからか、先ほどとは違いマリヤの表情は穏やかになっている。
「王になろうなんて、簡単じゃなかったね。こんなに大変なんて思わなかった」
「…王になるのは簡単。私たちは継ぐだけだから。大変なのは、王としてあり続けること」
王としてある。王を名乗るよりも、王として民の信頼を受け続ける方が大変なのだ。
「そうですね。…王として一つでも多くの命を救うことを考えないと。我々王家は、元々そのために神から力を授かったのですから」
「…本当に神様がいたかどうかも分からないけどね」
「王家の力を持ってても、その資格がない奴もいるけどな。俺みたいに」
ゼロは二人の側まで歩み寄っていた。
「お前にはまだ話してなったよなマリヤ。俺は―」
「全て知っていますよ“シグ”。私の愛した彼が教えてくれましたから」
「グリードの、ことか?」
「ええ。でも、私から見れば二人ともシグです。もっとも、私が愛しているのは彼だけですが」
曇りのない笑顔がゼロへと向けられる。
「愛しているのはあいつだけか」
「はい。あなたは、私の愛したシグではないので」
元は同じ存在。だからか、そう言われて辛くないと言えば嘘になる。
(お前もフィールと話す時こんな感じだったのか、グリード)
自分がシグだと知る前、フィールはいつもシグを名乗るもう一人の自分を追いかけていた。それが辛かった。でも、自分は偽物で想われる資格がないと思っていたもう一人のシグはこんな風に辛かったのだろうか。
「どうやら、あいつは一人じゃないみたいだな。それならいいんだ。…マリヤがいれば、復讐に取りつかれることもないだろう」
ずっと心配していた片割れ。でも、ちゃんと愛してくれている人が居たので、少しは安心することができる。心に大きな闇を抱えたもう一人の自分。自分を幸せにするために全ての不幸を背負って離れた半身。今は、そんなもう一人の自分の幸せを願っていた。
ジハール国より遥か先に広がる砂漠。かつては王都であったが、王が居なくなったことにより干上がり、生き物が住めなくなった土地。今このような土地が、この世界の半分以上を占めていた。それはそしてそのような土地は年々広がり、いづれはこの星には生き物が住めなくなるのではないかと言われている。そしてわずかな土地に恵美を求めて難民が集まり、残された恵美もすぐに尽きてしまう。だから、何人かの王は難民を排除しようと考えているのだ。
「まだ先か。やっぱり飛んで行こうってのが間違いだったか」
そんな砂漠の上空を、仮面をつけた少年が魔力で創りだした翼を羽ばたかせながら飛ぶ。
仮面で隠された顔以外は、黒いローブとマントで覆われていた。この少年こそゼロの片割れであり、闇の力と憎しみを背負って生きている存在『グリード』。
「ん、やっと見えてきたか」
そして少年が向かう先には、周囲を砂漠に囲まれながらも緑が生い茂り、森のように木々が立ち並ぶ大きな森が見えた。そして、その中心には広大な湖が見える。周囲にはスラム街になっており、簡単な創りの家が立ち並んでいる。
「やっぱり、森の中には住んでないのか」
森の中に澄んだ方が何かと便利なように感じるが、スラム街は森を囲むように立ち並ぶだけで森には一切入っていない。グリードはそのスラム街を飛び越え、湖の上へ舞い降りた。
「噂通りのようだな。ここまで澄んだ水。王家が手出しできない土地なだけはある」
グリードは水面に“立ち”ながら、湖を見渡す。とても周囲を砂漠に囲まれているとは思えないほどの恵美がある。
「…この地に住まう精よ。聞こえたなら姿を見せてくれないか? 出てきてくれないなら、無理矢理でも姿を現してもらうようにしないといけないが」
グリードは闇の魔力を放出し、本気だということを示す。数秒の静けさ、そのあとに湖が脈打つように動きだした。
(人間が、私に何の用です? この地を荒らそうと言うのでしたら、ただでは済みませんよ)
「噂以上の魔力だな。さすがは水の精霊王『ウンディーネ』」
グリードの側の水が隆起し、人の姿へと変わる。そして透き通るような白い肌と青い髪をした女性が現れた。
(邪悪な魔力を纏う者よ。何しにこの土地へ?)
「別に、ただ実験のためだよ。そのためにあんたとこの土地が必要でね」
(実験? そのために私とこの土地が必要だと。…そのようなこと許すとお思いですか? 私は協力いたしませんし、この地に手を出すことも許しません)
少し怒らせてしまったようで、ウンディーネは纏っている魔力を高めた。外に放出していないだけで、王家ですら驚くような魔力を内に集めているのだろう。
(名乗りなさい。いくら不届き者であろうと、名も聞かずに攻撃をするようなことはできません)
「さすがは精霊の王だな。人の王にも見習ってほしいよ。…全てを欲する者。強欲の大罪者『グリード』と名乗っておくよ」
(強欲とは、ふざけているのですか? 人間ごときにここまで侮辱されるとは。…人と精霊の差を教えて差し上げましょう)
「ふ、残念ながらあんたがオレの前に現れた時点でオレの勝ちだよ」
さらに怒らせてしまったのだろう。ウンディーネの怒りに呼応するかのように、湖の水もざわめきだす。
(痛いめにあわなければわからないようですね。殺しはしませんが、それなりの罰は受けてもらいますよ)
「どこに向かって話してるんだ?」
(…いつの間に? ―! 動、けない)
まるで瞬間移動でもしたかのようにグリードはウンディーネの後ろに立っていた。そして、なぜかウンディーネは動くことができない。
「言ったろ。もうオレの勝ちだって。…悪いが、これから実験をさせてもらうぞ。人類を救うために。『敵力の吸収』」
そして右手でウンディーネに触れ、その魔力を奪う。
(そ、そんな。…私の魔力が)
グリードはウンディーネから吸い取っている魔力を己に取り込むのではなく、左手に持った宝石へと注ぎこむ。
(それは、魔力をため込む特性をもった『魔宝晶』。それに私の魔力を注いで何をしようと)
「まあ見てればわかる。言ったろ、実験だって」
時間がかかったが、ウンディーネは大半の魔力をグリードに吸い取られてしまう。そして抗っているが、いまだに動くことができない。
「さて、仕上げか。あんたとこの土地の『繋がり(リンク)』を切らせてもらうぞ」
(何を言っているのです。この土地は私が居るから魔力が行きわたり、澄んでいる。そんな土地と私の繋がりを切るのは不可能です)
「できるんだな、それが」
マントを纏っていたのでウンディーネは気付かなかったが、グリードの腰には剣がぶら下がっていた。そしてグリードはその剣で、ウンディーネを斬る。だが、水であるウンディーネに物理攻撃が効くはずがない。
(そ、そんな! 土地が、土地の力が私から離れて行く)
「言ったろ、切れるって。…これで全ての準備は整ったな」
そしてグリードは左手に持っていた魔宝晶を放す。そして魔宝晶は湖の底へと沈んでいく。
(あなた、自分が何をしたかわかっているのですか? 私が居なければこの湖は干上がり、周囲に澄む人々は生きられなくなるのですよ!)
「悪いが、オレが救いたいのはもっと大勢の人間なんだよ。それに、オレは誰も見捨てたりしない」
湖の底へとたどり着いた魔宝晶は光だし、それに呼応するように、荒れていた湖が静かになる。
「実験は成功みたいだな」
(そんな。あんな石が私の代わりにこの地と繋がるなんて)
「そう。そして、この土地にもうあんたは必要なくなったってことだ」
(どうして、何千年も私が守っていた土地なのに)
身動きできない状況だが、ウンディーネは悲しそうな表情を浮かべる。最初の威勢はどこかに消えてしまったようだ。
(私にいったい何をしたのですか? 私の土地を返してください!)
「別に何もしちゃいない。ただ、あの魔宝昌が今この土地にとってお前ってだけだ」
(訳がわかりません。私はここにいるし、あの宝石にそんな力があるなんて)
「力は与えたろ。お前の魔力をたっぷりとな。そして、この土地はあの魔宝昌をお前だと誤認した。だが、それでもこの土地は潤い続けることができる」
グリードの実験。それはこの世界の特別な事情を改善するためのも。この世界はかつて108つの土地があり、その土地に一人ずつ王が居た。当初はどの国も潤っていたが、だが人はより豊かな暮らしを求めて争いを始める。そして王を失った土地には魔力が流れ込まなくなり、草木は枯れ水が干上がり死の土地となるのだ。つまり、王はパイプのような役割をしており、王が居ることで魔力が集まる。そして大地は潤い恵美をもたらす。
「この土地にとってウンディーネ、お前はパイプだった。だから魔力が集まりここには水が湧く。そして、今はあの魔宝昌がこの土地のパイプになってる」
(それがわかったからと言って、なんだと言うのですか?)
「パイプさえあれば、砂漠と化した土地にも魔力が流れ込み、恵美を取り戻すかも知れないってことだ」
もしそれが可能ならば、大地を潤すのに王家は必要なくなり、王による絶対の支配は終わりを迎えるのだ。
「魔宝昌を引き上げ、再びお前がこの地と繋がれば元通りになる。でも、オレはいくつか目的があってこの地を実験の場所に選んだ」
グリードはウンディーネに近づき、密着しそうなほどまで距離が縮まる。
「一つはお前だ、ウンディーネ。オレはお前(の力)が欲しい。今のオレには力がないんだ」
耳元で囁くように顔を近づけるが、欲しいと言われて従う精霊など居るはずがない。
(ふざけるのも大概にしてください。私が人に下るなどあり得ないことです)
「それでもオレはお前を欲する。強欲なんでね。…水が闇に属する属性なのは知ってるだろ。だからお前じゃなきゃダメなんだよ」
(! あなた、私にいったい何をしたのです?)
グリードは左手でウンディーネを“抱き寄せた”のだ。
(水である私に触れるなど、あり得ない。そして、実体のない水の動きを固定しているのもおかしなことです)
「それができるんだよ。対価を払えばね」
グリードが右手で面を外す。その両目は魔眼になっており、魔力が集中している。
「人との接触を極力避けてきたあんたら精霊は知らないだろ。オレの強欲の魔眼の力は絶対なる「服従」だ。そして、それは森羅万象全てが対象になる。もちろん、水もな」
(服従…そんなふざけた力で私の動きは封じられ、しかもあなたは私に触れることができるということですか?)
