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マジック・スぺル ~闇を背負いし第三者~

マジックスペル四部目


元々えブリスタに投稿していた作品です。

【プロローグ】


 シグが大罪の闇に落ちてから二年の月日が流れ、世界は変化を迎えようとしていた。王を失った土地は恵美を失い、その国に住んでいた者達は路頭に迷う。そのような難民は数多く、残っている王国でも抱えきれずにあふれている。難民は王国の近くでひっそりと暮らし、スラム街を築いているが限界に近い。なぜなら王は自分の国を守ることしか考えておらず、スラムの人間には一切の施しをしないからだ。そのため暴動が増え、略奪などが起こっている。かつて108つあった王国のうち100の王国が滅んだのだ。100の国に住んでいた難民の方が世界の人口は多い。このままいけば全ての王国が滅び、人類が滅ぶ。そうでなければ、多くの難民が滅ぼされ王国に生きる民だけが生き残るかも知れない。

 ただ言えるのは、間違いなく人類は滅びの道を歩んでいるということだ。




 第一章『史上最強の四賢者』


 【逆賊】


 この世界に8つ存在する王国。その中でも大国と言われる『グローリア王国』。そこに世界に四人しかいない賢者が集められていた。


「ほほほ、こうして全員がそろうのは何年ぶりかのう」

「魔王が訪れて以来だから、二年ぶりではないか」

「ふん、集まる必要もなかったと言うだけのことじゃ」

「ミーは面倒なの嫌いなんで、早く終わらせたいですね」


 城にある大きな部屋で、四人の賢者は王達に待たされていた。王達からは招集の命しか受けていないが、なぜか今回は弟子を同伴でのことで、各賢者の側には弟子がいる。


「しかし、弟子の同伴とはどういうことじゃ? こんなこと初めてであろう」

「確かにいままでなかったですね。ミーの可愛い弟子はあんまり外に出したくないんですけどね~」

「四人の賢者が全員弟子を連れているのは史上では我らだけだからではないか」

「ほほほ、確かにいつも誰か弟子を連れていなかったからのう」


 歴史上、四人の賢者とその弟子たちが一ヵ所に集められたのは初めてのことなのだ。なぜなら光と闇が反発するように、蒼と紅の賢者も相いれないことが多く。そもそも賢者全員がそろうのは稀なことなのだ。


「今回の招集ってやっぱあれですかね~?」

「あれとはなんじゃ?」

「闇のは城に引きこもっておるから、世間の噂なぞ耳に入らんじゃろ」

「引きこもりで悪かったのう。して、噂とはなんじゃ」

「あくまで噂だ。我も詳しくは知らんが、パルス王国の土地で逆賊が国を作って力を蓄えているとか何とか」

「パルス王国じゃと」


 闇の賢者の目つきが変わり、紅の賢者を見る。


「あの国は数百年も前に滅んだのではなかったのか? なぜそんな土地に人が集まる?」

「あの国の王家のキングブラットは『想像創作イマジ・ネイター』。魔動人形や魔動の鎧を作った国だ。もっとも、力は弱くて滅んだがな」

「つまり~、あの国にはまだ人が集まる何かが作られていた可能性があるってことなんですよ~。それが本当なら、王達は手に入れたいでしょ」

「それに、暴動を起こされてもかなわんしのう。争いはできるだけ避けたいじゃろ」


 パルス国はアルエが魔界に行っている間に滅んだ国でアルエも詳しくは知らないが、パルス国が残した技術は今もこの世界に深く根付いている。


「それに~、噂じゃパルスの王族に生き残りが居るらしいですよ」

「そんなわけあるまい。だったら国が枯れることはないはずじゃ」

「可能性はゼロではない。…分家。わずかだが王の血が流れている者」

「…突然変異じゃな。血が流れていても、薄くなれば王家の血の力は失われる。だが稀に、分家の中から力を持った者が生まれることがある」

「まあ、天文学的な数字じゃがのう。しかし、才能に目覚めたからと言って国に恵美が戻るとは限らんわい」

「だが、パルスの王家の血が手に入れば役に立つ。…もっとも、これは我の考えだがな」


 黙って側に居る弟子達を気にせず、賢者たちは話を進める。もっとも、この中に元も含めれば王族の人間が四人居るのだが。


「勝手に話を進めないでもらえるかな。賢者たちよ」

「…待たせてる分際でよう言うわ。国もまともに抑えられん駄王が」

「よさぬか闇の。して、八王が全員そろっているということはそれなりの要件なんでしょうな、グローリア王」


 突然開かれたドアから八人の王が入ってくる。もっとも、ジハール国の王は代理だが。


「まあ、話す手間が省けたのだからよいではないかグローリア卿」

「…まあいい。数日前に何人かの上級魔道士を偵察にパルス王国の跡地に向かわせた。噂通り、人が集まっているという報告だ」

「それで、賢者を送るのか? ならばいつものように妾一人で十分じゃろ」

「そうかもしれんが、報告では武装した魔動人形を多数目撃したとう報告も受けていてな。確かに殲滅なら貴様に任せるのが一番いいが、今回は思考を変えようと思ってな」


 王の言葉に、四賢者の視線が集まる。


「我々としては、賢者の弟子の成長を見たい。なので、今回はお前たちの弟子に依頼を頼もうと思ってな。内容はパルス国跡地の魔動人形の殲滅だ」

「断ったらどうする? 悪いが、妾は貴様らを信用してなどおらん。貴様らが妾を信用していないようにな。…何か裏があるんじゃないのか?」

「これ闇の、そうかみつくな」

「自分の弟子に自信がないなら断ればいい。別に無理にとは言わない。どうする?」


 グローリア王の挑発に場の空気が張り詰めた。


「駄王のくせによく言うわ。妾は全て知っているのだぞ。貴様ら八王がぐるだってこともな! 貴様が偉そう―!」

「その依頼。闇の賢者の弟子はお引き受けします。…グローリア王」

「シグ!」


 シグはわざとアルエの前に立ち、グローリア王と向かい合う。


「勝手は許さんぞ! 何かあったら」

「アルエ、僕は国を捨てたんだ。言い訳をするつもりはないよ」

「ぐ…しかしだな」

「他の賢者はどうする?」

「ミーの弟子はすごいってのを見せてやりますよ」

「我も問題はない」

「ほほほ、この子らが出たいと言うならばかまいませんぞ」

「決まりだな。では、仕事は明日の正午にお願いしよう。明日の朝、パルス国の近くに陣を張っておく」


 そう言い残し、八人の王は部屋を出て行った。


「シグ、勝手に引き受けおって!」

「お叱りは後で受けます。シャドー、ゲート開いて」

「おいこら話を―!」


 アルエの影から現れた絶対種『影を歩くシャドー・ウォーカー』によって、アルエとシグの姿は消えてしまう。


「あれがシグ・グローリアか。初めて見たが、確かにそれなりの実力はありそうだな」

「ふん、ミーの弟子の方がすごいんだ。なあコア?」

「うち、もう帰っていいですか」


 蒼の賢者の側にいた少女はとても不機嫌そうな顔だ。まあ、蒼の賢者の下心が丸見えなのだが。


「ほほほ、わしも二年ぶりに見たが、体だけでなく精神面も成長しとるようようじゃの」

「…シグ」

「校長、明日は本気だしていいんでしょ?」

「これゼロ。こういう場では賢者じゃ」

「ふ、みんな相変わらずか。行くぞコウヤ」

「はい、師匠せんせい

「わしらも行くとするかの」


 その日は解散したが、全員の賢者が思っていること、それは自分の弟子が一番優れているということ。口には出さないが、それが賢者の自信と言うものだ。




 【初陣】


 パルス国跡地の近く。そこに張られた陣に八王と四賢者、つまりこの世界の最高権力が集まっている。そして、少し離れた場所にたつ五人の若人。一人はドラゴンに乗った少女で、無表情で後方に居る少年を見る。その隣には白いマントを纏った少年がいて、身の丈ほどある杖を携え。その少し前に黒いローブを纏い、赤紙を束ねた少年が体を慣らしている。その横で蒼いローブを着た少女が嫌そうに眼鏡を直し、分厚い魔道書を抱えていた。そして一番後ろに控えるのは黒いマントとローブを纏い、竜に乗る少女から視線を逸らす少年。


「お出ましだな。お前ら、足引っ張るなよ」

「相変わらずやねコウちゃん。なら一人で片付けてよ」

「誰に向かって言ってんだコウヤ。お前こそ俺の足引っ張るなよ」

「…シグ?」

「…………」


 跡地から武装した魔動人形が集まり、迫ってくる。そんな状況でも恐れる様子はない。


「お前ら全員、邪魔だ!」


 マントから手を出したシグの両手、その指の全てに指輪がはめられている。


幾重魔法デュアルマジック風刃爪牙エアルド・ファングロー


 放たれた十の風刃は折り重なって、迫りくる魔動人形を切り刻む。


「あの野郎。いつか殺す」

「コウちゃん、前見てないと危ないえ」


 シグの前の敵はバラバラに吹き飛んだが、風刃が当たらなかった人形は目の前まで迫る。何とかシグの刃をかわした他の弟子も魔力を纏う。


「紅、それは肉体を示す色。肉弾戦で俺に勝てると思うなよ!」


 ローブ越しでもわかるほどコウヤの筋肉が隆起し、人形へと襲いかかる。


「神激の雷槌ゴルリド・ボルハント固定セット吸収装備ドレイン・ウェア…吸収装備…神激の雷槌のゴルリド・ボルハント・アーマー。俺だって負けないよ」


 そして吸収装備を纏ったゼロとコウヤが前方の人形を蹴散らす。その間に二人の少女は空を舞う。


「…行くよフェイ、幾重技法デュアルスキル…竜の猛火ドラゴンブレス、地獄の門番が放つデーモンズ・ヘルファイア…神竜の獄炎ゴットブレス

「はあ、面倒。…大気の精よ。我が呼び声に応えて陣を築け。そして逃げ場なき強襲を…『限り無き魔法エンドレス・マジック』」

超高等技法マギスキル。『百の破槍ハンレット・グングニル』」


 フィールは竜のはく炎と自分の炎合わせて強大な業火を生み。コアは大気中に無数の魔法陣を描いてそこから多種多様の魔法を放ち。シグは大気中に放出した魔力を具現化させて槍を出す。それらはゼロとコウヤの頭上を越えてその先に居る人形達をなぎ払う。


「ほほほ、みなすごいのう。しかし蒼の、何も使わず陣を築くお主の弟子、何者じゃ?」

「すごいでしょミーの弟子。あの子、人間と魔族のハーフなんだよ。それにとっても可愛いし」

「じじい。あのガキがなんで妾の吸収装備を使えるのか後で説明してもらおうか?」

「闇の、そなたの弟子だってあの年で超高等技法を扱っているではないか。それと、我の弟子が前に居るのに魔法を使うとは、どういう教育をしているのだ?」


 だがそんな賢者たちをよそに、なおも人形達はあふれ出す。


「しかしですね~。あれだけの人形がどこにあったんでしょう?」

「まあおそらくは地下などに隠してあったのだろう。国を守るために用意していたが、結局使わずに終わったと言うところだろう」

「ほほほ、まあ先のことは誰にも見えんさ」

「それにしたって数が多すぎじゃ、もう二百体は壊したじゃろ」


 そのとき、シグが離れた賢者の方を見る。他の賢者には見えないだろうが、万里の魔眼を持つシグと、魔族の肉体を持つアルエには魔法を使わずとも肉眼で互いの顔を見ることができる。


「どうしたんじゃ闇の。笑ったりして」

「いや、なんでもないぞ」


 だが、シグはアルエの微笑みを見て他の四人を残して少し距離を置く。


「彼、何をするつもり?」

「…シグ?」


 広い荒野で、シグは深呼吸をして精神を落ち着かせた。


「シャドー、開くぞ。『闇の転送門ダーク・ゲート』」


 そしてシグの影が広がり、周囲数十メートルの黒い円を描く。


「来い。闇の軍団ダークネス・ナイト


 そしてシグの呼び声に応えるかのように、黒い円から何かが這い出てくる。


「アルエの闇の軍勢ダークネス・ナイツには劣るけど、充分だろ」


 闇から這い出たのは、武装した無数の鎧。しかし中身は空っぽのようだ。


「人形使い(ドールマスター)の怖さを思い知れ」


 そして鎧たちは魔動人形に向かって駆け出す。


「ありゃなんだ?」

「コウヤ、引いた方がいいかもな」


 前衛として戦っていた二人も、後ろから迫る鎧の軍団に焦りを感じる。


「ふざけるな。あいつ一人に手柄やれるかよ!」


 すると、コウヤの筋肉はさらに隆起し、ローブははち切れそうになった。


「まあ、それもそうか。じゃあ俺も本気出すかな。…シグ、よく見とけよ」


 そしてコウヤは闇の軍団を引き連れるように先陣を切ってなおも攻め込み。ゼロは跳びあがって、周囲に魔力を放出する。


「お前でも、さすがに知らないだろ。知られないように結界の中で得たこの力は」


 そして放出された光の魔力は無数の剣となってゼロの周りを漂う。


「いっけぇ!!」


 そして剣は、人形達へ向かって跳ぶ。だが、ゼロ以外の者はその光景に息をのむ。


「おいおい、当たったらただじゃ済まねえぞそれ」

「…なに、あれ?」

「ちょっと、あんな魔法どの文献にも載ってないえ」

(ゼロ…化けたか)


