25一歩前進
「じゃあアンナ嬢が教えているのか。羨ましい、私も生徒に加わりたい」
「もう、ダニエル様......個人的にいつでも教えますわ」
顔を赤らめる婚約者の手を取るダニエル。
2人掛けのソファで、わざわざ密着する様にして座っているのだ。
「ありがとう。その気持ちだけで胸が一杯だ」
そっと手の甲に口づける。ここの所ダニエルは押せ押せなのである。何故なら学び舎に通っているアンナとのデート回数が激減し会えていないのだ。
会える時にここぞとばかりにスキンシップを図っている。大人の余裕等、持ち合わせていないのだ。
会えない! 寂しい! 触りたい! 欲求に忠実である。
「アンナ嬢」
「はい」
ダニエルの纏う雰囲気がガラリと変わって色気に当てられてしまう。
スルリと指を絡める繋ぎ方に変えられた。じっと見つめ視線を外さないままに口を開く。
「私達も、そろそろ一歩進んだ関係になりたい」
「一歩進んだ?」
「キスがしたいんだ」
ここでも直球である。もはやさりげなくとか、そんな技法は使えない。押せ押せ状態なのだ。
アンナの目は泳ぎまくる。顔は真っ赤だ。
「ぁ....ぇ?......き、キス?」
「婚約してから後少しで1年だ。キスもまだ駄目なのかな?」
私とのキスは考えられない? と畳み掛け眉根を下げて悲しそうな表情を作り上目遣いで見つめる。
アンナは思った。まるで大型犬だわ、なんて可愛いの。
「よっ宜しくてよ!」
胸を反らしてツンと顎を上向かせる。
「あぁ、良かった。ありがとう」
頬を両手で優しく押さえると、そのまま触れるだけのキスをした。
ファーストキスのドキドキのせいか何だか長く感じる。いや中々離れてくれない。アンナはパニックだ。息はどうすれば良いの。鼻息がダニエル様に掛かってしまうわ。息苦しい。段々とクラクラしてきた。
そっと離れれば軽く酸欠状態のせいでクタリとダニエルに寄り掛かるアンナ。
「困ったな。可愛い過ぎる」
チュッチュッとリップ音をさせて頬や鼻、おでこにキスの雨を降らせる。
落ち着いてきたアンナはダニエルにお願いをした。
「あの、ダニエル様?」
「なんだい?」
「あの......キスは嬉しかったのですが」
「うん」
「私、息が出来なくて苦しかったの......ですから、あの...キスの時間を短くして貰えません事?」
顔を真っ赤にしながら一生懸命に話す様子は大変に可愛らしい。しかも息が出来ないとは理由も可愛くて。それはそうだ自分が彼女の初めての婚約者なのだから。何も知らなくて当然だ。
改めてダニエルは自身の幸運と神へ感謝を捧げる。
この後ダニエルは帰るまでの間、触れるだけのキスを何度も何度も執拗に送りアンナはもう羞恥により爆発寸前までに追い込まれて解放されたのだ。
やっとダニエルが帰った後ソファに、だらしなくも沈み込む。
「あーもう、どうしたら良いの」
バクバクと心臓が主張して全く静まらないのだ。何度もしたキスを思い出しては顔に熱が集中してしまって平穏は中々やってこない。
「こういう時は魔法を使ってスッキリしましょう」
サッと立ち上がると鍛錬している騎士達の所へ突撃する。
「さぁ誰か私の相手をしなさい」
腕を組み仁王立ちしてフフンと胸を反らすアンナ。
一応はアンナの護衛騎士であるブルックが前に出て来る。もはや名ばかりではあるが、自分が相手をするべきだろうと責任感から立候補したのだ。
「俺が相手をさせて頂きます」
「あぁ、ブルック。宜しくてよ」
髪をサラリとなびかせて雷の鞭を出現させた。
バチンバチンと凄まじい音と衝撃を何とか躱したり剣で滑らせてギリギリで避けたりと、もはや一方的にいたぶられている様にしか見えないがアンナは実に楽しそうである。
「凄いわ! ブルック! 貴方、随分と避けられる様になったじゃない」
主に褒められブルックは嬉しくて油断してしまった。もろに雷の鞭を浴びて焦げた臭いが周囲に立ちこめる。
「やだ! 大変」
駆け寄り癒しの魔法を使う。あっという間に治ったブルックは直ぐ様、礼を取った。
「お嬢様、俺が油断したせいでの怪我にも関わらず治して頂き有難うございます」
「良いのよ。スッキリ出来たから私の目的は果たしたわ」
では、またね。と屋敷の中へと戻っていくアンナ。
「ブルック! 凄かったぞ! さすがは、お嬢様の専属に選ばれるだけはある」
「かなり成長したな。俺も負けらんねー」
騎士達は気の良い奴等ばかり集まっているから素直に賞賛の言葉が掛けられる。
ブルックは居心地の悪さを感じながら、むず痒い気持ちにもなってソワソワしてしまった。
「あぁースッキリ出来たのに......」
ソファにまた沈み込んで何度もキスを思い出してしまう。ドキドキと煩い心臓にどうしたものかと頭を抱えた。
「お嬢様、どうされましたか?」
メアリーである。主の様子に不安になったのだ。
「ダニエル様とキスをしたのだけど...何度も思い出してしまって他の事が考えられないわ」
「お嬢様それは仕方の無い事でございます。何せファーストキスではごさいませんか。そういったトキメキというのも楽しんでこそでございますよ」
勿論、メアリーも同じ部屋に居たから執拗にキスを繰り返すダニエルの様子もバッチリ見ていた。しかし、婚約者になったのだから止めに入るのも違うだろうと見守っていたのである。
メアリーはちゃんと、あくまでも自分は侍女だと弁えているのだ。
「そうよね......楽しまないと」
「えぇ、その意気でございます」
可愛いらしい主の様子は他の侍女達も見ていて、ニヤけてしまいそうになるのを必死で抑えている。
「あの貴女達は今まで、こっこ......恋をしてきたのかしら?」
突然、話題を振られて動揺するも立て直したメアリー。
「お嬢様、私は結婚し子供もおりますが恋愛はしていませんよ。所謂、政略結婚というものでございますね」
アンナは驚いた。メアリーに子供が居る事を知らなかったのである。
「メアリーの子供気になるわね。会いたいわ」
「わざわざ、お会いになるような事でも......そもそも同じ屋敷内で働いおります」
また驚いた。
「え!......私としたことが! 専属侍女の事をちっとも理解していなかったのね。駄目主人だわ」
シュンとしょぼくれるアンナは項垂れる子猫にしか見えない。
「大丈夫です。お会いしたいのであれば後でお嬢様の部屋に来るように伝えておきます」
「まぁ! 有難う、さすがはメアリーね」
花が咲いた様にパッと笑顔を見せるアンナ。
どうやら平常心を取り戻せた様で一安心である。




