第3話変えるべき事
姫が出て行って十分くらいのんびりしているとセレスがやって来た。どうやら俺を、もう呼びに来たらしい。
「王子、早速ですがあなたをココネ様がお呼びですので、」
「いきなり何の用だよ…」
(さっきあんな事言って、出て行ったくせに……)
セレスに連れられてやって来たのは、食事を取るためだけにありそうな大食堂。そこにいたのはさっきの姫と、沢山のメイドさん達。テーブルがやけに長いせいかすごく遠い気がするんだけど、これがまさに心の距離というやつだろうか。
「何だよ話って。ていうか、さっき話をしたばかりだろ」
「まだ話すことがあったのよ。そもそもあんたが、あんな事言うから悪いのよ」
「俺は思った事をそのまま言っただけだろ。それを聞き入れないお前もお前だろ
「初対面の女性に対して平気でそんな事言えるあんたもあんたよ」
縦長のテーブルの端と端で喧嘩をする俺と姫。二十歳にもなって大人気ないかもしれないが、どうもこいつと話していると、喧嘩腰になってしまう。とりあえずここは冷静になって……。
「とりあえず、話ってなんだよ」
「なんか話をそらされた嫌なんだけど……。まあいいや。とりあえず話というのは、あなたの名前を聞いていなかったから教えて欲しいんだけど」
「俺の名前か? 俺は高山圭一って名前だよ。そういうお前の名前は確か……コココって名前だっけ?」
「ココネよ! 何でそんな適当な名前なのよ!」
「いや、だって別に覚える必要ないと思ったから」
「仮にも一国の姫と王なのよ。名前ぐらい覚えていきなさい!」
「じゃあお前は覚えたか? 俺の名前」
「勿論覚えていないわよ」
「人のこと言えないじゃないか!」
まったく説得力がないので呆れてしまう。でも一応名前だけは覚えておいてやるとして、他に用件はあるのだろうか。なかったら俺は、すぐにでもはっ倒してやりたいんだが。
「まあ覚えるか覚えないかは置いといて、それだけの為に呼んだのか?」
「それだけじゃないわ。これからあんたにはこの城で暮らすためのルールーを覚えてもらおうと思って」
「ルールか。それは確かに覚えておく必要はあるかもな」
郷にいっては郷に従えと言うだろうし、ここで住むなら最低限のルールを覚えておく必要がある。もっと難しく言うと、恐らく法律を覚えろということだろう。
「これからあなたには、これを読んでもらうわ。セレスあれを」
「はい」
そう言ってセレスは何かを取り出して俺の目の前に置いた。
「あ、えっとこれは?」
「この国の最低限の法律、そしてその他色々の事が書いてある本よ」
目の前に置かれたのは分厚い本が複数。どうやら俺が考えたことが当たっていたらしい。そういう所はしっかりしているんだな。
「つまりお前は、俺にこれを読んで勉強をしろって事か?」
「そうよ。見た目からいかにも頭が悪そうだもの」
「勝手に決め付けるなよ」
そこそこ頭はよかったぞ俺は。あ、別に自慢とかはしない。
「まあ頭が良くても悪くても学ぶことが必要だわ。この本を暇なときに読んでおきなさい。時々テストするからね」
「テストするのかよ!」
これじゃあ学校と大して変わらないだろ。テストなんて既に高校の時に終わっているし、今更二十歳にもなってそんな事やるとか面倒くさすぎないか?
「なあ、別に俺はこの国の王になるわけでもないんだから、そこまで厳しく学ぶ必要ないんじゃないのか? 覚えられるレベルじゃないしこれ」
この国の法律がどのくらいあるのかまでは把握できていないが、日本の基準から考えると恐らくかなりの量があると思われる。
「全部が法律じゃないわよ。一応王室で暮らすんだから、それなりのマナーも必要でしょ?」
「マナーねえ。ちなみにお前は弁えているのかマナーを」
「そんなの当たり前でしょ。私はこれでも国の姫なんだから」
「ふーん」
勿論そんな言葉は信じない。先程も言ったが、これまでの態度を見る限りマナーのマの字も見当たらない。いっぽうてきに言いたい放題言って、皆を困らせているに違いないと思う。
「ちなみに姫が、マナーって言葉を知ったのは一週間前です」
「よ、余計なことを言わないでよセレス!」
側近にまで言われちゃってるし、駄目だこれは。
(本来はサポートされる側なんだけど、これは寧ろ俺がサポートしなきゃいけないかもな)
これじゃあ俺は、子を躾ける親のようだ。でも俺だってまだ社会にでていない人間なわけだし、分からないことのほうが多い。それなのに教える立場って、どんだけダメな国なんだよここは。
「以上、私から言うことはないけど、あなたからはある?」
真剣に悩んでいる俺を無視してココネは話を進める。
(聞きたいことって言われたらそれは……)
山ほどあるに決まっている。だけど今それを聞いたところでまともな返事が返ってくるわけがないので、何もないと答えるとしよう。
「俺から? うーん今のところは特にないかな」
「じゃあとっとと戻りなさい」
「冷たすぎだろ!」
人を呼んどいてその言い草はあまりにも酷すぎるが、もうその突っ込みする気力すら湧いてこない。
