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このまま一人で生きると思っていた ―年下と年上、そのあいだで揺れる日々  作者: 無明灯


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18/20

第18話 結城が見ている未来

 夕方のフロアは、少し慌ただしかった。


 入浴の時間が押し、

 看護師が行き来し、

 職員の声が重なる。


「篠原さん、これお願いします」


 結城陽斗が書類を差し出してきた。

 少し息が上がっている。


「ありがとう。後で確認するね」

「お願いします」


 その笑顔は、相変わらずまっすぐだった。


 業務が一段落したあと、

 結城が再び声をかけてきた。


「このあと、少し時間あります?」


 神谷のときとは違う。

 軽さより、ためらいが混じっている。


「少しなら」

「よかった」


 職員用の休憩スペース。

 自販機の前で、二人並ぶ。


「実は、報告があって」


 結城は、缶コーヒーを開けながら言った。


「転職、決まりそうなんです」


 美和は、少し驚いた。


「そうなんだ」

「はい。前から考えてて」


 迷いのない声。

 それが、結城らしかった。


「この仕事、嫌いじゃないんですけど、

 今のうちに、もう一回挑戦したくて」


 今のうちに。

 その言葉が、静かに胸に落ちる。


「いいと思う」

「本当ですか?」


 結城の表情が、少し緩んだ。


「篠原さんに言われると、安心します」


 その言葉に、

 美和は胸の奥がきゅっとする。


 大事にされている。

 ちゃんと、好かれている。


 それは、嬉しかった。


「寂しくなりますね」

「……うん」


 本音だった。


「でも、応援したい」

「ありがとうございます」


 結城は、少し照れたように笑う。


「篠原さんは、どうなんですか」


 不意に、問いが返ってくる。


「何が?」

「将来とか」


 答えに詰まる。


「まだ、よく分からない」

「ですよね」


 結城は、あっさり頷いた。


「でも、篠原さんは大丈夫ですよ」


「どうして?」

「ちゃんと、今を生きてるから」


 それは、慰めではなかった。

 若さ特有の、まっすぐな信頼だった。


 胸が温かくなる。

 同時に、少しだけ距離を感じる。


 結城の見ている未来に、

 自分は立っていない。


 それが、はっきり分かった。


「新しいところでも、頑張ってね」

「はい」


 そのやり取りに、

 未練はなかった。


 帰り道、

 美和は結城の言葉を思い返していた。


 “今のうちに”。


 それは、

 自分にはもう使えない言葉かもしれない。


 でも、

 使わなくていい言葉でもあった。


 焦らなくていい。

 戻らなくていい。


 夜、部屋に戻り、

 ソファに腰を下ろす。


 結城の笑顔は、

 胸の中で、きれいなまま残っている。


 楽しかった時間。

 若さに触れた感覚。


 それらを、

 無理に未来へ連れていかなくてもいい。


 美和は、スマートフォンを置き、

 静かに目を閉じた。


 心は揺れた。

 でも、追いかけたい衝動はなかった。


 それが、

 今の自分なのだと、

 素直に思えた。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


あと数話で完結となります。


ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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