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第8話休暇と魔物と本能と

 そしてあっという間に時間だけが過ぎて行き、この国にやってきて一ヶ月が過ぎていた。


「起きなさいヘタレ! もう起床時間はとっくに過ぎてるのよ」


 朝は相変わらずうるさい声が部屋に響き渡る。俺はそれにすっかり慣れたので、ちょっとだけ遊んでみる。


「むにゃむにゃ、あと四時間寝かせてくれ」


「どれだけ寝るつもりなのよ! ほら起きなさいよ!」


「だが断る! むにゃむにゃ」


「起きてるでしょ?」


「なぜバレたし」


 毎日のように農作業やらなんやで忙しい俺は、睡眠時間を多く取らないと疲れがとれないくらい疲弊していた。その事をこいつに話すと、


「働かざるもの食うべからず、一日でも休んだらこの国から追放するから」


 と返答される始末。


「鬼かお前は!」


 一日くらい休暇くれたっていいぐらい働いているのに、どうしてこんなにも鬼なんだよこいつは。ここが日本だったら、確実に法律に引っかかるレベルだ。


(自分にはかなり甘いのに、人にはすごく厳しいんだよな……)


 そこもなんとかできないだろうか?


「でもまあ、ここ最近頑張ってるのは確かかな」


「だろ? だから一日とも言わないから休暇くれよ」


「私が独断で決めるのもあれだから、セレスに聞いてくる」


 そう言うとココネは、セレスのとこへ休暇の件について聞きにいった。てか、側近に頼って自分では決めようとしないのもどうかと思う。


 それから三十分後。


「じゃあ折角ですし、明日の一日だけ姫と王には二人でちょっとしたバカンスに行ってもらいましょう」


 それに対してのセレスの返事も意外なものだった。別にバカンスに行けるのはすごく嬉しいのだが、どうして……。


『誰がこいつなんかと二人で!』


 折角の休日とこんな奴と過ごす必要が、どこにあるのだろうか? 休暇だというのに逆に疲れる羽目になるだろう絶対。ただでさえ普段体力を使うと言うのに、こんな事では……。


(休暇じゃなくなるだろ)


 だが折角の好意を無駄にするわけにもいかないので、


「なあ、マジで二人で行くのか?」


「仕方ないでしょ。セレスがあそこまで言うんだから」


「何でお前なんかと……」


「それはこっちのセリフよ」


 結局俺は、この姫と休日を過ごす事になった。しかも二人きりでとか憂鬱になる。僅か一日しか経っていないのに、旅行先やその他諸々の準備は完了していた。


(突然の話だというのによくここまで用意できたよな……)


 その辺りは流石、一国の姫と言うべきか。


「姫、馬車が到着しました」


「ありがとう。というかセレス、私達行き先聞かされてないんだけど」


「そういえば教えていませんでしたね。お二人には今回海の方へバカンスに行ってもらいます」


「海ってここから南東にある、あの海のことかしら」


「勿論です」


「でもあそこの海はとても危険じゃなかったかしら」


「そうですけど何か?」


「いやいや、あなたもしかして私に死ねとでも言っているのかしら」


「そんなめっそうもない。私はただお二人に、より仲良くなっていただいた上で、結婚をしっかりしてもらいたいんですよ」


「危険をおかしてまで、仲良くなる気ないわよ! そもそも仲良くなることなんて一生ない」


「まあまあ、そう言わずに。ほら馬車がやってきましたよ」


 セレスとココネが怪しげな会話をしている中、彼が手配してくれた馬車がやって来たのでそれに二人で乗り込む。馬車にも乗ることが初めてなので、道のりすらも不安になりバカンスどころの気分ではない。しかもさっきの二人の不吉な会話は俺を更に不安にさせていた。


「ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」


「あ、ちょっとちゃんと説明しなさいよ馬鹿セレス。って、勝手に動かないでー!」


 ココネの叫びも虚しく、馬車は無常にも動き出した。


「もう、これも全てあなたのせいよ!」


「まさかの俺にとばっちりかよ!」


「そうよ当たり前じゃない」


「どこが当たり前なのか説明を求める」


「お断りよ!」


 最初から喧嘩してばかりの二人を乗せた馬車は、国の南東にある、問題があるらしき海へと向かっていくのであった。


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

 馬車に揺られること一時間、俺とココネがやってきた場所は辺り一面に広がる海。まさしくバカンスにはぴったりな場所ではあるのだが、何かすごく違和感を感じるのは気のせいだろうか。