(こいつを相手にすると本当に疲れる)
まだこの世界に来てからそんなに時間が経っていないはずなのに、ほとんど体力が残っていない俺は、彼女がまた変なことを言う前に本を持ってとぼとぼ部屋に戻るのであった。
■□■□■□
この世界にやって来て初めての夜。色々と滅茶苦茶だった夕食を乗り越え、入浴も済ませた俺は部屋で一人何もせずベッドの上でボーッとしていた。
ちなみに俺が今着させられている服は、洋風とは思えに袴に近いものだった。セレスの着ているスーツといい(側近らしい格好ではあるが)、メイドが着ているメイド服といい、この国の服装には統一感という概念は存在しないのろうか。
(色々あったけど、何とか一日を越えられた……)
あの本も渡された後すぐに無理やり読まされた挙句、食事も食事ではマナーがなってないとか何とかうるさいし、精神的な疲労は先程より明らかに増えていた。
(というか本当に大丈夫かな、元の世界……)
この国のこともいろいろな意味で危ないが、それよりも元の世界の方が問題が多い。いろいろな人を置いてきぼりにした上に、行方不明だなんて大騒ぎになるに決まっている。長い間絶対に帰る事ができないし、帰ったら帰ったで色々と苦労しそうな気がする。でもすぐに帰りたいという矛盾が生まれる。
(あー早く帰りたい)
あの姫を何とかしたいとか考えたけど、やっぱり自分の世界が恋しいわけで、やり残した事があるのが悔しすぎる。
(あいつは、俺が居なくなったことをどう思っているのだろう……)
心配してくれているのだろうか? だったらものすごく申し訳ない気がする。しかも俺は彼女を待たせてしまっているのだから……。
コンコン
少しホームシックな気分になっていると、また扉をノックする音が聞こえた。どうせココネだろう。
「開いてるぞ」
「言われなくても開けるわよ」
「やっぱりお前か……」
俺の返事を待たずに入ってきたのはやはりココネだった。本当に人の予想を裏切らないなこいつは。
「ちょっとあなたに一つ聞きたいことがあったから来たの」
「まだ聞きたいことあるのか?」
「ええ。さっきの話の延長線上になるんだけど、あなたには明日からこの国の復興を手伝ってもらうわけだけど、力仕事とかはできるの?」
「まあまあできるけど、それがどうかした?」
「いや力がなさそうな男に見えたから聞いたんだけど、どうやら心配なさそうね」
「お前は俺を何だと思っているんだ!」
「役立たずのダメ男」
「会って初日の人に言う言葉じゃないだろそれ!」
うーん、やっぱりマナーがなっていないな。初対面の人にダメ男って普通言えるか? まあ、俺も人のこと言えてないけどさ。
「それならあなたも人のこと言えないじゃない。私は一国の姫なのよ、もっと立場をわきまえなさいよ」
「だからそれが駄目なんだって言ってんだろ。そうやって何でも権力をぶつけようとするから……」
「あなたみたいな人間に何が分かるのよ!」
「分からないな。けどそれがなんだってんだよ」
「え?」
「確かに俺はこの世界に来て初日だから分からないことだらけだ。けどそれはこれから知っていけばいい、この国のことも、お前の事も」
「わ、私の事も?」
自分でもこのセリフが出てきたことに驚いたが、そんなのは今は気にしない。とりあえずまず彼女には感じてほしいのだ。その態度と言動が、いかに人を不快にさせるかを。
「国を変えるよりも先に、まずお前のその性格を変える必要がある。それが今日一日ここで過ごして分かったことだ」
ココネの場合はまず自分が全てだと考えてしまっている。だから初対面の人に対してああいう事が言えるんだと俺は思う。まずはそこから直していかないと、今後色々と苦労する。
だったらその甘い考えは絶対に直さなければならない。世の中そんなに甘いわけじゃない。我儘ばかり言って、国を作ろうだなって甘すぎる。
「私が……変わる?」
「ああ」
それをできるかは本人次第であり、そこからできなければ、この国はいずれ終わってしまう。それがたとえ復興ができたとしても、だ。
「そんなの無理よ! 私はこのままでいい!」
だからそれが分かってほしかったから伝えたんだけど、やはりそれは届かない。どうして彼女はそこまで拒絶する必要があるのだろうか。自分自身分かっているから助けを求めたんだろうし、その本音を拒絶してしまったら、何にも意味がなくなってしまう。
「もうこれ以上余計な事を言わないで!」
「このままだとお前……っておい!」
折角変えられるチャンスだったのに、彼女はまたどこかへ行ってしまった。一人取り残された俺は、ベッドに仰向けになって、ゆっくりまぶたを閉じた。かなり疲れているのか、すぐに睡魔がやってくる。
(色々考えるのは、明日にするか)
とりあえず今は難しいことを考えなくていい。簡単なことから始めればいいんだ、そう簡単なことから……。
(とりあえず明日から頑張らなきゃな)
心の中でそう決意し、俺は夢の世界に身を委ねたのであった。