17
「アンナ嬢どうぞ召し上がって下さい」
「ぁ......えぇ、頂きますわ」
何とか回復したアンナは、緩慢とした動作で小さなバーガーを口に運ぶ。
目がキラリと輝き口元は弧を描いた。
「美味しいです! 野菜はシャキシャキとしていて、お肉にとても合いますわ」
「口に合ったようで何よりです」
ダニエルもポイポイと口に入れて自分の分をあっという間に食べ終える。ここ10日間程カフェに通い詰めてどの料理が良いか吟味したその結果食べ飽きているのだ。
そんな事は感じさせないように取り繕っているが。
「そういえばアンナ嬢は戦いにおいても教師の方がいらっしゃるのですか?」
「魔法の先生に教わりましたわ」
私の先生は凄いのですと、またフフンと胸を反らす。
「大層素晴らしい方なのでしょうね。私も師事して頂きたい位ですよ。何処の家名か伺っても?」
「あら、家名はありませんよ?」
ダニエルは心底驚いた。
「平民に教わっていると?」
「えぇ、それが何か?」
通常ありえない。貴族が平民に教えを請うなど。貴族としての矜持が無いのかと他家に誹りを受ける事になるだろう。
「......さすがはローズ公爵家ですね」
中立派であり筆頭公爵家だからこそ成せるわざだ。
こんな凄いアンナと果たして自分は釣り合う存在なのかと不安が湧き上がる。魔法に才能があり戦闘においても抜群のセンスを見せていた。成人した男性3人をあっという間にのしてしまう程である。
此方は貴族派、しかも侯爵家。自分に至っては魔力も少ない。明らかに劣った存在である。
今までは好いた相手と一緒になれる、ただその事実に舞い上がっていたが一度気付いてしまった事実に打ちのめされた。
「私にアンナ嬢は勿体無さ過ぎますね」
「何故? 私はダニエル様以外と一緒になるつもりはありませんわ」
きょとんとダニエルを見つめるアンナ。その表情には一切の悪い感情がなくて救われる。彼女が求めてくれる様になったのだから、これから相応しくなれる様に努力したら良いだけの事。
ダニエルは心の中でアンナに誓う貴女に相応しい男になれる様、粉骨砕身、邁進していくと。
時間が遅くなってはいけないと馬車へと戻る。勿論メアリーも連れて行く。
「メアリー起きて!」
人知れず気絶してしまった後地面に寝かせられたままに放置されていたのだ。可哀想に。
アンナに揺さぶられ目を覚ます。
「ハッ! お嬢様! 大丈夫なのですか? 捕まってしまうなんて事は......」
「何おかしな事を言っているの?」
「え?......ですが、ムチで!」
「メアリー、私は貴族よ?」
この世界は明確な身分社会である。この破天荒なお嬢様は紛う事なき高貴なる貴族、対して手を下した相手は明らかに堅気ではない平民だ。殺した所で罪に問われる事も無かっただろう。
メアリーは、大事なお嬢様が罪に問われないと分かり安堵した。
「ようございました」
スタスタとアンナの後ろを平然と着いて歩く。先程まで倒れていたとは分からない位、ピンピンしている。
馬車に乗り込むとダニエルはおもむろに小さな箱を取り出した。
「アンナ嬢、これを着けて貰えないだろうか」
蓋を開けて見せられたのはエメラルドのピアスだ。ダニエルの目の色にそっくりでアンナは胸がキュンとする。
控えめな小さなバラをあしらったデザインで、どんなドレスにも合いそうだ。
「嬉しい。毎日着けますわ」
宝物を受け取る気持ちで、そっと手に取る。キラキラと光を受けて輝くエメラルドは美しい。
無くしては大変だと直ぐ様蓋を閉じると愛用のポシェットにしまった。
デートを終えた娘から話を聞き出す両親。気になるのである。
「それで? デートはどうだったのかしら?」
「とても素敵でしたわ! お姫様と騎士の劇も面白くて。小さなバーガーも美味しかったし......贈り物も頂いたの」
小さな箱を取り出してエメラルドのピアスを見せる。
「へー、若いのにデザインがちゃんと考えられている物だね。大したものだ」
さすがは元女たらしかと心の中で小さく毒を吐くロジャー。
「それに私の野蛮な所を見られてしまったのですが......その事ですら受け止めて下さって」
ポッと頬を染めるアンナ。
「野蛮というのは?」
「平民を3人程、動けなくしたの」
チラリとメアリーに視線を送る両親。
ススッと近くまで来る。
「あまり育ちが宜しくなさそうな男性3人に絡まれたのですが、お嬢様が返り討ちにされたのです」
「そう、見た所怪我が無くて良かったわ。アンナ? 痛い所とか無いのよね?」
「はい、私は気高い女性なのです。簡単に触れさせたりしないわ」
フフンと胸を反らして得意気だ。
「ダンカンに何かお礼の品を贈ろう」
ロジャーはセバスを呼ぶ。
「ダンカンに何か良いお酒を贈ってくれ。彼の教えのお陰でアンナに傷1つ無く済んだんだ」
「かしこまりました」
直ぐに部屋を出ていったセバス。仕事の早い男なのだ。早速見繕いに行ったのだろう。
「そうだ。アンナにお願いがあったんだ。シャーリーもあるな?」
「そうだったわ! 私の可愛い宝石ちゃん、私達にも奇跡の力を教えて欲しいの」
「あれは魔法ですよ? 奇跡の力ではありません」
両親はまた驚いた。ダンカンにも確認する事をせずに光が降り注ぐ光景を見て直ぐに秘匿する事を決めた為、どういった経緯で出来たのかすら聞いていなかったのである。
この事こそ教会に知られてはいけない内容である。奇跡の力が魔法だったとは、それこそ魔力がある者で多少の才能があれば出来てしまうという事だ。
教会から弾圧対象になるかもしれない。もはや国に報告してしまった方が良いのでは? と思う程だ。
「教えますね?」
シャーリーの手を握り魔力を流す。
「これです」
「何だか暖かい魔力ね」
「私にも! 私にも流してくれ」
手を突き出して急かすロジャー。
「全く、お父様ったら」
仕方ないなぁという様子で手を握り魔力を流す。
「はぁあ、成る程な」
やはり魔法を使う者は多かれ少なかれ魔法に興味があるのだ。しかも、この両親は魔力が高めだ。使える魔法にも幅があるし使った事の無い物だと俄然やる気が出る。
おもむろに手に傷を付けるロジャー。暖かい光を出し試す。
「ぉお、これは凄い。これが広く知れ渡れば助かる者が増えるだろうなぁ」
「ロジャー」
「分かっている。陛下に話すよ」
考えこむように少し黙る。
「まず、魔法省内でこれを広めてからにするかな。そうすれば教会に便宜を図って此方を蔑ろにする対応を取られた所で」
「隠せない様にするのね」
「その通りだよ」
さすがはシャーリーだねと微笑む。
「第2王子のお披露目の時にお話するのですか?」
「いや、アンナ。もう少し時間が経ってからになるだろうね。何せ、この魔法が使える人物を増やさないといけないから」
「そうなのですね。ダニエル様には教えても良いかしら」
「うーん。どうだろう。もう少し待ってくれ」
「分かりました」
こうして癒しの魔法を広める方向に決まった。




