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第22話周り見えず 想い気づかず

  一時帰還と言っても失われた俺の部屋は戻ってこないので(俺の部屋を撤去したのは本当だった)、俺は二週間の間一人暮らしの由奈の部屋で生活することになった。とは言っても、いつもの毎日のようにぐうたらするのではなくて、与えられた時間の中でできる準備を毎日休むことなく続けていた。だから時間の経過も全く気にしてなかったし、度々ニュースで流れる俺に関するニュースも何一つ気にしなかった。

そんな生活が早くも一週間が経ったある日、由奈がふとこんな事を言い出した。


「ねえ圭ちゃん、私から一つお願い事があるんだけど」


「お願い事?」


 一体何だろうか?できる範囲のことならしてやりたい。由奈と一緒にいられるのも残り一週間だし、最後くらいはせめて彼女の願い事の一つや二つくらい叶えてやってもいいのではないかと思う。


「残り一週間で圭ちゃん、あっちの世界に行っちゃうじゃん」


「ああ、そうだな」


「それまでの間だけでもいいんだけど、私達一週間だけ夫婦の関係になってみない?」


「ふぇ?」


 それは予想外の提案だったので、俺は思わず変な声を出してしまう。一週間だけ夫婦の関係って、つまり仮結婚するって事だろうか?


「そんな驚きの顔をしなくても、圭ちゃんが考えているようなことではないから、心配しなくて大丈夫よ」


「本当かよ」


 いくら一生会えない人だからって、僅か一週間だけでも夫婦になるって、男として許されるのだろうか? いや、由奈の気持ちを優先しなければならない。だったら一週間だけ彼女と……。


「まあ、一週間だけならいいかな」


「ありがとう圭ちゃん。じゃあ早速だけど夫婦としてやる事があるの」


「準備の時間もあるんだから、なるべく手短に済ましてくれよ」


 夫婦としやる事って一体何だろうか? 面倒くさいのだとあんまり嫌だけど。


「最初にやる事、それは勿論初デートよ」


「初デートってお前、今やる事なのか? それに俺そんなに外に出たくないんだけど」


「大丈夫気にしない気にしない。もう行き先は決まってるから早速行くわよ」


「行くってお目当ての場所でもあるのか?」


「初デートと言ったらあそこに決まってるじゃない」


「あそこ?」


■□■□■□

「いや、確かに初デートにはピッタリかもしれないけどさ」


「でしょ? でしょ?」


 という訳で由奈に連れられてやって来たのは、まだ海開きもされていない日の海岸。まだ六月なので、季節的にはまだちょっと早い気もしれないが、まさかわざわざ海に来させられるとは思わなかった。


「でも水着なんて持ってきてないぞ?」


「何を言ってるのよ。着替えは今私達が着ているじゃない」


「今着ているって……まさか着衣水泳でもする気なのか?」


「当たり前じゃない」


「いやいや。初デートに着衣水泳するカップルなんてどこにいるんだよ!」


「ここにいるじゃない」


「俺は絶対にしないからな!」


 予想の斜めをいく彼女の考えに流石にツッコミを入れる。ていうか初デートじゃなくても絶対にしないだろう着衣水泳なんて。しかも今は夕方だ。梅雨の季節であって海は絶対に冷たいから、水着を着ていても普通は泳がないと思う。こいつの頭の中がどうなっているのか、一度調べてみたい。


「ノリが悪いな圭ちゃんは」


「ノリとかそういう問題じゃないからな!」


 着衣水泳は当然やらず、結局海岸の散策をするだけになった。夕焼けに染まる砂浜を二人並んで歩きながら由奈と俺は半年間溜まりに溜まっていた話をずっとしていた。もう一週間は二人で暮らしているのだが、まだまだ話し足りないくらいだ。


「あ、そういえば由奈、お前勉強の方はどうなんだ?」


「うーん、そこそこ進んでいるって感じかな」


「看護師になるのが夢だったよな」


「うん。でも結構勉強がきつくて、心折れそう」


「でも昔からの夢だったんだろ? だったら頑張れよ」


 彼女は昔から看護師になる事を夢見ている。今だって看護学校を通っているし、この一週間の間俺が寝たあとに頑張っているのも知っている。彼女は誰よりも努力家で、昔からすごく負けず嫌いだった。


「圭ちゃんだって夢があるでしょ?」


「俺? ああ、そういえば俺もあったっけ夢」


「もしかして忘れたの?」


「いや、そういう訳じゃ……」


 この半年間、そんな事を考える余裕なんてなかったし、恐らくこの大幅なロスはそう簡単には取り戻せない。だから正直、諦めていたって言ったほうが近いかもしれない。


「夢を諦めるほど、楽しいんだあっちの世界が」


「別にそんな事言ってないだろ」


「だったら……」


 突然足を止める由奈。どうかしたのだろうか?


「由奈?」


「だったら……どうして」


 何か我慢をしているかのように震えだす由奈。もしかして……怒っているのか?


「どうしてこっちの世界から離れようなんて考えるの?!」


 そして俺の予想は当たり、由奈は今まで我慢してきたものを吐き出すかのように、大きな声を出した。


「ねえどうしてよ! あんな得体の知れない姫なんかのために、自分の人生を無駄にしようとするの? 私分からないよ、圭ちゃんが何を考えているのか」


「俺はただ……あいつの国を想う気持ちがすごく伝わってきて、放っておけなくなっただけで」


「違う!圭ちゃんは最初から分かっていたんだよね、こういう結末になることを」


「分かっていたなんてそんな」


 それはいくらなんでも言いがかかりだ。俺だって最初はすぐに帰りたいって思っていたけど、途中からその想いが変わり始めてて……。


「私前にも言ったよね? 圭ちゃんは一つのことに熱中しすぎることがあるって。それが時にはどれだけ人を困らせるか分かる?」


「分かっては……いるよ」


「嘘よ! だって圭ちゃんは……圭ちゃんは……」


 涙をボロボロ流しながら何かを言おうとする由奈。けど、なかなか言葉がでてこない。それに対して俺もどうすればいいか分からず、ただ彼女の言葉を待つ。そして由奈が次に発した言葉は、


「そのせいでお姉ちゃんと私のこの気持ちに気づいてくれなかったんじゃない!」


 今から二年前のあの事件に関することだった。


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