《地下を抜ける》
【THIRD CASE】 Actor and Actress
(アスパーン・メリス)
ザイアグロス出身の剣士。
育った家のしきたりにより『お目付け役』のシルファーンとともに旅立つ。
生まれ育ちの影響で人並み以上に剣を扱う。
世間の常識が自分の常識とかなりギャップが有ることに戸惑っている。
地図が読めない。
(シルファーン)
アスパーンの『お目付け役』の森妖精。
アスパーンの『相棒』。
自然の万物に遍く宿る『精霊』を扱う精霊魔術師。
アスパーンの面倒を見ているという点で、大いに同情の余地があるが、アスパーンと同じく世間知らずという意味でラミスよりはマシ。
(ティルト)
相棒の風妖精ラミスと共に行動する草原妖精。
セルシアの首都、バルメースの盗賊ギルド所属の盗賊。
野外探索等、盗賊としての技能は非常に優秀だが、トラブルメーカーの資質も?
(ラミス)
ティルトと共に行動する風妖精。
ティルト同様盗賊としての技能を持つとともに、『精霊』を扱う精霊魔術師。
ティルトの面倒を見ているという意味で、多分この人が一番大変なんだろうと思われる。
(ブラフマン)
ソーレンセンに最近やってきた山妖精。
新人ながら腕がいいことで(新人ゆえ工賃も安いため)多くの冒険者が頼りにしている。
創造と戦の神の神官でもあり、宗教観には一家言持ち、冒険者としても経験豊富。
(リチャード)
かなりの偉丈夫で、甲冑に大剣という重武装を軽々扱う剣士。『受け』の強さはアスパーン曰く『異常』。
今回は完全にとばっちりの人A。
この一件で徐々に意外な才能が明らかになっていく。
(マレヌ)
ひょろ長くてメガネを掛けており、見た目は明らかにひ弱だが、特異な能力を持つ。
精霊魔術と並んで一般的に魔術と呼び馴らされる『魔導魔術師』。
今回は完全にとばっちりの人B
バルメースやジークバリア島の情報そのものには疎いが、基本的には世慣れていて常識人。
(サウド)
アスパーンとシルファーンが世話になる、『踊る林檎亭』のマスター。
(ゼンガー)
銀槌の店主。
萬取り扱いをする雑貨工品店を営む傍ら、情報屋をしている。
(ハロルド)
魔術師ギルドの『導師』の資格を持つ、古参にして長老的立場の『魔導魔術師』。
長老的立場でこそあるものの、組織運営に興味はなく専ら研究の日々。
(レント)
魔術師ギルドの『準導師』。
『戦争帰り』の身の上。
長らく行方不明だったが、この度帰還。
帰還したのに、素直にギルドには帰れなくなるようなトラブルに巻き込まれたかわいそうな人。
(バイメリア)
或る意味ラスボス。
先の戦争の英雄『三英雄』の一人にしてメリス家の『絶対的長姉』。
『虹』の異名を持つ魔術のエキスパートでも有る。
公然の秘密では有るが、セルシアの女王。
弟妹達があんな風に育ったのはほぼ間違いなくこの人のせい。
末弟を歪んだ感じに溺愛する困った人。
本当にこんな人に国を任せてていいのか、セルシアって国は。
地下はかなり広い空洞になっていた。
風妖精サイズのラミスを数に入れなければ二列縦隊が組める幅の石積みの廊下が、立ち幅跳びで飛び越えられそうな幅の水路の両端に繋がっている。
どうやら、豪雨時の排水機能も或る程度考慮されているらしい。
上水道か何かのようで、水特有の匂いと、流れるに任せて生まれる湿気を含んだ風が微かにあるくらいで、危惧していたような匂いは何もしなかった。
全員が降りたのを確認したのか、女将さんが井戸の蓋を閉めると、僅かな光も差し込まない暗闇が訪れる。
マレヌが先ず、魔術で自らの杖の先に光を灯し、シルファーンがその光を源に、光の精霊を呼び出す。
その上で、一同の疑問に満ちた表情がアスパーンとマレヌに――――いや、マレヌもアスパーンに向けて疑問が残っている表情を見せていたので、主にアスパーンに向けられていた。
