第20話 選ばなかった未来たち
その日は、比較的ゆっくりした一日だった。
急変もなく、クレームもなく、
予定していた面談も早めに終わった。
篠原美和は、午後の記録をまとめながら、
ふと、これまで担当してきた人たちの顔を思い浮かべていた。
小野寺澄江。
結婚しなかった人。
佐伯敏子。
若くして結婚し、別れ、
もう一度選び直した人。
川端敏郎。
再婚しなかった人。
それぞれ、違う人生。
それぞれ、間違いではなかった。
正解があるようで、
実際には、どれも正解だった。
「篠原さん」
声をかけてきたのは、白石だった。
「次の利用者さん、少し不安が強いようです」
「分かりました。私、行ってきます」
廊下を歩きながら、
美和は自然と背筋を伸ばしていた。
以前なら、
感情を引きずっていたかもしれない。
今日は、違う。
話を聞くべきことと、
抱え込まなくていいことの境目が、
少しだけ見えていた。
面談を終え、事務所に戻る。
パソコンの画面に向かいながら、
ふと、自分のこれまでを振り返る。
神谷といた時間。
軽くて、息がしやすかった。
結城といた時間。
楽しくて、自分が若くなった気がした。
どちらも、
大切な時間だった。
でも、
どちらの未来にも、
自分は立っていなかった。
それを、
失敗だとは思わない。
選ばなかった未来は、
「間違い」ではない。
ただ、
自分の居場所じゃなかっただけだ。
白石の横顔が、
ふと浮かぶ。
一緒にいて、
特別なことは起きない。
でも、
生活がちゃんと続く感じがする。
それは、
刺激ではなく、
現実だった。
夕方、佐伯敏子が声をかけてきた。
「今日も、ありがとう」
その言葉は、
以前よりも軽かった。
「いえ」
「最近ね、不思議なの」
「何がですか?」
「寂しいはずなのに、
ちゃんと今日があるの」
美和は、少し考えてから答えた。
「一緒に生きた時間が、
今も続いているんだと思います」
佐伯は、ゆっくり頷いた。
「そうかもしれないわね」
その笑顔を見て、
美和の胸の奥が、静かに満たされた。
帰り道、
空は薄く曇っていた。
派手な夕焼けはない。
でも、暗くもない。
選ばなかった未来たち。
どれも、
ちゃんと意味があった。
だから、
今いる場所を、
否定しなくていい。
白石と並んで歩く未来を、
まだ言葉にはできない。
でも、
その方向を見ている自分を、
初めて、はっきり自覚した。
美和は歩きながら、
小さく息を吐いた。
もう、
「このままでいい」と
自分をごまかす必要はなかった。
選ばなかった未来を抱えたまま、
それでも前を向ける。
それが、
今の自分だと、
静かに思えた。
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