挿絵(By みてみん)

「ここって海か?」


 先にココネが先に歩き、俺がその背後を歩いて行く。見た感じでは青い空と青い海、そして白い砂浜。テンプレの景色ではあるが、やはり変だ。


「そうよ。それ以外に何だというのかしら」


「いや、海だってことは分かるんだけど、気のせいかちょっと変じゃないか?」


「あら、お気づきなの? この海が一体何なのか」


「普通とは違うのか?」


「ええ。ここはよく魔物が現れることで有名な海なの」


 へ?


「えっと……今何て言いましたか? 魔物が現れるとかなんだとかおっしゃいましたけど」


「だからよく魔物が現れるのこの海は」


 なるほどなるほど、その海で俺達は今から貴重な休暇を取れと言うのか。


「ってどこがバカンスだよ!」


「随分遅い突っ込みね。でもそれがこの世界の現実でもあるのよ」


「この世界の現実?」


「そうよ。まあいつかは分かることよ。それよりも泳ぐわよ」


「泳ぐってお前、魔物が現れるって言われているのにか?」


「それでも泳ぐのが海でしょ?」


 それが普通の海である場合のみに限る。どう見ても魔物が現れる海が普通の海ではない。


「いやいや、いくらなんでも危険すぎないか?」


「大丈夫、いざとなったら私が守ってあげるわ」


「あれ、意外だなお前がそんな事言うなんて」


「何を言ってるの? 私が守るのは国で決してあなたを守るなんて一言も言ってないわ。どうせ命の一つや二つなくなっても平気でしょ?」


「俺の命は一つだ!」


「そうなの? てっきり十個くらい命を持っているもんだと」


「俺は不死鳥の類の人間じゃないからな!」


 こいつの脳内の俺って、どうなってんだよ。今の言い方だと、俺は何度でも蘇りそうな言い方だ。だが勿論俺は普通の人間である。


「とにかく折角の休暇だから、楽しむわよ!」


「お、おう」


 だがそんな俺を差し置いて、ココネは海へと向かって走っていく。


(最初はあんなに嫌っていたくせに、何だかんだで本人がわくわくしているような気がするんだけど……)


 かくいう俺も海に泳ぐのは久しぶりだし、何だかんだでわくわくしているのだが、泳ぐ以前の問題が一つある。


「なあその格好で泳ぐつもりなのか?」


「当たり前でしょ?」


「水着とかはないのか?」


「水着? 何よそれ」


「知らないのかよ!」


 まさかの着衣水泳だということ、そしてそういった系のイベントが全く起きないということだ。


「ああ愛おしき、水着イベント……」


「だから水着って何よ!」


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

 俺も特に泳ぐための着替えを持っていないので、今着ている服のまま海を泳ぐことに。


「泳ぐって言っても二人だけじゃ流石に寂しいな」


「仕方ないでしょ。今回は特別に休暇をもらったんだし」


「そうだけどさぁ、何かもうちょっと海らしいイベントとかあっても良かったんじゃないか」


 例えば水着とか。


「一国の姫にそんなイベント求めないでよ。それにあなたと私は、赤の他人に限りなく近いのよ」


「はいはい、そうですね。俺が悪かったよ」


「何よその態度!」


 バシャア


 突然海水をかけられ、俺はそれを避けられずにもろに食らってしまう。


「げほげほ、いきなり何するんだよ」


「態度が悪かったからしの罰よ」


「だからっていきなり水をかけるなっての」


「そこまで言うなら、もういっちょくらいなさい!