「……で、何がどうなってるのか、先ずは教えてもらおうか」
代表して、リチャードがアスパーンに問いかけてきた。
何から話すべきか。
「……事の起こりは、多分ティルトなんだよ。」
「……俺ぇっ!?」
当のティルトは全く心当たりが無いようで、驚愕の表情を浮かべた。
「先刻の『鍵』、なんだけどね。もう一度確認するけど、お前、あの鍵って組木細工の箱に入ってた鍵なんだよな?」
「あぁ、ギルドで押し付けられてな。それが?」
「で、その『箱』をブラフマンさんに押し付けた、と」
「ラミス用に試作してくれた鎧の代金として、ね。釣り合う額だと思うけど」
「うん、それが釣り合うかは、まぁ、俺には解らないから飛ばすとして……」
「偶々ソーレンセンで行き会ったワシと小僧は、ここに来る道すがら、あの箱が欲しいと言う連中に出くわしてのぅ」
言葉に困ったアスパーンの代わりに、ブラフマンが説明してくれる。
「なにやらきな臭い気配のする連中じゃったが、身の安全を図る意味も込みで、結局ワシは『箱を売る』ことで手を打った」
「なるほど。悪く無い方法でしたね、それは……。まぁ、それならば或る意味、この結果は僥倖でしたね。最悪の事態は避けられている、少なくとも現時点では」
その説明だけで事態を察したのはマレヌだ。
彼は『鍵』を見ていて、その正体もほぼ看破している。
その時点で、今の状況を理解したとしても無理は無いことだった。
「うん。それは或る意味良かった。で、ブラフマンは『箱を売った』時に『箱の中身について何か知っているか?』と訊かれた」
「ワシは『ワシはまだ見ておらん』と答えた。振ってみたら、何かが入っている音がした」
「あぁ、丁度ぴったり収まるどこかの鍵が有ったんで、入れといた」
ティルトがあっけらかんと答える。
正直、がっくり来た。
「……お前、実は天才なんじゃね?」
つまり、ティルトは全く意識せず箱と鍵が揃って初めて意味を成す仕組みのものを、カモフラージュした事になるからだ。
今の自分たちにとっては、有難いことにとても良い時間稼ぎになっている。
こうして『身内』になるであろう全員に説明している時間が有るのも、ティルトのお陰といっても過言ではない。
まぁ、こんな事になった発端もティルトに有るのだが。
「お前が茶々を入れるな」
「あいたっ!」
ブラフマンがアスパーンのわき腹に肘をぶつけてきた。
確かに、仰る通り。
全貌が見えているのは、この時点でアスパーンとマレヌだけの筈なのだから。
「……えーっと。それで、その場はブラフマンが『箱を売った』事で事なきを得たのだけれど、『念のためにティルトにはこの話をしておいた方がいいね』って感じになったんだよ」
「うん、それ自体は凄くありがたい……かも」
ティルトは段々嫌な予感がしてきたらしく、自分が押し付けられたものの厄介さに眉を顰めていた。
「で、到着してみたら、丁度お前は『箱の中身』をマレヌさんに見てもらっているところだった。というわけ」
「……だって、どう見ても箱の方が中身より価値がありそうだったし、この柄の部分に魔法陣みたいなのが描いてあるから、何か魔法の品かなーって思って」
ティルトは懐から問題の鍵を取り出し、光に当てるようにする。
一同の視線が、自然と鍵に集まった。
「……あぁっ!?」
シルファーンが声を上げた。
ラミスが不思議そうに、視線をシルファーンに移す。
一方のシルファーンは、鍵の正体に気付いたのか、アスパーンの方を見た。
その顔が青白く見えたのは、気の所為では無いだろう。
アスパーンは、シルファーンの含みを肯定し、頷く。
そして、マレヌに説明を促すように視線を向けると、マレヌが頷いた。
「六芒星に重なるように十二芒星を描いた持ち手の魔術の掛かった鍵と、組木細工の箱。このキーワードに当てはまるものは『悪魔召喚の箱』です」
