閑話1 私の願い
圭一の部屋を飛び出したココネは、そのまま半分ゴミ屋敷と化している自分の部屋へと駆け込んでいった。唯一まだ綺麗なベッドの上にダイブし、湧き出るこの怒りを必死にこらえていた
(ああもう、腹立つ!)
まさかあんな男にをあそこまで言われるなんて思ってもいなかった。まるで私の全てを知っているかのような言い方は我慢できない。でも言っていることは正しくて、どう反論すればいいか分からなくなって、飛び出してきた次第だ。
(私もやりすぎたのかな)
いくら性格が悪そうな男とは言えど、こっちの勝手な都合でこんな国に呼び出されたのだ。不満があるのは分かる。
(でも、それもこれも、全ては国のため)
あいつには散々否定されたけど、その意志が私にはある。もう二度とあんな想いはしたくないし、これ以上城の皆に迷惑をかけていられない。だから頑張らなければならない。誰がなんていおうと私はこの国の姫なんだから。
「ココネ様、入りますよ」
先程の怒りがようやく静まってきた頃に、側近であるセレスが私の返事を待たずに入ってこようとするが、部屋中は三年間溜まりに溜まったゴミの山。結局彼は、部屋の外に立ったままで、中には入ってこなかった。
「ってい言っても、わたくしが踏み入れそうな場所はありませんよね」
「何よセレス、失礼ね。これでも少しは片付けたのよ」
「これで片付けたんですか。私には何一つ片付いてないように見えますが」
「気のせいよ気のせい」
ちょっとは片付けたんだから、ほんのちょっとは。
「それで、何か用かしら」
「先程ココネ様は、王子の部屋から飛び出してきましたけど、何かございましたか?」
「もしかして見てたの? さっきの」
「はい。偶然通りかかったんですよ」
「嘘ね。絶対盗み聞きしていたでしょ」
「さあ? 私は盗聴なんて趣味はございませんから。ただお二人のお話が気になりましたから、ちょっと立ち聞きしただけです」
「それを盗聴と言うのよ! ああもう、今日は本当についていないわ」
あの会話を一通り聞かれてしまっているとなると、絶対に色々追求してくるに違いない。しかもあれは会話というより私が一方的に怒って出てきたから、私が圧倒的に不利だ。さあ、どうしたものか。
「ココネ様は彼が述べていたことについて、どう思われましたか?」
「正直むかついたわ。まさかあそこまで言うなんて思っていなかったもの」
「でも全部正しいことを言っていましたよ?」
「うっ。それは……間違っていないけど」
全部とまでは言わないが、一部は間違っていなかったと思う。でもだからといってそれを認めてしまったら、せっかくの私のプライドが台無しだ。
「……否定しない素直なところは、あなたのいいところなんですけど。どうしてその素直さを別のところで生かせないんでしょうか」
何かをボソッとセレス呟いたが、それは無視。
とにかく今の私にとって彼は、とても邪魔な存在だ。何にもこの国のことを知らないくせに、色々言った挙句、自分を変えろとまで言い出した。この国の姫である私に対して、あんな態度をとるなんて失礼にも程があるし、自称姫とまで呼ばれた。これがどれだけの侮辱に値するのか、果たして本人は理解できているのだろうか?
「でもココネ様も人のこと言えませんよ。来客に対してあの態度はちょっと失礼かと思います。ましてや彼は、あなたの婚約者でもあるのですから」
「いつから私はあんな男と結婚することになったのよ」
「結婚を望んだのはココネ様自身じゃないですか。それを否定されてしまっては元も子もございません」
「セレスが言いたい事は分かる。だけど、私はあんな男を選んだつもりなんてない」
「本当我儘ですね。でも一度扉を閉じてしまったんで、もう彼を元の世界に帰す方法はないですよ」
「ううっ、それだけでも頭が痛くなりそうよ」
あの扉はもう開かれない。彼を帰そうにもその方法がないのだから、
(もっといい人が来てくれればよかったのに……)
一応選んだつもりではいたんだけど、どうも私と相性が悪い。これじゃあ毎日のように喧嘩するだけだし、その度に私も体力を使わなければならない。それを考えるだけでも、心が憂鬱になってくる。
「でも彼は、あなたの事を一番理解してくれそうですよ」
「そんな冗談はよして。彼なんかに理解できるはずはない」
「果たしてそうと言い切れるのでしょうか? 先程の会話を聞く限りでは、彼はココネ様を少しでも知ろうとしていましたよ? それにできるはずがないってココネ様が決めつけているだけで、本当は……」
「ああもう、うるさい! 出て行って!」
セレスまでもが彼をフォローし始めたことに苛立った私は、物を色々と投げつけて彼を部屋から追い出す。もう、セレスまで彼の味方につくなんて、どうかしている,
「はぁ……」
(何が理解できるよ。人の事けなしてばかりなのに)
ため息をつきながら、窓から見える景色を眺める。そこに広がっているのは、明かり一つない暗闇。唯一の光は月明かり。人が住んでいる気配すら伺えない。
(本当寂しい国になっちゃったなぁ)
あの時、私は全てを失った。 全ての者の希望を打ち砕き、命を奪っていったあの悲劇は、私にとって拭うことのできない罪。それを晴らす事ができる日が来るかは分からないけど、いつかはこの国もあの時の姿に戻ればいいなと願う。
(その為にも、あいつを呼んだのに)
これではプラスになるどころかマイナス要素だ。果たしてこの先私の願いは叶うのだろうか? 少々不安になりながら、私は眠りについた。