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魔法の先生がやってくる日がついに来た。待ちに待った待望の日。アンナは居ても立っても居られず。ウロウロそわそわ動き回り、庭を走り回っていた。
少しすると立ち止まりメアリーの側に寄ってくる。
「メアリー、先生はまだかしら?」
「まだです。お嬢様、先生が居らっしゃるのはお昼過ぎですよ」
「後どれ位?」
「今はまだ10時過ぎですから後2時間以上は見て頂ければ」
「そう......」
そうして、また庭を駆け回る。少しすると、また聞いてくるという行動を何度も繰り返して居た。本当に待ち切れないという様子なのに、そんな事はありませんよとすました顔を作って聞いてくるのである。
大変に可愛らしい。侍女数名からの微笑ましいビームを受けても気付く事は無く、やはりすました顔を作って聞いてくる。
「先生はまだかしら?」
「お昼過ぎに居らっしゃるので、まだですよ」
「そう、分かったわ」
また庭を駆け回る。何か出ろーと念じて窓が無くなってしまった事を思い出して、またやりたいとウズウズしてしまうのだ。早く先生来ないかしら、と期待が膨らんていく。
両親による厳選な書類審査を通り5度の面接を潜り抜け、アンナの様子を陰から実際に見せて大丈夫そうだと思われた者が選ばれたのだ。
身分等は関係無く選ばれた為、貴族の著名な先生も落とされている。
食事を済ませて、いよいよ魔法の先生との対面である。
「今日から、お嬢様の魔法の先生として来ました、ダンカンと申します。姓はありません」
「そう、平民なのね。宜しくお願いするわ」
ダンカンは驚いた。平民に教えを受けるなんて嫌だと言われると思っていたのである。拒絶されるだろうと。
「私で宜しいのですか?」
「どういう事? ダンカン先生が教えてくれるのでしょう? アンナは偉いから沢山待ちましたのよ。さぁ、教えなさい!」
フフンと胸を反らして笑う、お嬢様を見て素直で良い子そうだと破顔してしまう。
「お任せ下さい。私が知っている事は全て教えます」
「そう、良い心掛けだわ」
「ではまず、この様な魔法は如何ですかな?」
ダンカンの手の平に光る小さなウサギが現れピョンピョン飛び跳ねながらアンナの方に近寄って来た。堪らずしゃがみ込み手を差し出せば飛び乗り大人しくしている。
「え! わぁ!」
ウサギが光の粒子となって溶けて消えるとアンナの手には金のスティックが残った。
「此方は初心者向けの魔法の杖です。差し上げます」
キラキラと好奇心一杯に目を輝かせ満面の笑みを浮かべるアンナ。
「ありがとう、ダンカン先生。大事にするわね。あら? 先生はお持ちでないのね」
「魔法の杖というのは謂わば補助具です。慣れてしまえば無い方が楽になるですよ」
「そうなの? お母様に読んで貰った、ご本の中には威力を高めると書いてあったわ」
「それは本を書いた人物が、その程度だったという事でしょうな」
ふぉっふぉっと、おじいちゃんらしい笑い声を洩らすダンカン。意外とタフネスな方の様だとアンナは尊敬する。
「さぁ! ダンカン先生! 私に教える時間が来たようね!」
尊敬を多分に含んだキラキラとした視線を受け内心狼狽えてしまった。
「ふむ......今回の生徒様はやる気に満ち溢れておりますなぁ。どんどんやる方向でいきましょうか」
失礼しますと一声掛けてからアンナの手を取り、ダンカンがゆっくりと魔力を流す。
「え! ピリピリするわ!」
「今感じた物が魔力そのものです。お嬢様の体の中にもある物なので感じてみて下され」
言われた通りに意識してみるがピリピリする何かは全く分からない。アンナなりに頑張ってみたが駄目だった。
「分からないわ」
しゅんとしょぼくれたアンナを見ていると子犬か子猫の様に見えてくる。ダンカンは、また失礼しますねと手を取り魔力を流した。
「今流した魔力を追って下され」
ピリピリを見失わないように目をギュッとつむり追いかけるアンナ。
「見つけたわよ!」
フフンと胸を反らして得意満面である。
「流石ですな。それでは見つけたピリピリを杖に集めるイメージをしてみると面白いですぞ」
「任せなさい。こうね!」
一瞬で大き過ぎる特大の光の玉が出来上がった。
「いやはや、これはまた......あ、空に! 空に向けて撃って下され!」
えい! と声を上げて空に撃ち放つ。
ドーーーンッと大きな音と遅れてブワリと風がやって来た。
「こりゃ、また」
ダンカンは久しぶりに心が躍っていた。何とも将来が楽しみな生徒である。これから何を教えていこうか。
普通は魔力を集める事にも時間が掛かるのに直ぐに出来てしまったし、何より威力が凄まじい。きっと魔力も膨大なのだろう。自分では魔力量の関係で出来なかった事をやって貰えるかもしれない。
「お嬢様、私は貴女様に教える栄誉を頂けた事心の底から感謝致しますぞ」
「まぁ、アンナは凄い生徒だものね」
「全く、その通りです!」
手放しで褒められアンナは、それはもう自尊心がくすぐられて何時も以上に気分が良くなった。
「ダンカン先生は見る目があるのね。とても良い方だわ。それに教え方が上手よ」
今日この瞬間、アンナはダンカンが大好きになった。所謂、懐いた状態である。
「いやはや、お嬢様に褒めて頂けるとは何とも有り難い事ですじゃ」
ふぉっふぉっと笑うダンカン。貴族しかも名門のローズ公爵家のお嬢様だ。来る前は平民だからと虐げられる事も覚悟の上でやって来たというのに。
蓋を開けて見れば、何とも可愛らしい生徒で。この幸運に心からの感謝を捧げる。
「お嬢様は何かやってみたい事はありますかな?」
「そうねぇ、格好良い事がしたいわ!」
「格好良くですか。ふむ......」
ダンカンが手を一振りすると炎の剣が現れた。
「先生! 怪我しちゃうわ!」
「術者つまり、これを出した私には何とも無いのですぞ」
ニヤリと少しだけ悪そうに笑って見せるダンカン。
「まぁ! まぁ! アンナもやるわよ!」
アンナも真似して手を一振りする。先に見せて貰った事で上手くイメージが出来ていたのか、あっさりと作ってしまえた。
「わぁ......」
自分で作り出した炎の剣の美しさに目を奪われる。
「お嬢様、この様に戦えますじゃ」
ダンカン実は元冒険者である。魔物との戦闘が得意でおじいちゃんとは思えぬ動きを見せた。一つ一つしっかりと型の様な物を見せてくれる。
アンナは感激しきりである。格好良かったのだ。
「キャーッ! 凄いわ! アンナも出来る様になるかしら!」
「体が覚えてしまえばスムーズに動けますぞ」
そこからは炎の剣を維持したままにダンカンがやって見せた動きをひたすら反復練習した。
ダンカンは思ったのだ、この魔力量に加えて一度見ただけで出来てしまう勘の良さを持つお嬢様を最強の存在にしてしまおうと。
そうすれば、おいそれと悪意に満ちた何者かに良い様につかわれる事を無くしてしまえる筈だ。
「お嬢様は本当に筋が良いですな」
「アンナは良い子なのよ! 当たり前じゃない」
フフンと胸を反らして得意満面である。
願わくば、この教えが、危険な目にあってもどうかお嬢様を救いますように。