 ズバシャア


 ゴボゴボ



「ぶふぁ、俺を殺す気かお前は!」


「うん、死んでほしいし」


「率直な意見を言うな!」


 とことん嫌な性格だよこいつは。


「だったら勿論俺にも仕返しする資格はあるよな」


 先程の仕返しと言わんばかりにココネに倍以上の海水をかけてやる。


「ちょっと何するのよ! 私までビショビショになったじゃない」


「さっきの仕返しだっての」


 その後数分間お互いの水の掛け合いが続く。一見するとリア充のように見えるが、俺と彼女にいたっては全くそう言った事はない。いつの間にか悪ふざけがガチの戦いになっているし……。


「私あなたみたいな人間大嫌いなのよ!」


「それは俺も同感だ! お前なんか今までに会った中で一番面倒くさいし、性格悪いし、何で結婚なんかさせられなきゃならないんだよ!」


 こんな事を言い合っている時点で、もう恋仲だなんて絶対に言えない。


「それはこっちのセリフよ!」


 結局その戦いは三十分近く続いたのであった。


「はぁ……はぁ……、もう……そろそろ……やめにしないか?」


「そう……ね。折角の休暇だし……もっと休まなきゃ……」


 疲れきってしまったので、海から出ようとしたところで、俺はある異変に気づいた。そしてその異変は、俺ではなく彼女……ココネの方に近づいていた。


「ココネ、危ない!」


「え?」


 その異変に咄嗟に反応した俺は、彼女に覆いかぶさるような形で庇い謎の急襲を自分が受けた。


「つぅ」


 背中生じた痛みを何とか堪え、その謎の物体に視線を向ける。そこにはさっき言っていた魔物みたいな物体がいた。


「ど、どうしたのよ急に……って何よあれ」


「俺にも分からないけど、恐らくあれはお前が言っていた魔物だ」


 俺達を襲った魔物は、魚のような形をしたもの。ていうか魚人?


「グルル」


「な、何だよあいつ。モロ人間に近いんじゃねえの?」


「そんな呑気なこと言っている場合じゃないでしょ。何とかして追い払いなさいよ」


「って言っても、戦えるような武器なんてないだろ」


「それでも何とかしなさいよ!」


「無茶言うな!」


 あたふたしてしばらく動けずにいると、その魔物は俺達に敵意がないと感じ取ったのか何もせずに海へ去っていったのであった。


(何だったんだ今のは……)


「な、何とかなったな」


「ええ。それよりさっさとどいてくれないかしら」


「わ、悪い」


 彼女にほぼ覆いかぶさっていたことを忘れていた俺は、ココネに蹴飛ばされるような形で、彼女から慌てて離れる。だがその衝動で、先程負った傷が激痛を発する。


「ぐぅうう」


 痛みを堪えようとなんとか我慢するが、それすらも効かない。そんな俺の様子を見て不思議に思ったココネは、背中の方に目をやり驚きの声を上げる。


「って、その傷どうしたのよ!」


「どうしたも何も、さっきお前を庇って受けたんだよ」


「ど、どうしてそんな事したのよ。傷まで負って」


「何でだろうな。咄嗟の行動だったから覚えてない」


「咄嗟の行動ってあなたね……」


 本能的にとった行動だったし、何も考えていなかった方に近いのかもしれない。本当に理由はないのだが、どうしてか体が勝手に動いてしまっていた。


「まあお前が無事ならいいんじゃないかな」


「わ、私が無事なのは当然のことよ。だけど、その……人を怪我させてまで守るようなものじゃないし……」


「いいんだよ。これくらいの怪我。それに守らなかったら絶対に文句言うだろ?」


「い、言わないわよ。それより本当に大丈夫なの?」


「ああ。ちょっと血がでたぐらいだしこのくらい……」


 本気で心配してくれている彼女にこれ以上余計な心配をさせないよう、元気な素振りを見せようとするが……。


 クラッ


 突然視界が歪み始め、まともに立っていられない状況になってしまった。そして意識すらも徐々に遠のいていき、ココネの顔すら判別できないほどになってしまった。


(あ、やばい)


「ちょ、ちょっと冗談でしょ? こ、こんな所で死なないでケイイチー!」


 言葉も発せず、無抵抗のまま遠のいていく意識の中で、最後に俺が聞いたのは彼女の叫び声だった。


(あいつ、今俺の名前を……)


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