 それは、シグが全く予想していなかったこと。


「やはり、何度見ても信じられんのう」

「なんだあの力は、特別な破壊魔法か?」

「魔法専門のミーでも、あんな魔法みたことないですよ」

「あるわけなかろう。妾でも、あの力を持つ者はこの世で一人しか知らん」


 離れた場所で見てる賢者たちも驚きを隠せない。なぜなら、ゼロの放った剣は、人形達に刺さると、その人形を粉々に破壊してしまうのだ。


「じじい、あれは『破壊神のゴット・ブレイク』で間違いないんじゃろ」

「ああ、わしも魔神には会ったことがある。お前さんが見えてもそうなら間違いなかろう」

「しかし、なぜじゃ。あれは魔神しか使えぬ。『神の力』じゃぞ」


 全てを破壊する魔力。魔界で最強とされる魔神が持つ力。その魔力で作られた武器に、壊せない物はないと言われている。存在自体が破壊する力を持った神の力。


「魔神にはまだ遠く及ばないとはいえ、破壊神の力を持っているとは末恐ろしいガキじゃ。あの子の教育を間違えば世界を脅かす脅威になるぞ」


 だが賢者たちが驚く中、シグ達は巨大な影に覆われる。空は快晴なので、そんなことあるはずがないのに。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 その場にいた誰もが声を発することができない。ゼロの力に気を取られ、まったく気付かなかった。空を覆う巨大な影が現れたのを。その影が、太陽を覆うまで。


「フィール、逃げろ!」


 フィールは逃げようにも、最強種であるフェイがその場を動けない。


「シャドー!!!!」


 そして何もできず周囲に暴風と衝撃が走る。


「さ、サイクロプスじゃと。な、なんで絶対種の巨人がこんなところにおる」

「コアー!!」


 離れた所にいる賢者たちが肉眼で見ることができるほどの巨人。賢者たちですら、どこから現れたのかわからないでいる。さらに、サイクロプスが持つ巨大な棍棒を振り下ろした衝撃がやってきた。


「な、何も見えない。みんな無事なのか?」


周囲に立ちこめる土煙り。それはまるで爆発の煙のように周囲へと広がっていく。



「くそ、邪魔だ! 天使達が起こすアンジェラス・ウィアル


 ゼロは立ちあがって周囲の土煙りを風で吹き飛ばす。そして晴れた景色に、倒れこむコウヤが写る。


「コウヤ! 大丈夫か」

「うるせー、よ。肉体強化してたんだ。ある程度の攻撃には耐えきれる」


 だが、衝撃でこの威力。一つ目の巨人が振り下ろす棍棒を直接受けたら生きては居られないだろう。


「やべ…目が合っちゃった」


 土煙りが晴れたことにより、サイクロプスは獲物の姿をとらえる。


「逃げるぞコウヤ!」

「待て! あそこにコアが!」


 少し離れた所で、うずくまっているコアの姿がある。でも、ゼロやコウヤのように肉体強化などをしていなかったので、傷だらけのようだ。


「くそ、『破壊神のゴット・ブレイス』」


 ゼロの槍は腕に直撃するも、サイクロプスの固い皮膚で致命的なダメージにはならない。


「ダメだ、早く逃げるぞ!」

「待ってろよ、コア!」


 だが二人がコアの前に着くより、サイクロプスが棍棒を振り下ろす方が早いのは分ってる。すると、周囲に横たわっていた鎧が動き出し、二人を抱えてその場を離れようとした。


「こら、放せ! シグ、てめー仲間を見捨てんのか!」

「動くなコウヤ、こいつら破壊神の力でぶっ壊してやる」

「いいから…逃げてーな」


 だが、離れていくコアの声が聞こえる。


「仲間を助けようとして自分が死んだら、意味ないで」

「ふざけるなよ。だからって逃げられる訳ないだろ」


 だが無情にも、サイクロプスの棍棒はコアへと振り下ろされる。


「コアー!!」


 そして、訪れる衝撃から鎧は二人を守る。衝撃に飛ばされながらも、二人を離さず遠くへ遠くへ向かう。


「まったく、余計な手間掛けさせやがって」

「…誰なん?」


 土煙りでよく見えないが、コアは自分の前に誰かが立っているのを感じる。


「助けられる力もないのに誰かを助けようなんて、甘いんだよ」


 よく見ればコアの周囲には結界が張られており、どうやらそれで衝撃からは守られたようだ。


「大丈夫か? 本当は光魔法で治してやりたいんだが、この体じゃ光魔法は使えないんでね」


 風が吹き、土煙りが晴れる。


「そこでじっとしてろ。一人守るくらいならわけない」


 そして目の前に広がる光景にコアは言葉を失う。なぜなら漆黒の鎧を纏った誰かが、サイクロプスの棍棒を片手で受け止めて立っていたのだ。


「まったく、殴るしか脳のない奴が好き勝手暴れてくれたな」


 漆黒の鎧は顔も覆っているので、誰だかわからないが、纏っている魔力は黒い。


「とりあえず重い。…『究極神のアルテ・コルラド』」


 そして凄まじい魔力を纏い、棍棒を押し返す。


「力だけじゃ、オレは倒せないよ」


 そして空を蹴って懐まで一気に駆け上がっていく。


「究極神の力…右手固定ライト・セット貫け、破槍招来…究極神のアルテ・コルラス


 そして、シグの最強の一撃がサイクロプスの腹部を捉える。凄まじい破壊力が巨体を浮かし、サイクロプスはクの字に曲がった。


「ち、やっぱダメか」


 だがサイクロプスの皮膚は鋼より固く、ダメージこそ与えたが外傷は見られない。


「ふー、威力はゼロが上か」


 ゼロが放った槍はサイクロプスの皮膚を破って外傷を与えている。それに少し嫉妬を覚えるが、ダメージはシグの方が強いらしく、サイクロプスを怒らせてしまった。


「まあ、時間稼ぎは済んだ。まだオレに絶対種は早いってことだな。…魔光翼マジットウィグ


 シグは魔力で翼のような形を作り、地面に向かって急降下を始める。


「やば、ちょっとやりすぎたかな」


 だがサイクロプスの目は血走っており、間違いなくシグへと向けられている。シグは地面すれすれを高速で飛ぶ。


「行くぞ。とりあえず、もうオレ達の仕事じゃない」


 そして、コアを抱えて空を舞う。


「もう休んでいいよね。アルエ」

「当然じゃ。むしろ引っ込め」


 そして、いまだに晴れてない土煙りの中へ飛び込む。その時、四人の人影とすれ違う。


「コア~」

「情けないのう。お主、弟子に依存しすぎじゃ。そんなに大切なら首輪でも付けておれ」

「それは言い過ぎではないか。絶対種の出現なぞ誰も予想してなかったことじゃ」

「まあ、闇の弟子には感謝だな。奴が居なければ我らの弟子は全滅していたかもしれん」

「当然じゃ、あの鎧は妾でも破れぬ『最硬の盾』じゃからな」


 土煙りから出てきたのは四賢者。だが、雰囲気はいつもと違って見える。


「ミーの弟子によくも傷つけてくれましたね。殺しますよ」

「止めぬか。仕置きは必要じゃが、命を取らずともよいだろ」

「ふん、貴様らごときに絶対種が殺せるか。妾一人で十分じゃ」

「そう言うな闇の。こいつは史上最強と言われた我ら四賢者を怒らせたのだ」


 シグが消えたことにより、サイクロプスの怒りは目の前の四賢者へ向けられる。


「とりあえずミー、暴れます!」

「やれやれ、連携もないもないの」

「賢者はそんなものだ。我も行く」

「まあ、妾の火力に巻き添えを食わねばそれでいいさ」


 蒼の賢者はサイクロプスの顔の前まで上がり、紅の賢者は地面へ降り立つ。


「とりあえず、全力で仕返しします。…蒼は空の色。そして蒼を統べる賢者は空の支配者なり。周囲魔法陣展開、最広域…『無限の魔法地獄インフィニット・ヘルマジック

「紅は肉体を示し、大地を司る。大地の地下に眠る憤怒を知れ。変身トランス皇獣ビースエンぺル…我が牙は全てを引き裂く。『皇獣裂牙こうじゅうさいが』」


 蒼の賢者が逃げ場がないほどの魔法の嵐を起こし、そしてその弾幕の中を潜り抜け獣人へと姿を変えた紅の賢者が、サイクロプスの腹部に風穴を開けた。


「どれ闇の、わしらも行くか」

「ふん、一発で十分じゃろ」


 そして光と闇の賢者はその場で強大な魔力を放出する。


「目に見える光は全てわしの支配下にある。…太陽もな。『陽の聖天ソーラ・ホーリム』」

「闇は水の使い手。じゃが生憎と手元に水がない。もっとも、生き物の多くは肉体に水分を持つがな。…妾は全ての闇の支配者。『自血による残死エーネド・ディアデス』」


 サイクロプスの頭上から巨大な光が降り注ぎ、さらに全身から血を噴き出して倒れた。


「闇の、その魔法はいくらなんでも残忍過ぎんか?」

「別に、絶対種ならこの程度では死なんからいいじゃろ」

「ちぇ、もう終わりですか。まだミーは足りないです」

「もういいだろ。こいつもしばらくは動けまい。今のうちに弟子の手当てをするぞ」


 強力な絶対種も、史上最強と言われる四賢者を相手には五分と持たなかった。その力こそ、史上最強たる証。そして王達が手なずけられないほどの存在なのだ。


「…できたらで構わん。泊める場所はないが、今夜妾の城に来てくれぬか」

「初めてじゃの、お主がわしらを城に呼ぶなど」

「別に、ただ話し合いたいことがあるだけじゃ。…少なくとも妾は、貴様らのことは信用しておるのでな」


 普段ならあり得ないこと、他の賢者も何かを感じているようだった。




 【言い伝えの神】


 その後、ケガ人の治療は終わりサイクロプスもアルエがシャドーで住みかへと戻した。そしてパルス王国の調査が行われたが結局収穫はなく。解散したのは夜であった。


「本当に来てくれるとは思わなかったぞ…弟子も一緒か」

「ほほほ、解散したその足で来たんじゃ。お前さんと違ってわしらは空間転送できんのでな。とくに遠くに住んでおる蒼は弟子を置いてはこれまい」

「客間がないのはいいけど、帰りは便利なシャドーウォーカーで送ってもらうよ。それとミーは温かい食事を所望する」

「我はよいが、弟子に食事くらいは出してもらうぞ」

「茶でも何でもあるものなら出してやる。キサ、食事の準備はできてるな」

「はい。お口に合うかはわかりませんが、多種多様の料理をご用意させてもらいました」


 この城が建ってからこれだけの人数が入ったのは始めてだ。光の賢者であるシリス以外はこの城に来るのが初めてなので、珍しそうに周りを見回す。そして食堂へ通され、大きな長テーブルに皆が腰を下ろした。


「作法なぞは別に問わん。国によって異なるしの。話は食事の後にするとしてとりあえず食してくれ」


 そして給仕服をきた魔動人形が大皿に盛られた料理をテーブルいっぱいに運んでくる。


「あわわ、これは予想よりもずいぶんと豪華ですね~。まさか闇の賢者がここまでしてくれるとは驚きです」

「城の主だけあって、有意義な生活を送っているのだな。人形使いだけあって城の管理も行き届いている」

「別に、普段はそんな贅沢はせん。食事も妾とシグしかとらんのでな。じゃから金は使わぬのに依頼をこなして報酬があるから貯まる一方でな」

「ほほほ、ならばもっと家具をそろえたり客室を作ればよいではないか」


 話の弾む賢者達。だが、対照的に弟子たちはあまり会話はない。コウヤとコアがやりとりするくらいでゼロとフィール、そしてシグはただ黙って料理を食べていた。もっとも、フィールは視線をシグへ向けているが。