「ああ、しかも対価は人の欲望だ。理性を失いそうなほどの欲求。だから本当は使いたくないんだけどな。でも、あんたが素直にオレのモノになってはくれないだろ」
(ん…今度は何をしたんです)
動けないながら、ウンディーネは苦しそうな表情を浮かべる。
「精霊は快楽も知らないのか。…もう少ししたら対価を支払えと体が言うことを利かなくなる。その前にあんたをオレのモノにしなきゃならなくてね」
(快、楽? 人を、堕落させるようなものに、私が…屈する訳が―)
「無理をしないほうがいい。オレの服従の魔眼であんたは今人と同じように五感を感じる。そして、快楽に逆らえる人間を、オレは知らない」
水であるはずの体が服従の力により支配され、言うことを利かない。それはウンディーネにとっては初めてのこと。強欲の魔眼はその視界に入ったモノ全てを服従させて従える。その命令に逆らうことは不可能。死者を生き返らすこと以外は何でもできるとすら言われている。問題があるとすれば、使えば使うだけ対価が高くなるということだ。
「抵抗してくれて構わないが、対価はお前に支払ってもらうぞ。そして、お前が心からオレに下るまで何度でも落としてやる」
強欲に満ちた魔眼の前に、逆らえる存在はない。もし強欲に理性を奪われれば、魔眼が暴走して何をするかわからない危険と隣り合わせの力。だが、今のグリードにはこれしか力がない。だから求めるのだ、魔眼に頼らずとも戦える絶対的な力が。
【精霊の長】
高く聳え立つ大きな山。傾斜が続き、人が昇るのはとても困難な土地。そのせいかその山は魔物の巣窟になっている。その山の頂、雲にも届きそうな遥か高くにある巨城。魔物の頂点に君臨する絶対種であり、世界中を恐怖に陥れた闇の女王。今は闇の賢者であるアルエの城である。場内は魔動人形が徘徊し、己の意志で動く者は三人しかいない。城の主であるアルエ、そのアルエの最高傑作である意思を持つ魔動人形『キサ』。そしてアルエの弟子であり、今は無きグローリア国の王子『シグ・グローリア』。
「右目で何を見ておるのじゃシグ? ずいぶん嬉しそうじゃが」
「…実験が成功しただけだよ。これで王を失った土地に、恵美を取り戻すことができるかもしれない。そうなれば、難民も肩身の狭い思いをして王国に寄り添う必要はなくなる」
「そうか。そうなれば王による絶対の支配は終わりじゃな。王が必要なくなれば、誰も追うには従わん。人々は本当の意味で自由になるわけじゃ」
「僕は、王はいた方がいいと思ってるよ。…正確には、絶対の支配者が一人ね。魔界が豊かなのは、魔神ていう絶対の支配者が世界を監視してるからだから」
この世界には繋がっているもう一つの世界が存在する。それが魔界。魔界には魔族と言われる民の他は、神と王と賢者が一人づつ居るだけ。それ以外に貴族などはいるが、世界を掌握しているのはその三人だ。
「僕は神とか王にはなれないけど、魔界の賢者と同じ監視者になれると思ってるよ。まあ、賢者が持ってた『万里の魔眼』を奪ったんだから当然だよね」
シグの右目には波紋のような模様が浮かび、色は黒く引きこれそうなほど深い。
「ならば、神と王には誰がなるのじゃ?」
「…さあね。でも、神に最も近いのはアルエだよ。この眼で見る限り、この世界にアルエより強い人はいないから」
「妾は神になれんよ。闘ったことがあるからよくわかる。…あれは次元が違う。引き分けたと言っても、これ以上は魔界が崩壊するかもしれんということで終わっただけじゃ」
「アルエなら神の領域に行くことができるよ。…僕は知ってるから。かつて闇の女王と言われた魔女が、今はでも力を求めて強くなり続けていること」
シグはアルエの方を向くと、微笑んで見せる。
「そして今は、僕が居る。例え世界が滅んでも、僕とキサだけはアルエの側に居る。…あとシャドーもね」
自分もだと言わんばかりに、アルエの影から人のような形をした影が現れた。世界最強の絶対種『影を歩く者』だ。
「お二人とも、お茶をお持ちしましたよ」
そしてカートにお茶を乗せて運んで給仕服を来たキサがやってくる。見た目からは人形だということは絶対にわからない。
「妾は幸せ者じゃの」
笑いあえる家族。血の繋がりも、同じ修族でもない。人と魔族と人形と魔物。それでも、四人は家族だった。皆が望む、いつまでも笑いあえたらと。でも、シグは感じていた。もうすぐ笑っていられなくなるかもしれないと。どうなるかの行く末をその右目で見守りながら、今はただ大切な家族と笑いあう。
そして、この先の行く末を左右する者は、湖のほとりで空を眺めていた。
「…幸せそうだな、シグ」
例え放れても繋がりは消えていない。もう一人の自分の心を覗きながら、グリードはただただ空を眺めた。
「何をそんなに思いつめておられるのです?」
「…ウンディーネか? まさか人の姿に実体化できたのか」
「数千年ぶりです。もう二度となることはないと思っておりましたが、私はもうこの土地の主ではないので。そして、今はただの従者です」
ウンディーネはシグの前に膝をついて傅く。
「今更だが、無理矢理下して悪かったな」
「謝るくらいでしたらきちんと責任をお取りください」
「わかってる。…捨てるようなことはしないさ。オレは強欲だからな」
グリードは右手を差し出す。その手には蒼い宝石がある。
「こいつに憑け。具現化するにも、本体を入れておく媒体があった方がいいだろう」
「かしこまりました」
ウンディーネの周りに水が現れると、その水は吸い込まれるように宝石の中へと入っていく。全ての水が入ると、その宝石に紐のついた金具をつけて首に下げる。
「お前は今日からオレの盾だ。オレは身を守る力がないから、オレを守ってくれ」
「はい。どんな敵や攻撃からもお守りして見せます」
「それと、まだお前を下したのには理由があってな」
「はい、なんでしょう」
ウンディーネは顔をあげ、蒼い瞳がグリードの姿を写す。
「お前ら四精王だけが知ってる、星の精霊の居場所を教えてほしい」
「そ、それは…」
「下した理由がわかったろ。こうでもしなきゃ、死んでもお前らは居場所を言わないだろうからな」
ウンディーネは何かに怯えるように震えるが、主と認めたグリードに逆らうこともできない。
「…『ガイア』様の居場所を、我々四精王だけが知っているのは、我々しか会いに行けないからです。我々だけが、特別にガイア様のおられる神殿まで行ける力を授かったのです」
「お前の力があれば、その神殿とやらにオレも入れるのか?」
「おそらく、可能だとは思います。しかし、ガイア様は精霊の神です。そしてこの星そのもの。ガイア様にいったいどんなようが」
「オレは強欲だと言ったはずだ。世界が欲しいって言っても不思議じゃねえだろ。…まあ、今回は欲しい物をあいつが持ってるから貰いに行くだけだ」
グリードは立ちあがり、いまだに震えの治まらないウンディーネの側へと行く。そして抱き寄せて、耳元で囁く。
「お前はもう精霊の王じゃない。オレの“モノ”だ。他の王や神に何言われても気にするな。オレのモノなんだから、黙ってオレについてこい」
「は…はい」
「神殿へ案内しろ。ウンディーネ」
「かしこまり、ました」
するとウンディーネの姿は消え、グリードは魔力の翼を開く。
「まずはどこへ行けばいい?」
(湖に飛び込んでください。転送門で神殿の入口まで飛びます)
「さすがはシャドーと同じ絶対種。翼出した意味なかったな」
シグは首から下げる宝石の声に従い、翼で体を包み込むと形を変えて鎧のように着込む。そして湖へ飛び込んだ。
「…ここはどこだ?」
湖に飛び込んだはずなのに、辺りは暗く、ほとんど見えない。だが、上の方を見ると太陽のような光がある。
「なるほど、海の底か」
世界の半分以上が砂漠と化したと言っても、それは大陸の話。今でも海は健在だ。問題があるとすれば魔物が巣食うようになり、人が近づけなくなったということ。
(私はもともと、この海を見守ってきました。しかし人が近寄らなくなり、大陸の水も減少したため、数千年前に神にあの土地に移住するよう頼まれたのです)
「なるほど。それでますます海は汚れたのか」
(海に罪はありません。多くの生き物が住めなくなったのは、人のせいですから)
「まあ、否定はしない」
その時、巨大な魔力が後ろから迫ってくるのを感じる。振り向いても、巨大な影しか捉えることはしかできない。
「人は世界を壊したり奪ったりすることはできても、なかなか救ったり守ったりすることができないから。まあ、それは壊す方が救うことより簡単だからだけどね」
(…主に出だしはさせません)
巨大な影はグリードの手前で、壁にぶつかったかのように止まる。
「水の中で水精の王に勝てる者はそういないか。…極槍」
暗闇に目が慣れてきたので、その巨大な影の姿を捉える事ができた。魚のような魔物で、牙のようなはがいくつも生えている。そしてその魔物の額に、グリードの魔力を具現化させた槍が突き刺さった。
「失せろ。さもないと止めをさすぞ」
致命傷を避けているものの深手を負い、さらに強欲の魔眼を目の前にして魔物は怯え、素早く去っていく。
「しょせん、強種の下か。弱いな。せめて最強種でもないと」
(主様、目的が違うのではありませんか?)
「わかってるよ」
闇に慣れた目で、周囲を見渡す。すると、側に遺跡の階段のようなもがある。
「これがその入口か? ただの石段だろ」
(はい。ですが、これはこの世界が誕生した時からあるもです。そしてそれが四つ存在します)
「…なるほど、一つ一つがそれぞれの四精王の入口って訳か。確かにこんな海底、他の四精にはこれないな」
(石段をお上りください。道は私が開きます)
言われるがままに、石の階段を一歩ずつ登っていく。海底にあるが、海の上まで続いてるようには見えない。
「オレは、闇の魔法使いだが、光が届かない海底は好きになれそうにないな」
(闇の魔法使いは、闇に居るのが落ち着くと思っておりましたが)
「切り捨てただけで、元は光の魔法使いだ。それに、オレは魂まで闇に染めた覚えはない」
昔から、水・火・土・風の四元素はそれぞれ闇・光・紅・蒼の魔法に属してきた。それぞれに理由はあるが、水が闇に属しているのは海底がかつては冥界につながっていると言われていたからだ。ゆえに死者を海底に沈め、冥界へ送るという風習もあった。逆に土葬は肉体を土に帰すことで世界と一つになると言われ、肉体を司る紅に属している。
「もうすぐ段が終わるけど」
(そのままお進みください。段が終わっても上り続けてください)
「は?」
ウンディーネの言葉の意味がわかるぬまま、最後の段を上った。そして、何もなくなった段の上に足を“置く”。
「…なんだ、見えない階段でもあるのか?」
魔力で足場を作っている訳でもないのに、何もない場所を上りつづける。本当に見えない階段があるようだ。
(これが、王だけが昇ることを許された階段です。この階段を上り、神殿へと入ります。王以外は人だろうと精霊だろうと、石段より先へ登ることはできません)
「なるほど。確かに登る階段がなきゃそれ以上先へは登れないな」
(もうすぐ入口です。入口を通るとすぐに神殿へと入ります。そして、その先にガイア様がいらっしゃるはずです。…あの地についてから数千年、お会いしてはいませんが)
海底を抜け、もうすぐ海上へとでる。海面は太陽の光で輝いていた。そして、登り続けその光の中へ。
「石段と同じつくり。ここが星の中心と云われる神殿か」
頭が最初に海面を抜ける。だが、海上にあったのは空ではなく石の天上だ。体はまだ水中だが、水中から出た顔だけが異空間へあるような感覚。そしてさらに見えない階段を上がり、神殿へと入る。
「帰りはここを下れば戻れるのか?」
(はい)
自分が上がってきた水面を見るが、底が見えず先ほどまでいた海ではないようだ。
「…居た」
大きな神殿の中心。大きな翼をもつ女性。天使のようにも見えるが、頭の上に輪は存在しない。瞳は七色の輝きを放ち、服装は鎧とドレスを合わせたようなデザインで、白と銀が強調されている。そして左手に純白の鞘に収まった剣。
「勝利の女神ってのは貴女みたいな女性を言うのかな。星の精霊にして精霊の神『ガイア』」
「世界ができて何十億という年月が立ちましたが、四精王以外の存在が来たの初めてです。…人に下っただけでなく、精霊としての誇りまでうしなったのですか、ウンディーネ?」
ガイアの視線はグリードの胸元にある宝石へと向けられる。
(申し訳ありません。私は―)
「喋るなウンディーネ。お前が謝ることなんて何もないんだよ」
「あなたは精霊を何だと思っているのです? 精霊は、人のように愚かではありません」
「見下してくれるね。神に近い存在ってのは、そこまで偉いのかい?」
「あなたは動物を主人として認めて従いますか? それと同じです。それどころか、人はあたかも自分達が世界の中心であるかのように存在しているではありませんか」
星の怒りはガイアの怒り。大地を枯し、水を腐らせ、空を汚した。それは人が行ってきた所業。この星であるガイアからすれば、人とは害虫でしかないのかもしれない。
「精霊は、人によって汚された世界を浄化しようと頑張っています。あなた方が知らないところで一生懸命。その苦労を知らず、争いを続けてさらに汚れを広げる」
「…………」
「それでも、人は偉い存在だと言えるのですか? 他の命を邪魔だからと奪っていいのですか? …私から言わせれば、世界を汚さない魔物方が偉いです」
ガイアにとって…いや、世界にとってこの星は一つの家。そして、世界から見たらこの星に住む命は皆家族なのだろう。全てが、平等のはず。でも、人だけが家で偉そうに振る舞い、他の家族を傷つける。あちこち部屋を汚してもかたずけない。怒るのは当たり前だ。ガイアはこの世界と一心同体であり、全ての命の母のような存在でもあるのだから。
「魔物より下か。…確かに、魔物は他の命を奪い、汚れた場所に生息するけど、汚れを広げるようなことはしないか…貴女は人に何を望む?」
「今までずっと人を見守ってきましたが、人が変わることはないと思うようになりました。もう、諦めています」
「…それでも、人を信じたい。だから駆逐できないんだろ。例えそんな人間でもこの星に住む命で、あんたは家族だと思ってる。違うか?」
オレの問いに、ガイアは肩をすくめてしまう。
「そうかもしれません。…食物連鎖による命の循環は仕方のないことです。しかし、人は食べるために命をもてあそんだり、生きるために他の命を奪いすぎます」
「貴女にとっては、全てが同じ“命”。…人を怒ってると感じても、恨んでいるように感じられないから、変だと思いましたよ。…人は、世界から見放されたのだと思ってました」
「世界はみんなに平等です。でも、これからまた多くの命が奪われ、その悲鳴が私を悲しませます。…私が望むのは、悲しみでなく喜びがあるれる世界です」
それは誰もが望んでいる世界。ただ人は他の人よりも、誰よりも一番になりたがる欲望を持っている。それは、強欲の大罪者であるグリードがよくわかっていること。いくら平等と言っても、全てを欲する自分は“何でも”欲しがってしまう。
「ガイア、貴女が望む世界にするには人は滅ぶしかないのかもしれない。人にとって生きることは欲望だから。それに、オレは世界を欲してるから」
「…私も、下しますか?」
「いや、今はまだいい。今欲しいのは貴女が持ってるその聖剣だから」
ようやく本題に入ったとう感じで、グリードはガイア持つ純白の剣を指さす。
「いずれ貴女も手に入れたいと思いましたが、今はまだ下せるだけの力はオレにない。…でも、人はやっぱり強欲で、そしてオレはさらに貪欲だから」
「この聖剣をお渡しする訳にはいきません。この聖剣は神より託されたものですから」
グリードは魔力を纏い、戦闘態勢に入る。
「ウンディーネ、手を出さなくていいぞ。これはオレの我がままだからな」
対照的にガイアは魔力のようなものを纏っているが、魔力とは質が桁違いだ。
「それが神力ってやつか。質から言って、魔力の百倍じゃねーか」
「私は世界と繋がっています。魔力の百倍の力が無限の量と考えてください」
「レイブンの『無限の泉』よりすげーな。ますますあんたが欲しくなるよ。幾重魔法…風刃爪牙」
放たれた十の風刃は折り重なって、威力を増しながらガイアへ迫る。
「神に挑む愚かな人よ。それでも、私はあなたを愛しましょう」
かわそうともせず、ガイアはグリードの攻撃を受ける。だが、ガイアの纏う神力はまるで鎧のようで、グリードの魔法はガイアに触れる前にかき消されてしまう。
「その程度では、私に貴方の攻撃は届きません」
「一応上級魔法なんですけどね。…準備呪文。古代魔法『地獄の門番が放つ炎』」
