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このまま一人で生きると思っていた ―年下と年上、そのあいだで揺れる日々  作者: 無明灯


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第7話 考えなくていい距離

 外来との連携会議が終わったのは、予定より少し遅い時間だった。


「今日は長引きましたね」


 会議室を出たところで、神谷尊が声をかけてきた。

 資料を脇に抱えたまま、気負いのない表情をしている。


「ですね。急な変更が多くて」

「ケアマネ泣かせですよね、こういうの」


 分かっている側の言い方だった。

 美和は、思わず小さく息をつく。


「少し休みません?」


 自販機のある休憩スペースを指さして、神谷が言った。

 断る理由はなかった。


 二人並んで缶コーヒーを買い、窓際に立つ。

 夕方の光が、建物の間に落ちている。


「最近、忙しそうですね」


 神谷は、白石とも結城とも違う距離感で、そう言った。

 近すぎず、遠すぎない。


「そう見えます?」

「見えます。仕事、溜め込むタイプですよね」


 否定できなかった。


「慣れてるだけです」

「それ、一番危ないやつです」


 冗談めかした言い方だったが、声は柔らかい。


「誰かに愚痴ったり、してます?」

「……あんまり」


「ですよね」


 深追いはしない。

 でも、話題は逸らさない。


 そのバランスが、上手だった。


「篠原さんって、ちゃんと考えすぎるところがある」


 美和は少し驚いて、神谷を見た。


「考えないで済む場所、あります?」


 一瞬、結城陽斗の顔が浮かんだ。

 そして、川端敏郎の言葉も。


「……ありますよ」

「なら、よかった」


 神谷は、それ以上聞かなかった。


「ちなみに僕は、考えないようにしてる側です」


 そう言って、肩をすくめる。


「将来とか?」

「将来も、仕事も、恋愛も」


 あまりにあっさり言うので、美和は少し笑ってしまった。


「それで大丈夫なんですか?」

「今のところは」


 その答えに、重みはない。

 だからこそ、嘘もなかった。


「篠原さんは、考えすぎるから疲れるんですよ」

「そうかもしれません」


「だから、たまには考えなくていい人と話すのも、悪くない」


 それは誘いでも、助言でもなかった。

 ただの提案だった。


 その後、二人は仕事の話に戻った。

 制度のこと、病院側の事情、現場の愚痴。


 どれも現実的で、生活に即している。


 白石と話すときのような、静かな重さはない。

 結城といるときのような、軽やかさとも違う。


 ――ちょうどいい。


 美和は、そう感じていた。


「今日はこのまま帰ります?」


 神谷が聞く。


「はい」

「じゃあ、また明日」


 それだけ言って、あっさりと背を向けた。


 追いかけてくることも、余韻を残すこともない。

 それが、妙に心地よかった。


 帰り道、美和は自分の足取りが軽いことに気づいた。


 何も解決していない。

 何も決めていない。


 でも、考えなくていい時間を、確かに過ごした。


 部屋に戻り、コートを脱ぐ。

 静かな部屋。


 川端の言葉が、また浮かぶ。


 ――慣れすぎる前に。


 神谷といるとき、未来のことは考えなくてよかった。

 それは、安心でもあり、逃げでもある。


 どちらなのかは、まだ分からない。


 スマートフォンに、神谷から一件のメッセージが入っていた。


『今日はお疲れさまでした。無理しすぎないように』


 それだけだった。


 美和は短く返信を打ち、画面を伏せた。


 考えなくていい距離。

 今の自分には、それが必要なのかもしれない。


 そう思いながらも、胸の奥に小さな違和感が残っている。


 その違和感が、後で何になるのか。

 美和は、まだ知らない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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