「客室は客を呼ぶために必要なものじゃ。今日まで客を呼んだことがなかったからな。とくに必要性も感じておらんだけじゃ」

「備えあれば憂いなしと言うじゃろ」

「まあよいだろう。我もあまり自分の屋敷に人を呼びたくはないのでな。普段は研究に没頭して客を呼ぶこともないが」

「ミーも、コアとの愛の巣には誰も入れたくないですね~」

「…本当にお主、今に嫌われるぞ」


 だがすでに嫌われているようで、コアは一度も蒼の賢者の方を見ることがないまま食事は終わる。


「シグ、他の子たちを連れて席をはずしてくれ。…こういうこともなければ話し合うこともないじゃろう」

「でもアルエ…分りました。マスター」


 何を感じたのか、シグは食堂を出ていく。


「ほほほ、親睦会ということじゃ。お前たちも行きなさい」

「…言われなくても」

「ちょっとフィール」


 そして他の弟子も食堂を出て行った。


「キサ、茶を出してくれ。お主らは何かいるか?」

「ほほほ、何でも構わん」

「ミーはミルクたっぷりでお願いします」

「任せる」


 テーブルは綺麗に片づけられ、席に着くのは四賢者のみ。そして先ほどとは空気がまるで違う。


「して、我らを呼んだのはどうしてだ? 正直お前らしくない。いつものお前なら一方的に会いに来るだろ」

「四人だけで話をしたかったからじゃ。そして誰にも聞かれたくない内容じゃ。この城は人が来ることなどなく、さらに結界が張り巡らされ、とことん外界から遮断されておる」

「まあ、確かに密会にはうってつけですねー。ここには王族でも干渉は不可能みたいです」

「ふう、お前さんがわしらの意見を聞きたいほど深刻な内容なのか?」

「…私は、向こうの方にもお茶を出してまいります」


 キサは聞かぬ方が良さそうだと、理由をつけて食堂を出ていく。


「…お主ら、今の王家をどう思う?」

「いきなりじゃのう」

「確かに、外ではできぬような話だな」

「賢者が王家のことで密会なんて、王達の耳には入れられないですからね~」


 話の重さに、場の空気が張り詰める。


「お前たちも気づいているだろう。グローリア王のことは」

「まあ民は騙せても、王家の血について知ってる者なら簡単にわかりますからね~」

「だが、我らが口を出すことではない。我々は賢者であり、王家ではないのだ」

「紅の、お前にはそれを言う資格があるまい。もっとも、わしにはもっとないがの」

「それで~、それがどうかしたんですか? 現状、とくにミー達に困ったことはないですよ」

「今日現れたサイクロプスが、召喚術で呼び出されたものだと言ったら?」


 賢者の視線が一斉にアルエへと集まった。


「妾は魔物と会話をすることができるのは知っておろう。奴を住みかに運んだ時、いろいろ話を聞いたのじゃ」

「して、あの絶対種はなんと言っていたのだ?」

「奴はいきなりあそこに呼び出され、とりあえず側に居た者を敵だと思って攻撃したと言っていた。じゃが絶対種を召喚となれば、並みの魔法使いには無理じゃ」


「できるとすれば、ミー達賢者か、王家の者。それも複数人」

「確かに、いくら無限の魔力を持つレイブンの者でも、強大な魔法を一人で発動させることはできんからのう。…それで、王家が怪しいと?」


 そしてアルエの表情は曇り、微かに震えているように見える。


「絶対という証拠はない。それに、かなりの実力を持つ上級魔道士が百人もいれば絶対種の召喚は可能じゃ」

「よいから話してみよ。聞いてみねば、わしらにも判断はできん」

「…あくまで妾の予想じゃが今回の依頼の目的は、シグとフィールの抹殺だったのではないかと思う?」

「それって、王家が身内を殺そうとしたってことになりますよ」

「だが、考えられなくはないな。…我も元王家の人間だ」

「アルエ、お前さんがそう思った訳を話してくれるか?」


 アルエは、手に資料を現してテーブルの上に置く。


「いろいろ調べたのじゃ。汚い手も使って、王家のことを調べた。そして知ったんじゃ、今の王家にとって、フィールとシグは邪魔な存在でしかない」

「正統後継者である二人が邪魔か。嫌な感じじゃのう」

「今のグローリアとジハールは操られておるに過ぎん。いづれ、その地位を失うからの」

「まあ、ありうる話ですね。自分の地位を維持したいがために、邪魔な存在を消す」

「そして滅ぶまでグローリアとジハールを食いつぶすか。…我の一族もかんでいそうな話だな」


 どれだけ世界が苦しみに満ちても、わが身が一番かわいい。そのためなら何でもする。今生き残っている王家の大半はそうして国を守ってきた。


「大国であるジハールとグローリアを利用し、自国を安定させて国土を拡大。そして正統後継者を失った大国は何れ滅び、残った王家でまた消し合うか。…血塗られた血族だな」

「別に紅はまともじゃないですか。そういうのが嫌で逃げ出したんだから。それに、賢者として多くの人を守ってるんだから、誰も責めませんよ」

「そうじゃな。お前はまともじゃよ。そうして心を痛めておるのだから」

「それにしてもゆるせないですね~。もし闇の予想が事実なら、ミー達の弟子が死んでもかまわなかったってことじゃないですか」

「妾は初めから嫌な気はしてたんじゃ。じゃが、まさか絶対種を使うほどとはさすがにおもわなんだ」

「あの場にいたわしら全員、絶対種が現れるなど予想していなかったことだ。王家が二人の命を狙っているとしてもそこまで大胆な作戦でくるとは思わんさ」


 この世の全てを知りつくすと言われているシリスでも、さすがに人の心までは知り得ないようだ。


「これからどうするのだ? 絶対種を呼び寄せたのが王家だという証拠はない。だがどちらにしろ、このまま放っておけば二つの大国は滅ぶかもしれん」

「まあ他の王家にとって、あの二つの大国が再び力を取り戻すのが怖い訳ですからね~。そのためにも、二人の命は守る必要があるか」

「それに、もしかしたらずっと二人を抹殺する気概をうかがっていたのかもしれん。…二年前に、フィールは一度賊に襲われている」

「確か依頼主が誰かは分らぬが、生きて連れて来いという命令じゃったらしいの。それも、最強種なんかを相手にするような武器を多く持っていさそうじゃし」

「その件についても調べたが、犯人までは辿り着けんかった。そのことからみても、妾は王家の者達だと思っておる」


 どれぐらいの時間が立ったのか、すでにお茶は冷めていた。


「なんか、軽い気持ちで来たのに重い(ヘビー)ですね」

「我もこんな話をするとは思っていなかった。今日の絶対種が何だったのかという話だとしか考えていなかったからな」

「じゃがどうする? 仮に王家が犯人だとして、わしら賢者が出て行っていい問題かの?長い歴史の中、賢者は四人、王家は多数いたためいつも賢者は従ってきた」

「でも今は力をつけている六人の王に、力を失い始めている二人の王。そしてミー達は弟子を入れて九人…争えない数ではないね~」

「だが、王家が滅んでしまえば世界は終わりだ。恵みは完全に失われ、世界は滅ぶ」

「…古き言い伝えではそんな時、神が現れ世界を導くと言うがの」


 どこの世界にもある言い伝え。この世界では、世界が滅ぶ時全てを消しさる存在があらわれ世界は消滅に向かうが、人の中から選ばれた者が神の力を授けられ世界を導くとある。


「言い伝えか…そういえば、ゼロとかいう少年は破壊神の力を持ってましたね~。もしかしたら、彼はその伝説の選ばれた存在なのかもしれないですね」

「まだそうだと決まったわけではない。それに、まだ世界は滅びはしない」

「伝説か、懐かしいのう。数千年前に神が現れ、己の力を選んだ108人の若人に分け与えたと聞く。自分一人でなく、たくさんの人たちで世界を守っていこうとな。それが王家」