「―!」
グリードの前方が炎で埋め尽くされるが、ガイアの姿はない。
「…上か、さすがに古代魔法クラスは多少でもダメージを受けるらしい。…準備呪文。禁忌『究極の絶対神』」
空中に居るガイアに、全てを飲み込む最強の破壊魔法が放たれる。先ほどの炎よりも攻撃範囲が広く、かわしきれない。
「これが、あなたの全力ですか?」
「え…」
グリードの放った闇はかき消され、眼前にガイアが迫る。
「聖剣…。闇をかき消す力を持ってたのか」
「全てを浄化するのが聖剣の力です。それに聖剣がなくとも、私に属性魔法は通じません。この星に存在する力は全て支配することができますから」
「ち、無呪文。爆炎火」
とっさにガイアとの間に爆発を起こして爆風で距離をとった。
「それで、離れたつもりですか?」
「!― 後ろかよ。究極神の力」
強大な魔力を纏って肉体強化を施す。それでも、ガイアが放つ神力の力を防ぐことはできない。神殿の端まで飛ばされ、壁に衝突する。
「無属性の力を使えたのですか。今ので終わりだと思ったのですが」
ガイアはグリードが放ち、今でも燃え盛る炎に手を向けた。すると、炎はまるでなかったかのように消え去る。
「よく、言うぜ。肉体強化して、このダメージ。…本当に、神は次元が違うな。纏ってるだけの力でこれか」
「圧倒的な力の差を見せつければ諦めると思ったのですが、甘かったようですね。でも、お分かりでしょう。力でも速度でも、全てにおいてあなたは劣っています」
「この…やろ」
やっとという状態で立ちあがるグリードの目は魔眼と化す。
「…やれるものならやってごらんなさい。でも、自我を失うだけですよ」
「ふ、この眼は森羅万象、全てを服従させる」
「使う対象の大きさ、数、そして服従の重さ。それによって対価は大きくなる。…あなたごときの力量で、世界全てを服従させる力がおありですか?」
星と繋がっているガイアの存在は世界そのもの。ガイアを支配するということは、世界全てを魔眼で服従させるだけの力を必要とする。
「貴女に魔眼を使える奴なんて、この世に存在しないよ。闇の賢者でも無理だ。世界からしたら、オレなんてちっぽけな存在だってわかってる」
「ならば、大人しくお帰りなさい。そして、もう二度とここには来ないことです」
「それは無理だ。オレの強欲は、生きてる限り治まらないからな…」
「世界を手に入れて、そのあとはどうするのです? 全てを手にしてしまったら、何をほっするのです?」
ウンディーネの魔力がグリードへと注ぎこまれ、傷を癒していく。
「オレが手に入れたいのは永遠だよ。永遠のオレの世界で…そこで暮らすみんなの笑顔が欲しい。オレが欲しいのも、みんなが笑っている世界だ」
グリードは右手で腰に携えていた剣を抜き。そして左手に、大きくて分厚い本が現れた。
「ただ、強欲だからさ。全部オレのモノにしたいんだ。そしたら、争わないだろ。オレが絶対の存在なら、栄えるか滅びるかもオレ次第だろ」
魔眼で己の肉体を支配し、無理矢理動かす。
「オレは、神になる。そして、世界を手にして創るんだ。人と人が殺し合わない世界を。自然にあふれ、少しでも多くのモノが幸せである世界を。…全てが、平等な世界を」
ウンディーネの魔力を借り、ほとんどの魔力を左手の本へと注ぎこむ。
「そのために、力がいるんだ。絶対的な力が。…『失われた歴史』…発動。王家の血『完全学習』、接続」
本はグリードが片手で本を開くと、白紙だったページに次々と文字が浮かび上がる。
「グローリア家が最強たる所以。それはこの世の全ての魔法を覚え、それを同時に放つことができるからだ。『世界にある全ての魔法』」
この世に存在する何千何万という魔法。そのすべてが、神殿を埋め尽くす。中には無属性の魔法もあり、そのすべてを防ぐことはガイアにもできない。光と轟音で五感すべてが無意味。ガイアでもその魔法の嵐の中では立ちつくすしかない。
「―!」
「オレの、勝ちだな」
「何が勝ちです。…死にますよ?」
「オレはこの程度じゃ、死なないよ。…反動くらいで、くたばって、たまるか」
全ての魔法が消え去ったあと、そこには壁際に追い込まれ刃をつきたてられているガイアと、剣をガイアに向けた状態で立っている状態のグリードの姿。だがグリードは全身から血を噴き出し、立っているのがやっとのようだ。
「動くなよ。いくらあんたが早くたって、今は魔眼で全身を支配してる。眼が捉えきれなくても、体ついてくる。逃げようとするより先に、この刃はお前をつるら抜く方が…早い」
「…聖剣と同じ『四宝の剣』の一つですか。王剣『幻想否定』。全ての不思議を消しさる力。魔法、魔物、そして精霊などの霊的存在ですらも」
「そう、あんたたち精霊を“切れる”唯一の剣だ。…もっとも、オレが愛した女の物なんだけどな。勝手に借りて、勝手に使ってる」
魔眼の闇に染まりながらも、グリードの目は真っすぐだ。ただ強欲に、純粋に、平和を求めている。心が闇に染まっていようと、汚れ無く誇り高き魂を感じた。
「…神より預かりし聖剣『癒しによる浄化』。あなたにならば、神も許してくださるでしょう」
ガイアは聖剣を鞘に納めると、グリードへ差し出す。グリードは聖剣を左手で受け取り、王剣を鞘へ戻すと、糸が切れた人形のように倒れ込む。それを受け止めようとウンディーネが具現化するが、それよりも先にガイアがグリードを抱き止めた。
「あんた、いい匂いだな。…オレの世界ができたら、次は下しに来る、ぞ。…スー、スー」
「ガイア様…」
「もう少しだけ、こうさせて」
グリードの意識は途切れ、体は完全にガイアへと預けられる。だがよく見れば、グリードの傷が少しずつ治っていく。ガイアが神力を使って治療しているのだろう。
「不思議なの。この子ね、昔あった神様によく似ている。見た目とかそういうのじゃないですが…この温かくて優しい魂。こうしているだけで癒されるそんな魂をもった人」
「わかる、気がします」
「私から言わせると、この子は強欲というより純粋なだけよ」
傷が治るまで、ガイアは愛おしそうに抱きしめ続ける。まるで母親のように。
「主様は、大丈夫なのでしょうか?」
「傷は癒えてるわ。今は対価を支払っている所。今回は睡眠欲で、対価となるだけ眠り続けるわ。ただ、自分に魔眼を使ったから少し起きるのが遅いかもしれないわね」
「起きるまで時間がかかるのですか」
「…起きる前に戻った方がいいわ。ここに居てもいいけど、私の気が変わってしまうかもしれないから」
ガイアからグリードの体を渡され、ウンディーネは立ちあがるガイアを見つめた。
「ガイア様、何を考えておられるのです?」
「別に。…ただ、精霊の長でなければついていきたかったってだけよ。今も、昔も」
寂しそうなガイアを残し、ウンディーネはグリードを抱えて神殿を後にする。
「行ってしまいましたね。…しかし、あの子はどうやってあの魔法の中を。私ですら何がなんだかわからなくなるほどの状況で、私の居場所がわかったのでしょう」
グリードが放った全ての魔法。自分の周りに回復と防御系の魔法を発動し、その周囲にあらゆる攻撃魔法を展開する技法。いくら結界などに守られていたとしても光や炎、雷などの閃光で視界を奪われ、爆発や衝撃で聴覚などもわからなくなる。そんな中でグリードはガイア捉えたのだ。まるで“見えていた”かのように。
【スラムの現状】
海より少し離れた場所にある廃墟のようなスラム街。近くに王国はなく、人々は危険を冒して海から水を採取して何とか生活している。王国の近くに移動しようにも危険が多く、人々は寄り添うようにその土地に暮らしていた。
「…ん? ここは?」
「お起きになられましたか主様」
「ウンディーネ、ここはどこだ? 民家みたいだけど」
「はい。海から一番近くにあるスラムです。その外れにある民家をお借りしています。私の力で出した水を差し上げたら喜んでお貸しくださいました」
恵美の少ないスラムにとって、水はお金と同等かそれ以上の価値を持つ。そんなスラムの民家の寝床で、グリードは実体化したウンディーネの膝の上に頭を乗せた状態で寝かされていた。
「そらそうだろ。お前なら純水を出すことも可能だ。浄化しなくても飲める水なんて、お前の湖だったスラム以外ではまず手に入らない」
「そのようですね。バケツ一杯の水でみなさん大騒ぎでしたから」
小競り合いになっていなければいいと思いながら、再び眠気が襲ってくる。グリードは顔を抑さえながら上半身を起こす。
「まだ、眠気が引かないのですか?」
「みたいだな。オレはどれくらい眠ってた?」
「十二時間ほどでしょうか。そのくらいは経っていると思います」
「そうか。…無理したからな。この程度じゃまだ対価には足りんらしい。ウンディーネ、お前は平気か?」
薄れ始めた意識の中、ウンディーネへと視線を向ける。だが、彼女は笑っていた。
「私のように霊的存在である精霊は食事も睡眠も必要ありません。お気になさらずお休みください。お目覚めになるまでずっとお側に居りますから」
「だからって、無理はするなよ。実体化には魔力を消費する。寝なくたって回復には体を休める必要がある」
「ご心配なさらずに。これでも私は王です。実体化するだけなら百年は平気ですから。主様は何も気にせずお休みください」
「…じゃあ、ちょっとこっち来い」
グリードはウンディーネの方を向いているが、眠いので動く気力はないようだ。そして彼女は言われたとおりにグリードの側へと近づいた。すると、グリードはウンディーネの腕の中へと倒れ込み、そのまま押し倒すような形で二人は横になる。
「重くないか?」
「平気ですけど、あの…」
「膝枕よりこっちの方が落ち着く、から…スー、スー」
ウンディーネは多少戸惑っているが、お構いなしでグリードは眠ってしまう。
「…おやすみなさい。主様」
戸惑いながら手を回し、優しくグリードを抱きしめた。
それから何時間が経ったのだろうか、体を揺らされるような感覚が脳へと伝わる。
「……様」
(ん?)
「…主様」
そして女性の声も聞こえた。微かだったが、それは少しずつはっきりしてくる。
「起きてくさい。主様」
「…どうした?」
「よかった。先ほどから外が騒がしいのです。でも、主様が起きてくださらないので」
まだ意識ははっきりしていない。だが、微かに爆音や悲鳴のような声が脳へ届く。
「バタンっ!」
するとドアを乱暴に開けて、覆面をした二人が杖を構えてはいってくる。
「何者です?」
だが、二人は杖を構えて魔力を込めた。ウンディーネはとっさに片手を伸ばして水を操ろうとするが、それをグリードの左手が遮る。
「大気に宿りし風の精、我が声に応えよ.互いを研ぎ合わせ、全て―!」
「キサ直伝体術『回転双掌波』」
二人が呪文を唱えていた刹那、二人は部屋の外へと吹っ飛ぶ。そして先ほどまで二人が経っていた場所にグリードが立ち、両手に二人が持っていた杖を持っている。
「まったく、最悪な目覚めだな。しかも安眠を邪魔したのが中級呪文に詠唱をするような低級魔道士なんて」
「主様、自ら出ずとも私がお守りしましたのに」
「この民家は借りてるんだろ。魔法でぶっ壊す訳にはいかないだろうが」
ウンディーネは実体化を解く。そしてグリードは外へと出た。外には先ほどの覆面二人組が気絶しており、そして眼前にあるスラム街は火が燃え盛っている。
「…こんなことしやがったのは、どこのどいつだ」
グリードは魔力の翼を出し、上空から街を見下ろす。その瞳には逃げ惑う人々と、覆面をし、杖を使って魔法を放っている集団が写る。
「ギリッ! 何やってんだよ…貴様ら!!」
グリードは左手の中指にはめていた指輪を外し、上へと飛ばす。舞い上がった指輪は空中で静止し、その周囲に国を覆えてしまえそうなほど巨大な光の魔法陣が現れる。
「一瞬・多数技法。魔界の空に轟き雷。空を闇に染める黒雲を従え、大地を砕き、恐怖と破壊をもたらせ」
魔法陣に一瞬で黒雲が現れ、それにより日の光は遮られた。耳を塞がなければ、鼓膜が破れてしまうのではないかというほどの轟音と共に、千の黒い雷が大地へ降り注ぐ。
「魔雷千鳴」
魔雷は街の周辺と、覆面をしている者達だけを襲う。襲われていた待ちの人たちは、轟音と閃光のため眼を閉じて耳を塞ぐ。そして空が晴れ、日の光が差し込んだ時地上に立っている者は誰ひとりいない。
「失せろ。さもないと殺すぞ」
グリードは空中から覆面の者たちを見下す。雷を受けた人は誰一人死んではいないようだが、持っていた杖は全て雷に焼かれている。つまりもう魔法を使うことはできないので、雷のダメージでちゃんと動くことはできないようだが、必死に街の外へと駆け出して行った。
「ウンディーネ、消火だ」
覆面の集団が逃げた後、何年も恵美のない大地に強い大雨が降り注ぐ。まるで涙があふれてくるよう、村人の悲しみの声もかき消して。
雨によって火は消え、街の全壊は避けられた。だが、多くの命は失われてしまったようだ。若い女子供は奴隷にでもしようとしたのか、連れ去ろうとしていたようでほとんどが無事だったが、それ以外の大人や老人はほとんど助けられなった。
「ウンディーネ、人ってのはどうしてこう傷つけあうのかな」
(主様…)
悲しむ人々の側へと降り立つが、向けられる視線は憎しみや悲しみに満ちている。
「なんでだよ!」
そんな中、一人の少年がグリードへとぶつかってくる。だが、体格差があるため、逆に少年の方が尻もちをついた。
「なんで…なんでもっと早く助けてくれなかったんだよ! それに、なんで見逃したんだ! あいつら悪い奴じゃん! 父さんと母さんを返してよ!!」
泣き叫ぶだけの訴え。自分に何ができるわけでもないため、ただその言葉に耳を傾ける。でも、グリードは少しずつその少年へ怒りがこみ上げた。…同じ歳くらいの時、自分は何があっても泣き喚いたことはないからだ。
「悪い人なら、殺してもいいのか? オレは正義の味方じゃない。どちらかと言えば、悪人だ。そんなオレに、人を裁く権利なんてないよ」
「父さんと母さんは殺されたんだ! なのにあいつらが生きてていいはずがない!」
「なら、自分の力で復讐しろ。…恨むなら、無力な自分を恨め。憎いなら、守れなかった自分も憎め」
世界を知らない子供に向けられる残酷な言葉。だがスラム間での略奪は増え、疫病は流行り、家族を奪われたものは数多くいる。悲しみを背負っている人間は初年一人ではない。
「…オレは助けないほうがよかったのかもな。一人悲しみを背負うより、家族と共に逝ったほうが幸せだったのかもな。…そうすればよかったか?」
「うぅ…」
「オレが居なかったら、もうこの街に人はいなくなってただろうな。…それとも、お前は守れたか? …想いだけじゃ、何もできないんだよ」
固く拳を握り、下を向いたまま震えている。それほどの怒りなのだろう。
「ん?」
その時、誰かが右手へと触れる。そちらに視線を向けると、女の子が手を掴んでいた。そして気付く、自分も両手を固く握り、そこから血が流れていることに。
「ネラル、その辺にしておきなさい。…助けていただいたのに、すいませんでした」
生き残った大人たちが集まり、頭を下げる。だが、誰ひとり感謝をしているようには感じない。
「素直に言ったらどうだ、そこのガキみたいに『なんでもっと早く助けてくれなかった』って。『なんで仇をとってくれなかったんだ』って」
「貴方が言うように、守られた私どもには何も言う権利はありません。死んでしまったら、恨むことも憎むこともできなくなってしまいますし」
「それでも、何かに怒りをぶつけたがるのが人間だ。少なくとも、ほとんどの人間はそうだと思ってるよ」
とくに大罪者であるグリードはよくわかっている。人は誰しも、心に闇をかかえているのだから。
「仮にオレが奴らを皆殺しにしたって、死体の山が増えるだけだった。多少心は晴れたって、喜ぶ奴はいたか? …もし人が死んで喜ぶ奴が居たら、そいつは外道だよ」
だが、自分も復讐者。本来人を敷かれる立場にないのはわかっている。
「『闇の転送門…来い、の軍団』」
グリードの影が街中に広がり、影から数多くの鎧がはい出してくる。
「まずは、死者の弔いが先だ。…いいなら勝手にするぞ」
「父さんと母さんに触るな!」
すると先ほどぶつかってきた少年が、死体を運ぼうとする鎧の内の一体に向かっていく。その先には仲良く寄り添っている遺体。おそらく、少年の両親だろう。
「二人は、僕が埋めるんだ!」
「…だったら、納得いくまでとことんやれ」
そして少年の前に、銀色のスコップが差し出された。少年の顔が写るほど、綺麗なスコップ。そして、スラムより少し離れた場所に全ての遺体が埋葬される。少年も最後まで一人で両親を埋葬し、ずっと、手を合わせていた。
(…グリード)
(シグか、何の用だ?)
