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観客席側の明かりが薄暗くなり物語が始まる。
無邪気な姫と堅物の騎士が心を通わせていく様は、胸がキュンとした。
しかし、父である王から無情にも伝えられた婚約話。一介の騎士と心を通わせている事を知り手を回されたのだ。
「このままでは、私一生貴方に会えなくなってしまうのよ!」
「私だって辛い。ですが姫様これは陛下が決められた事、反故にする等出来ませぬ」
「私を連れて何処か遠くへ行くのです! 2人でなら何だって乗り越えられるわ!」
ヒシっと姫様が騎士に抱き着く。
アンナは小さくキャァと悲鳴を漏らした。ダニエルは思わずアンナを見る。
口元を両手で押さえつつ目を輝かせ頬も淡く染めたアンナは大変に可愛らしい。
アンナは初心なのだ。恋物語を劇場に来て見るというのも初めてである。
本では何冊か読んでいるが、やはり生で情景を見るのとでは感じ方にも違いがあって少し興奮していた。
物語は佳境に入り騎士が追手から姫を守りつつ戦う様はハラハラする。
「危ないわ」
物語に夢中で両手でパッと顔を覆うアンナ。可愛い反応を見て堪らず顔を覆うダニエル。
剣のぶつかり合う音が止んだのを機に怖怖と手を退ける。姫様が騎士と抱き合い口付けを交わす所でアンナの顔は赤くなった。
2人は晴れて隣国に辿り着き、幸せに暮らすという締め括りで安堵する。
「はぁ、素敵でしたわね」
うっとりとしつつ漏らした呟きにダニエルも頷いてみせる。
「ハッピーエンドで良かったです」
正直に言えばダニエルはアンナばかり見ていて内容等、殆んど覚えていない。
「何処が1番好きですか? 私はやっぱり2人が心から相手に向き合った場面が良かったです」
祈るように両手を組んで幸せそうなアンナ。
「小さなすれ違いでしたが相手の気持ちを疑って姫様が泣き出した所何て私も泣きそうになりましたわ」
「胸が痛みましたね」
全く記憶に残っていないがアンナに合わせて頷くダニエル。
「えぇ、騎士様が姫様を抱き締めて私には貴女しか居ない、貴女以外は無用だと告げた瞬間のトキメキといったら」
ダニエルは少し面白くない気分になったが大人げない意地悪はせずに微笑んで頷いた。
「アンナ嬢は、あの騎士のような方がお好きなのですか?」
「いえ私はダニエル様の...ほう、が」
ボンッと真っ赤になるアンナ。つられてダニエルも赤くなった。
また、もじもじとしてしまう2人。
しかし、今日のダニエルは一味違うのだ。何せスマートに対応するぞと意気込んで来ているのである。
「ん゙ん゙ッ。アンナ嬢、少し外を歩きませんか?」
「あっ、勿論良いですわ」
メアリーは驚いた。今日のダニエルは凄いぞと感心すらしている。
「それでは出ましょうか」
スッと腕を差し出して外へと向かった。
並んでゆっくり歩きながら周囲の景色を楽しむ。
「ちょうど昼時ですから何か食べますか?」
「そうですわね」
「なら、カフェに行きますか」
割と通い慣れているのかスイスイと進んで行く。アンナの歩くスピードに合わせてくれるので歩きやすい。
「此処です」
成る程、白を基調に作られた清潔感のあるお店である。
ドアを開けて入るとテラス席を勧められた。
ティーセットが運ばれてくる。あらかじめ頼まれていたのだろう。
「紅茶にしてしまいましたが良かったですか?」
「えぇ、問題ありませんわ」
「オススメの物があるのです」
手を上げて合図を送るダニエル。中からトレイを持ったウェイターが出てくる。小さなバーガー達が出て来た。可愛らしい物だ。
「魔力が多いと余り食欲が沸かないと聞きまして、食べきりやすいサイズにしました」
「嬉しいわ! 有難うございます」
栄養も考えられているのか野菜を沢山使っている。
さぁ食べようと手を伸ばした。
「おい、あんたら貴族だろ?」
ガラの悪そうな輩が3人。
ウェイターは慌てて警邏のものを呼びに走って行った。
アンナはキレた。今ダニエル様とデート中ですけど?