「…聞いたことあるの。逆に魔界は、今でも魔神が一人で世界を守り続けていると。まあ本人は話してはくれんかたっがのう」


 歴史上、賢者はいつも王家に従ってきた。だが史上最強であり王家の弱っている今、賢者は立ち上がるべきなのかもしれない。




 【親睦会?】


 少し前、食堂を出たシグはある所へ向かう。その後ろを他の弟子たちが追った。


「ふう、言っとくけどたいした物はないぞ」


 そしてシグが入った部屋。そこにはとても広く、本棚や紙の束がつまれた机などでごった返していた。


「…ここは?」

「オレの研究室。まあ簡単に言えば与えられたオレの部屋だ。一応ここにあるのは全部オレの物だしな」

「すごい。マスターでも持ってないような本がたくさんあるえ」

「研究か、弟子なのに何を調べるんだ」

「いろいろだ。まあオレはアルエが手を出してないような分野も研究してるからな」


 他の弟子は学生だったり賢者の手伝いしかしていないので、自分の研究をしていることをすごいと思う。


「…人体構造、錬金術。手を出しすぎじゃない?」

「人体構造はアルエと共同だ。人に近い魔動人形。それがアルエの研究だしな。他にもあるが、錬金術は金属を土台べーすにした魔器の開発なんかでやってる」

「ずいぶん努力してるんだな」


 ここにやっと口を開いたゼロ。だが、二人の間には冷たい空気が流れる。


「お前みたいに破壊神の力を持ってる訳じゃないからな。強くなるためには何でもするさ」

「おいこの研究書、師匠のと少し違うぞ」

「あんまり見るな。それに、それはアルエが出したものだ。紅の賢者はアルエが自分の分野も研究してんのが気に食わないみたいだがな」


 やれやれといった感じで頭をかいていると、カートにティーポットを乗せてキサが入ってきた。


「こちらにいらしたんですね。お茶をお持ちしました」

「監視か?」

「いえ、あちらのお話はお聞きしないほうがいいかと思いまして」

「だろうな。結界まで張って、オレに見えないようにしてる。…まあ、だいたい何を話してるか想像はつくがな」


 キサは一人一人に温かいお茶を渡す。すると、コアがシグの前へやってくる。


「あの…今日は助け―」

「何も言うな」


 だが、少し冷たい感じでコアの言葉を遮る。


「貴様、コアはずっとお前にお礼が言いたいって思ってたんだぞ」

「言われる筋合いがないんだよ。…悪いのはオレなんだから」

「どういう意味だ。場合によっちゃただじゃおかないぞ」


 和みつつあった空気が再び冷え、キサは居てはまずいかと入口へ向かう。


「いいよキサ、居てくれ。…あのサイクロプスは、おそらくオレとフィールを抹殺すために王家か誰かが仕組んだものだ」

「どういう意味だよ! なんで貴様とフィールが?」


 フィールの名を聞いてコウヤより先にゼロが反応するが、シグはそれを無視しする。


「今の王家にとってオレ達は邪魔な存在なんだ。…さすがに絶対種が出てくるのは予想外だったがな」

「それで、なんでお前のせいなんだ?」


 責められると思っていたのか、意外そうな表情を浮かべた。


「オレとフィールが居たからお前ら危ない目にあったんだぞ。…今日は運が良かっただけで下手をすればこの子は死んでいたんだ」

「別にお前が何かした訳じゃないんだろ。…俺の師匠も王家の人だ。その程度じゃ驚かねえよ」

「お前らだって下手すりゃ死んでたんだ。なんでそんな平然な顔してられんだ?」


 だがコウヤだけでなくコアも、正確にはゼロ以外は驚いている様子はない。


「命狙われたことがあんのが自分だけだと思ってんのか? 悪いが俺もコアも学校に通ってる訳じゃねえ。何かあれば自分の命は自分で守ってんだよ」


 学校の敷地内はあらゆる結界で守られており、学校に通っている者は命の危機に直面することはほとんどないのだ。


「さすがに絶対種に襲われたのは初めてだし、そこまでしてお前らを消そうとしてるのには驚いたが…お前も被害者だろ」

「あの…だから、言わせて。今日は助けてくれてありがとう」


 いつ以来だろうか。下手をすれば、今まで親しくない者からお礼を言われたのは初めてのことかもしれない。それほど、シグは感謝されたことがないのだ。


「なんて言っていいかわからないけど…やっぱりオレは、お礼を言われる資格はないよ。あのとき君とフィールが空にいたけど、オレはシャドーにフィールを守らせたんだから」

「でも、うちのことも守ってくれた」

「それでも、君は大怪我をしたんだ。たまたま助かっただけで、死んでいてもおかしくなかった。でも、オレはフィールの安全を優先したんだ」

「優しいんだね。…でもね、あなたが助けてくれなかったらうちは間違いなくしんでいたえ」

「俺たちだって死んでた。あの時はとても冷静な判断ができる精神状態じゃなかったしな」


 まだ会って二日しか経っておらず、お互いを全く知らない。そんな人に『優しい』と言われた。


「オレのどこが優しいんだよ。オレは見捨てたんだ。たまたま助かったから助けただけで、オレは…」

「あなたは優しいよ。だって、うちのことでそんなに苦しんでくれてるじゃない。どうでもいいなら、そんなに苦しそうな顔しないでしょ」


 罪悪感は優しさなのだろうか。良心と呼べるのだろうか。


「助けてくれて本当にありがとう。だから、もう気にしないで。みんな、無事だったんだから」


 シグは器用じゃない。だからそう簡単には割り切れないが、向けられる笑顔は全てを包み込む空のように広く感じた。


「もういいか? なんでフィールが狙われてんのか理由を話せよ」


 だが、その後ろからは突き刺さるような冷たい視線を向けられる。


「邪魔だからさ。ただそれだけだ」

「答えになってねんだよ。いったいどいつがどんな理由で狙ってんのか詳しく話せよ」

「話しても無駄だよ。フィールを守れない今のお前にはな」

「んだと、やるのか」

「止めろよ、ゼロ」


 だがコウヤの制止を聞かず、ゼロは魔力を纏う。


「来るなら来い。お前の破壊神の力とオレの最硬の盾。どっちが強いか試してみたかったんだ」

「上等だ。俺が勝ったらわかってんだろうな」

「ああ、認めてやるよ。お前は強くなったってな」


 シグも漆黒の鎧を纏い、互いに睨みあう。


「…止めて。じゃないと、あれを使うわよ」

「ふん、わかったよ。…いくらオレでも、フィールを相手にするつもりはない」

「おい、止めんのかよ」


 睨みあう二人を威嚇するようにフィールも魔力を纏った。だが、それをみたシグは鎧を解いてしまう。


「当たり前だろ。お前は二年も一緒にいてフィールの怖さを知らないのか? 言っとくけどここに居る六人の中で一番強いのはフィールだ。…まあ、あくまで力だけではな」


 六人と言うことはキサも含まれているようだ。


「…でも、シグが鎧を纏ってれば変わる」

「鎧纏っててもフィール相手じゃ命がけだよ。そんなのやってられるか」


 シグが嘘をついてるようにも見えず、フィールの鋭い視線が痛いのでゼロも魔力を解く。


「でももし闘いになれば、全員キサに瞬殺されるさ。魔法を使ったり肉体強化をするより、キサがオレ達の息の根を止める方が間違いなく早いからな」

「シグ、私はそんなことしませんよ」


 だが実際それだけの力を持っている。あの紅の賢者でも、魔力を纏ったり肉体強化をしなければしょせんただの人なので、常人の動きしかできない。だがキサは魔動人形であり、いくら人に近いといっても常人ではできないような動きに耐えられるようにできている。つまり、この場にいる者が魔力を纏ったり肉体強化をする前に瞬殺することが可能なのだ。


「安心しろよ。…多分近いうちに決着をつけることになるから」


 シグは冷め始めたお茶を口へと運ぶ。


「ただ、できるだけもうオレには関わるな。今日みたいな仕事の依頼は全部オレが一人で受ける」

「…シグ」

「厄介事は全部オレが背負う。そのために身に付けた力だしな」

「ふざけるなよ。貴様何様のつもりだ」

「ククク、自分一人の命も守れない奴が笑わせるなよゼロ。いくら攻撃がオレより上でも、生き残れなきゃ意味がないんだよ。死んだら、人生それで終わりなんだから」


 シグは攻撃力でなく防御に特化した力を身につけたのは、何があっても生き残るという強い意志があるからだ。だから鎧はその意思を体現したものなのかもしれない。


「ん、結界が解けたか。…戻るぞ」

「お前、さっきからなんで分るんだ? 俺には何も感じないぞ」

「そうだな、とりあえず“見える”とだけ言っておくよ」


 シグの右目はこの世の全てを見通すと言われている『万里の魔眼』になっており、壁を透かしてアルエたちのいる食堂の方が見えるのだ。もっとも魔力で眼の色を変えて分からないようにしているので、アルエとキサ以外は誰も魔眼だとは知らない。


「おい、俺はまだ話が終わってないぞ」

「しつこいな。…今のお前じゃオレには勝てないよ。鎧が破られたって、オレにはお前を確実に仕留められる力があるんだからな」


 そのときシグが向ける左目が見たこともない眼に変わっていた。本当にまだ力を隠しているのだろう。


「…行こう」

「お、おいフィール、まだ話は―」


 だが終わりそうにないと判断したのか、フィールはゼロの手を引っ張って部屋を出ていく。


(ふ、手をつなぐくらい仲良くなったのか)

「俺達も行くか。お前のことに関してはまた後日聞くことにするよ。…たぶんこれからも長い付き合いになるだろうしな」

「うちも、もっと強くなるえ。だから、そんときは頼ってな」


 そして他の二人も後を追うように行ってしまう。


「仲良くなれましたか?」

「キサにはどう見えたのさ。…あの二人はいい奴だよ。右目で心も覗かせてもらったからね。あいつらなら、きっとゼロの助けになってくれるさ」


 そしてシグはキサと一緒に食堂へ向かうのだった。




 第二章『グローリア王』


 【温もり】


 四賢者の話し合いが行われて数日、とくに何も起こることなく時間が流れていた。すぐに次の依頼が来るものと思ったがそれもなく、不気味なくらい何もないのだ。やることもなく、アルエとシグは食堂でお茶を飲みながら過ごしている


「うーん、暇じゃのう」

「どうしたのアルエ? いつもなら研究とかして時間をつぶすのに」

「今はそんな気になれん。それに、キサはこれ以上どう改造してよいのか」

「アルエ様、改造といういのは止めてください。なぜか嫌です」


 三年前と比べ、キサの性能はかなり向上していた。それはシグが加わったのもあり、前はなかった触覚や嗅覚さらには味覚なども感じ取れるようになり、五感すべてを感じられるようになったからだ。


「うーん、涙も流すし血も流れておるしのう。本当にエネルギー源が魔力なこと以外人とは変わらぬはずじゃ」

「もういっそ自分で魔力を作れるようにして、独立した個体にしたら?」

「なるほど。それなら妾が魔力を与えんでも動けるし、壊れぬ限り半永久的に生きていけるわけじゃな」

「もう、それならいっそのこと人にしてくださいよ」


 人と言う言葉に反応したのか、やる気のない眼がキサへと向けられた。


「人にか…、子でも成したいのか?」

「え、子供ですか? …相手がシグなら、いいかも」

「ちょっとキサ。アルエも、それはいくらなんでも無理でしょ」

「わかっておるわ。じゃが、行為はできるしのう。それに血は流れておるのじゃから母乳を出せたりはできるかもしれん」

「血って言っても流れてるだけでしょ。全身に栄養や酸素を送ってるわけでも、ましてや老廃物なんて出ない。しかも魔力でいつも浄化されてて人のとは別物だよ」

「あの、そんな本人の前で具体的な話をしなくても」


 話し合う二人の側で、対象となっている魔動人形は困ったような表情になる。


「でもさ、もし魔力を自分で生み出せるようになったら魔法使えるんじゃない?」

「そうじゃのう。五感はそろっておるのだから訓練すれば魔力を操れるかもしれん。魔法を使える魔動人形か、もしできたらすごいことじゃな」

「すごいどころか世界最高の魔動人形なのは間違いないね。五感を持っているだけでもすごいんだから」

「キサが魔法を使えるようになったら、妾はもっと楽になるのう」

「アルエ様、これ以上楽することを考えないでください」


 だが、実際そんなことができるのかはわからない。だが、もしできればそれは本当に人と変わらぬ存在になるだろう。そして、もしその人形が戦争で使われれば大惨事になるのは間違いない。どんなに優れた研究も、使い方次第では恐ろしい兵器となる。だからどんな技術も、それを使う人次第なのだ。


「魔力を生みだすか。…人も悪魔も眠ることでその日の魔力を回復させるからのう」

「まあ体力と似たようなもんだからね。…魔力を蓄える魔宝晶まほうしょうを使って、体で魔力を生み出せるようにすればいけるかな」

「じゃが魔宝晶はとても希少で高価じゃ。そうそう手に入らんぞ」

「他に思いつく方法ある?」


 アルエはしばらく考えた後、首を横に振る。


「よし、ちょっと探してくるかの。他の賢者なら魔宝晶を持っておる奴を知っておるかもしれん」

「いってらっしゃい」

「キサと二人で留守番か?」

「うん。…この本を読み終えておきたくて」


 アルエは少しさびしそうな顔をして、マントを纏う。そのあと、シグが読んでいる本をみると、『魔力と大地の繋がり』と書かれていた。


「ふう、まあいい。夜までには帰る」

「いってらっしゃいませ」


 いつものように影からシャドーが現れ、アルエの姿は消える。


「一緒に行かなくてよかったんですか?」

「うん。…今日はね」


 様子がおかしいシグ。そのことにキサは気付いていた。なぜなら、シグは先ほどから一度もページをめくってはいないのだ。それに、その本は前にも読んでいたのを知っている。王家の血の力で『完全学習パーフェクトマスター』の才能を持っているシグが、同じ本を読むことなど今までになかったからだ。


「いったい、右目で何を見ているんです?」

「別に、両目で本を見てるけど」


 すると、キサは椅子に座るシグに目線を合わせて屈む。


「私の眼はごまかせませんよ。アルエ様に黙って今度は何をするつもりなんですか?」

「…なんで、アルエと違って鋭いの?」

「わかるのはアルエ様とシグだけですよ。…それにアルエ様もきっと気付いています。でも困った時は助けを求めるだろうって、いつも見て見ぬふりをしているんですよ」


 実際、困った時いつもアルエは助けてくれた。黙って勝手なことをしても笑って許してくれ、正式な弟子になってからは本気で怒られたことがないような気がする。


「あなたが頑張り屋さんで、誰にも迷惑や心配をかけたくないからって無理をするから、アルエ様は見守ってるんです。あなたの努力を無駄にしないために」

「そんなに、僕って分かりやすいかな?」

「どうでしょうね。でも、心配なんですよ。私もアルエ様も、シグを愛していますから。だから、些細なことでもおかしいと気付いてしまうんです。いつも見ているから」


 聞いていて恥ずかしくなるような言葉。でも本から眼を離し、キサの方を見ると曇りのない笑顔がある。


「オレだって、キサとアルエのこと、その…愛してるよ。でも、だから心配かけたくないんだ」


 相思相愛。でも互いに想い合うからこそ、うまくいかないこともある。相手を想うからこそ、素直になれないこともある。でもそれが、人の心なのかもしれない。


「我がままなのはわかってるけど、もし僕がまた夜に抜け出してもアルエを起こさないで」

「抜け出すような“何か”があるんですか?」

「あるかもしれない。…いや、ある」


 開いていた本を閉じ、テーブルへ置く。


「でもどうしていいかわからないんだ。…もしかしたら、もう二度とここに戻ってこられないかもしれないから」


 無理をするのを止めたのか、体が小刻みに震えているように見える。


「その時は、私もついていっていいですか?」

「え―」


 意外な言葉に耳を疑う。だが、キサはシグに寄り添って抱き寄せてきた。


「ずっと、側に居てもいいですか?」

「…ダメだよ」


 抱擁を拒む様子はないが、首を縦には振らない。


「キサもいなくなったら、アルエが一人になっちゃう。だから、ダメだよ」

「アルエ様は許してくださいます。…もしかしたら、アルエ様もついてくるかもしれません。アルエ様にとって一番大事なのは、あなたなのですから」


 シグもそれは理解している。だから悩んでいるのだ。


「二年前、私はまだ視覚と聴覚しかもっていませんでした。だから大罪の闇に目覚めたあなたが、抱きしめてくれた時とても辛かった。あなたの温もりを感じることができなくて」