埋葬が終わって一息ついているときに、頭に声が響く。自分とまったく同じ声が。
(どうするつもりなの? わかってるとは思うけど…)
(お前ならどうするよ? …オレじゃ、傷つけるだけだ)
(傷つくことがあっても、それ以上に笑えれば、幸せだよ)
(それはお前の価値観だろうが。…まあいい、滅んだ王国の中で、一番きれいな城を教えろ。計画をかなり前倒しする)
そしてグリードはスラムへ戻り、集まって密談をしている大人たちの元へと向かう。
「こそこそと、一体何の相談だ?」
「部外者である貴方には、関係ないことです」
先ほどとは違い、大人たちの表情は切羽詰まっている。まあ、生き残った者だけでこれからは生きていかなければならないので確かに大変なのだが。
「生き残った者は二十八人。そのうち子供が十九人。…面倒がみきれるのは、せいぜい十二人てとか」
「ぐ…」
図星のようで、大人たちは戸惑いを隠せないようだ。ただでさえ恵美のない大地、一日一日をクラスだけでもやっと。なのに体力の少ない子供の方が人数は多くなってしまったのだ。
「育てられない七人はどうするんだ?」
「…みなまで聞かんでください」
育てられず、そして居ても食べ物や食料を確保できないので、このままではスラムが全滅してしまう。そうならないためには、人数を減らすしかない。
「どうせ見捨てる命なんだろ? なら、両親を失っていてそれでいて体が弱い子供などを七人引き取る。…まあ、ちゃんと育てられる自身はないがな」
大人たちは誰一人反対しなかった。できるはずもない。どちらにしろ、自分達には育てられないのだから。そしてグリードはいまだに墓の前で手を合わせる子供たちの側へ向かう。親を失ったばかりの子供には、残酷なことかもしれないが。
「オレと来るか?」
まだ幼い子供。病弱でほとんど働けない子供。他にも恐怖で言葉を話せなかったり、怪我で足を失っている子もいた。そして、女の子ばかり六人説得する。理由は、まだ体力のある男の子のほうが街の復興には必要だからだ。もっとも、それでも女の子の方が残る数は多い。
「ネラルとか言ったか、クソガキ」
そして、二つの墓の間で放心状態だった少年の元を訪れ、スコップを回収。スコップは指輪へと変わり、グリードのポケットへと消える。
「オレと、来るか?」
だが、最後に誘ったのは男の子だった。そしてネラルは墓の前で頭を下げ、グリードの後ろをついていく。そしてスラムを少し離れた砂漠でいったん足を止める。
「無呪文、泥人形」
グリードが右手を地面につくと、目の前の砂漠が盛り上がり、人の姿を模った砂が現れた。
「あのスラムを守れ。いいな」
そしてゴーレムは砂となって消えゆく。子供たちはあまり魔法をみたことがないようで、とても驚いている。
「今のうちに言っておくがオレは親の愛を知らんから、お前らに何をしてやれるかわからんからな」
それでも、七人はついてきた。もっとも、命を捨てようとすれば魔眼を使ってでも止めるだろう。強欲は、拾うことはあっても捨てることは絶対にしないのだから。
「ネラル、こいつを指にはめとけ」
「え?」
そしてネラルに向けて一つの指輪が放られた。ネラルは指輪を受け取り、眺めた。
「な、なんだ?」
そして、ネラルは言われたとおりそれを中指にはめるが、何か違和感があるようだ。
「そいつは着けているだけで、持ち主の魔力を少しずつ吸収する特別な指輪だ。魔力を吸われないようにするには、魔力を操って指輪に魔力が行かないようにするしかない」
「魔力を?」
「そうだ。魔力を操れれば魔法を使える。…強く、なりたいだろ」
復讐者となるか、正義の味方となるか。いろんな可能性を秘めた少年に、グリードはあえて力を与えることにしたのだ。かつて、無力だった自分に師が力を与えてくれたように。
「それじゃ、行くか。ウンディーネ」
グリードの声と共に、子供たちは泡のような水の膜につつまれる。そしてグリードが翼を出して舞い上がると、後追うように子供たちも水と共に浮かび上がった。そして、地平線へ向かって進んでいく。
第二章 『箱舟』
【砂漠の城】
周囲を砂漠に囲まれた古城。眼下に広がる街も誰も住んでいない。遺跡のようにただたたずむその街は、かつて一つの王家が納めていた国。もっとも、何百年も前に滅んでしまっていた。そして、そんな土地へやってきたのは子供を引き連れた一人の魔道士。
(おいシグ、ここしかなかったのか?)
(他は盗賊団のアジトにされてたり、風化して崩れてたり、とても人が住めるような環境じゃないよ)
砂にまみれた元王国。ここにも人が住めるとは思えないが、確かに建物はまだ使えそうではある。
「まあいいか。掃除なんて人形にさせりゃいいんだから」
人形使い(ドールマスター)でもあるグリードは、家事などを自分でしたことはあまりないのだ。
「とちあえず、準備がいるな」
グリードは子供たちと城へ続く城門をあけ、大きな扉を開く。だが城の中にも砂が入り込み、家具などは全て持ち出されてしまっているようだ。
「とりあえず、屋根があるだけましか」
そして、入ってすぐ広がる広間。そこからいくつかの廊下と階段へ続いている。その中心にグリードはポケットから取り出した複数の輪をばら撒く。すると、指輪は椅子やテーブルなどに形を変えて床へ落ちた。
「さて、水は大丈夫として、食料は…」
さらに取り出した指輪が大きくなり、グリードが輪の中に手を入れると、反対かがわから手がでず、そして抜かれた手には袋詰めにされた食料があった。それをテーブルの上に乗せ、さらに他にも取り出す。
「こんだけありゃ三日は持つだろ」
(どこかへ行かれるのですか?)
「お前も留守番だけどな、ウンディーネ」
そしてウンディーネが宿っている宝石をテーブルの真ん中へと置く。するとウンディーネが魔力を実体化させて現れた。
「私を置いてどちらに行かれるのです?」
「うーん…人攫い?」
「え?」
「別に無理矢理連れてきたりはしないよ。ただ、どうしても必要な力があってね。…お前はこの子たちを看ててくれ」
そしてさらにグリードは周囲に指輪を飛ばす。すると、それらは鎧へと姿を変えた。
「一人に一体、護衛もつけるしまあ大丈夫だろ」
「そういう問題ではありません。私は、貴方の盾なのですよ」
「わかってる。でも、オレ以上にこの子たちにはお前が必要だ。見知らぬ男に見知らぬ土地に連れてこられて、不安じゃないはずないだろ」
スラムを出てから、話しかけてくる子供はほとんどいない。もしシグのように心が見えたなら、耐えきれず病んでしまうかもしれない状況。そんな子供たちには心優しき水の精霊がもつ、自然の魔力が必要だ。自然には、心を癒す力があるのだから。
「できるだけ早く戻る。それまで、この子たちの面倒を見てほしい。…家族を失った子供たちに必要なのは、お前みたいな奴なんだよ」
「…かしこまりました」
ウンディーネは渋々といった感じで返事をする。まあ残れと言った時点で、ウンディーネには逆らうことはできないのだが。
「ネラル、その鎧と組み手しとけ。オレはお前を魔法使いにするつもりはないからな」
「…わかった」
基本的に戦い方には三つのスタイルがある。純粋に魔法のみを極めて使うのが『魔法使い』。そして魔力で肉体を強化し、魔法や武術を扱う者を『魔法剣士』と呼び。そして珍しいのが紅の賢者のように、己の肉体を魔物などに変化させて戦う『魔獣士』と呼ばれる。
「おっと、忘れてた」
グリードはそう言うと、ガイアから受け取った聖剣を抜いて外の地面に突き刺す。すると、聖剣が光だした。
「帰ってくるまでには、この地を浄化してくれてるだろ」
例え魔力で満ちていようと、汚れた土と水では植物は育たない。グリードは聖剣によってその汚れを浄化しようとしているのだ。もっとも、元々そのために必要だったのだが。
「じゃあ、行ってくるな」
といっても、見送ってくれるのはウンディーネくらいだ。そのことに寂しさを感じながらも、翼を開いて空高くへ舞い上がる。
「一応、張っとくか」
グリードは上空から指輪を四方に投げ、街の外まで飛ばす。すると四方に飛ばした指輪が光の線で繋がり、街を巨大な円で覆った。
「絶対種の上級でもなきゃ破れない結界だ。問題ないだろ」
そして空の彼方へと一人飛ぶ。様々な不安を感じながら。
かつてグローリアと呼ばれた大国。今はアンジェル王国と名を変えているが、王が変わった以外は何も変わっていない。そして暴動によって荒らされたかつてのグローリアの城は、まるで何もなかったかのように直さていた。そしてその玉座には今、史上最年少で王女となったマリヤが座っている。
「アンジェル王、これ以上難民を受け入れる余裕はありません。どうかお考え直しください」
「いえ、受け入れなさい。贅沢など言いません。足りないのであれば城の蓄えも出しなさい」
「しかしそれでは…国がもちません」
「私は、難民を捨ててまで生きようとは思いません。…お行きなさい」
アンジェルに使える神官は納得がいかない様子だが、仕方なく玉座の間を出ていく。そして広間にマリヤだけとなった。
「これでも、まだ足りない。世界には受け入れたよりも数百倍の難民が暮らしているというのに」
砂漠を越え、魔物から逃げながら他国にたどり着く難民は少ない。そして大概の難民は国に入ることを許されず、近くでわずかな恵美を得てひっそりと暮らしている。入国を認め、保護もしているのはおそらくアンジェル国だけだろう。
「あんまり自分の首を絞めるなよ、マリヤ」
すると、国を捨てた薄情者の声が広間へと響く。
「シグ、おかえりなさい」
「…ただ、いま?」
どこから入ったのか、グリードが首を傾げながらマリヤの前に舞い降りた。
「!― おい」
「いいじゃないですか。ずっと、会いたかったのですから」
「…それは、オレもだけどさ」
そして脱兎のごとくグリードへ抱きつく。応えるように、頬を赤らめながらもマリヤを抱きしめる。
「あんま、無理するなよ。神官が言うように、限界がある」
「でも、私には危険な思いをして辿り着いた人々を、追い返すなんてことできません」
マリヤのしていることは間違っている訳ではない。でも、それによって自国の民が苦しい生活を強いられることになる。王としては、自国の民を守ることが最優先だと思わないでもないが。
「お前の国のことだから口出しをする資格はないかもしれないけど、もう少し神官や民の話も聞いてやれ。…難民を救って民を苦しませてたら、暴動が起きるぞ」
「そうですけど…、でも」
「…本当に難儀な女だな。優しくて頑固で自分に厳しくて」
頭を撫でながら、そんな頑固者を優しく包み込む。お互い、気を許しあえる仲だから。
「そうだ、頼みがあるんだけどんさ」
グリードは一枚の紙を取り出してマリヤへ見せる。その紙を受け取り、紙に書かれた文字を読んでいく。
「七人分の服に食料、それに野菜や果物の苗や木ですか。それにできたら家具やベット。…でもこんな小さいサイズの服、誰が着るのですか?」
「えーと、いろいろあって難民の子供を拾ったというか、引き取ったというか…」
「何人分が“女の子”の服ですか?」
「ろ…六人分」
なんとなくマリヤから向けられる視線が痛くて目を合わせることができない。
「…お連れくだされば、私が保護しましたのに」
「お前なら、確かに引き取ってくれるとはおもったけど。でも、あの子たちはオレが面倒見ないといけない気がするんだ。…強欲にのまれて傷つけてしまうかもしれないけどさ」
「私の側に居てくれるなら、その欲望全部受け入れてあげられるのに」
「そうそうのまれてたまるか。…約束したろ。全てが終わるまで、オレはお前の側に居続ける訳にはいかないんだ」
そして、名残惜しそうにグリードな表情を浮かべる。
「今日は、泊って行ってくれないのですか?」
「ああ、急ぎの用があってな。明日か明後日に、荷物を取りに来る。…行ってきます」
そういうとグリードは、少し強引にマリヤの唇を奪う。
「行ってらっしゃい」
そしてマリヤの笑顔に見送られながら、グリードは姿を消した。
【無限の魔力を持つ者】
大国と謳われるジハールやアンジェルほどではないが、それでも他の王家よりは広大な土地を持つレイブン国。そしてこの国の唯一の悩みにして、他の王家には考えられない問題。それが、後継者の異常な多さだ。だいたいの王家は一夫多妻制であるが、それでもなぜか王家は跡取りがなかなかできない。だがレイブンだけは例外で、いつも十人以上の子が産まれる。そのため、昔から後継者争いが絶えない。みんなが資格を持ち、それを奪いあうのだ。
「国王、何者かが結界を破って国内に侵入したそうです」
「なんだと、兵士は何をしていた!」
「それがなんの姿も捉えきれなかったそうで、かなりの手練れだと思われます」
「そんなことはどうでもいい。早く見つけ出してここに連れてこい。…生死は問わん」
そのため、レイブンは血の気が多い。そして王家の血を持つ者は多いので、総戦力的にも高いはずだ。だが、後継者たちは王になるためにしかその力をふるわない。だから、国の周囲には結界が張られ、難民は入ることはできない。仮に入れたとしても、待っているのは死だ。
「父上、その侵入者私に狩らせてください」
玉座の前に現れた男。国王を父上と呼ぶことからしてこの国の王子だろう。
「ふん、よかろう。行って来い」
「はい」
「ちょっと、お兄様。抜け駆けはずるいですわよ」
すると他にも四人ほど玉座の間へと入ってきた。
「許しをいただいたのは私だ」
「ならば、いつもので行きましょう」
「…まあいい。どうせ勝つのは私だ」
そして五人は玉座を出て行く。魔力で宙に浮かびあがると城をでた。侵入者を探すために。
