(1)袴狭遺跡へ
大学二年生の遠藤忠史。
好奇心旺盛――と自分では思っている。
世の中の不思議な話も嫌いじゃない。UFO、都市伝説、怪談、異世界。そういうものはエンタメとしては最高だ。だが、正直信じてはいない。どんな話にも裏があると思う。仕掛け人がいるか、あるいは錯覚か思い込みか。
それでも、面白ければそれでいい。謎は謎のままでも楽しめるならそれもアリだ。
ただ一つ、実は自分でも説明できない出来事がある。高校二年の秋。渋谷の雑踏の中でのことだ。人混みを抜けようとしたときひとりの男が視界に入った。そこそこ大きなカバンを持っている。その男は人の流れを避けてビルとビルの間の狭い路地に入っていった。
(抜け道があるのかな?)
そう思い忠史もあとを追った。
数メートル先を男は歩いていた。やがて表通りへ出る直前に男は右に曲がった。
(あそこに何かあるの?)
忠史も同じ場所にたどり着く。
そして立ち止まった。
そこは、ビルとビルの隙間だった。
幅は五十センチもない。人が通れないわけではない。だが明らかに通路ではない。
奥まで見える。
ゴミもない。
段差もない。
そして――
誰もいない。
確かにあの男はここに入った。
だがいない。
見間違いか?
表通りに出ただけだったのか?
そうかもしれない。
そう思うことにした。
不思議は不思議のままでいい。
あの頃の自分は高校生だった。
世界はまだ知らないことで満ちていた。
忠史には将来なりたいものなんて特になかった。
夢がないわけではない。ただ、これだと決められるほど強いものがない。いまはせっかくの大学生活だ。興味がわいたものに片っ端から手を出す。
去年はキャンプにハマっていた。焚き火台を買い、ソロ用のテントを買い、やたらとロープワークを練習した。だが今年に入るとその熱は少し落ち着いている。
いまの関心事は旧石器時代。
きっかけは動画だ。たまたま流れてきた打製石器の復元映像。石を打ち欠くだけで刃物を作る。火も金属もない時代の人間がどうやって生き延びていたのか。キャンプでそこそこ自然に触れた忠史にとってはそれが妙に面白かった。
実際に遺跡に行ってみたい。
教科書の写真ではなく「そこ」に立ってみたい。
そう思い、アルバイトで貯めた金を使うことにした。
ゴールデンウィークを過ぎた頃。行き先は兵庫県豊岡市にある袴狭遺跡。
なぜそこなのか。理由は単純だ。
袴に狭いと書いて「はかざ」。
読めない。
なんだこれ。
ちょっと面白そう。
そんな程度の動機だった。
それに忠史はそば好きだった。近くには名物の出石そばがある。どうせ行くならそれも食べたい。調べてみると遺跡の近くに民宿はなかったが、少し歩いた場所にキャンプ場があるらしい。
テントは持っている。
寝袋もある。
どうせなら野宿気分で行くのも悪くない。
「旧石器とそばとキャンプか」
口に出してみると妙な組み合わせだ。だが忠史にとってはそれで十分だった。深い理由なんていらない。
興味がわいた。
行けそうだ。
だから行く。
それだけだ。
――この旅があの渋谷の「隙間」とつながっているなどとは、まだ思いもしなかった。