「僕は感じていたよ。三年前に会ったときから、キサが抱きしめてくれるといつも温かかった。アルエと同じでいい匂いがするからこうされるのが好きだった」

「わかる気がします。今では、こうするとあなたの温もりを感じられる。だからずっとこうしてあなたを抱きしめていたくなる」


 気付けばシグの震えは止まっている。そして、曇っていた顔には微笑みがあった。


「やっぱりダメだな。これも全部キサとアルエのせいだ」

「何がです?」

「僕は親の愛情を知らなくてずっと求めてた。だから、キサやアルエが抱きしめてくれると、お母さんてこんな感じかなって思うから」

「どうでしょうね。両親が与えてくれるのは無償の愛です。でも私もアルエ様も、あなたに愛してほしい。もっと求めてほしいと思っていますから」


 キサの手がシグの頬に触れ、唇が重ねられる。こうするといつも疑ってしまう。キサは本当に人形なのかと。


「お部屋に行きましょうか」

「今何時だと思ってんだよ」

「お昼くらいですね。アルエ様が帰ってくるまで時間はたくさんあります」

「…バカ」


 キサに手を引かれ、食堂を出る。並んで歩く二人の背は三年前とは異なり、シグの方が高くなっていた。それだけの月日が、流れていたのだ。




 【変えられぬ定め】


 アルエが城に帰ってきたとき、すでに日は落ちて満月が昇り始めていた。城ではシグとキサが厨房で夕食の準備をしている。疲れているのか、アルエは食堂の椅子で脱力していた。


「ご飯できたよ、アルエ」

「んー」

「その様子だと、手掛かりは見つからなかったの?」

「はっきり言ってないに等しい。王家なら持っているかもしれんと言っておったが、あの依頼のあとじゃから会いには行けぬさ」


 シグはアルエのテーブルに料理を置き、自分も椅子に座る。


「それと、妾が居ない間に二人して楽しいことしてたんじゃのう」

「な…何のことだよ」

「ふん、キサの様子を見ればわかる。夜は妾に付き合ってもらうからな」


 キサは機嫌がいいとすぐに顔や行動にでるので、隠し事はできない。まあ、嬉しそうな彼女を見るのは嫌な気はしないが。


「アルエ様、今日のお飲み物は何に致します?」

「そうじゃの…お前に任せる」

「かしこまりました。ではこのまえ買っておいたお酒を持ってまいりますね」


 笑顔で厨房へと向かうキサ。シグは複雑な心境になる


「ふふ、まあ諦めろ。キサはお前のことを好いているからな。幸せなんじゃろ」

「僕だって好きだよ。同じくらいアルエのことも。…アルエだって嬉しいと顔にでるよ」

「そんなことはない。どんな時でも妾は冷静じゃ」

「いや、幸せだってのがにじみ出るというか…愛されてるってのを実感できるよ」


 シグに言われるとそうなのかと思い、焦ってしまう。だが、その頬は赤らんでいる。まだお酒を飲んではいないはずだが。


「と、とりあえず妾は腹が減った」

「いただきます」


 二人は食べ始め、すぐにお酒を持ってきたキサがアルエに手渡す。照れ隠しなのか、いつもよりも多めにお酒を飲み、食事を終える。




 満月が空高く上がった頃、その光は巨城の寝室にも差し込んでいた。


「うーん。し、シグ…そ、そこはダメじゃ~」

「どんな夢見てるんだよ」


 アルコールが抜けないのか、まだほんのり顔を朱に染めた女性が気持ちよさそうに眠っている。


「まさか、こんなに早くチャンスが来るなんてな」


 ただでさえ疲れて帰ってきたのに、お酒を飲んだのでなかなか起きないだろう。


「やるなら、今日か」


 その女性の頭を撫で、月明かりに輝く髪に触れる。


「ごめんねアルエ。…行ってくるよ。僕じゃなきゃ、ダメなんだ」


 眠る女性にそっと唇付けをし、寝室を出た。そして外にはマントなどを持ったキサが立っている。


「行かれるのですね」

「うん。…帰ってきたら全部話すから、今は何も聞かないで」

「はい。そのかわり、絶対に帰ってきてくださいね」

「…約束するよ。何があっても帰ってくる」


 そしてキサからマントを受け取り、両手の指に指輪をはめてキサの方を向く。


「行ってきます」

「いってらっしゃい」


 そしてシグは、城を飛び出した。


「まさか、シャドーも連れて行かないなんて」

「何かあれば、その時考えればよかろう」

「アルエ様! 起きていらっしゃったのですか?」

「妾は吸血鬼じゃぞ。朝より夜の方が強いに決まっておろう。…まあ、シグが頭を撫でた時に意識が戻りかけたんじゃがな。そのあとあんなことされるとは思わなんだが」


 遠ざかっていくシグの魔力を感じながら、指でそっと自分の唇に触れる。


「帰ってこなかったら、連れ戻してやるさ」


 唇に残る感触を確かめながら、一人の男を想う。




 闇の賢者の巨城から離れたグローリア王国。夜だというのに、城のある王都は街中が明るい。そして城の周囲を取り囲むように市民が集まっていた。だが城は跳ね橋をあげて結界を張り、誰も侵入できないようにしている。


「国王を出せ! 責任をとれよ!」


 市民の中からは叫び声が聞こえ、助けを求めているようにも見えた。すると、王都の近くを飛び回る黒い影がある。


「奴がきた!」

「国王なんだから何とかしろよ!」


 黒い影は月明かりに照らされてその姿を現す。それは魔物で、巨大な最強種の『石獣ガーゴイル』だ。最強種はあるが空を自由に飛び回り石でできた体は固く、そう簡単には倒せない。だからせめて近づけないように、街中に火を焚いているのだ。だから街中が明るい。


「お願いだから助けてください!」


 民の助けも届かず、城は結界に守られて安全そのものだ。例え民が全滅しようと、城は守られる。そのとき、ガーゴイルは獲物を定めて一直線に向かう。


「こっちに来たー! もうだめだ」

「グアャー!!」


 だがいきなりガーゴイルは浮上し、街を離れる。


「どうしたんだ? なんであいつ―!」


 だがその時、ガーゴイルは轟音と共に砕け散った。石でできた体は粉々になり、破片が周囲に散布する。もし街中だったなら、被害はとても大きかっただろう。


「な、なんだあれ?」


 突然、城の上に張られた結界が光だす。人々にはよく見えないが、黒い何かがぶつかっているように見えた。そしてそれは結界を抜け、中へと入る。


「今のなんだったんだ。いったい」


 疑問に思いながらも、民の不安な夜は続く。そして城に入った黒い何かは、城の門の内側に着地した。


「隊長! あれはなんです」


 兵士が戸惑う中、月明かりがその黒い存在を写しだす。


「く、黒い鎧?」


 写しだされた漆黒の鎧。それは月明かりを浴びて輝いていた。


「こ、攻撃しろ! 敵襲だ!」


 隊長の命令を待っていたかのように、一斉に兵士が魔法や大砲などを放つ。だが鎧に避ける様子はなく、左手を前に突き出した。


「お前たちに、真の究極神の力を見せてやる。『闇食い(ダークネス・イート)」


 そして迫りくる魔法を、左手から放出された闇が飲み込んでいく。そして、全ての魔法を飲み込んだ闇は新たな力へと昇華する。


「形成、『究極のアルテ・ダークネス』…固定セット吸収装備ドレインウェア…『究極神のアルテ・コルラド


 そして闇の力を纏い、究極神の力を解き放つ。その力は、サイクロプスを相手にした時の比ではない。


「ぐ…魔動部隊、かかれ!」


 だが、怯むことなく攻撃は続く。そして対悪魔兵器である『魔動の鎧』を纏った兵士たちが四方八方、逃げる余裕も与えずに迫る。


「…遅い。オレの右目には見えてるんだよ」

「な! あり得ない。どこに」


 全方位を一斉攻撃され、逃げ切れる隙間はない。だが漆黒の鎧は全ての兵士たちの前から“消える”。


「いくら魔動の鎧でも、着る者が弱ければこの程度か」


 刹那、先ほどまで鎧が立っていた辺りに迫っていた魔動部隊が一瞬で周囲に吹き飛ぶ。そして、何事もなかったかのように鎧が再びその姿を現す。


「ば、バカな。どうやって魔動部隊を…対悪魔兵器だぞ」


 吹き飛んだ魔動部隊の鎧は砕け、全員が再起不能になっている。そして禍々しい闇を纏いながら、漆黒の鎧は一歩一歩城へと進む。


「これ以上近づけさせるな!!」


 だがあらゆる魔法も、様々な武器もすべて鎧には届かない。その手前で闇の盾に吹き飛ばされてしまうのだ。


「無駄だ。今のオレは絶対種と互角の力を持っているんだからな」


 そして城の入口の前、兵士たちの横を通って城へと向かう。そのとき、隊長らしき兵の後ろに高貴な衣装を纏った魔道士がいた。鎧はその魔道士の側まで迫る。


「久しいな。まだ城に居たのか、エドモンド」

「な、なぜ私の名を知っている!」


 すると漆黒の鎧は消え去り、一人の少年が姿を現した。


「し、シグ様…」

「十年以上も会っていなかったのによくわかるな」

「六つの時まで、教育係をさせていただいておりました。そうそう忘れはいたしません」

「まあいい。…兵の武装を解き、跳ね橋を下して民を入れろ」


 周囲に立っている兵は、鎧の正体がシグだったことに驚きを隠せない。


「そ、それはできません。今、民を城内へ入れればどうなるかわかりましょう」

「それでいいんだよ。それに、これは命令だ。お前に拒否権はない」

「できません! 私にはとてもそのようなことは」

「…王の命令が、聞けぬのか?」


 周囲を凍りつかせるほどの覇気。その場に居る誰一人、シグに気おされて動くことができない。


「エドモンド、この国はとうの昔に終わってたんだよ。だから、命令に従え」


 何も答えられず、シグが城に入ってからも兵士たちは固まっていた。




 【王として】


 城に侍女の姿はなく、兵は全て城外にいるようで静かだ。まるで人は誰もいないのではないかと思ってしまう。そして、そんな城を幼き日の記憶を思い出しながら奥へと進む。そして、玉座の間へ着く。


「…また、ここに来る日が来るなんてな」


 十年以上前、祖父が他界し父親が王になった日。シグは魔法学校へ半ば強引に送られてしまい、それ以来城へ帰ることなくアルエの弟子となって国を出たのだ。


「ふ、感傷に浸ってる時間はないか」


 その右目で何を見たのか、玉座よりも奥にある階段からこの城の最上階にある部屋を目指す。そして最上階の部屋からは明かりがもれていた。そして、その部屋にノックをして入る。


「お、お兄様!」


 最初に飛び込んできたのは、二年で大きく成長した妹の『アルミス・グローリア』の姿だった。


「大きくなったな、アルミス」

「来ると、思っていましたよ。シグ」


 そして部屋の隅には、もう一人女性が立っている。


「お久しぶりです。…母上」

「まだ、私を母と呼んでくれるのですね」

「お母様、お迎えの人ってお兄様なの?」


 だがアルミスは何も知らないようで、二人の違和感には気づいていない。


「ええ、シグと一緒にお行きなさい」

「いいのか? このままオレを行かせて」

「もともと、アルミスのために来たのでしょう。あなたは昔から、ソラ(シグの弟)とアルミスには優しすぎたから。―!」


 しかし、シグの左手は母親へ差し出されている。でも、母親は首を横に振ってその手を取ろうとはしない。


「私はいいのです。私に、その資格はない。アルミスとは違い、私は全てを知っていて何もしなかったのですから」

「お母様、いったい何のことですの?」


 さすがに母親の異変に気付き、アルミスは心配そうな表情を浮かべる。


「…アルミス、母上にお別れを。たぶん、もう二度と会うことはないから」

「そんな、お兄様。二度と会えないなんて聞いていませんよ」

「アルミス、お願いだからシグを困らせないで」


 いくら成長しても、今までずっと母親が側に居てくれた。そんな母親と二度と会えないと言われ、驚くのも無理はない。だが、それでも一国の姫。辛そうながらも、現実を受け入れる。


