8奇跡の力とは
満を持して教えて貰えた聖女伝承。面白そうに話を聞いていたアンナは唐突に口を開いた。
「ねぇ、奇跡って魔法の1つだったんじゃないかしら」
「え?」
勝手に神の御業だと思い込んでいた為に心底驚く。
「きっとダンカン先生が喜ぶわ!」
ぴょんと飛び跳ねて喜んだアンナは勢いそのままにメアリーに突撃する。
「メアリーお手紙を書くわよ!」
「かしこまりました」
サッと便箋を取り出しアンナに渡す。
サラサラとあっという間に書き終えるとサニーに向き直り茶目っ気たっぷりに笑って見せた。
「この魔法は秘密なのよ?」
両手に手紙を乗せてフーッと息を吹き掛けると可愛らしい白い小鳥に変わって窓から飛び立つ。見た事も聞いた事も無い、その魔法は誰かに話した所で信じて貰えそうもない物だ。
そもそも公爵家の中で見た事は人に話してはいけない事になっているし、その為の契約も結んである。
「きっと明日来るわよ」
口に手を当てて可笑しくて仕方ないという風にクスクス笑う様は、とても愛らしい。
「あ! サニー先生?」
「はい、何ですか?」
「明日も来れるかしら」
「大丈夫ですよ」
決まりねと、また楽しそうにクスクス笑うアンナ。
何時もの様にお嬢様の部屋の前に着き扉をノックする。
ガチャリと勢いよく開き顔を覗かせたのは何とも優しそうなおじいちゃんで。
「貴女がサニー先生ですかな? ささ! 中へ入って下され」
「あ、え、はい。私がサニーです」
戸惑いつつも中へと足を踏み入れれば床には様々な紋様が描き込まれた紙が散らばっていた。その紙を踏まない様にアンナの側に近寄る。
「おっと! 申し遅れました。私、ダンカンと申しますじゃ」
手を差し出され反射的に握り返す。
「あ、宜しくお願いします」
「サニー先生、これ見て下さる?」
いきなりナイフで自分の手を切ったアンナに驚く。
「お嬢様! 何て事を!」
「まぁまぁ、見ていて」
ポワリと暖かな光が反対の手に現れると、傷にかざして見せる。ゆっくりと傷が塞がり始めた。
「え......どっどういう」
これは奇跡だ。伝承に書いてあった事象その物である。
「凄いでしょう? でもね、全然駄目なの。一応は治るけど」
「時間が掛かり過ぎるのがのぉ。それに深く切ってしまうと治らんのじゃよ」
そう言って見せられたのはダンカンの腕に付けられた痛々しい傷だ。確かに暖かな光を当てても何も起こらない。
「サニー先生、どう思う? 何か、こう良い考えとか思いつかないかしら?」
少し無言で考えていると、あっと思い出した表情になる。
「聖女は町医者の娘だったのです! 医者の方がやり方が上手いのでは?」
「それだわ!」
ダンカンとアンナは目を合わせてニヤリと笑った。
「メアリー? ビリーを呼んできて」
「かしこまりました」
メアリーが部屋から出て行くとアンナはダンカンの耳に口を寄せてコソコソと話す。
「それは名案ですじゃ。それなら徹底的に潰すべし!」
今度はダンカンがアンナの耳元に口を寄せてコソコソと話す。
「それ、良い考えだわ! 採用する」
クスクス楽しそうに笑い合う2人。サニーは、そんな2人の様子に何だか嫌な予感が止まらなくて冷や汗が背中を伝う。
もしかして、この聖女の話を持ってきたのは間違いだったのでは? と、後悔すらし始めていた。もう既に手遅れではあるが。事は、どんどんと進んで行く。
何も知らされずに連れて来られたビリーは目の前で実演されて驚いた。何せ傷が治ったのである。今迄、魔法は攻撃や防御、他にも生活魔法等もあるが傷や病気に関しては全く存在していなかった。
これが世に知れ渡れば、どんな名誉になるか。
「私達じゃ限界があってね。さっき見せた様な浅い傷なら時間は掛かるけど治せるのよ」
「しかしながら、この様な深い傷だと......」
ダンカンの痛々しい傷は治せない。
「医者である、ビリーなら上手く出来るんじゃないかしら!」
こういう魔法よ、とビリーの手を取り例の魔法を掛ける。
「はぁ、成る程。この感じですね」
暫く無言で暖かい光を杖で出しては消してを繰り返すビリー。
突然ダンカンの手を取り痛々しい傷に向けて光を出した。すると治り始める。
「凄いわ!」
「おぉ! やはりお医者様じゃ!」
ワーッとはしゃぐ2人。
「行きましょう! ダンカン先生!」
「善は急げですな!」
楽しそうに部屋を出て行った2人。残された2人は顔を見合わせ、挨拶をする。
「始めまして。私アンナお嬢様の家庭教師のサニーと申します」
「私、ローズ公爵家専属の医者でビリーです」
