7お出掛け(age11
痛みに呻いて蹲る。俺が何をしたというのか。腹立つ事があって、たまたま近くに居た平民だっただけだろう。しかも俺には金も無いから服もボロボロで余計に切りやすかったと思う。
最下層の人間には何をしても大抵は握り潰せるから。
「最悪だ」
このまま死ぬんだろうか。肩から腕に掛けてスッパリと切られ血が延々と流れ出る。
近くに豪奢な馬車が止まると扉がバターンと勢い良く開かれ反動から、またバターンと閉まった。
「え?」
今度は、ゆっくり開いて1人の美少女が降りてきた天使に見える。美しい銀髪はキラキラと光を受けて輝いて零れ落ちそうな大きな目は綺麗な菫色だ。顔の作りもまるで人形の様に美しい。
「ちょっと貴方? どうかしたのかしら?」
フフンと胸を反らして見下した表情をする天使。
「切られてしまって血が止まらねぇんだ」
「ふーん? これを使いなさい」
えい! と掛け声を上げてドレスの袖を思い切り引っ張るが何も起こらず、プルプルしながら顔を真っ赤にしている。
ふーと息を吐いて首を傾げた後、袖の縁に付いていたレースを引っ張りだした。
「こ......はぁ、これを使いなさい」
肩で息をしながら差しだされたレースはボロボロで、とてもじゃないが何かに使える代物ではない。
「お嬢様!」
「メアリー! 何かありまして?」
「ありまして? じゃありません!」
ビクッと肩を揺らした後フフンと胸を反らして口を開いた天使。
「メアリー、これを見なさい。血が沢山出ているわ」
「えぇ、気の毒です」
「だからね! このレースを使わせる事にしたのよ! ノンビレスオムレットよ」
付き人はハァーと深いため息をついて、おでこに手を当てる。
「お嬢様......ノブレス・オブリージュでは?」
ハッと気付いた顔をした後、顔を真っ赤にしてプルプル震えながら俯く天使。
暫くして回復したのかフフンと胸を反らして口を開いた。
「わざとですわ! そう! アンナは、あえて! あ え て! 言ったのよ? メアリーが分かっているのか試したのよ!」
「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。不肖メアリー分かっておりました」
それで、この者はどうするのですか? と天使に聞く召使い。
「連れて帰るわ!」
「それは......どうでしょう。この者にも家や仕事があるかもしれませんよ? 一度確認してみては?」
「メアリーの考えにも一理あるわ。それで、そこの貴方! 着いてくるの? 来ないの?」
「つ、着いていきます!」
ビシッと小さな手で指差してくる天使の願ってもない声掛けに飛び付く。
ほら、いらっしゃいと馬車に乗せようとした天使を遮り召使いがしゃしゃり出てきた。
「お嬢様! それはなりません。せめて御者の隣に!」
「もう、分かったわよ」
フフンと胸を反らして、貴方はそちらよ! と示された場所に大人しく座る。
「良かったな。嬢ちゃんは態度はアレだが優しいのよ」
「はぁ、なるほど」
召使いから渡された白い布を御者のおじさんがキツく巻いてくれた。
「ありがとうございます」
「いやな、嬢ちゃんに言ってくれや。嬢ちゃんがアンタを拾ったんだ」
ポリポリと頭を掻いて笑うおじさん。
「お帰りなさいませ」
扉が開くと何人かの召使いが天使を出迎える。
「アンナお嬢様。もしや、また拾われたのですかな?」
「セバス! これはノンビ...ブ、レス......ノブレス・オブリージュなのよ!」
「メアリー、お前が付いていながら、どういう事ですか?」
「申し訳ありません。お嬢様は大変お優しくあられますから、腕を切られ怪我をしていた、この者を見つけて放って置けなかった様です」
ふむと顎に手をつけ考える素振りの後ジロリと視線を向けられ反射的に下を見てしまった。
「それで、お前に何が出来る?」
「はい、元は傭兵だから腕には覚えがある......ます」
少し当主様と話してくるとメアリーという召使いに声を掛けると居なくなった。
「ふぅ、頭でっかちが居なくなったわね」
「お嬢様!」
「ほ、本当の事じゃない!」
天使は身を翻して走り去ってしまった。
え? 俺は?