「本当に、もう会えないんですね」

「ごめんなさい。でも、これが一番いいのです」

「行くよアルミス、時間がない」


 シグも辛くないわけではない。人の心を見ることができる眼は、悲しむ二人の心を見せつけてくるのだから。


「お母様、今まで…ありがとう、ござい、ました」


 眼に涙を浮かべても、必死に声を出さぬように絶える。


「シグ、アルミスのことお願いしますね。…私を今でも母と呼んでくれて、本当に嬉しかったわ」


 部屋を出ようとドアを開けた時にかけられた言葉。アルミスを部屋から出し、母の方を向く。


「全てを知る前、オレはあなたのことを本当の母親だと思っていました。…だから、嘘であってほしかった。さようなら」


 一人残された母。そしてシグとアルミスは静まり返った城を進む。そして、王の間へと再び戻る。


「あんた。今更何しに来たんだよ。ここはあんたの居場所じゃないだろ」

「ソラお兄様!」

「…ソラ」


 だが、王の間にはシグの弟である『ソラ・グローリア』が待っていた。そしてその後ろには父の姿も。


「アルミスをどこへ連れてゆくつもりだ? その子はこの国を救うために必要なのだ」

「アルミス、ごめんね。『眠りよ(スリープス)』」

「え、お兄―」


 急にアルミスは意識を失う。シグは倒れないように抱きかかえると、アルミスを玉座へと座らせた。


「貴様、何をしている?」

「ここはオレの椅子だ。誰を座らせようとオレの自由。…今まで、あなたを座らせていたようにな」

「何言ってんだよあんた。国を捨てたあんたが座る玉座はねえよ」


 しかしアルミスと部屋の周囲に結界を張ると、今までにないほどの深くておぞましい闇がシグの体よりあふれ出る。


「哀れだな。何も知らないってのは。だが、それはそれで幸せなことなのかもな。…なあ、ソラ」


 だが、シグがソラに向けているのは闇に染まった魔眼だ。


「貴様、いつの間に大罪者に!」


 その眼を見たとたん、父親の表情は一変する。血の気は引き、眼は瞬きを忘れて大きく開かれた。


「そんなとこと、今はどうでもいいでしょう。…オレは、アルミスを連れていく。そして、グローリア国も終わる」

「ふざけるな。この国は終わんねえよ!」

「ソラ、お前は妹を取引の道具にしてまで国を守りたいのか? 民を押さえつけ、苦しめても国さえ無事ならいいのか?」

「アルミスも姫だ。いつかはどこかへ嫁ぐだろ。政略結婚だろうと、それが国のためになる」


 父親も同じ考えなのだろう。驚きながらも、二人の鋭い視線が向けられる。


「そんなの、オレは許さない。王になることがお前の幸せだと今まで黙ってきた。でも、オレはアルミスにも幸せになってほしい。だから、もうお前を許すことはできない」

「貴様に許してもらうことなんて何もないんだよ!」

「哀れな弟よ。王の資格を持っているオレに、逆らうか」

「やはり、お前が持っていたのか、シグ」


 父親は魔力を放出し、ソラも続くように放出。そして二人は衣を脱ぎ、金色の鎧を現す。


「シグ、お前に持つ王の資格をもらいうけるぞ」

「グローリアは今日滅ぶ。…父上、あなたと共に」


 それ以上の言葉はいらない。シグも漆黒の鎧を纏う。すると、二人はシグを挟み込むように左右に分かれて迫る。


「幾重魔法…『風刃双牙エアルド・デュアルグ』」

「『王家の秘術キング・スペル』…『皇帝の怒り(エンぺル・ラース)』」

「王家の秘術…王に逆らいし民を裁き、戒め、凌辱せよ。『非情の審判ディス・ジャッジメント


 シグは二人に巨大な風の刃を飛ばすが、禁忌に匹敵する魔法の前に、風の刃はかき消された。そして、二つの魔法はシグへと迫る。


準備呪文ストック・スペル…」


 だが、シグは両手を合わせて動こうとせず、二つの魔法は命中。強大な力に結界が崩壊しそうになる。


「やったか?」

「よそ見をするな。あれでも、王族の者なのだから」


 だが、魔法による煙が消えた場所にシグの姿はない。


「そんな、命中したはずだ」

「まさか、消し飛んだということはあるまい」


 その時、上の方から強大な魔力が放出されるのを感じる。


「この程度でオレはやれないよ。なんせ、この世界で史上最強を誇るアルエですら壊すことのできない鎧を纏ってんだからな」


 見上げた先には、傷だらけの鎧。そして、いくつもの魔法の気配。


「まあ、でもさすがはメフィスの『魔術向上マジカル・アッパー』だな。威力だけなら、アルエに近いよ。…今度は、グローリアの王家の血を受けろ」


 放出された魔力は無数の魔法へと変わり、シグの周囲へ広がる。


「グローリアの王家の血、完全学習の恐ろしさを思い知れ。『千の魔法を扱うサウザンド・マジシャン』」


 シグは自分が知る千の魔法を同時に二人へ放つ。もはや逃げ場などない。


「な、なんでだ!」

「く、これまでか」


 結界が張られていなければ、城だけでなく街まで消し飛んだのではないかと言うほどの魔法。闇だけでなく炎や雷などのあらゆる魔法は、結界の中にあるもの全てを飲み込んだ。


「さすがに、終わったろ」


 シグは床に降り立つが、体に力が入らないのかふらついている。それもそのはず、いくら強大な魔力を持とうと、千の魔法を同時に発動させて魔力が尽きないはずがない。


「結界も解けてるな。…そろそろ行かないとまずい」


 煙の中を、右目を頼りに進む。そして玉座へたどり着くと、アルミスを抱きかかえた。


「まだ息があるのですか、父上」


 煙が立ち込めて見えないが、二人の魔力は弱々しいが消えてはいない。


「ふ…やはり、グローリアの血には勝てなかったか」

「アルエの元に行かなければ、ここまで強くはなれませんでしたよ」


 おそらくもう立てないのだろう。煙の中、消え入りそうな声だけが聞こえる。


「やり方は間違っていたかも知れんが、それでも私はこの国を守りたかった。…お前に辛い思いをさせたのは、他の王達の信頼を得るために仕方なかった」

「わかっていましたよ。…でも、アルミスまで不幸にすることは許せなかった。娘を売り渡して他国から守ってもらって、それで国を守ったなんてオレは認めない」

「きっとラングも同じことを言うのだろうな。さすがは親子と言うところか」

「…顔も知らない産みの親なんか、知らないよ。オレにとって、父親はあなただけだ」


 煙の中を、アルミスを抱きかかえたまま扉へと向かう。


「…なぜ、止めをささなかった? 千の魔法を使うより、その左目で強大な魔法を放った方が確実であったであろう」

「なぜ、左目のことを?」

「これでも、今まで王としてやってきたのだ。いくら隠そうと、史上最強と言われているその眼に気づかぬはずがないだろう」


 煙はまだ濃く、父親の姿をみることはできない。


「史上最強と謳われた王家の血…『勝利の眼神ゴッディス・メビクト』。全てを捉え、さらにあらゆる魔法を強化する最強の魔器でもある。それを使えば、私達など―」

「オレには、家族を殺せなかった。ただそれだけですよ」

「…………」

「オレの右目は人の心も見せてくれる。これがなければ、たぶん今でもあなたを怨んでいました。…もっと早く、こうすべきだった」


 シグは扉を開ける。すると煙は外へと流れ、視界が澄んでいく。


「オレが王になっていれば、父上に苦労をさせることも、辛い思いもさせずに済んだ。…本当に、申し訳ありませんでした」

「ふ…謝るな。これでよかったのかもしれん。…アルミスを、頼んだぞ」


 晴れた視界に入る父親の顔は穏やかだった。その顔を見て、シグは部屋を出て行く。


「父さん、俺と兄貴って実の兄弟じゃないんだな」

「起きていたのか、ソラ」

「本当に何も知らないんだな、俺」


 そこに、母親が下りてきた。


「すまんな、ソラ。お前にも苦労をかけて。…今ならまだ間に合う。母さんと逃げてもいいんだぞ」

「俺は、この国の王子で父さんの息子だ。罪は、一緒に背負うさ。…もう、演技しなくていいんだし」


 力が入らないからか、ソラも穏やかな顔をしている。ソラは確かに何も知らない。でも、きっと何かを感じていたのだろう。今までずっと父親に頼まれて、兄を嫌っているふりをしていたのだから。




 一室のテラスから城門の方を見ると、そこには入ってきた民でごった返していた。扉を破って城へと入り、門からも次々と民が入ってくる。暴動はもう治まらないだろう。


「門から出るのは無理か。…周囲にはもう魔物はいないし、結界破ってもいいよな。アルミス、悪いけど少し魔力もらうよ。『敵力の吸収エネミードレイン』」


 眠るアルミスから魔力を吸い己の魔力へ変化させ、左目に魔力を集める。


「闇の禁忌『究極の絶対神アルテ・メート』」


 左目の神眼は、シグの魔力を吸って強大な魔法をさらに強化して放つ。そして現れた闇の魔人は結界を突き破って消える。


「魔光翼…さようなら」


 結界が破られたことに驚く民を気にせず、光り輝く翼を羽ばたかせ飛び立つ。そして結界の外に出ると、ある場所を目指して飛ぶ。その背中に、悲しみを背負って。




 第三章 『強欲グリード


 【同じ過ち】


 日は出ていないが空が明るくなり始めた頃、見覚えのない辺りをアルミスを抱きかかえて飛ぶ。


「あれ…お兄様? ここは?」

「起きたか、あんまり動くなよ。ここは魔界だ」

「魔界?」


 城を出たことのないアルミスにとっては初めての外の世界。そして魔界は緑があふれ、荒れ果てた土地が多いシグ達の世界とはまるで違う。


「どこへ向かってますの?」

「この世界の王様の所だよ。…僕達の世界に、安全な場所はどこにもないから」


 すると、遠くの方に小さく城が見える。街もとても小さく見えるので、かなり大きな城だ。


「私、あそこに預けられるのですね」

「…すまない。今の僕には、まだお前を守り続ける力はないんだ」


 街が眼下に広がる。グローリア国とは違い、とても穏やかな風が迎え入れてくれた。そして、城門を飛び越えて城の敷地内へと降り立つ。


「まったく、不法侵入だよ」

「わかりやすく魔力を放出してきただろ」


 降り立った近くに、黒いマントを纏った優男の姿がある。


「お久しぶりです。…魔王陛下」

「どういう風の吹きまわしかな? 君が僕をそんな風に呼ぶなんて」

「今日はアルエの弟子として、来た訳ではないということです」


 シグに寄り添う少女を見て、魔王も王の顔になる。そして、シグは片膝を地面へ付けるようにしゃがみこむ。


「それで、人間界と互いに干渉しない条約を結んだのに、わざわざ魔国へ何の用かな?」

「この子を、お守りいただきたいのです。今の私には、この子を守る力はありません」

「力なら、充分にあると思うが?」

「人間界は今、この子と私にとっては敵でしかありません。…向こうの世界でやっていくには、力も権力も…何もかもが足りないのです」


 そのとき日が差し始め、その場にいた三人の姿を照らす。


「それでこの子を僕が預かったとして、君はどうするんだい?」

「人間界に戻り、力を手に入れます。この子を守れるだけの力を。そして、この子が安全に暮らすこのできる場所を」

「もうひとつ、なぜアルエを頼らない? …アルエなら、この子の面倒も見てくれるだろう」

「…できません。私は、これから王となります。そのためには、弟子を辞めなくてはならない。なのにこの子を守ってほしいなどと、一方的なお願いは言えません」


 王になる。一度は国を捨てた身なので簡単なことではない。それでも、自分が何とかすると覚悟を決めたのだ。


「弟子を辞めるか。アルエは悲しむだろうね。…君は僕に言ったよね。自分は、アルエのために全てを捨てたと」

「もちろん。アルエを悲しませるようなことはしません。ちゃんと、その辺は準備ができています。…例え、同じ過ちを繰り返すことになっても、私はアルエを泣かせません」


 歴史が語る。人は同じ過ちを繰り返すと。どこまで行っても人は争いを止めない。それが、今の状況を生みだしているのだから。


「わかった。…僕に言う資格はないかもしれないが、アルエを悲しませないでほしい。まあ、覚悟はできてるんだろう。秘薬を、飲んだみたいだからね」

「私はもう、何があっても死んではいけない身になりましたので」

「約束は守る。この子は、魔国が全力をもって保護しよう。そのかわり、王としてこの子を迎えに来たなら、人間界の高級な酒を手土産に持ってきてくれ」

「はい。お願いいたします」


 シグは父親のように他の王と歩むのではなく、敵対する道を選んだ。そのために、また一度全てを捨てる覚悟をした。最愛の妹を安全な場所に預け、昨日まであったグローリア国を自分で滅ぼして。


