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そろそろ魔法以外の勉強も始めないといけないと夫婦で意見が合い、また例の如く書類審査の後に5度の面接を通った者達が集められていた。
「やぁ、諸君! 集まって貰えて何より、大事な事だから先に言っておく。我が娘のアンナは可愛らしい。間違っても変な気を起こさないで貰いたい、特に男性諸君」
「まずは見て頂いた方が早いでしょうね。此方へ、どうぞ」
美しい夫婦の後をゾロゾロと着いていく。
目の前で起こっている事に驚愕した。
窓を開け放っていた先に見えるのは広い庭先で、まだ小さな美少女がバカバカと杖も使わずに魔法を放っているのだ。
「因みに今日見た事は他言無用。私達は公爵家の人間だ。もしも、うちの可愛い娘の情報が出回った場合......」
スッと温度が下がった様に感じてしまう程の威圧感である。
「徹底的に潰しにかかるから、そのつもりで」
「はぃ......」
何とか返事がまばらに返ってくる中、目を輝かせて身を乗り出さんばかりにアンナを見つめる女がいた。
「宜しい。それで、どうかな私達の娘に教えたい者は?」
思った通りで目を輝かせていた女が真っ先に手を挙げる。
「私に! どうか! その栄誉を頂きたいです!」
「あら、良いわね。やる気があるのって素晴らしい事だわ。ね? 貴方」
「あぁ、シャーリーが言うなら」
うっとりとした表情で妻の頬に手を添える当主。
「お、お言葉ですが......発言を」
おどおどしながらも手を上げた男。
「許そう。話せ」
「その者は平民の筈ですが」
「君達は優秀さを買われて集められた者達だ。そこに身分は関係無い。今、娘に魔法を教えているのも平民だよ」
肩をすくめて見せる当主。
「流石にマナー等に関しては貴族の者から教えて貰う事になるだろうがね」
「貴方そこはもう私が、教えて頂きたいと思う方に手紙を送りましたわ」
「何て手際が良いんだ。シャーリーは素敵だね」
フフフと仲良く笑い合う夫婦。
「まぁ、そういう事で決まったな。後は帰って良い。あ、君は残りなさい」
「ねぇ、貴女、お名前は何て言うの?」
「はい! あのサニーと言います」
可愛い名前ねと微笑まれて固まる。稀に見る美女しかも公爵家の夫人だ。サニーはもう頭が沸騰寸前で先程までの勢いは何処へやら、しおらしく礼を口にするので手一杯である。
ギクシャクとまるで、からくり仕掛けの様に歩く様子にシャーリーは思わず笑ってしまう。
「ねぇ、ロジャー。とっても可愛い方だわ」
「君が気に入ったならアンナも大丈夫だろうね。良かった」
耳元で囁きあいながら笑い合う様子は眼福である。
「嫌よぉぉお」
頭を抱えて蹲るアンナ。
「あらあら、私の可愛い宝石ちゃん? お母様の話を聞いて?」
「嫌よぉぉお」
耳を塞いで防御の姿勢を取るアンナ。
「お勉強の種類を「わぁあぁあ」
「魔法以外にも「きーこーえーなーいー」
困ったわねぇと頬に手を当て首を傾げるシャーリー。
「宝石ちゃん? 頑張ったらご褒美があるわよ?」
「どんな物ですか?」
「お出掛けの権利を贈呈するわ!」
目を輝かせるアンナ。
「良い事? 1時間頑張ったら、1時間お出掛け出来るの」
「本当に?」
「嘘じゃないわ。お母様との約束よ?」
お出掛けと小さく呟く。
「アンナお勉強頑張ります!」
拳を突き上げて、やる気一杯である。
「なんて偉いの! 私の宝石ちゃんは、とっても良い子ね」
ヨシヨシと頭を撫でて貰うと恥ずかしそうに身体を捩った。
「先生をお呼びするわね」
メアリーに声を掛けサニーに入って貰う。
「アンナ、此方がサニー先生よ」
「はっ始めまして! 全身全霊を持って教えさせて頂きます」
バッと勢い良く腰を折って頭を下げるサニー。
「あ、えぇ、宜しくお願いするわ」
出来る限りのおすまし顔で頷いてみせるアンナ。
サニーの近所に元は教師をしていたという面白い事が大好きな風変わりの女性が居る。貴族だったそうで、近所に居る平民や孤児を集めては文字や計算を教えてくれていた。しかも無償である。
サニーは特別に覚えが良い事もあって何かと家に招かれていた。平民は触れる事無く一生を終える事も多い本を沢山読ませて貰えた。
何なら一緒になって歴史の考察をしたり時たま礼儀作法を教えて貰えたりと大変に恵まれた環境に置かれて居たのだ。
何よりサニー自身が学ぶ事が大好きでいた。学んだら学んだ分だけ世界の見え方も違ったし、風変わりな元貴族様との交流は心が踊ったものである。
しかし、月日が経つとその元貴族様は寝たきりになってしまった。定期的にポーションを飲まないと立つ事すら厳しい体をしていたのである。
サニーは恩返しの為にも給金を多く貰える職場を探していた。運良く公爵家の求人を見つけて臨み、見事に勝ち取ったのである。
サニーは年の離れた元貴族様が大好きで、どうにかしたいと常々考えていた。彼女を助ける為なら何だってしてやるし、ポーション代くらい自分が稼いでくるとガッツに溢れている。
元々の身体が弱くて家からも大した期待を寄せられる事も無く育った彼女はサニーと同様に学ぶ事が大好きであった。学び舎で知識を貪欲に求める姿を見た1人の教師から、助手にならないかと誘われた事により世界が開ける。
人に教えるという事が純粋に楽しくて、教え方も自分なりに工夫して頑張っていた。充実した毎日を送って居たのだが、そんな楽しい日々は長くは続かなかった。
女性に教わるという事を屈辱に感じる男子生徒が少なく無かったのだ。拾い上げた教師が防波堤になってくれていたが、彼女の家族が状況を重く見たのである。
急いで離れた土地に家を買い、そこに押し込めた。質素に暮らせば食いつないでいけるだけの金額を毎月送るだけ。
何とか目を盗んで持ってきていたポーションも底を尽き、送られてくる金額では到底ポーションも買えず。いよいよ寝たきりになったのだ。拾い上げてくれた教師からは度々手紙が来ていたが散々、世話になった人に心配させる訳にはいかないと努めて明るく言葉を綴った。
もう既にヒッソリとこの世を去るつもりでいたのである。
サニーは女性に宣言した。
「私が貴女を救う! 何がなんでも!」
しかし当の本人は力なく笑って話すのだ。
「遅かれ早かれ、こうなるのは分かってたの。気にしないで」
その諦めの滲んだ弱々しい言葉に胸が締め付けられて、その時は何も言えずにいた。




