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閑話4ひと握りの勇気

 私は包丁すらも握れなくなってしまった。


 料理をしていたらまた魔物に襲われるんじゃないかって怖くなって、外に出ることすらもやめた。


(あんな思いだけは、二度としたくない。だからもう、ここで何もしないで篭っていればいいんだ。そうすれば何も怖い思いをしなくて済む)


 折角引き受けた仕事を放棄するのは人として間違っているのかもしれないと思う。けど、料理もできない私が、あの場にいたって何の役にも立たない。だから逃げた。怖い現実から。


「リタちゃん、起きてるかな」


 そんなある日のことだった。私の部屋にケイイチお兄ちゃんの幼馴染のユナおねえちゃんが朝早くから訪ねてきた。確か今日は王国祭の日らしいけど、今日も来てくれている事から恐らく彼女は参加していないのかもしれない。いつも彼女には傷の治療や、色々と話を聞いてくれるのだけれど、今日はいつもと要件が違った。


「え? 私に外に出て欲しいの? そんなの勿論嫌だよ。怖いもん」


「やっぱりそうだよね。ごめんね変な事聞いて」


「用がそれだけなら帰ってよ。今日はどこも痛いところないから!」


 まさかユナお姉ちゃんの口からそんな言葉が出てくるなんて思っていなかった私は、つい強めに言ってしまう。


(一番の理解者だと思っていたのに……)


 色々話を聞いてくれるから、分かってくれていると思っていたのに、裏切られた気分だ。裏切り者はすぐに目の前からいなくなってほしい。


「でもねリタちゃん、私ここで退くわけにはいかないんだ」


「どうして?! ユナお姉ちゃんはそんな事言わないと思っていたのに、そうやって裏切んだ」


「そうじゃないの! これは……圭一君からのお願いでもあるし、私からのお願いでもあるの」


「お願い? 何それ。人のトラウマを蘇らせてまで叶えたい願いなの? 私はもう何も握れないし、二度と料理なんかしない。だからお願い、出て行ってよぉ。これ以上辛い思いさせないで」


「リタちゃん……」


 思わず溜まっていたものを吐き出してしまう。もう私はただの人間でしかない。だから頼らないでほしい。私をコックと呼ばないでほしい。それが私の今の願い。むしろその願いを叶えてほしいくらいだ。


「私だって分かってるもん。いつまでもこんな事を続けてても意味がないことくらい。でも、もう嫌だ。外に出たっていいことないもん。ここでずっといた方が、何にも怖くない!」


 とにかく外に出たくない私は、浮かぶ限りの言葉で拒絶する。誰が何と言おうと、私は拒絶する。ここまで言えば諦めてくれるとも想っていた。けど、


「そんなのじゃ駄目だよ! 皆が頑張っているのに、リタちゃんだけ何もしようとしないなんて、そんなの間違っている!」


 ユナお姉ちゃんは決して折れようとしなかった。


■□■□■□

 誰だって乗り越えなければならない壁がある。いつまでも立ち止まっていたって何も始まらない。本当は私だって、あの日からずっと後悔していることがある。


 あの時何で気持ちを伝えられなかったのだろうか?


 一度でもいいから気持ちを伝えれば、今が変わっていたのかもしれない。


 好きな人が、他の人と結婚してしまうという未来を。


「そんなのじゃ駄目だよ! 皆が頑張っているのに、リタちゃんだけ何もしようとしないなんて、そんなの間違っている!」


 だからこの言葉は、自分自身に向けての言葉でもあった。私だって本当は何もできてやしない。勉強だって、自分の気持ちにだって。


「避けたいのは分かる。けど、そうやっていつまでも閉じこもっているリタちゃんの姿を私は見ていられない。頑張って、勇気を出して戦おうよ。一緒に」


「リタお姉ちゃん……」


 私が伝えられる言葉は、全部伝えた。あとは彼女がひと握りの勇気を振り絞れば、きっと踏み出せる。私だってきっとできる。彼女がいればきっと。


「私はあなたの味方だよ。少しずつでいいから頑張ろう。ね?」


 果たして彼女にこの言葉は伝わったのだろうか? 私は一度彼女を一人にしてあげるために部屋を出た。


(大丈夫、きっとリタちゃんなら……)


 私は彼女が部屋を出てくれると信じて、自分の部屋に戻るのであった。


■□■□■□

 それからどれくらいの時間が経ったか分からない。外は夕暮れになり始めいよいよ王国祭も終わりを迎えるであろう頃、リタちゃん自身が私の部屋にやって来てくれた。どうやら、私の言葉は届いてくれたらしい。


「リタお姉ちゃん、私……」


「うん、分かっているよ。王国祭見に行きたいんでしょ?」


「で、でももうこの時間じゃ……」


「大丈夫、まだまだ王国祭は終わらないから」


「え?」


 実は圭一君の計画の裏で、ココネちゃんから打ち上げを行う事を教えてもらっていた。だからもしもの場合でも慌てることなく、彼女自身が自分の決意で外へ出てくれるのを待っていた。


「さあ、行こうリタちゃん。皆待っててくれているから」


「う、うん」


 私と同じ年とは思えないくらい小さい手を握って、彼女と王国祭の会場へと向かう。その間リタちゃんは何も言わなかったが、私の手をしっかり握っていて、その手からはしっかりと彼女自身の決意の意が伝わってきていた。


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