「お兄様…」

「アルミス、必ず迎えに来る。だから、そんな顔をしないでくれ。…今度はこれをやるから」


 シグは、首にかけていた金属のネックレスをアルミスへかけてやる。そのネックレスには、少し大きめの天使のような飾りがついている。


「オレが作った中で一番強い魔器だ。きっとお前を守ってくれる」


 そして、シグは再び光の翼を広げた。


「絶対に、迎えに来るからな。…アルミス」


 まるで自分に言い聞かせるように、最愛の妹を残して空へ羽ばたく。アルミスは、シグが見えなくなっても、空を見つめ続けていた。




 日が昇り昼に近付き始めた頃、シグは人間界にある巨城へとたどり着いた。開かれた門の前には、よく知る人影が二つ。


「…アルエ、キサ」

「まったく、いったい何をしていたのだ、このバカ弟子が」

「おかえりなさい」


 二人の側に降り立ち、向けられる二つの笑顔を前に緊張の糸が切れる。


「ただい…ま」


 半日近く離れていただけなのに、いろいろありすぎたせいで今までのことが夢であってほしいと思ってしまう。それを見透かしたように、アルエが抱きしめてくる。出会って三年、すでに背丈はアルエより高くなっているが、アルエの前ではまだ子供でいられた。


「アルエ…僕は、帰って来たんだよね」

「ああ、そうじゃ。ここが、お前の帰る場所じゃ」

「…本当は、もう戦いたくない。もう誰も傷つけたくないよ」

「お前が嫌なら、もう戦わんでいい。妾が守ってやる。これからは、ずっとお前の側に居てやる。だから、もう泣くな」


 それでも、あふれる涙は止まらない。背負っているものが重すぎて、抱えきれなくなっているからだ。それから泣き疲れるまで、シグはずっとアルエの腕の中にいた。夜になりシグは自室へ行ってしまい、アルエとキサは食堂でシグが来るのを待っていた。


「…キサ、妾は賢者を辞めようと思う」

「唐突ですね」

「前から考えていたことじゃ。…妾はシグを守る。賢者を辞めればずっと側に居てやれる」

「アルエ様がそれでいいなら、私はどこまでもついていきます」


 それから、いつものように夕食をとり眠りにつく。いつもと違ったのは、シグが甘えるようにアルエやキサに寄り添っていたこと。だが夜遅く、シグの部屋から何かが抜け出す。気配を消しているので、寝室に居る三人は気付かない。そしてそれは城門まで来ると、月明かりにその姿を映し出す。


「これでいいんだ。…お前は幸せになれシグ」


 その姿はシグに瓜二つ。だが、万里の魔眼もカルアの神眼も持っていない。浮かび上がるのは、大罪の魔眼。


「後は、オレがやる。…アルエを頼んだぞ」


 そして大罪の魔眼を持つ者は、気付かれないように山を降りた。




 【シグの真実】


 小鳥のさえずりが聞こえ始めた頃、魔法学校の寮の一室に日の光が差し始める。そこでは二人の男女が離れて眠っていた。そんな部屋の窓が開き、朝の風が流れ込んでくる。


「まったく、ここは平和だな。昨日は近くに最強種の魔物が出たってのに」


 窓に腰掛ける一人の少年。黒いローブを着て、マントを纏っている。


「面倒だな。平和ボケしやがって」


 少年は魔力を放出し、禍々しい闇が辺りを包む。


「誰だ!」

「…誰?」

「おはようさん。…ちょっと面かせ、ゼロ」


 ゼロとフィールは飛び起きて杖をシグへと向ける。だが、シグに臆する様子はない。


「お前、どうやって入ってきた? この学校は結界で守られてるんだぞ」

「ククク、どうだっていいだろ。それより、話があるんだよ。お前に」

「…シグ、雰囲気変わった?」

「フィール、ついてきてもいいけど邪魔するなよ」


 シグは翼を広げて行ってしまい、ゼロはマントを纏って後を追う。


「…二人ともせっかち」


 フィールはカーテンを閉めて着替えを始めた。


「ここまでくりゃいいかな」


 魔法学校の裏にある大きな山。その一角にある崖の上にシグは舞い降りる。そして、ゼロの魔力を追う。ゼロは必死に登ってきているようだ。


「肉体強化はできても空はまだ飛べないか」


 しばらくして、ゼロはやってきた。同じくらいに竜にのったフィールも。


「それで、俺になんのようだ?」

「決着を、つけにきた。…究極神のアルテ・コルラド、魔光翼」


 シグが魔力の鎧を纏うと、ゼロも魔力を具現化させて二本の剣を持つ。


「…シグ、お前弱くなったか? お前からは前ほど力を感じない。それに、なんであの鎧を纏わない?」

「お前には関係ない。お前に、オレの気持ちがわかってたまるか」


 究極神の力と魔光翼による高速移動。それは上空で眺めるフィールでも捉えきれない。


「悪いが手加減はしないぞ」


 力とスピードを合わせた拳をゼロに向かって放つ。だが、ゼロは持っていた剣を地面に突き刺す。そして剣が纏っていた破壊神の力が衝撃波を生みだし、近づいていたシグを吹き飛ばした。


「やっぱり、弱くなったな。全体的に力が落ちてる。それに、魔力を具現化もさせてない。かといって疲労してるようにも見えない。…お前、誰だ?」


 翼で状態を立て直すが、向けられる視線が哀れみのように見えてしまう。


「お前に何がわかるよ。…確かにオレはシグじゃない。でも、アルエの側に居る奴も違う」


 先ほどとは違い、闇を纏った魔力が放出される。その闇を右腕だけに纏い、威力を向上させて突っ込む。


「いい加減気付けよゼロ…いや、シグ・グローリア!」


 シグの言葉に戸惑い、反応が遅れたゼロはシグの攻撃をまともに受けてしまう。


「お前、いつまで逃げてるつもりだ! オレ達に王の資格も何もかも渡して、いつまでそうしてふ抜けてるつもりだ! いつまで自分を騙してるつもりだぁー!」


 それでも、シグの攻撃は止まない。ゼロは何とか受けているが、力が入らないようだ。


「お前が王になってれば…お前がフィールを選ばなければ、誰も死なずに済んだんだ!」


 攻撃が止み、シグは地面に膝をつく。逆に、ゼロは今の状況を受け止めきれてないという感じだ。


「俺がシグってどういうことだ? だって、この体は創られたものなんだろ?」

「そうさ。…肉体は確かにシリスに頼んで創ってもらった物だ。でも、肉体なんてしょせん入れ物だ。シグ・グローリアの精神は、三年前からずっとお前の中にある」


 フィールでも予想もしていなかったことのようで、何も話してこない。


「前に、フィールのことこんなに好きだったんだろって突っかかってきたよな。悪いけど、それはオレにはわからない。お前ほど、フィールに対する特別な感情をもらってないから」

「…………」

「お前は、自分が幸せになるためにオレ達を切り離したんだ。光に生きるために記憶も闇の魔力も、定めも運命も捨ててお前はフィールと共にいることを選んだんだ」


竜は降り立ち、その背からフィールは飛び降りる。そしてゼロと同じような戸惑いの視線が向けられた。


「記憶がないっていいよな。どんなことをしたか知らないってのは幸せだ。オレ達に何もかも背負わせて…好きな奴の側にずっと居られたんだ。不幸なんて言ったら許さない」

「俺が…」


 ゼロは信じられなかった。自分が、幸せになるために闇の自分を切り離したということが。本当に、自分はそういう人間だったのかと疑ってしまう。


「…………」

「…………」

「…………」


 それからの長い沈黙。ゼロもフィールも、とても喋れる心境ではなく。シグは呼吸を整えて、落ち着こうとしていた。


「クク…悪かったな。さっきのは八つ当りだ。…フィールが好きになった男はそんなに薄情な奴じゃないよ」


 落ち着きを取り戻したシグが、やっと口を開く。


「でも、さっきの言葉に嘘はない。ただ、もしかしたら立場は逆だったかもしれないんだ。…たまたま、お前がゼロになってフィールの側にいた。ただそれだけのことだ」

「たまたま?」

「ああ、お前は確かにシグの精神だ。でも、オレもシグの魂を持ってる。たまたまお前が精神で、ゼロとしてフィールの側にいただけ。オレが精神を持ってたら立場は逆だった」


 シグは左手をゼロに向け、立ち上がる。


「お前はシグ・グローリアの心。お前の気持ちはシグの気持ちだ。だから、フィールの側に居られたし、フィールを好きでいる。…それでも、記憶を欲するか?」


 左手は開かれ、その先はゼロの頭へ向けられた。


「シグがフィールの側にいるために切り離した記憶だ。もしかしたら、記憶のせいでお前はフィールの側に居づらくなるかもしれない。それでも、本当の自分を知りたいか?」


 するとゼロは歩み寄り、シグの手の届く範囲にまで近づく。


「ずっと、知りたかった。自分が誰で、何のために生きているのか。だから、今でも知りたい。…それに、何があっても俺はフィールの側を離れないと思う」

「ふ…やっぱり、あの時のシグ・グローリアの選択は正しかったんだな」


 吹っ切れたような笑顔。そして、何の迷いも曇りのない言葉。それを見たシグは、左手をゼロの頭部へ乗せた。


「『記憶の転写メモリル・ギバ』」


 シグの手から、ゼロへと流れる記憶。それは自分達が分かれる前のことも含まれていた。父親だと思っていた王は、それはかつて闇の女王に滅ぼされたメフィス家の生き残りで、祖父が養子として迎え入れたこと。そして産みの親は『雷光の帝王ライトニング・エンぺル』として恐れられた『ラング・グローリア』。だが、シグが生まれて間もなく亡くなり、それからは養子としてきた父が親代わりをしてくれていたこと。


「…ゼロ?」


 あふれる涙。でも、記憶はどんどん流れてくる。…父親は王となったあと、自分がグローリア家の者でないことを他国の王に非難され、それでも国を守ろうと必死になっていた。そのために、汚れ仕事を請け負ったり娘を人質として差し出そうともしてしまう。でも、そうまでして国を守ろうとした。養子として迎え入れてくれた先代グローリア王に恩を返すために。そのために、まだ幼かったシグやソラにとても辛い思いそ強いても、涙をのんで厳しく接した。だがそれを知らず、シグはずっと憎んでいたのだ。


「これが…グローリアの真実か?」

「ああ、アルエでも知らないことだ。実際、親父は酷いことをした。シグを魔法学校に閉じ込め、国中に無力であると、恥さらしだと言いふらしたんだからな」

「でも、それは他の王達に目をつけられないため」

「グローリアの正式な後継者はシグ一人。シグが消えればグローリア国は終わる。だから恨まれようと、憎まれようと守ろうとした。…でも、限界だった」


そして、シグは翼を出して空に浮く。


「ゼロ…お前はこの先どうする?」

「わからない」

「まあ、ゼロと言う名を捨ててシグに戻ってもいいさ。でも、王の資格は今オレが持ってる。そしてオレは、王家を許すつもりはない。…自分のこともな」


 シグの闇は、昔よりも憎しみが強くなっている気がする。


「オレは王家を潰す。もう、この世に王家は必要ない」

「何をする気だ? これ以上世界のバランスを崩したら、この世界が滅ぶんだぞ」

「ククク、だったら止めてみろ。オレはもう、止まれない。オレの憎しみは何があっても消えることはないんだよ」

「穏やかな会話ではないのう。シグ、お前さんいったい何をするつもりじゃ?」


 気付けば三人の側に光の賢者であるシリスの姿があり、威嚇に覇気を放つ。


「邪魔をするなら、賢者も消す」

「今のお前さんにそんな力はない。五秒もあればわしが勝つぞ」

「だからこれから力をつけるのさ。かつてのアルエと同じように手段は選ばない」

「…ダメ。正気に戻ってよ、シグ!」


 ここにきて口を開いたフィールの魔力が一気に膨れ上がっていく。既に、魔力の総量は賢者をはるかに超えている。


「ジハールの王家の血『一時の皇帝タイム・エンぺル』か。…悪いがすぐに消えさせてもらう」

「待て!」


 だが、シグが高度を上げながらゼロを見下ろす。


「今からオレの名は『強欲グリード』だ。それと…グローリアはオレが滅ぼした」


 そう言い残すと、刹那にグリードの姿は遥か彼方へと消える。シリスとフィールは追いかけようにも、グリードほど速く飛ぶことができるのはアルエくらいなので何もできなかった。


「グリード…か。まさか、あの子が家族を手にかけるとは」

「あいつが家族に手をかけったってどういうことです」


 信じられず、ゼロはシリスへ駆け寄る。


「先ほど連絡が入ったのじゃ。…グローリア王が亡くなった。他には妃や王子達も一緒に亡くなったそうじゃ。詳しくはわからんが、暴動が起きて兵士が駆け付けた時にはもう…」