全身を黒いマントとローブで身を隠し、顔には白い面をつけた侵入者は、魔力の翼を広げて国の中心にある王都を目指す。そして何より不思議なのが国内のあちこちにいる兵士に見つからずにどんどん近付いているということ。まるで、兵士の配置などがわかっているかのように。
「…ついたか」
そして侵入してから数時間で王都へとたどり着く。そして兵士に見つかっていないので、誰も侵入者がもう王都に入りこんだとは夢にも思わないだろう。
「見つけましたわよ。侵入者」
「!―」
だが、兵士ではなくレイブンの姫に背後を取られていた。
「無呪文!」
そして無詠唱による魔法の数々が放たれる。
「ち、闇食い(ダークネス・イート)」
回避も防御も間に合わないと判断し、左手を魔法へ向ける。そして左手からあふれ出した闇が迫りくる魔法を片っ端からのみ込んだ。
「あら、変わった魔法ですわね」
闇は膨れ上がり、強力な魔力を発する。
「なんでバレたんだ。できるだけ魔力隠して、兵士にも見つからないように来たのに」
「簡単な話ですわ。あなたが私の探査魔法に引っかかったからです。無限の魔力をもつ私にとって、探査魔法を“使い続ける”なんて造作もないことですわ」
魔法を使い続けると言うことは普通、魔力を消費し続けるということ。さらに広範囲を調べる探査魔法は距離や精度によって消費する魔力が変わり、一度使えばそれなりの魔力は持っていかれてしまう。
「レイブン、やっぱり手ごわいな」
「大人しく私につかまりなさい侵入者。そうすれば命だけは助けてあげますよ」
「ククク、生憎捕まるつもりはなくてね」
闇の力を使っているせいで、侵入者の口調か変わり始めた。
「見つけたようだな」
「お兄様達、先に見つけたのは私ですよ!」
気付けば周囲を囲まれてしまっている。王家の血を持つ者が五人。簡単には逃げ切れないだろう。
「だからいつも通り、先に狩った者の勝ちだ!」
その中で一番年上であろう王子が強力な魔力を集めている。大きな魔法を使うつもりだ。それに続くように他の四人も魔力を高める。
「あーあ、面倒だな。『闇の解放』」
左手が取り込んだ魔法を周囲に解き放ち、魔法を使うのを妨害。そして誰もいない上へ一気に飛ぶ。
「無駄だ! 天壌より舞い降りた雷鳴」
だが放たれた魔法は光速の雷。明らかに侵入者より早い。
「バーカ。この人数相手に逃げ切れると思ってねえよ」
そして他の四人からも魔法が放たれた。
「もう一回だ。闇食い!」
だが、空に上がったことにより、五人全員が下に居る。つまり、魔法は下からしか来ない。
「一方向からしか来ない魔法は怖くないんだよ」
再び左手にまとわりついている闇に、向かってきた魔法は全てのみ込まれる。
「返すぜ!」
今度は闇から取り込んだ魔法が放たれた。だが返された魔法は闇を纏い、威力を数倍上げて戻ってくる。とくに古代魔法である雷の威力は洒落にならない。
「魔法を返すなんてそんな!」
闇を纏った光速の雷はさらに速度を増し、他の魔法も強化されている。逃げる間もなく魔法はレイブンの者たちへ命中。死にはしないだろうが、それなりのダメージにはなるだろう。
「くそ、どこ行った!」
雷を受けた際にでた煙をかき消し、一人の王子が周囲を見渡す。だが既に侵入者の姿はない。
「ち、それにしても他人の攻撃を利用する闇の魔法使い。どこかで聞いたことがあるような…」
「お兄様、セキトが!」
攻撃をまともに受けたのだろう。五人の中で一番年下の王子が、気を失って地面へ落下していく。
「放っておけ、侵入者にやられるような愚弟、死んでも困らん。それより奴を探すぞ! これでは父上に合わす顔がない」
「そんな…」
だが、他の兄弟は本当に気にも留めていないようだ。そして一人、レイブンの姫は弟を助けようと向かう。
「探す気がないならお前も消えろ!」
「え―」
だがそんな姫に向かって、あろうことか王子は魔法を放った。放たれた炎の魔法は、姫に向うが、もしかわせば魔法は気を失った王子を直撃してしまう。そのためか、姫はかわそうとしない。
「弱きものはレイブンに必要ない!」
そして、姫は弟の盾になるように攻撃を受ける。それにより爆炎が広がり、煙が現れるが、他の兄弟は誰も心配していない。
「誰が狩るとかなしだ。全員でやるぞ。探査魔法を張れ!」
だが、探査魔法をかけるまでもなかった。
「な、なんだこの魔力は!! …下から?」
身の毛もよだつような禍々しい魔力を感じるが、下を見えても煙と街以外は何も見えない。でも間違いなく下から感じる。
「…お前ら、それでも本当に兄弟か?」
煙が薄れ浮かびあがった人影。そして風で一気に煙が晴れると、姫と王子を抱えたグリードが飛んでいた。攻撃を防ぐ際に仮面が吹き飛んだのか、素顔をさらしている。
「あなた、どうして?」
「お前は弟の心配でもしてろ」
グリードは二人を民家の屋根に降ろし、いまだ上空に居る他の王子を睨む。その眼は魔眼に変わっているが、その瞳に満ちているのは強欲ではなく憤怒だ。
「どうして…どうして王家の兄弟は仲良くできないんだ!」
グリードの脳裏に蘇るのは、今は亡き最愛の弟。どれだけ大切に思おうと、仲良くできず。自分のせいで、弟は命を落とした。でも、一度だって恨んだことはない。どんなに嫌われても、どんなに辛くても…血がつながっていなくても、ずっと家族は大切に想っていたのだから。
「オレ、お前ら嫌いだわ。『究極神の力』…『魔光翼』、『状態二』。」
強力な魔力を纏って肉体を強化し、そして魔力の翼はさらに二翼増え、全部で四翼になる。
「家族を壊したオレに言う資格なんてないけどな。…お前ら、最低だよ。キサ直伝奥義―」
「―!」
ずっと見ていたはずのグリードの姿が消え、いきなり眼前へ。
「『無音無影』」
「封壁!」
間一髪、グリードとの間に障壁を築いて直撃を避ける。
「ち、やっぱり距離が足りなかったか」
だが、他の王子達は気を失っているようで、二人は地面へと落下していく。
「…やっぱり助けないんだな」
「役立たずなどいらん」
グリードは仕方なくポケットから二つ指輪を取り出し、二人の王子向かって指輪を投げる。王子の側まで来ると指輪は鎧に形を変え、王子を抱きかかえて地面に着地した。
「人形使い(ドールマスター)…それに相手の力を利用する闇魔法。貴様、闇の賢者の関係者か?」
「さあな。少なくとも、“オレ”は関係ない。…さて、この距離なら無音無影も防がれることはないな」
「来るとわかってて当たるほど愚かではないわ!」
すると王子は結界の殻に閉じこもってしまう。さすがにこれでは当てようがない。
「残念だな。少し前なら、お手上げだったよ。…無音無影」
再びグリードの姿は消え、王子は気を失う。そして少し落下したところで王子の姿も消える。現れたのは、姫がいる屋根の上だった。右手には王剣が握られ、さらに先ほど他の王子を受け止めた鎧も屋根に集まり、そこに抱えていた王子を寝かせて指輪へと戻る。
「さすがに、見つかるか」
爆発や衝撃音、さらに閃光などもあったのだ。兵士や民に見つからないはずがない。騒ぎが大きくなってへいしや他の魔道士達が集まり始めていた。
「さてどうするか…、な」
しかし、すぐ側。真後ろで魔力が高まるのを感じる。
「大人しく、“私”に捕まりなさい侵入者」
「さっきも同じこと言ってたな。もう実力差はわかっただろ。さっきと違ってもう不意打ちも聞かない。…それでもまだ俺に牙を向けるのか」
「ええ、チャンスですからね。お兄様が捕まえられなかった者を私が捕まえた。そうすれば、王へ一歩近づけますわ」
「お前はなぜそこまで王にこだわる? 女の身で、しかも上に兄弟がいる。レイブンは今まで一度も女が王になったことはないしな。王になれる可能性は無に等しいぞ」
抱きかかえていた王子を降ろし、魔眼を姫へと向けた。その時点で、既に姫の勝ち目はない。
「私は、王にならねばなりません。この国を変えるために」
「国を、変える?」
「今のレイブンは他の王家の言いなりです。難民を受け入れる余裕もあるのに、兄弟は競い合うことしかしません。誰かが変えねば、この国は腐ってしまいます」
「オレから言わせれば既に腐ってるよ。…もっとも、腐ってるのは王家という存在だけどな」
グリードも魔力を高めるが、姫は臆せずグリードを睨み続ける。それに集まってきた兵士や魔道士達は、姫や王子達が側に居るので下手に動けないようで、二人のにらみ合いが続く。
「腐っているなら、なおさら変えねばなりません。私はこの国の姫です。何もせずには居られませんわ。私はこの国と世界を救いたいのです」
曇りのない純粋な信念。そして揺るがぬ覚悟。姫の瞳は他の王子とは違って輝いているように見える。
「クク…ククク、クハハハ。何でもできるって信じてやがる。なんて強欲な女だ」
静けさを破ったのはグリードの笑い声。さすがにこれには姫や周囲に待機している兵士たちも驚く。
「私は世界を変えたいだけです。それ以外何も望んでおりませんわ」
「その望みが強欲なんだよ。…知ってるか、何かをしようとするのも欲なんだぜ。大切な人を失いたくないって気持ちですら、欲望になる。生きたいと思うこともな」
グリードは王剣を鞘に納め、高めていた魔力を抑える。闘う気が失せたということだ。
「気に入った。…オレはお前が欲しい」
「は?」
突然のことで姫は固まってしまう。無理もないが、兵士たちにはざわめきが広がる。
「何を言ってますの?」
「ん、だからお前が欲しいって」
「ふざけてますの?」
「何で冗談でこんなこと言わなきゃいけないんだ?」
いきなり欲しいと言われて戸惑うのは当たり前。だが、グリードはそんなことを気にしている様子はない。ただ、姫に強欲の魔眼を向ける。
「オレはこれから世界をオレのモノにする。そして難民とか王国の民とか関係ない。全てオレの民にする。誰にも文句は言わせない」
「王無き土地に恵みはありませんわ。どうあがこうと、王がいなければ世界は成り立ちませんもの」
「オレは王がいなくても、土地に恵みをもたらすことができると言ったら?」
グリードの言葉に、姫だけでなく兵士たちも驚いているようだ。さらに民にも聞こえたようで、その話は少しずつ国中に広がり始める。
「今すぐに世界をどうこうできるわけじゃないが、三ヵ月後にはオレが難民を引き込んで国を築き、世界を手に入れる」
「そんな話、信じられると思いますの?」
「まあ、そのために仲間が必要だからな。…そして絶対外せないのが、レイブンの『無限の泉』を持ってる者だ」
そしてグリードが欲し、目の前に立っているのは無限の泉を持つレイブンの姫。
「悪いが、この眼を使っても来てもらうぞ。正直、肉体があればいいから精神は破壊してもいいんだ。もっとも、お前は世界を救いたいと言った。だから、側で見ていて欲しい」
「お断りしますわ。貴方がしようとしていることは世界征服ですもの。世界を救うとは思えません」
「そうだな。確かに世界征服だ。…でもオレの築く世界では争いは絶対に許さない。差別もだ。みんな平等で、みんなが幸せである世界。そのためになら憎まれたって構わない」
グリードの眼は強欲に染まりながらも、その瞳は澄んでいる。世界征服こそが己の野望であり、世界平和こそが自分の使命だと思っているからだ。
「オレの仲間になるか、モノになるか二つに一つ。お前に拒否権はない」
「貴方の世界に人権はないんですの?」
「ないよ。全ての中心がオレの世界だからな。…そんな世界を築くために必要なら、どんなに非道で外道なことでもしてやる。この間にも、難民は苦しみ続けてるんだから」
遠き地でシグが魔眼で見続ける現実。世界のいたるところで多くの難民が餓えで苦しみ、命を落としている。シグと分けられる前、毎日そんな現実を見ていた。
「お前は世界を救うと言ったが、世界を見たことはあるのか? その日その日を生きるのがやっとの難民を、無情に奪われていく命を。生きるために殺し合う人々を」
「………」
姫だけでなく、周りの兵士たちまでもが話すのを止めてしまう。この国は難民を受け入れていない。つまり姫も兵士もこの国の者であり、難民がどんな生活をしているのか知らないのだろう。基本的に、国を出る民はいない。そして王の付添いの神官や兵くらいしか、国外へでることもないのだから。
「オレも王家の人間だった。だから、何も見えちゃいなかった。でも、国を捨てて世界を見てわかったんだ。誰かが、しなきゃいけないんだって」
「その誰かに、なるつもりですの?」
「だから、オレはここに居る」
気づけばグリードは右手を差し出していた。その右手を、姫は握る。
「貴方が世界を変えるのを、側で見させていただきますわ。…それに、誰かに必要とされたのは初めてです」
そして初めて、グリードに笑顔をが向けられた。その笑顔を見ると、姫を抱きかかえて翼をはばたかせる。
「今更だが後悔するなよ」
「拒否権がないなんて、貴方に声をかけてしまったことに後悔していますわ」
だが、兵士や魔道士達はこのまま帰してくれるはずもなく、一色触発のような状態だ。
「やれやれ、状態二はやっぱり疲れたな。魔力もらうぞ」
「お好きなだけどうぞ」
「敵力の吸収」
そして両手から姫の魔力を吸い取る。それによって魔力が回復するが、無限の泉を持つ姫の魔力は全く減っていない。
「いい能力だよな。これなら、あれを使っても平気そうだ」
「あれ?」
「全然扱えないオレの最速。…魔光翼、『状態三』。『超硬封壁』」
グリードの背中にさらに二翼が増え、合計で六翼となる。そして、さらに高密度の魔力の壁を周囲に展開。
「行くぞ」
「…さようなら、みんな」
姫が王子達を見つめるが、その姿を一瞬で無くなる。周りにいた兵士たちの誰も見つけることができず、本当に消えてしまったのだ。
「さて、どこまで来たかな」
そして、飛んでいる当の本人でさえ、早すぎてどこに飛んでいるか分からない。結局、すぐに速度を落として止まることになる。
