隣のトトネルさん
.トトネルさん
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恙無話【トトネルさん】
都内某日。
「ルナちゃんはどんなお菓子が好きかなぁ」
志保の至って軽快な声と掃除機のモーター音が入り交じる。普段はまるで気にもしない汚れきった床の掃除をしながら、何をすれば月華ルナが喜ぶかを思案する。普段の学校生活では寡黙な彼女だが、家の中では明るく振る舞う元気な娘である。今日ルナを家に呼んだのも、最近買ったばかりのプレイステーションのゲームを一緒にやる人間が欲しかったからだ。
「あと一時間、早く買ってこないと」
そう言って彼女は二階の自分の部屋を後にする。両親ともども海外出張で不在のため、この自宅には彼女一人しか住んでいない。地元を離れるのを嫌った志保だが、寂しがり屋で怖がりな面があるのでほとんどの部屋を照明をつけっぱなしにしている。靴を履いて玄関から外にでると自転車に飛び乗り、近所のドラッグストアへ向かって走りだした。
「あぁっと、行けない。挨拶しなきゃ」
ブレーキをいっぱい掛けて急停止。彼女の自宅の横にある掘っ立て小屋。その中にポツンと置いてある小さな地蔵に向かって、志保は手を合わせる。五秒ほど静止したあと、彼女は再び前に向き直って自転車のペダルを漕ぎ出す。
「いっぱい買っちゃった。ルナちゃん抹茶とか好きかなぁ」
帰ってきた彼女が玄関のドアを開ける。淡い水に似た銀髪の少女が框に腰掛けている。ご存知我らが主人公月華ルナである。数々の怪獣や怪人、その他生命体を倒してきた彼女だが、その私生活は至って普通の女子高生である。と言っても背が低い上ボクっ娘という都合、姉であるラファエルやスフィアからはナデナデされまくりである。
「あっ、ルナちゃん! もう来てたの?」
「えっ、志保ちゃん? なんだ二階にいたんじゃなかったんだ」
ルナはそう言って階段を見上げる。モーター音が絶えず鳴り続けるのを聞いて、志保は掃除機の電源をオフにし忘れたのを思い出した。ただでさえ電気代が高いのに、そう言って志保はお菓子の入った袋をルナに押し付けて階段を駆け上がる。ルナは不思議そうな顔をして彼女の慌てる姿を見つめていた。
「一人暮らしって聞いてたのに」
「ちょ、ちょっとルナちゃんその連打やばいって!」
「大丈夫大丈夫。ラファエルに改造してもらってるからちょっとやそっとじゃ壊れないよ!」
ボタンを押す度にコントロールから火花が飛び散る。入力の限界を越えて叩き込まれたプレイステーション。発射された弾丸は計算にバグを発生させ、自機数と発射弾数を増殖させる。ボスが二秒で沈むと同時に、エンドロールとオープニングが同時に流れ、新たなゲームが始まる。ザコ敵が全部ラスボスだが自機もラスボス。性能の限界の挑戦したバトルが今始ま――
「壊れちゃうよ! 別のゲームやろう!」
志保のスラっとした指がリセットボタンをズプリと押しこむ。ゲーム機は普段聞かないような唸り声を上げながら、頭を真っ白な状態にさせる。賢者が新しいディスクを読み込み直すまでの空白期間。次のゲームは格闘ゲームだ。
「そのコントローラーお姉さんが改造したの? いいなぁお姉ちゃんがいるって」
「家族出張なんだっけ? でもいいじゃん」
「のんびり出来ていいよね、ってよく言われるけど。一人暮らしなんて家事も何もかも全部自分でやらなきゃいけないし、全然時間なんてないよ」
志保のため息混じりの愚痴を聞きながら、ルナは頭にはてなマークを浮かべる。
「一人暮らしって?」
「えっ?」
「いや、だって、トトネルさんってホームシェアかなんかじゃないの」
「トトネルさん? トトネルさんはお地蔵さんだよ?」
「えっ?」
「ほら隣にいるでしょ。お地蔵さん」
「うん、いるね、お坊さん」
「家を出る時はいつも挨拶してるの。そうしたらいない間家を守ってくれるんだって」
「えっ、でも帰ってきてからもいるじゃん。ホームシェアなんじゃないの」
「いやだなぁ。帰ったら隣に戻るに決まってるじゃん」
「うん、隣にいる」
「えっ?」
「見えてないの? 見れるようにできるかな。こう言う時は実体化か能力付加か」
「ルナちゃん。何言って――」
「えいっ!」
「ただいまぁ、ラファエル」
「おかえりルナ……その尼は?」
「トトネルさん」
「あぁ、ついてきたのか」
「志保を気絶させた上、『正体バラされたせいで今後彼女が挨拶してくれない!』って怒ってるんだよ。ちゃんと記憶消したのにぃ」
「悪いことしたな。ちゃんと謝りなさい」
「ご、ごめんなさいトトネルさん。ボク達は基本的に自分で何とかできるので志保ちゃんのボディーガードに戻ってください」
「よし偉い。でもこっちに来てたら今度は志保ちゃんが危険なんじゃないのか」
「トトネルさんはいっぱいいるから平気だって」
「いっぱいいるのか」
「挨拶する度に増えるんだとか」
「重警備だな……」
「うぅん、月が落ちてくるぅ……」
fin...