「そ、そんな…」

「誰がやったかは定かではないが…の。ただ王の魔動の鎧は砕け、無数の魔法を受けたようでボロボロだったそうじゃ」


 ゼロは膝から崩れ落ち、眼は見開かれていた。


「ここは結界が張ってあるので、今しがた連絡があるまで気づけんかった」

「…なんでだよ。やっと、記憶を取り戻したのに。なんで、なんでだー!」


 打ちひしがれるゼロ。グリードは、アルエの弟子になる前の父親に関する記憶に関しては渡したが、アルエの弟子になってからの記憶は渡していなかった。万里の魔眼で知った王家の闇も、グローリア国の現状も、昨日の夜に民の暴動でいったい何があったのかも。そう、ゼロにはいい部分しか見せていないのだ。父親のことも、国のことも。父親が王としてどれだけ民に憎まれていたかも。そして全てはゼロのため。…ゼロには、立派な父親の記憶しか渡していないのだ。


「…闇に落ちるのは、オレ一人で十分だ」


 そして、それがグリードの筋書き。


「古の伝説では、世界が滅ぶ時全てを消しさる存在があらわれ世界は消滅に向かうが、人の中から選ばれた者が神の力を授けられ世界を導くって言われてたな」


 伝説になぞらえた神を生むためのもの。


「ゼロ…破壊神の力を持つお前が神なら、オレは全てを消しさる存在となろう。お前が世界を救うか。オレが、この世界を滅ぼして新たな世界を創るのか。二つに一つ」


 グリードは憎しみの中に居ながらも光を求めていた。自分を滅ぼす存在と呼び、それを止めてくれる存在としてゼロを選んだ。


「勝った方が…正義だ」


 そしてそれを知っているのは、この世界で万里の魔眼を持っているアルエの元に居るシグだけしかいない。つまりシグかグリードが話さない限り、誰一人真実をしることはないのである。そしてそれが、グリードが選んだ道。そのために、グリードは切り離したのだ。アルエを愛し、アルエを慕う自分を。アルエのために。そして、闘いの邪魔となる弱さと共に。




 【天使】


 グローリア王の死は、その日のうちに世界中に知れ渡る。それによって悲しむ者、喜ぶ者、何も思わぬ者と様々居るが、それでもとくに世界が大きく変わることはなかった。ただ、地図上からグローリアの名が消え、グローリアの土地はどんどん衰退していく…かに思われた。だが、それから数時間もしないうちに新たな知らせが世界中に流れたのだ。かつてグローリアやジハールなどと共に四皇と謳われた王家の一つ、アンジェル。アンジェルは元々戦闘向きの王家ではなく、争いも好まなかったためにグローリアに下り王家の名を捨てた一族だ。グローリア国が大国であるのは、隣国であったアンジェルを取り込んだのも理由の一つである。そして今回グローリア国の土地を引き継ぎ、アンジェルの者が王となったのだ。そのことはグローリアが落ちたことよりも大きな噂となり、世界中が注目していると言ってもいい。そして、王となった者は誰もいなくなったグローリアの城を訪れていた。そしてその者は玉座の間へと入り、暴動によって荒らされた室内を眺めている。


「王になったそうだな。…マリヤ」

「誰です! その椅子は玉座ですよ」


 向けられる視線の先には玉座があり、そこに誰かが座っているようだ。だが、照明は壊され、月も雲に隠れているのでその者の顔を見ることができない。


「オレの父親が座ってたものだ。…そして、本来オレが座るはずだった物」

「…ソラ君、ではないですよね。彼は、亡くなったと聞いていますから」

「ソラか。お前の中にオレはもういないらしい。ふ…ソラ・グローリアはオレが殺した」


 その時、雲に隠れていた月が顔を出し、玉座に居る者の姿を映し出す。


「し、シグ…」


 そこに居たのは二年以上も会っていなかった幼馴染。綺麗に装飾された剣を抱えて、辛そうな表情をしている。


「悪いがオレの名前はグリード。…シグ・グローリアはとうの昔に死んでいる。そう、三年前にな。お前が病院で見たのが最後だ。二年前のは既にシグじゃなかった」


 再び月は陰り、お互いの顔は見えない。


「どうして、そんなこと言うんですか?」

「人は、精神と魂を肉体という入れ物に入れた存在。…信じる信じないは勝手だが、オレはそのうちの魂しか持ってない。この体も精神も、本体のコピーだ」

「だから自分はシグじゃなくて、違う存在だというのですか?」

「そうだよ。…人として大事なものが、オレは二つも足りない。精神のシグは光に生きて心に決めた人と過ごし、肉体のシグは抜け殻と同じ。でも、側に居てくれる人がいる」


 だが、暗闇の中に魔眼が光る。


「でも、オレには何もない。あるのは強欲の大罪…そして憎しみだ」

「…例え、魂だけでもあなたはシグですよ。人は愛を知るから憎しみも覚える。私は信じています。あなたは人の命を奪うようなことをする人ではないと」

「その考えは間違いだな。オレは昨日、ソラと親父を殺したんだ。言い訳をするつもりはない。グローリアを滅ぼしたのはオレだ」

「例えそうだとしても、私はあなたを信じています。例え世界が敵でも、私はあなたの味方です」


 月が再び顔を出すと、少女の綺麗な笑顔が映し出された。


「昔から、変わらないんだな。…他の二人はどうか知らないが、オレはお前が大っ嫌いだった。お前はいつもそうだからだ」

「え?」

「お前はいつもオレを許す。何をされてもだ。オレはお前と婚約していたのにお前を捨てた。そして婚約者だった弟を殺した。…なのにお前は、そうやって笑顔をオレに向ける」


 グリードは玉座を離れ、マリヤの前に立つ。


「例え、ここでオレがお前を殺そうが壊そうが犯そうが、それでもお前はオレを許す。…だから、フィールに負けるんだよ。お前は浮気されたって一途に想い続けるから」

「それは、今も変わっていません。…私は、最後までソラ君を愛することができなかった。あなたの許嫁になったあの日から、私の心はあなたしか想うことができないから」

「だからオレは嫌いなんだ。…普通、怒るだろ。それにオレがシグなら、他の二人もシグってことだ。そんなの強欲のオレには耐えきれない」

「…子供の時って、心や体は未発達です。でも、魂は違います。私は、あなたのまっすぐで綺麗な魂に魅かれました。だから、私にとってのシグはあなただけです」


 向けられる笑顔を見つめるのは、欲望に染まった魔眼。


「ククク、やっぱりお前おかしいよ。オレのどこが綺麗でまっすぐな魂なんだ? 大罪の闇で強欲にまみれた醜い魂じゃないか」

「私にはそうは見えません。それに、大罪の闇が宿るのは心です。だから、今でも私にはあなたの魂が澄んで見えます」

「『天使アンジェル』とはよく言ったもんだ。本当に、お前はオレを否定しないよな。オレが何をしたって何を求めたって、お前は許し叶えようとする」

「あなただけです。私は気付いていましたよ。シリス様の側にいるシグのこと。でも、私が想い続けているシグではない。だから、私はあなたにしか話しかけたことがありません」


 嘘に聞こえないほど、優しさにあふれた声。シグ・グローリアはずっと優しく癒してくれるマリヤを想っていた。初恋の相手であり、許嫁。でも、その優しさが重くなかったと言えば嘘になる。シグだって人、過ちを起こさないわけではない。でも、マリヤはシグを咎めたことは一度もなかった。だから、辛かったのだ。


「お前の愛は重すぎるんだよ。…魔法学校に入れられて側に居てくれなくて寂しくて、ずっと側に居てくれるフィールを想うようになったんだ。シグはそんなに強くないんだよ」


 十年以上、語られることのなかったシグの本音。


「なのになんで怒らない? オレは裏切ったんだぞ。許嫁が居たのに恋をしたんだ。お前以外の女を愛したんだ。なのに…なんでそんな風に笑顔で居られるんだ?」

「わかりません。悲しくないわけではありませんが、でも私も寂しかったので。…それに、私はそれでもあなたを愛しているんです」


 愛している。その一言で、救われるような気がした。ずっと抱えていた罪悪感。癒えぬ寂しさ。様々な感情でぐちゃぐちゃになっていた心が晴れるような感じ。


「オレは、強欲の大罪者だ。闇にのまれて理性を失ったら何をするかわからない。…オレはきっとこれからもお前を傷つけて、悲しませて、寂しい思いをさせるんだぞ?」

「それでも、少しでも私を想ってくれている。でなければ…どうでもいい存在なら、そんな辛そうな顔はしないでしょう?」

「オレだってずっとお前を愛してる。でも、オレは自分が許せない。お前を傷つけて、悲しませてばかりだ。そして、きっとこれからもそうだ。だから、嫌ってほしいんだよ」

「なら、私が何度でもあなたを許します。だから少しでも想ってくれているなら、私のところに帰ってきてください。私は、あなたの全てを受け入れますから」


 いつの間にか二人を祝福するかのように、月は二人を照らしていた。お互い、愛していると本音をぶつけ合ったのは、初めてなのだ。


「…後悔するぞ。絶対にする。お前なら、いくらでも幸せにしてくれる奴がいるのに」

「私が欲しいのはあなたの愛です。他には、何もいりません。それに、もう手遅れです。…あなたが私を愛してくれてるって、知ってしまいましたから。何があっても諦めません」


 マリヤは首に手を回し、顔を近づけてくる。逃げようとしたが、マリヤの方が早かった。


「もう、絶対に逃がしません。例え傷つけられても、浮気されても悲しいことがあっても、絶対に、嫌いになんてなってあげません」


 ずっとすれ違っていた二人が、やっと結ばれた瞬間だった。


「オレは最低な人間だぞ。寂しいと流されたりするかもしれないし、人を殺めたりするかもしれない。…お前を捨てることだってあるかもしれない」

「聞く耳持ちません。…もう何度も聞きました。それでも私はあなたが好きです。何があったって愛し続けます。…捨てられても、帰ってくると信じて待ち続けます」

「マリヤ…」

「来世でも、そのまた来世でも、待ち続けてます。愛し続けます。私は、ずっとあなただけを想い続けます。…辛いなら、私を一度でも愛したことを、後悔してください」


 もう、マリヤには何を言っても届かない。届くのは、愛の囁きくらいだろう。


「お前は、オレにはもったいないくらい、いい女だよ」

「そう思うなら、もっと愛してください。もっと…愛を感じさせてください」


 その時、月が雲に隠れ部屋は再び暗くなる。でも、抱き合っていた二人はもう互いを見失うことはない。もうお互いの心は、通じ合っているのだから。




 【エピローグ】


 廃墟と化していた城のあまり荒らされていなかった一室に眠る一人の少女。その側で、一人の少年が部屋を出て行こうとする。


「どちらへ行かれるのです?」


 だが、少女は眼を覚まして少年を呼び止める。


「…もともと、この城にはこいつを取りにきただけだ。マリヤに会うなんて夢にも思わなかったしさ」

「答えになっていませんよ」


 少年は装飾された剣を見せるが、少女はベットから出ると少年に抱きつく。


「…お前を愛してる気持ちに嘘偽りはないけど、オレにはやるべきことがある。だから、行かせてほしい」

「なら、私も一緒に連れて行ってください」

「マリヤはこの国の王だろ。民を見捨てちゃダメだよ。…何か困った時には助けてほしい。それに、オレが帰る場所はマリヤのとこだよ。だから」

「わかっています。…でも、一秒でも長くこうしていたんです」


 本当は離れたくはない。でも、妹との約束もある。


「オレがシグに戻るのはマリヤの前だけだよ。…それ以外で、オレはグリードになる」


 そして、右手に持っていた銀の指輪をマリヤの薬指へと通す。


「これしか用意できなかったけど。全部終わったら、そのときはずっとオレの側に居てほしい」

「わかりました。…それまで、ずっと待っています。でも、できたらたまには会いにきてくださいね」

「当たり前だよ。…オレだって、本当はずっとマリヤと一緒に居たいんだから」


 そしてシグはテラスにでて空へと飛び立つ。本当の自分を、愛する少女の元へ残して。


「まずは、力だ。…何が何でも強くなってやる。例え禁忌に手を出しても」


 少年はグリードとなり、大空を羽ばたく。その眼に、もう迷いはない。帰るべき場所ができたのだから。例え、人でなくなったとしても受け入れ、愛してくれる人が。


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