「貴方の年齢は?」
「18です」
「そう、まずはそうですね。身なりを綺麗にして傷も見て貰った方が良いでしょう」
メアリーに名指しで何名か指名された者達に引っ張られる様に部屋に通される。
「ビリー先生。この者を見てやって下さい」
「はい、はい。どれー。成る程、スッパリいってるね」
これなら直ぐに良くなると笑顔で告げられた。ビリー先生は此方に杖を向けると呪文を唱える。
俺の周りにサァっと小さな風が巻き起こった。
「よし、クリーンを掛けたから綺麗になったし良いですね」
じゃあ縫ってくよーと間延びした声がすると召使い達にガッと抑え込まれた。
え? 何? 混乱していると肩に痛みが走る。知らず呻き声が漏れてしまう。痛い、普通に痛い。チクチクと縫われている事は理解出来るが、それで痛みを軽減出来る訳も無くて。
「はい、おしまい! そうだな、1週間後にまた見せに来なさい」
綺麗に切られてて良かったねーと言われて釈然としないままに部屋から出された。
「先程クリーンを掛けられたお陰で見られる位にはなりましたね。次は服です」
メアリーと呼ばれていた召使いの後を大人しくついて行く。
日当たりの良い廊下を通って粗末な木の扉を開くと薄暗い廊下に出た。そのまま真っ直ぐ進んで行き止まりの所で、また木の扉を開くと中に服が沢山ある部屋だった。
「とりあえず、これとこれで良いでしょう。私は出ておきます。着替えなさい」
白いシャツと黒いパンツを渡されると言った通りにメアリーは出て行く。
手触りが全然違う。今迄着てきた服と素材からして違うのだろう。
こんな良い服をとりあえずと渡された事に若干恐ろしくもなる。あの天使に着いてきてしまったが、良かったのだろうか。
トントンとノックされる。
「あ、すみません。直ぐに着替えます」
慌ててボロボロの服を脱ぎ捨てシャツとパンツを着た。
カチャリと扉を開いて出る。メアリーは頭から足先まで見て一つ頷いた。
「宜しいでしょう。それで着てきた服はどうするの?」
「......捨てます」
「結構、では此方へ」
扉を開けて明るい廊下に出ると、セバスと呼ばれていた壮年の男が居た。ソイツも、またメアリーと同じ様に視線を走らせ一つ頷く。
「そこまで酷くありませんな。お前、名は?」
「ブルック」
「宜しい。ブルック着いてきなさい」
メアリーとバトンタッチでセバスの後を着いていく。
一度外に出て、グルッと屋敷を周る様に歩いて行くと何人もの男達が訓練中の所に出くわす。
「丁度いい、ブルックお前の実力を見ます」
何名か呼ばれて此方へと近付いてきた。
「セバス様、どうされたのです?」
「お嬢様が、また! また拾われたのです」
「はー、それは......」
チラリと此方へ視線を寄越して軽く会釈され慌てて自分も返す。
「ブルック怪我した腕は利き手の方でしたか?」
「あ、いえ、違います。か、片手になってしまうんすけど良いんですか?」
「構いません。実力を確認するだけ、何度か打ち合えば分かるでしょう」
セバスが宜しく頼みますよと騎士達にお願いすると、木剣を手渡された。
「あちらでやりましょうか」
促されて着いていく。
少し開けた場所で何度か打ち合い、3人とやり終えた。
「それで隊長殿どうです? お嬢様の護衛にと思うのですが?」
「片手で、これだけ対応出来るなら問題無いでしょうな。力もある上に身軽だ。怪我が治り次第、付ける形で良いと思います」
「結構......ブルック。聞いてましたね? お前は、お嬢様の護衛につけます」
「は、はい!」
いきなりの大役に声も上ずる。