「あれ、もう国を出てたか。…やっぱり早いけどどこ飛んでるかわかんねーし、魔力の消費も恐ろしいな」
先ほど回復したばかりなのに、既にグリードの魔力は半分以上が失われている。それに、自分がどこを飛んでレイブン国の外まで出たかもわかっていない。それほどの速度ということだ。超硬封壁などの防御結界の魔法を張らなければ、肉体は一瞬で切り刻まれているかもしれない。
「ここからは速度を落として行くか」
「一人で飛べますわ」
「お前から魔力をもらって、オレが飛んだ方が早い」
グリードの翼が四翼がに減り、速度が落ちたが、それでも普通の人には目で追えない速度。その分魔力の消費も多いが、今は姫から魔力をもらっているので速度は衰えない。
「そういえばお互い、自己紹介がまだだったな。オレはグリードだ」
「名も知らずに口説いたんですの? …私は『サナコイル・レイブン』、サナで結構ですわ。それで、本当のお名前は?」
「…グリード以外の名はない」
「元王家の人間だと自分で言っていたのでなくて? 正直に白状なさい」
確かに自分で王家の人間だったと言ってしまったので、今さら弁解のしようがない。
「…シグ・グローリア。でも捨てた。今は強欲の大罪者グリードだ」
「シグ・グロー…リア。じゃあ貴方は闇の賢者の…」
「闇の賢者の弟子は今もシグ・グローリアだ。…言ったろう“捨てた”って。名前と一緒にシグ・グローリアも捨てたんだ」
「シグ・グローリアを捨てたというのはどういうことです?」
すでにサナの頭の中は混乱している。まあ自分を二人の人間に分けたなど、理解されるはずもないが。
「昔は同一人物だったが、今の闇の賢者の弟子とオレは別人だ。…あまり深く考えるな。とりあえず、お前はオレだけみてればいい」
「…ふっ、そうしますわ」
過去がどうあれ、目の前に居る人は本気で世界を変えようとしている。少なくとも、それだけは間違いないのだ。悩んだところで何も変わらない。
(そういえば、こうして抱きしめられたのは初めてかもしれませんわね)
王の座を巡っての蹴落とし合い。兄弟にすら、気を許したことのないサナ。そんなサナに散って初めての温もり。物心ついた頃には既に、そんなモノを感じられない環境だったのだ。
【神の存在】
音速で飛行する二人は、風よりも早く大地を吹き抜ける。魔力の鎧を纏っていなければ、到底耐えられない速度。普通の人には理解しがたい状況だ。
「やっぱり状態二だと早いな」
そして二人の眼下に広がるのは、周囲を砂漠に覆われた今は無き国の王都。そしてその周辺には、魔物の残骸などが転がっていた。
「どうやら魔物が来たみたいだな。まあこの結界は破れなかったか。そして置いていった護衛にやられたか」
グリードは結界をすり抜けて王都へと入る。そして城の入口に降り立ち、サナを降ろすと地面に刺していった聖剣を抜いて鞘におさめた。
「主様、お帰りなさいませ」
「ああ、みんな無事か?」
城の中に子供たちは居るが、誰も迎えてはくれない。連れてこられて早々に城に置き去り、心を開いてくれるはずがないのも当たり前だが。
「グリード、この人誰?」
「主様、そちらの方はどちら様です?」
そしてなぜかサナとウンディーネは火花を散らしている。
「オレは人攫いに行ってくるって言っただろ、ウンディーネ。それに、レイブンの姫だそうだからそう敵意を向けるな」
「ウンディーネ!? ウンディーネってあのウンディーネですの? 四精霊の王の一人の?」
精霊自体珍しいのに、伝説の絶対種の王。グリードは魔眼を使って無理矢理下したが、それは本来自然界を敵に回すのと同じなのだ。もっとも、その自然界の頂点に君臨する星の精霊ガイアを咎めもせずにグリードを帰したのだが。
「とりあえずまだやることがある。話は後だ。行くぞサナ」
「え、ちょっと。なんで精霊の王がここに? それにどう見ても人だよ」
城の中を進みながら、サナにウンディーネを仲間にした経緯を話す。だが、精霊の王を無理矢理下しただけでなく、さらに精霊の神と云われるガイアにまで会ったと聞かされ、開いた口が閉じないようだ。
「貴方よく生きてますわね。それこそ世界を敵に回すようなことをしておいて」
「その世界自体を自分のモノにしようとしてんだ。敵に回したからなんだってんだよ。…それに、オレは生きている」
階段を下り、城の地下へと向かう。大体の城では地価の牢屋か倉庫や冷蔵庫。簡単に言えば人がク暮らす場所ではない。この城も冷蔵庫だったようで、既にもぬけの殻になっていた。だが、家が四件は建てられそうな広さだ。
「ここは最適だな。爆音でも上には届かないだろう」
「何をするつもりですの?」
「これからオレの国を創る。その中心がこの部屋だ。まあ、魔法をここで行うだけだけどな。そのあとはどんな音を出しても迷惑にならないから実験室にする」
グリードは鎧を何体か出すと、その鎧に魔方陣を書かせ始めた。
「サナ、これからお前には魔法の核になってもらう。だからいくつかの制限がつくことになるんだが」
「拒否権はないのでしょう。受け入れますわよ。人形にされてはつまりませんもの」
グリードは苦笑いを浮かべながら、グローリア家の宝である分厚い本『失われた歴史』を取り出す。
「まず一つ。魔法を発動させたら、お前はこの国から出られなくなる。二つ、さらにオレが国に居ない時は、この城から出ることができない。三つ、何があっても死ぬな」
一方的な要件。しかも、結局に核になってしまうとこの城から出られなくなってしまうらしい。
「ずいぶんな制限ですわね。でも、それで私は戦えなくなりますわ」
「オレはお前が必要で、側にいて世界を変えるのを見ていろとは言ったが、一緒に戦ってくれと言った覚えはないぞ」
「私は見ているだけですのね」
「…正確には、この城で子供たちを守ってほしい。オレがこの国に居ない時、守ってくれて、側に居てくれる存在が必要だから」
子供たちが難民の孤児であり、助けてしまったので連れてきたことなどを話す。そして、まだ打ち解けていないことも。
「呆れますわね。世界を救おうとしている者が、子供一人の心も救えないなんて」
「悪かったと思ってる。でも、オレは戦わなきゃいけない。しなければいけないこともたくさんある。だから、お前が子供の面倒を見てほしい」
「本当に一方的ですわね。何もできないのでしたら、助けなければよかったのですわ。…助けたのなら、最後まで責任を持ちなさい。でないと、あの子たちがかわいそうですわ」
「………」
サナが言っていることはもっともなので、何も言うことができない。
「まあ手伝って差し上げますわ。そのかわり、ちゃんと子供たちと向き合いなさい」
「わかった。…頑張ってみるよ」
いつの間にかグリードは叱られる立場になってしまう。だが、グリードは悩んでいた。本当の両親のことを知らず、育ての親と家族を自らの手で壊した自分に、両親を“奪われた”子供たちの気持ちを理解できるかどうかを。
(…アルミスとも、オレは向かってなかったな)
そして魔界に置いてきた妹のことを思い出す。だが、妹から家族を奪ってしまったのは他ならぬ自分。どう向き合えばいいのか分かるはずもなく、何も教えずに置いてきた。だが、いくら悩もうとも今は答えが出ない。それに世界征服は、この世界でアルミスが安全に暮らせる場所を創るためでもある。
「とりあえず、この薬を飲んでくれ」
頭を切り替え、サナに小瓶を渡す。中には透き通った黒い液体が入っている。
「これは…なんですの?」
どう見ても怪しいので、サナも眉間にしわを寄せていた。
「魔界に不老不死の秘薬があるのは知っているだろ。それを解析して量産した紛い物。完全な不老不死にはなれないが、少なくとも歳をとらないし、簡単には死ななくなる」
「本当に大丈夫ですの?」
「オレで人体実験は済んでる。保証済みだ。本物はシグの時に飲んだけどな」
如何わしそうに小瓶を受け取り、蓋を外して匂いを嗅ぐ。
「なんか、この世の物とは思えない香りですわね」
「まあな。だが、秘薬は一種の魔法だ。魔界ではそういう技術が発達していて、液状の魔法を飲むと言った方が正しい」
「液状の魔法? この世界では魔法を扱うためには陣か魔器で魔力を変化させるしかできないと思っておりましたが」
「液体が魔器で、遅発きゅもん(レイトスペル)で既に魔法を発動するだけって状況と思えばいい。そして液体が体内に入った時に、魔法が発動して飲んだ者を不老不死に帰るんだ」
本当は発動を遅くする遅発呪文よりも、魔法を体内にとどめておく準備呪文の方が近いが、準備呪文は闇の賢者が編み出した技法で、使えるものは闇の賢者とその弟子だけなので、説明したところで理解されない。
「液状も魔器。…これを応用すれば、飲んだだけでどんな傷も治すことができる秘薬が作れそうですわね」
そして、怪しげな液体を一気に飲み干す。実際、魔界では既に医薬品として研究が進み、飲んだだけで傷がいえたり、体力が回復したりする秘薬も存在している。
「んー、味は意外と平気ですわね。うまく表現できませんが」
だが、飲んでも何も変化した感じはしない。そして鎧は既に魔方陣を書き終えていた。
「不老不死になる秘薬ですから、体の細胞を創り変えて酷い激痛に襲われたりするのかと思いましたわ」
「安心しろ。痛みがないだけで少しずつ体は変化してる。まあ、本物なら一瞬で不老不死になるんだけどな」
グリードはサナの手を引いて魔方陣の中心まで連れて行く。陣の円の中には太陽や月の他に、見たことがないような紋章や言葉が書かれていた。
「見たことのない陣ですわね。書いてある言葉も、どの文献でも見たことありませんわ」
「そりゃそうだろ。遥か昔、古代呪文の存在した時代よりも前この星ができて最初の文明が使っていた『失われた言葉』だ」
「失われた、言葉?」
一国の姫であるサナもこの世界については学んでいるが、古代呪文がもっとも古い文明が使っていたと教わっている。なぜなら、それよりも前の歴史はどこにも残されていないからだ。
「この世界は一度、滅んでるんだよ。数世代前の神の力で」
「神?」
数千年前に、神がこの世界に現れ108人の若者に己の力を分け、大地も108つに分けてそれぞれが国を築いた。それが今の王家だと言われている。
「神は実在したんだよ。そしてその度に、神は新たな世界を築いてきた。だが世界に滅びの危機が訪れると、世界はまた新たな神を生み出してその者に世界を託す」
「…それが、何度も繰り返されたのですの?」
「ああ、神の数だけ世界が存在した。そして役三世代前の神が世界を滅ぼして世界を作り変えたんだ。だから、それより以前の歴史はどこにも記されてない。…この本以外はな」
だが、グリードが本を開いてもそこには何も記されていない。何ページも白紙が続いている。
「四皇が持つ宝。それは元々、神具なのさ。そしてグローリアに伝わるこの『失われた歴史』はこの世界ができてからのすべてが記録されている」
記してあるではなく、“記憶”されている。ページは白紙だが、その本は全てを知っているのだ。
「この本は持ち主と接続されることで、その持ち主の記憶を全て転写するんだ。そしてこの本はずっと神が持っていた。何代にも渡ってずっと」
白紙のページが赤く光り、文字が浮かび上がってくる。そこには、神に滅ぼされた歴史がつづられていた。
今の世界ができる前、そこには今よりも発達した科学と魔法が存在した。人は神の存在を忘れ、自分たちが神であるかのように世界を先導し、そして滅びへと向かっていたのだ。なぜなら、人以外の生き物は絶滅の危機にあり、それは星も例外ではない。だが、例え星や多くの命が失われようと、人は助かる。魔法と科学を駆使すれば何でもできたからだ。そこで世界は神を生み出した。選ばれたのは科学や魔法を頼らず、自然と共に生きていた一族の少年。少年は神として必死に戦い、忠告した。だが、それでも人は得た文明を手放すことができない。だから神は人類ごと、一度世界を滅ぼしたのだ。自分の一族と船を創り、その船に生き残った動物たちと一族を載せて、それ以外の全てを大洪水で洗い流す。
そして何もなくなった場所に新たな世界が作られたのだ。それが、今生きる人類の祖先。そして世界の真実。だが、それでも人は過ちを繰り返す。そして世界が危機を迎えると新たな神が現れ、世界を変える。そして今に至るのだ。
「…信じがたい話ですわね」
「まあ何千何万年…それよりも昔の話だからな。この本の歴史全て知ろうとしたら。それこそ人の一生じゃ無理だ」
洪水で失われた歴史など、世界からすればほんの一部。それこそ一瞬のような出来事なのだ。
「そしてこれからも、世界は続いていくんだろう。何もかもが消えてなくならないが限り、世界は続くんだから」
本を閉じて遠い目をする。グリードは、いったいどれだけの歴史を見たのだろうか。でも、その歴史も世界からすれば少しでしかないのかもしれない。
「さて、ここに横になってくれ」
サナを陣の中心へと寝かせ、グリードは陣を出る。
「なんでお前に歴史を見せたと思う?」
「さあ? わかるわけありませんわ。大変興味深くはありましたが」
「…これから使うんだよ。大洪水のときに神が船にかけた魔法を。この世界から対象物を切り離す、『神の次元世界』をな」
グリードが陣を出ると陣の中が光だし、その側に座る。
「サナは寝てるだけでいいよ。というか、発動にはサナの魔力じゃ足りない」
「もっとも、オレの魔力じゃこの城から半径一キロくらいしか切り離せないんだけどね。…力を分ける前なら、十キロは可能だったろうけど」
陣に魔力が満ち、発動の準備は整った。目の前で本を開き、今は無き呪文を呼び出す。
「時間と空間を統べる世界。無限に流れる時と、無限に存在する空間。それが合わさりて世界となるならば、その時に亀裂を、空間に歪みを入れて新たな時空を創りだし、わが世界と築け」
