第1話異世界のお姫様
将来のパートナーってそんなに簡単に見つからないと俺は思う。特に俺みたいな年(現在二十歳)になると、婚活やらなんやらで色々と忙しい人とかいるけれど、すぐに相手なんて見つかるなんて思っていない。
かくいう俺もそうだ。
中学や高校では彼女がいたが、その人が生涯のパートナーにならない。幼馴染の女の子がいるからって、ライトノベルみたいな恋に発展するわけでもない。幼馴染は一応いるけど、やはりそういう展開にはならない。
まさに恋愛とは縁がない男だった。
そんな俺がようやく成人を迎えた今年、どういう事か結婚する事になった。しかも突然に。
「あなたは選ばれし婚約者です。これから姫様と長い時を共にし、生涯を共にする事をここに誓いますか?」
「だから俺はいつ納得したんだよ」
「私だって嫌よ、こんな得体も知らない男。他にちゃんとしたイケメンはいなかったの?」
それも得体もしれないこの異世界で、得体もしれない国の残念な性格の姫と。政略結婚という形で。その理由は、どうやら国の復興を目指したいらしい。
「まあまあ二人共、落ち着いてください。そんな様子ではこの先、よりよい国づくりができませんよ」
『誰がこんな女(男)と!』
この物語は、このどうしようもない姫と、一方的に政略結婚させられた俺高山圭一が、壊滅的な状況に追い込まれている国を、妻(仮)のこの姫と喧嘩を繰り広げながら築いていく物語である。
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そもそものキッカケは成人式を終えて仲のいい友達と別れて家に帰ってきた時である。アパートの一角にある普段はなんともない俺の部屋は、この日だけはいつもと何か違う雰囲気を醸し出した。
(何だろう、すごい悪い予感がする)
空き巣でも入られたかのような異様な雰囲気。我が家の鉄製の扉は、鍵は掛かっているというのに既に誰かが中にいるぞと警告しているような感じをしていた。
(この中には我が家ではなく違う何かが待ち受けている気がする)
それは気のせいだと自分に言い聞かせながらも、震えだす体を何とか止めながら扉をゆっくりと開く。そこに広がっていたのはいつもの我が家、
『ようこそ! ナルカディア城へ! 新王子』
「……は?」
ではなく、どこか異国にありそうなお城の中だった。何が何だかさっぱり分からない俺は、一旦扉を閉じる。
(多分疲れているんだきっと。何だよ新王子って。いつからそんな事を夢見ていたんだ俺)
今見た光景を一度頭の中から消し、再びその扉を開く。今度こそ目の前に広がっていたのは愛しの我が家、
『ようこ…』
バタン
ではなかった。流石に二度も見間違えるようなことはないと思うのだが、どこからどう見てもあれは俺の部屋ではない。
「家間違えたのかな……」
もう一度深呼吸をして落ち着かさせる。あれが本当に我が家なのか? どう見ても俺の暮らしていた部屋に似つかないし、そもそもアパートの大きさと合っていない。あのシャンデリアといい、端まで伸びていた赤い絨毯といい、どこぞの王室の雰囲気といい、全てが俺のものではない別の何かだ。
だから見間違いかと思ってしまうがやはりそうではない。ちゃんと表札には俺の苗字が書いてあるし、何よりこのアパートで二年は生活しているのだから、今更家を間違えることなんて絶対にない。だから……。
(じゃあ本当にここは俺の……)
だったらどうしてああなっている。もしかして新手のドッキリか? にわかに信じがたいが、その可能性が一番高いのかもしれない。
(ドッキリだよな絶対に。絶対に暴いてやる)
俺はこれがドッキリであると信じて勢いで閉じてしまった扉を再び開けた。そこに広がっていたのは、やはり先ほどと同じ光景。
「って三度目は言わないのかよ」
二度も言っていたセリフを言わないことに関してツッコミを入れながら俺は、その空間に足を踏み入れる。外とは明らかに空気が違うことに少々ビビりながらも、一歩ずつ歩いていく。
『ようこそ、我が王国へ!』
「って、今言うのかよ! しかもセリフ変わってるし」
何だこいつら。どうかしているだろ。
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「とりあえずそこにいるあんたに聞きたいことがある」
姫の目の前あたりまでやって来た俺は、その隣にいる彼女の側近(?)みたいな格好をしている男に質問してみることにする。
「何でございましょうか王子」
「その王子って呼ぶのも気になるが、最優先で聞きたいのが、俺の本来の部屋はどこへ行ったんだ?」
「王子の部屋はこちらの世界とあちらの世界の空間を繋げる際に撤去させてもらいました。もう必要ないと思いましたので」
「撤去? それはつまり俺のあの部屋は消え去ったってことか?」
「そうです」
えっと、つまり俺の部屋はどこか知らない異空間に撤去されたということになる。俺のお宝とかが眠っているあの部屋が、今はどこかの異空間を彷徨っている。信じられないと思うが、彼の言葉通りならそれは事実なのかもしれない。