マレヌの言葉に、他のメンバーの顔が驚愕に引き攣るのが解った。
それはそうだろう。
名前からして、碌な品物を想起させるものではない。
「本来は先の大戦などで、一部の魔族が用いていたと記録されているものです。組木細工は鍵を取り出すための開き方と、箱そのものを展開して作る魔法陣としての開き方があり、展開された箱の魔法陣に鍵を差し込む事で、悪魔を召喚する事の出来る、『携帯型悪魔召喚陣』とでも言うべき代物です。当然ですが、人間が所持するのは禁じられていますし、国や神殿、魔術師ギルドに有るという現物も厳重に封じられています」
「……つまり、俺が手に入れたのが国かギルドから漏れてきたもんだって、そういう事?」
「それだけならばまだいいんですが。……もし、そうでなかったら、それも問題です。ところで、ブラフマンとアスパーンが出くわしたと言う『連中』とやら、どんな風でした?」
ティルトの問いに、改めてマレヌが疑問を口にする。
「小僧とワシの感性が一緒なら、少なくとも一人は魔術師。ギルドの準導師で、レントと名乗っておった。じゃが、同時に組織で人払いの出来る奴と武闘派の類も居る様に思った」
ブラフマンが補足するのを聞いて、アスパーンも頷く。
あの人払いは間違いなく、魔術ではなく武器を得手とする類の人間の仕業だ。
強面の男がそれとなく威圧感を漂わせながら辻に立っていれば、徐々にでも、自然とそちらへ向かう人の足は絶えていく。
アスパーンの経験的に、最終的に囲まれる羽目になったあの状況は、その作業の積み重ねで作り出されたものだという感覚に間違いない。そして彼らが、一度は力に訴えてでもという覚悟でブラフマンに箱を渡すように促した、という事実もまた、間違いない。それだけ自らの『力』に自信のある、組織だった者達だという事の証だ。
故に、箱の中身が紛い物だと知れれば、彼らは本格的に『力』の行使に踏み切る事を躊躇わない筈だ。
ブラフマンが箱を開けていなかったことは事実でも、それを彼らは『騙された』と考える可能性が高い。
箱を渡したティルトとブラフマンについて、またはその関係者について、徹底的に洗い直すだろう。
「準導師……ね。調べてみないと解りませんが、少なくとも勝手に持ち出したのだとすると不正行為ですね。……どこかで回収して持ち込んだものを盗まれたのだとしたら、その方も被害者ですが」
マレヌは『箱』の出所をかなり気にしているようだった。
アスパーンは先の連中に遭遇し、その手法を複数のプロによるものと判断したため、彼らが被害者側であるということはあまり考えていなかったが、確かに言われてみればその可能性もある。
どこかから回収し、ギルドに収めようとしていた物を盗賊ギルドに盗まれ、それがティルトの手に渡り、それを秘密裏に回収しようとしたため今の状況を生んだ可能性も、充分に有り得る。
つまりは、それによって『落しどころ』が違ってくる、という話なのかもしれない。
「どちらにしても、先ずはそのレントと名乗る準導師殿を調べてみなければいけませんね」
マレヌが思案するように腕を組む。
杖の先に灯された明かりが揺らいで、面々に差し込む影も形を変える。
「取り敢えず、具体的に何をするのかは『銀槌』に移動してから考えないか? 井戸の中で顔を付き合わせていても、寒いばかりだし」
「それもそうね。アタシさんせー」
それまで沈黙を守っていたリチャードの提案に、ラミスが手を挙げて同意を告げる。
アスパーンはマレヌの横顔に視線を移すと、マレヌはこちらの視線に気付いたのか、一つ頷いた。
「そうしましょう。不幸な偶然が重なった事故だとは思いますが、それだけに慎重に動くに越したことは有りませんしね。移動しながら少し考えを纏めておきますよ」
マレヌは腕組みを解くと、改めて思い出したように口を開いた。