城全体が揺れだし、ウンディーネは子供たちをテーブルの下へと非難させる。それ程の揺れ。だが、それはすぐに治まる。
「神の次元世界」
慌てて外を見ると、城を中心として半径一キロ先の町がなくなっている。そして、そこには空も雲も。風もない空間の中に置き去りにされていた。
「景色投影。十二神結界発動。断界調整。周囲安全確保」
さらに立て続けに魔法を施し、切り離した世界を操作する。何もなかった空間から一変、元の世界へと戻る。だが、切り離された世界があったのは雲の上だった。
「全ての工程は完了。さて、この天壌の国の名前はどうするかな」
グリードは立ち上がろうとするが、魔力をほとんど使いきってしまったので立ち上がることができず、むしろその場に倒れこんでしまった。
「…こうしてみると、無様ですわね」
いつの間にか、さなが呆れたように側で見下している。
「そう思うなら、魔力を分けてくれないか」
「私はあなたの魔力回復道具ではありませんわ」
サナはグリードの上に座り、顔を覗き込む。
「奪った魔力の分は、きっちり払ってもらいますわよ」
「おい…何をするつもりだ」
そして二人の距離は近づき、唇が重なる。だが全身に力が入らないので、抵抗することができない。
「んっ、んん! っぱぁ!!」
だが、すぐにグリードの手が動いてサナを引き離す。
「お前、無抵抗の人間に何しやがる。てか、何考えてやがる」
「あら、動けましたの?」
よく見れば、もうグリードの魔力は回復しているようだ。
「元々“吸う”って行為は口や鼻の呼吸系でしかできないからな。だから魔力もてで吸い取るより、口で吸い取った方がイメージしやすいから何倍も早く吸い取れんだよ」
「そうですの。なら失敗でしたわね」
「お前な‐」
「だって、私はもう二度とこの国から出られないのでしょう…」
先ほどとは違う寂しそうな表情。そして不安に満ちた瞳。自由と人生…それが、彼女から奪ってしまったもの。
「だからって、もうこんなことするなよ。できることならしてやるし、ほしい物なら持ってきてやるから」
償うことは、一生できないだろう。その一生が、不老不死の彼女が死なない限り続くのだから。
「では、きちんと責任は取っていただくという方向で、今は部屋が欲しいですわね。ちゃんと立派なベットと家具一式とそれからドレスも欲しいですわ」
「とりあえず、掃除をしてからな。…買い出しはその後行く」
グリードは階段を上がって上へ向かう。その後ろを、少しすねたようなサナはついて行った。
第三章『宣戦布告』
【意思を継ぐ者】
城の広間に戻ると状況が飲み込めていないウンディーネが困惑し、詰め寄ってくる。子供たちはテーブルの下から出てくると窓から外を眺めだす。
「主様、これはいったいどういうことです?」
ウンディーネとは違い、子供たちは城が空にあるのに驚き、それでいてウンディーネとがって好奇心が湧いているようだ。
「なに、この空に浮いている土地がオレの国だってことだ。わかりやすいだろ何をしたかは後でゆっくり話す。今は掃除が先」
そして外に出ると、どこに入っていたのかというほどの量の指輪をポケットから取り出す。
「さて…闇の軍勢」
指輪がすべて鎧に変わり、城の庭には入りきらず城外へとあふれ出した。その中のいくつかは放棄を持っている。さらに別の指輪の穴から木材など材料を取り出す。
「さて、町と城の補強。掃除に整備。とりかかれ」
砂漠のど真ん中にあった王都なので、ほとんどが砂にまみれている。その王都を、数にモノを言わせて鎧に掃除をさせ、壊れかけた家などを修理。城に関しても同様
砂は全て出され、壊れかけたりしている場所は補強。鎧なのでアルエが使う人形よりも動きはぎこちないが、確実に王都は修繕されていく。
「鎧が箒とは、似合いませんわね」
「仕方ないだろ。オレは戦闘向けで、しかも形状変化と錬金術を駆使した金属製の人形だからな。金属の人形ってなったからしっくりくるのが鎧だったんだ」
鎧は動いている中、人間は座ってくつろいでいる。もっとも、座りながらもグリードは神経を集中させているが。
「それにしても、人形使いができる人を初めて見ましたわ」
「まあ、できる奴なんてごく一部だからな。オレだって最初は一体を操るのに苦労したさ。王家の地の完全学習がなかったら、今でも二、三体が限界だったと思うよ」
王家の血の才能があってやっと扱える技法。しかも完全学習だからこそだ。つまり普通の王家でも扱えて数体ということ。そんな技法を闇の賢者は扱っている。しかも完全学習を持つグリードの十倍以上の数を。
「それでも、オレ自身の力は上級魔道士程度。その中でも賢者に近い部類ではあるが、賢者や王と呼ばれる人たちは次元が違うからな」
動く鎧に怯える子供たちが居たので早急に城の掃除等を終わらせ、鎧を全て城外に出す。そしてウンディーネが子供たちをあやしながら部屋を見て回る。
「正直な話、オレはついていただけだよ。ウンディーネやガイア、お前のことにしてもな。確かに一歩間違えれば死んでた」
グリードはサナと椅子を直し、厨房へ向かう。既に修理が済み、ある程度のことはできるようになっていた。
「俺にはまだまだ力が足りない。それこそ、賢者や王を敵に回そうなんて馬鹿げてる。わかってはいるんだよ。…それでも、誰かがやらなきゃ世界は変わらない」
「三か月後に世界を変えると言ってましたけど、三ヵ月でその力を手にするつもりですの?」
「強くなるのはもちろんだけど、必要な仲間をそろえてからね。オレ一人で強くなったって限界がある。…闇の賢者なら一人で世界を滅ぼすくらいできるかもしれないけどな」
指輪はから食材を取り出して、ナイフで切っていく。他にも鍋などの調理器具も出す。
「名前くらいは聞いたことあるだろう。『知将の虎』と『鬼の女神』。オレも名前でしか知らないが、難民を守る謎の傭兵。実力は賢者に匹敵するとか」
「難民に手を出せば、国にやってきて暴れたりもするそうですわね。そして攻め込んできた兵士を一人でなぎ倒したとか」
「もし本当にそいつらが居るなら、仲間にしたいと思ってる」
「…難民も自分の民にしようとしている人を、受け入れますでしょうか? 逆に潰されかねないのではなくて?」
二人が話しているのは世界中に広まる噂。どこかの砂漠にあるスラムに知略で敵を追い込みながらも、もしもの時は一人で敵を食い殺す虎が居る。またあるスラムでは角を持ち、貴人のごとき力で兵士をなぎ倒す女神がいるとか。
「強欲に逆らえる奴はいない。…それに、王なしで恵みをもたらす方法を知っているのはオレだけだ。そして恵みをもたらしていれば、自然と人は集まる」
「例えそうだとしても、居るという確かな証拠はありませんわ。もしその人たちが、難民が救いを求めて作り上げた架空の存在だとしたらそうするのです?」
「もしそうなら、奥の手を使うまでだ。何もなしに行動を起こしたりはしないさ。…それが、オレの信念に背いたとしてもな」
料理をしながらも、グリードはどこか違う場所を見据えていた。
「ところで、何を作っていますの?」
「時間帯を考えたら夕飯に決まってるだろ」
「…料理できるんですの?」
「現に目の前で作ってるだろ」
サナのおかげで和やかな雰囲気に戻り、料理へと集中する。とある山奥にある闇の居城で三年間も料理をしていたのだ。部屋なはずがない。
「子供たちと向き合う努力をしてるんだ。…オレにはまずこれしか浮かばん」
自分との約束を真剣に考えているということを知り、サナは嬉しそうに微笑みを向ける。だが、打ち解けるのは簡単ではない。
「みなさん、食べていいのですよ」
テーブルに食事を並べ全員が席につくも、子供たちは誰も料理に手を付けない。
「これ…食べ物なの?」
そして口を開いたネラル。スラムで生まれスラムで育った子供達は、まるで料理というものを見たことがないようだ。並んでいる料理は、普通の国民が食べているようなものだが。スラムの子供たちはそれすら食べたことがなく、ましてやナイフやフォークも使ったことがないようだ。
「………」
「………」
それを聞いて、グリードとサナは言葉が出ない。二人は王家の者。普段からもっと贅沢な物を口にしていることが多い。逆に、スラムの子供たちはどんなものを食べてきたのかわからなくなる。
(これが、恵みを知らない子供たちなのか)
黙ったままで、グリードは料理を食べ始める。食べ物を教えるより、見せた方が早いと思ったのもがるが、子供たちに何と言っていいのかわからなかったのだ。
「…おい、しい?」
見よう見まねで子供たちも食べ始め、味を確かめている。そして慌てて食べだす子供もいれば、ゆっくりと味をかみしめる子もいた。レイブン国まで行ったときに置いて行った食料はパンや日持ちのする非常食など。この様子を見れば、それを食べるのにも躊躇したのではないかと思ってしまう。
「これが、背化の現実ですのね」
「オレが連れてきた子供は7人だが、あのスラムにはまだ12人と9人の大人が残っている。この子たちからすれば、この環境は贅沢なんだろうな」
食べ物は逃げない。でも、スラムの子供たちにとってはそうでないのだろう。グリードはみんなが喜ぶと思い、デザートまで用意していたが、結局出すことはなかった。食後さらに甘い物を食べる感覚はないだろう。…むしろ、甘い物を食べたことがあるかも怪しい。逆に、王国に住んでいる人はなんて贅沢なんだと、闇を抱くのではないかと不安になったのだ。
「…ウンディーネ、湯あみをするから水を張ってくれ」
「湯あみって何?」
さらに突き刺さる言葉。水が貴重なスラムにとって、湯あみは想像もつかないことなのだろう。それでも。湯を沸かした。城なのでとても大きな湯あみ場があり、大勢が一度に入れる広さがある。だがサナに子供たちを頼み、グリードは一人テラスで夜風に当たっていた。
「想像以上か、世界の人口の八割以上が、スラムに暮らしている。…あの子たちを引き取って、正解だったよ。マリヤ」
シグだった時、右目で世界を見てスラムの現状は理解しているつもりだった。でも、森を見て気を見ていなかったのだ。子供たちと向き合うまで、貧しいという以外何も知らなかった。いつもの食べ物が、スラムの子供たちにとってはなんだかわからないものに見えていた…そんな現実を。
「何してんの?」
「風邪をひくぞ、ネラル」
隣になってくると、空を眺めて星を見る。
「後悔してるの? おれ達を連れてきたこと。それとも、どうやって追い出そうとか考えてる?」
「…言ってなかったか。オレは強欲で、拾うことはあっても捨てることはしない」
「でも、ずっと辛そうな顔しているよ。…もしかして哀れんでる?」
不安の入り混じった声。そんな声に応えられる言葉が思い浮かばない。
「絶望しているよ。こんな世界を作った神様に。…魔界って世界にも魔神て神様がいるけど、そっちの世界は自然が多くて、平和だから」
比べるのは間違いかもしれない。それでも、自分はこれから魔界のような世界を作ろうとしていた。
「お姉ちゃんが言ってた。『主様は世界を征服したら、みんなが幸せになれる平和な世界にしてくれる』って」
「ウンディーネがそんなこと言ってたのか」
「…平和って何?」
平和の基準、それはグリードにもわからない。何が同なら平和と言えるのか、それは人それぞれだからだ。
「みんなが笑って、美味しい物食べて、支え合っていく世界だよ。自然がいっぱいで、見ずに困ることもなくて、魔物に襲われたり、人が争ったりしない世界」
それはグリードの基準であり、目指す世界。そんな世界であれあいいという願いでもある。
「ただ、世界征服は簡単じゃなくて、もしかしたらできないかもしれない」
「そしたら、どうするの?」
「そうだな。…その時は誰かに後を継いでもらうかな」
だが、視線が向けられたのはネラルだった。
「…おれ?」
「お前は若い。まあ子供だから当たり前だけど。だからいろいろ可能性を持ってる。そしてオレと違ってスラムで育ってきたからみんなの気持ちがわかる」
「そんなの別の奴でもいいだろ。スラムでそだったのおれだけじゃないし」
「お前はオレに向かってきた。どうしようもない怒りを振り回して、意地になって。…でもそれでいい」
空を見上げ、星よりも先を見るかのように遠い目をする。
「オレは素直になれなかった。素直になっていたら、違う人生を歩んでいただろう。素直だったら、後悔しなかったかもしれない。だから自分に素直に生きてるお前に託したい」
グリードの手元に現れる杖。それはかつてゼロでもグリードでも誰でもない。シグ・グローリアという素直になれなった一人の少年が使っていた物。
「オレはこの杖で魔法を使えるようになった。きっと、お前もできるようになる」
グリードより託された杖。木でできたシンプルな作り。でも傷だらけで長く使われているようだ。
「オレの父の形見らしい。記憶はないし、ずっと育ての親を本当の両親だと思っていたからな。ボロボロなのは、オレと違って父はやんちゃだったかららしい」
その杖はネラルにはまだ重く、扱うのも大変そうだ。
「おれ…みんなを守りたい。もう誰かが死ぬのは嫌だ。だから、強くなりたい」
でも、それ以上の想いも受け継がれた。例え自分に何があっても、その意思を継いでくれる者が。
「さて、湯あみに行くか。…その後、また少し出かけるが、きっちり課題は置いていく。三ヵ月でできる限りのことをお前に叩き込むから覚悟しとけよ」
「了解!」
サナ達が戻ってきたのを見て、ネラルを連れて中へ入る。それから子供たちが寝付くまで広間で待つ。その後、サナに子供たちのことを頼んでウンディーネと共に城を跡にする。向かった先は自分が生まれた城。
「ウンディーネ、ここと城の噴水を転送門で繋いでくれ。朝には戻る」
(え、主様!?)