「あの2人、大丈夫でしょうか......」
ビリーは力なく笑って返事をする。
「まぁ、突拍子もない事をするのは何時もの事ですからね」
騎士達が訓練に励んでいる中、颯爽と現れるアンナ。
「お、お嬢様どうされたのですか?」
騎士団長が驚いて近寄って来た。
「これから貴方達を、この私がボコボコにするのよ」
フフンと胸を反らして得意満面である。
「私共を倒すという事ですか?」
「当然よ。私はねダンカン先生とサニー先生から沢山の事を学んだのよ? 誰にだって勝てるわ」
うんうんと1人頷いてみせるのは近くに立っていたダンカンだ。
アンナはそれを見て、とても嬉しそうに笑う。それから、すうっと息を吸って声を張り上げた。
「騎士団諸君! 私、アンナが直々に貴方方をボコボコに致しますわ!」
宣言するやいなやバチバチと放電し続ける剣で団長に斬りかかる。随分と殺傷能力が高そうだ。
「お嬢様! 危ないです! 本気ですか!」
焦げ付いた地面が目に入り咄嗟に避けて居なければどうなっていた事かと青ざめる団長。
手を掲げるとザァッと風が巻き上がり土や草と一緒に団長も浮き上がった。
「え? うわ! お嬢様! 何を」
あっという間に結構な高さまで持ち上がると風が止まり真っ逆さまである。後少しで地面にぶつかるという瞬間に横から放電する剣で斬りかかったアンナ。
「団長!」 「無事ですか!」
「え? 死んでないですよね」
騎士数名が不安を口にしながら動かない団長の元へと近寄ってきた所をアンナが、土の壁を出現させて囲ってしまった。
「隙だらけだわ」
土壁へヒョイッと上がり中を覗き見て笑う。
「良かった、逃げ場は無さそうね」
空中に氷の刃が現れ降り注ぐ。容赦が無い。誰も動く事が出来なくなるのを見届けると土壁を消す。
ここでやっと騎士団全員が理解した。本気で挑まないと殺されるかもしれないと。
「良い具合にボロボロね。さぁ! ビリーを呼んで来て」
満面の笑みを浮かべるアンナにメアリーは戦慄する。人を殺す時も、このお嬢様は笑っていそうだなと思ってしまった。
「うぉぉおお」
1人の騎士が果敢にも突っ込んでくる。ブルックだ。
「あら! 貴方、騎士団に入ったのね」
笑顔のままにヒラリヒラリと躱していくアンナ。
「まぁ! 素敵なダンスも踊れるようになった様ね。嬉しいわぁ」
煽っている自覚は本人に全くなく、素で思った事をポロリと零しているのだ。恐るべし悪役令嬢。
ブルックは心底驚いている。齢11の子供にここまで翻弄される事になるとは。恐るべき事実は息も乱していない事だろう。まだ本調子ではないとはいえ、自分は成人した元傭兵なのに。
見惚れる程に華麗な身のこなし、いっそ本当に踊っているようなのである。
1時間も経つ頃には死屍累々といった様子で全滅していた。
そんな中をビリーは馬車馬の如く働かされている。合間にダンカンとアンナからしつこく質問されるのだ。
「どういう風に考えながら治したの?」
「どれ位の魔力を込めてやったのじゃ?」
「さっきと比べてみて、どう変わったの?」
「骨折していたな、どうやったのじゃ!」
もうビリーは爆発寸前であった。
「アンナお嬢様、感覚を今伝えるのでお嬢様もやってみて下さい」
この時ビリーはやけくそ気味で言ってみたのだ。駄目で元々。大人数を1人で治し切るのは無理があるし、魔力が尽きてしまう。
「まぁあ! 良いの? やりたいわ」
いそいそとビリーの手を握り期待に胸を膨らませて見てくるアンナにたじろぐ。断られる事を前提に考えていたのだ。貴族のお嬢様が下々の治療に加わる等、あり得ない。
「......な、流しますよ」
優しく暖かな魔力がアンナに流れ込む。
「こうやって全身を巡らせて流れが止まる所は魔力を、やみくもに当て続けるのではなく包む様にしてやります」
「成る程ね......ダンカン先生! こっちに!」
「はいですじゃ」
直ぐ様、側に寄ればアンナはそっとダンカンの手を握り教えられた魔力を流した。
「こんな魔力だったの! やっぱり私達のと少し違っていたのよ!」
「面白いですなぁ」
それから暫し2人で話し込んでいる様子で突然アンナは立ち上がると手を掲げた。空中にキラキラと光る粒子が現れ倒れている者達に等しく降り注ぐ。何とも幻想的で美しい光景だ。
少しすると1人また1人と立ち上がり最後の1人が立ち上がるまで降り注いだのである。
そんな様子を窓から眺める夫妻。思わず頭を抱えてしまった。正に奇跡の力だったからだ。こんな事教会に知られたら一大事である。
秘匿される事になったのは言うまでも無い。