「ティルト。貴方の持っている鍵、一旦私に預けてもらいますが、構いませんね?」
「……まぁ、元々金になるようなものだと思ってなかったから、いいけど。まさかそんなモンだったとはなぁ。これ、魔術師ギルドで買い取ってくれないの?」
ティルトは渋々といった具合で懐から鍵を取り出す。
「……コレが外部から違法に運ばれてきたものか、内部から勝手に持ち出されたものなら考慮の余地がありますが、レントさんが正式に許可を得て持ち運んでいたものならば、ギルド経由で盗賊ギルドに苦情が行く事になりますよ?」
マレヌの笑顔が、明かりの具合の所為か妙に怖く見えるのは気のせいだろうか。
ティルトはその辺りの恐怖など全く感じていないのか、口をへの字に歪めた。
「……じゃぁ、その辺りは出所がわかってから考える。一旦預けるよ。何かの間違いで動き出したら嫌だし」
「そんなの誰だって嫌でしょ。一言多いよ、ティルは」
ラミスが突っ込んでティルトの頭部に拳骨を入れる。
ティルトはそれをひょいと首を捻って交わした。
「……はは。まぁ、鍵と箱の関係を考えても、恐らく通常の人間の発言などを機会にして起動するようなことは無いはずですがね」
ティルトが嫌々差し出す鍵を受け取って、マレヌが懐に入れる。
それを合図にするように、先頭のブラフマンが歩き出した。
前列は夜目が効く二人で、アスパーンとマレヌが並ぶ中段の列にはマレヌの明かりがあるため、シルファーンが光の精霊を後方のリチャードの肩口辺りに添わせる。
一同はブラフマンのペースに合わせて歩き出した。
「そうだ、ブラフマン、これを」
マレヌがアスパーンを経由して、先を行くブラフマンに地図を手渡すと、ブラフマンはそれを受け取って一瞥し、直ぐにアスパーンに返してきた。
「持っていてくれて構いませんよ?」
「穴倉は山妖精の独壇場じゃ。その程度の地図なら、目的地への方向感覚さえ失わなければ間違えはせん。念のため、違ったら指摘しろ」
「……了解」
アスパーンは受け取った地図を見ながら、寧ろ自分が方向感覚を失いそうなことに気付いた。
何しろ、地上での方向感覚と地下の方向感覚はアスパーンが思っている以上に違っている…………ように、感じられた。
「…………ごめん。誰か頼めない? 俺、既にどっちに向かってんのか解んなくなって来た」
「あぁ。じゃ、俺が預かるよ」
幸いな事にティルトが買って出てくれたので、アスパーンは安堵の溜息をついた。
正直、苦手な分野であると言わざるを得ない。
実家にいた頃も、地図を見るのは基本的に人に任せてきた。
ただ、それは慣れ親しんだ地形であったのと同時に、基本的に地図が通用しない場所であったからだ…………と、自分では思っている。
まぁ、街へ来て日も浅い田舎者のアスパーンに、街での、しかも地下での方向感覚を求められるのも些か不安があるのだが。
しかし、戦う事しか能が無いのは自分でも解ってはいたが、地図一つ読めないというのも、役立たず感が漂う話である。
流石にコレだけの大都市の、店舗同士を繋ぐ様な上水道で妖魔や獣に出くわすような事も無いだろうし、本日これからは役立たずに終始しそうである。
せいぜいが、マレヌが今纏めているという考えを『銀槌』に着いてからフォローしたり、行動の実行段階で手足となるくらいだろうか。
まず間違いなく、魔術師ギルドへは行く事になるだろうから、その護衛とかだろう。
レントの連れ合いらしき連中に武闘派がいることは間違いないので、その程度の役には立てそうだ。
マレヌとリチャードという、危険が及びそうな範囲にはしっかり連絡できたわけだし、今日の所は出来る事はしたという感じだろうか。
尤も、反省点が多いことの言い訳にしかならないが。
『銀槌』への道は、結局ブラフマンは一度もティルトに指摘を受ける事なく無事に到着した。