「ってふざけるなよ! 俺の部屋を今すぐ返してくれ。そしてさっさとこのふざけたどっきりを終わらせてくれ!」
「ドッキリ? 何でしょうかそれは」
「誤魔化しても無駄だ。分かってんだよこれが全て嘘だってぐらい。だからさっさと俺の部屋を……」
「うるさい!」
色々と文句をぶつけようとした俺の言葉を、目の前にいるお姫様らしき人物が遮った。
何故俺が彼女が姫らしき人物だと識別できたのかというと、まずはその容姿だ。髪は金色の腰の辺りまでまっすぐ伸びている綺麗な髪の毛、エメラルド色の瞳とツンとした目元、唇はほんのり桜色で、着ている服は純白のドレス。細かな装飾とかはないが、決して一般人とは思えない。俺と身長は大して変わらないが、もしかしたら歳は俺と同じくらいだろうか? それら全てから推測すると、この偉そうな奴はこの国を治める者か、もしくはそれに近いものなのかも知れない。
「あぁ? 何だよお前」
そんな姫がいきなり俺にうるさいだなんて言ってきたから、俺は少しヤンキーみたいな返事をしてやった。だがそれに彼女は怖気つかない。むしろ強気に出た。
「ごちゃごちゃうるさいって言ってるの! 無くなったものにいちいち文句言うなんて情けない男ね。こんな男と結婚するくらいならもっと格好良い男を探すわ」
彼女の口から思いがけない言葉が飛び出してくる。今彼女は確実に結婚という言葉を口にした。
「結婚? 何言ってんだお前。 何でお前みたいな奴と俺が結婚しなきゃいけないんだよ」
冗談にも程があるだろ結婚だなんて。これもどうせドッキリの一種に違いないだろうと思っていたが、そんな事を言う俺に対して執事は冷静に告げる。
「それが冗談じゃないのですよ王子」
「冗談じゃない? 何が?」
いやどっからどう見ても冗談にしか見えないのだが。
「あなた様にはこれから姫様とご結婚していただくんですよ。この国を新しく築き上げるために」
「は? それはどういう……」
この姫と国を築き上げる? それが結婚させられる理由なのだろうか? ドッキリにしては結構規模がでかい気がするような。もしかしてこれはドッキリじゃなくて本当の話……なのか?
「あなたをこちらの世界に呼んだのは、ここにいらっしゃる第十六代ナルカディア王国の姫である、ココネ様と結婚してもらう為なんです。あまりに急な話になるかもしれないですが……何せそれを伝える手段というものがなかったので」
「いや急とかそういう問題じゃないだろそれ」
仮にドッキリじゃないとしたら俺は今、世に言う政略結婚ってやつをさせられようとしている? こんな得体のしれない世界の国を築き上げるために? でもこいつが嘘を言っているようには思えないし、ここまで来て全部嘘でしたなんて言うわけがない。
「この目の前にいるトンデモお姫様の夫、つまりこの国の王になれって事か?」
嘘であってほしいと僅かな希望を抱いて、恐る恐る核心に迫ることを彼に尋ねる。
「そういう事です」
その希望は簡単に砕け散りました。
「そんな突然結婚しろだなんて、そんなの理解できるはずないし、こんな姫と結婚させられるなんて真っ平御免だ」
「今我が王国は、大変よくない状況なんです。だからどうか……」
「そんなの俺は知ったこっちゃない。そういうのは他所でお願いします」
こんな事に人生を無駄にしたくない俺は、丁寧に断って回れ右をして戻ろうとするが、そこであの姫に呼び止められる。
「ちょっと待ちなさいよ」
「何だよ、あんたもこんな形で結婚するのは嫌なんだろ? だったらとっとと他の相手を探せ……って」
「一度こちら側から閉じられた扉は、二度と出現しないわよ」
「そんな馬鹿なぁぁ」
元歩いた道の先に、そこにあったはずの扉は既に消えていた。
計られた。
元々俺にはどちらかを選ぶ権利なんてなかった。それなのに断れそうな希望だけ作り出しておいて、一気に絶望へと落とす。
(何だってこんな事に……)
絨毯の上で俺は項垂れる。何でだよ、どうしてこうなってしまったんだよ……。
「さあこれで理解しましたか? あなたには選択肢はありません。是非姫さまとご結婚を」
「もはやそれ脅迫に近いよな絶対に」
本当はものすごく帰りたい。ていうか帰らせてほしい。こんな脅迫じみた言葉を鵜呑みできるわけがない。でも帰れないし……。だったら答えは一つしか用意されていない。
「結婚するのはお断りだが、とりあえずなってやるよその王って奴に」
この世界でしばらく生きることだ。
「本当ですか王子」
「その呼び方は恥ずかしいからやめてくれ。俺はちゃんと高山圭一って名前があるし、あと王子って呼び方自体間違っているからな」
こうして俺は、二十歳にしてどうしようもない状況下で、どうしようもない人達との生活をする事になってしまった。これからどうなる事やら……。
「あ、でもちゃんと結婚はしてくださいね」
『誰がこんな女(男)と結婚するか!』
一応承認したけど、譲れないところは勿論譲れない。絶対にこんな奴と結婚してたまるか。
「もう、何だって私がこんな男と……」
「それは俺のセリフだ」
ああ、何と前途多難な俺の異世界生活。
2月5日追記
挿絵を安堂ゆな様に描いていただきました
ありがとうございます