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2人の王子が離れて会場から出るのを見てアンナはダニエルの胸に顔を埋めた。
ダニエルは心臓が早鐘を打ち抱き締めて良い物か、図りあぐねいている。手を不自然にわきわきと動かす。
アンナは、こうでもしないと爆笑しそうだったのだ。初めて見た王子達だというのが尋常じゃない量の汗を噴き出していた第2王子しか記憶に残っていない。ポタリポタリと汗で小さな水溜まりが出来ていた。
樽をボンッと粉にした時アンナはラッセルに見られていたが、アンナからラッセルは見えていなかったのである。
キョロキョロと視線も定まらずカタカタと小刻みに揺れていて、とても挙動不審だった様子を思い出し声を出してはいけないと肩を震わせる。
ダニエルは此処で気付いた。アンナはどうやら笑っているようだぞと。
「アンナ嬢? 私を隠れ蓑にしているのですね?」
「ゴファッ......も、申し訳...ブフッ」
喋ろうとすると笑ってしまうという悪循環である。ダニエルは、この際だから抱き締めてしまえと腕をまわした。
暫く経って落ち着いてくるとダニエルからそっと離れようとすると腰に腕を回されている事に気付く。
「あぁ残念です。もう離れるつもりですか?」
ボンと真っ赤になったアンナ。先程までは笑いを堪えるのに必死で気付いていなかったのである。ピシリと固まって動かなくなったアンナからそっと離れるダニエル。
「何か飲まれますか? 喉が渇いたでしょう」
「ぁ...そっそうですわね」
意味も無くフフンと胸を反らすアンナ。
可愛い反応を見せるアンナに思わず笑みが溢れる。
「シードルにしますか?」
ハッとして父の方を見れば、目を見開いて首をブンブンと振っている。
「お酒は、やっやめておきますわ」
「分かりました。林檎ジュースを貰ってきますよ」
フーと安堵の息を吐き出して平静を装うアンナ。
そんなアンナに忍び寄るのは野心家の男だ。
「お美しいアンナ嬢......貴女こそ私の伴侶に相応しい」
勝手に名前を呼んで断りも無く手に触れてきた男。名前も家名すら言わない無尊な態度。アンナは内心喜んだ。いつか自分も言ってやりたいと思っていた事が実践出来ると歓喜に打ち震える。
サッと手を払いのけ首を傾げて見せた。本当に心底、理解出来ないという表情を作る。
「ごめんなさい。私、虫の言葉は分からないの」
何を言われたのか理解出来ないのか微笑みを浮かべたままに固まった相手。ブチ切れてくると身構えていたのに何も起こらない。つまんないなと瞬間的に興味を削がれる。
プイッと自分の前から居なくなってしまった美女。甘い残り香だけが先程まで彼女が確かに居たのだと知らせていた。
アンナはダニエルの側へと向かったのだ。
「この私を虫呼ばわりとは」
伯爵家の次男である自分は成人したら家を出なくてはならない。公爵家になら婿入りしてやらんでもないと思っていたのに。
公爵家の1人娘のアンナは聡明らしい話が聞こえてくるし、その上見目麗しい。そんな相手こそ有能な自分に相応しいと思い込んで居たのだ。愚かにも諸手を挙げて喜んで迎え入れるだろうと夢想していたのである。貴族派の次男を迎え入れようとしている位、相手に困っていたのではないのか。
私の方が相応しい筈だという思い込み。だからこそ初対面の相手に開口一番、上から目線のプロポーズをかましたのだ。
アンナの頭の中には、もう既に存在していないが。
「見ていろ。私の方が相応しいと思い知らせてやる」
「そもそもさぁ。君どこの家の子なのかな」
感情の乗らない声音が突如、背後から聞こえてビクリと肩を揺らす。
ロジャーだ。大変にご立腹である。
「君だよ。家名を名乗る礼儀すら欠く愚か者の君に聞いているのだがね」
「コロンバイン家のムッツーリです。以後お見知り置きを」
さっと振り返り、未来の父君になるかもしれない相手にしっかりと礼を取る。
ロジャーは驚いた。自信満々の表情で挨拶を返して来たからである。コイツ何も響いてねーなと。関わったらいけない類の奴っぽいなと勘付く。
「ほぉ、コロンバイン家ねぇ。分かった。もう良いよ。視界から消えてくれ」
シッシッと手で追い払う仕草を見せた。
「寂しい事を言いますね。将来は家族になるかもしれませんよ」
「ならん! 良いから。消えてくれ」
バチンと電気が走り驚くムッツーリ。ロジャーの苛立ちが頂点に達して魔力が漏れたのだ。
動けずに居るとバチンバチンと何度も電気が走る。さすがに耐えられ無かった様で直ぐ様離れて行った。
「何なのだ。さっきの輩は虫酸が走る」
「まぁまぁ、ロジャー。大丈夫よ居なくなったわ。相手が居ても寄ってくる何て魅力的過ぎるのね」
困ったものだわと溜め息を零す。
「アンナは美しい上に才能に溢れている。それに公爵家の次期当主だからね。最高の結婚相手だと思うよ」
「そうねぇ。さっきのアンナの対応はさすがだったわね。全く相手に希望を抱かせずにいなしていたわ」
「確かにな。痛快だった。虫の言葉は分からない、とはね」
両親でクスクスと笑い合う。
「アンナ嬢どうされました?」
「虫が寄ってきてしまって、逃げて来ましたの」
「災難でしたね。大丈夫でしたか? あぁ側に居れば良かったですね」
林檎ジュースを差し出してからエスコートの為に腕を出す。
「いえ、虫の事等もう覚えて居ませんし......そういえば今日はダンスをする機会が無さそうですね?」
「そうですね。何か事情があるのでしょう」
第1王子の婚約者は決まってはいるのだが隣国のお姫様の為、城には居ないし第2王子のラッセルに関してはまだ成人前とあって決まっていないのである。
加えてラッセルが現在、踊れる状態ではない。今回のパーティーではダンスを行うのは見送られたのだ。
「少し暑いですわ」
「庭を見て回りましょうか」
開けたままにされているガラス戸から出て行き庭へと進む。
用意されているベンチを見つけて2人並んで腰掛けた。
「人が多いから熱気が籠もっていたのでしょうね」
「きっとそうだわ。ダニエル様、庭に連れ出してくれて有難うございます。涼しくて気持ちが良いですわ」
夕焼けも美しくオレンジ色の光を浴びたダニエルの髪も美しく見える。アンナは宝石の様に光る、その髪に手を伸ばした。
「柔らかいのね」
ダニエルは黙ってされるがままだ。
暫く経つと太陽は沈んでしまい辺りは薄暗い。
「アンナ嬢、そろそろ」
ずっと髪を撫で続けていたのである。
「あ、ごめんなさい。手触りが気持ち良くて」
慌ててパッと少し離れて居住まいを正す。
「いえ、良いんですよ。私もアンナ嬢の髪を撫でても良いですか?」
「えぇ、勿論」
セットされた髪を崩さない様に優しく撫でる。サラサラと絹の様な触り心地だ。
「髪ですら、完璧だとは......」
「しっかりとケアしておりますから」
フフンと胸を反らして得意気である。勿論、手を掛けているのは侍女達だが。
また2人の距離が少しだけ縮んで甘い空気になる。
こうしてお披露目パーティーの時間は過ぎていった。