庭にある噴水に、ウンディーネが宿る宝石を沈めて城内へと向かう。残されたウンディーネは転送門を繋ぎながらその背中を見送る。
「さて、なだ起きてるかな?」
翼を出し、城の最も高い部屋を目指す。星がよく見え、月が照らすテラスに降り立つと窓の側まで近づく。
「誰です! こんな夜中に。人を呼びますよ」
「それは勘弁してくれないか、マリヤ」
カーテンで閉め切られた部屋の窓が勢いよく開き、マリヤが抱きついてくる。
「ずいぶん急ですね。しかもこんな夜中に」
「お互い、忙しい身だろ」
そんなマリヤを抱きかかえて部屋へと入る。外は冷えるのでさすがにいつまでも居られない。
「忙しい…レイブンの締めをさらうことがですか?」
「もう広まってるのか」
マリヤの視線を少し痛く感じながらその瞳を見つめる。
「確かにさらったのは姫だが、仲間にしたいと思うような奴が他に居なかったし、それにちゃんと同意をもらって来てもらったぞ。…何より、自分の信念に反することはしてない」
二人はそのまま見つめ合い、しばらくの間静けさが訪れた。
「…言っとくけど、朝には行くからな」
静けさを破り、マリヤをベットへ寝かせる」
「話は後にしてくれ。一応、今日は夜這いに来たんだ」
「別に起こってるわけではないですよ。ただ、見つめ合うことなど今まであまりありませんでしたから」
「それはお前がすぐに抱きついてくるから、お互い顔を合わせることが少ないんだ」
二人は唇を合わせ、長い夜が訪れる。優位には結界が張られ、万里の魔眼でも透視できない二人だけの時間を過ごす。
【師の心、弟子知らず】
朝日が昇り始めた頃、ウンディーネが待つ噴水にグリードが戻ってきた。その表情はとても穏やかで幸せそうだ。
「転送門でいったん帰ろう。…荷物を置いてから、行くところができら」
そして城へと戻るとマリヤが用意してくれた服や家具などを開いている部屋に運び、子供部屋にする。それから朝食などを用意し、再び転送門で外へ出る。今度は魔力の翼で空を舞う。
(どちらへ行かれるのです?)
「ちょっとな、まずい状況になってるんだよ」
少し慌てた様子だが、それほど心配している様子もない。日が少しずつ上がる空の下、砂漠の中を飛び続けた。
レイブンの城。そこに緊急と称して王と賢者が集められる。なぜか弟子も同伴だ。賢者達には内容が話されておらず、しかも裏四皇の面子も変わってから初めての顔合わせともなった。
「それでレイブン卿、なぜわしらが集められたか説明を願えますかな? 今回の招集について、賢者の誰もが内容を聞いてないようですが」
「話せるはずもあるまい。今の賢者は昔と比べて仲がいいようだしな」
その賢者の中で王家の視線が集まったのは、史上最強を誇る闇の賢者だ。
「ふー、どうやらお主らは妾にようがあるみたいじゃな。…朝から呼び出されてまだ眠いのじゃ。内容次第では暴れてやるぞ」
少し期限が悪い闇の賢者と違い、怒りに震えているレイブンの王。
「とぼけるのも体外にしたらどうだ、闇の! 貴様の弟子が、私の娘をさらったのを何人もの兵士が見ているのだぞ」
「はあ? 妾の弟子はここ数ヵ月城を出とらんぞ」
そして賢者たちの視線も闇の賢者とその弟子に集まる。だが、二人とも身に覚えがない。というより、あるはずがない。
「まだ白を切るか! そんな顔、何人もいてたまるか!」
レイブンがシグを指す。だが、何かが闇の賢者の怒りに触れてしまったのか、魔力が高まるのを感じる。
「気安く、妾の弟子を指すな。…殺すぞ」
脅しとは思えない覇気。他の王と賢者は、すぐに二人を止められるように構えていた。
「世の中に同じ顔が二人だか三人いると聞くが…第一、妾の弟子だという証拠でもあるのか?」
「認めたらどうだ。この悪魔が!!」
レイブンが魔力を爆発させ、闇の賢者に迫る。だが、先にレイブンが動くとは予想外で、止めに入ろうと王と賢者が動くが間に合わない。
「…アルエには、指一本触れさせない」
「-! ぐあああぁぁぁ!」
だがレイブンの放ったこぶしは、闇の賢者の前に現れた黒い壁の前に阻まれる。それだけでなく、魔力を纏って威力を増した拳が砕けていた。さらに、腕全体が激痛に襲われているようだ。
「シグ、余計なことを」
「あのまま何もしなかったら、半殺しにしてたでしょ。そしたらまたややこしくなるよ」
「ふん、まあよい。じゃが、わざわざ『最堅の盾』で守らずとも好かったのではないか。そのせいで苦しそうじゃぞ」
「その辺は、格の違いを教えておかないといけないかと思って」
慌てて光の賢者が腕を治すが、レイブンの怒りは恐怖でかき消されている。痛みと何もできなかったという屈辱が、闇の賢者を前にした時、その恐怖を何倍にも膨れ上げていた。
「して、レイブン卿、…その姫をさらったという奴は、最堅の盾を使ったか? 悪いがうちの弟子は、どんな戦場でも無傷で生還するぞ」
闇の賢者ですら破れない絶対防御。その力を持つシグは、どんな状況においても傷を負うことはない。それこそ、何千何万の兵士を一人で相手にしても無傷でいられるだろう。
「だが、報告では人形遣いの力で鎧を操っていたそうだ。それに、相手の魔法を闇に食われる魔法など、お前とその弟子しか使えないだろう」
数ヵ月前、シグが人形遣いの力で鎧を操るのは確認されている。そして、闇の賢者の技法を使え、顔も同じ。言い逃れはできない。
「勝手な偏見で決めつけるな。悪いが、その二人は無関係だぞ」
部屋にある高窓。その窓を開けて座り込む者。闇の賢者の弟子と同じ顔をし、そして大罪の魔眼を持っていた。
「我が名は強欲の大罪者グリード。レイブンの姫をさらった張本人だ。といっても、兵士にちゃんと聞いたのか? オレはちゃんと同意のもとで連れて行ったぞ」
犯人と名乗るものが自ら出てくる。それを誰も予想すらしていなかった。王家に関しても、アンジェル以外は全員が闇の賢者を疑っていたからだ。
「さて、真犯人がわかったんだ。もう二人を疑うのは止め‐!」
全身に重りをつけているような重圧。重みで指一本動かすことができない。さらに鎖が現れてグリードに巻きつき、締める。そして眼前に迫るは二つの影。手から魔力を放出して推進力を生み、高速で迫る。そしてその背中に乗る女性の手が、グリードを貫く。
「ククク、やっぱり直接出向かなくて正解だったな。聞いてたのと実際ではやっぱり違うし」
だが、貫かれたグリードは、人型をした水に姿を写したものだった。いうなればグリードの姿をした水の人形。物理攻撃が効くはずがない。
「グランの重力操作。この鎖はロードの実態を持つ幻影か。そして残る高家で最速を誇るペルチーノに、肉体に魔力を送り込んで内部から破壊するスカーレット。…今は勝てる気がしない」
「お前の望みは何だ? なぜレイブン卿の姫をさらった」
「…世界だ。オレはお前ら王家が居なくても大地に恵みをもたらす方法を知ってる。それを使って、お前たちが見捨てた土地と難民をオレの国と民にする」
王家が居なくても恵みをもたらすことができる。その研究を知っている者は以外はグリードに目が釘付けだ。
「それがどういうことかわかるよな? お前ら王家による絶対の支配が終わるってことだ。それまで首を洗って待ってろ。オレは新たな世界の創造主となるまでな」
そして、グリードの姿は水となって消える。王家にとってグリードの存在は危険なものとなり、賢者にとっては難民を救う手立てとなった。だが、誰もがそのことで頭がいっぱいで気づいていない。一人、人数が減っていることを。
(さて、逃げ‐!
水の人形の遠隔操作を解き、立ち上がろうとするグリードの肩に、誰かの手が置かれる。
「…脅かさないでくれないか。アルエ」
「そんなことがよく言えるな。妾に黙って勝手なことをしおって」
王たちが集まっていた所よりも少し離れた茂み。その中に隠れて座り込んでいたグリードをアルエは捕まえたのだ。
「オレはグリードだよ。アルエとは何のかかわりもない」
「…妾が本当に何も知らないと思っているのか? 妾は知らないふりをしているだけで全て知っているぞ、シグ。シリスの弟子をやっているシグのこともな」
「―!」
「妾をなめるなよ。お前のことは全て知っておるのじゃ。出会ってから昨日言っていた寝言まで全部な」
ずっと気付いていないふりをして接してきた。もちろん、ばれてないとは思っていない。ごまかそうとしたが、ゼロと別れた際に魔力は半分になり、さらにグリードとして分かれた際に、シグは大罪者でなくなったのだから。
「お前からは目が離せん。妾は今までも忘れられぬ。お前が妾の研究室に忍び込んで、闇の技法と古代呪文を覚えたときのことを。あの時は、本当に驚かされたのでな」
初めてアルエの城に行った時、一月の制限付きの弟子入りの際に、力が欲しくてアルエの研究室でたくさんの本を読みあさった。
「あれからうずっと見守ってきたんじゃ。関係なはずがないじゃろ。…お前たちは、妾の宝なんじゃ」
「それでも、オレは止まれない。だから、肉体をアルエの元に置いて行ったんだ」
肉体には、アエルから与えられた全てが詰まっている。そして、アエルの側に居られる資格も。
「オレは行くよ。世界を変えるって決めたから」
「別に止めはせん。ただ何度も言うが、何があっても妾はお前は味方じゃ」
ウンディーネの力で転送門を開き、グリードは姿を消す。グリードが消えた後も、師はその場にたたずんでいた。もう賽は投げられたのだ。グリードは世界中から指名手配され、そして当の本人は難民を引き入れて大国を築こうとする。グリードを中心に、確実に世界は動き出したのだ。だが、結末までは誰にもわからない。誰かの思惑通りに事が進んでいなければだが。
【エピローグ】
指名手配されてから数日後、天壌の城へ帰ったグリードは国の中心である地下室に向かい、そして何かを始めようとしていた。
「よし、これで準備よし」
部屋の中心に金属で台を作り、その上に光る四つの石をはめ込む。しかし、変化はない。
「グリード、いったい何をしてるんですの?」
帰って早々に地下室に引きこもったグリードの様子を見に、サナが下りてきた。
「…その石は何です? 強大な魔力を感じますけど」
「そらそうだ。なんせ四精霊王の体の一部だからな」
「今度は一体何をしてきたんですの?」
それぞれが違う色を発する石。そしてその中には、ウンディーネと同じ魔力を放つ物がある。
「この数日で他の四精霊に会ってきたんだ。まあ正確には力を奪ってきた」
「また、命知らずなことを…」
「今回はウンディーネがついてたし、ガイアが根回ししてくれてたみたいで、案外楽に手に入ったけどな」
つまり他の三つの石が放つ魔力は、それぞれの四精霊王のモノ。
「これで、この国は一つの世界として機能する。大地は潤い、水が湧き、風が吹き抜け、火が燃える。独立した世界ができたんだ」
それから噴水しかない殺風景だった庭に、マリヤに用意してもらった木々や、土を耕して野菜の苗を植えて行く。精霊たちの魔力のおかげで、この国は魔力が満ちている。そのため、水が湧き、植物は育つ。
「やっと始まった。…この国を足掛かりに、難民を引き込むぞ」
強欲に満ちた少年の野望が動き出す。
「さて、国の名前をどうするかまだ決めてなかったな」
「…理想郷」
緑があるれる庭を見ながら、ネラルが口を開く。
「ユートピアか。…確かにいい響きだな」
世界中が緑であふれる世界であるように。そんな理想郷を作るべく、グリードの戦いは始まったのだ。