「貴方達はどちら様なの? このローズ公爵家のアンナがお相手致しますわ」
スクッと綺麗に立ち上がり向き直る。
「相手してくれるってよぉお!」
「おいおい、上玉じゃねーか」
下卑た笑いを浮かべる相手を見るとアンナは満面の笑みを浮かべた。
「あら、嬉しそうで良かったわ。そのまま死になさい」
バチバチと放電するムチを出し1人目に叩き付ける。
ギャァァアアと叫び声を上げてのたうち回る男の頭を踏み付けて押さえる。
「どうしたのかしら、喜んで良いのよ? 私が直々に手を下すのだから光栄に思いなさい」
あまりに動く為に光る魔法の紐を出して縛ると、何度かムチを叩き着けた。泡を吹いて気絶した男から離れると、震える2人に視線を移した。
「あら、逃げない何て気概はあるのね? 褒めて差し上げるわ」
クスクスと笑いながら氷の刃を降らせる。
「ほらほら逃げないと刺さるわよぉ」
ついには声を上げて笑い出すアンナ。
「やだっ。全然逃げれていないわ。トロくて鈍臭いのね」
ピクリとも動かない2人を見て魔法を止めた。
ここでアンナはハッとしたダニエルに野蛮な所を見られたわ! と恐る恐るダニエルを振り返る。
「アンナ嬢は魔法ですら美しいのですね」
うっとりとした表情で告げられた言葉に胸を撫で下ろすアンナ。
ダニエルにとってアンナは女神の様なものなのだ。今の所、どんな一面を見ても素晴らしい物に映ってしまう。痘痕も笑窪である。
呼ばれてやってきた警邏の者は驚いた。
「え? あの......」
平民を貴族が一方的に傷めつけて遊んでいたのではないかと思ってしまったのだ。
「ん?......何かしら」
「あ、お店の方に呼ばれて来ました」
「へー、来るのが遅いのね? そんなに離れていたの? あっ良いのよ。私が逃げない様にしておいたから......別にお礼はいらないわ」
「アンナ嬢が鮮やかな手腕で対処してくれたんだ」
「鮮やかだなんて......恥ずかしいわ」
ポッと頬を染めて少し俯くアンナ。大変に可愛らしい。
警邏の者は助けを求めて呼びに来たウェイターを見つめる。
「こっこちらに倒れている方々が、お二人に絡まれたのです。私は怪我を負わされては大変だと助けを呼びに」
結果、助けはいらなかったし絡んだ奴等の方が可哀想な程にボロボロだ。
「すまないが、早く退けてくれないだろうか。せっかくのデートなんだよ」
「はい! 申し訳ありません。今直ぐに退かします」
慌てて警邏の者が3人を縄で器用に纏め上げる。身体強化を使って持ち上げると、先に病院に連れて行くかどうか迷いながら離れて行った。
「ご両親も魔法を使うのが上手い話を聞いていたのでアンナ嬢もそうだろうと思っていましたが......想像以上でした」
「もう! 褒めすぎですわ」
頬を手で押さえて恥ずかしがるアンナ。
「いえ、心から尊敬に値する御方だ。アンナ嬢は杖も使っていなかったし加えて無詠唱だった。素晴らしい腕前である事は一目瞭然ですよ」
本当に何でも出来てしまう素敵な女性だとダニエルは手放しで褒めちぎる。
もうアンナは有頂天だ。
「まぁ、私は天才ですから」
フフンと胸を反らして笑う。
「私は魔力があまり多くなくて......お恥ずかしい話ですが剣を振る位しか出来ませんよ」
自嘲ぎみに笑うダニエルに胸がギュッとしてしまう。
「ダニエル様はお優しくて格好良いですわ! 柔らかな笑みを見ると私はフワフワとした気持ちになりますし、エスコートして頂いた時に触れた腕は筋肉で硬くなっていて、とてもドキドキしました」
もじもじとしつつも一生懸命にダニエルに思いを伝えるアンナ。この人が落ち込む所なんて見たくない! と励まそうと頑張っているのだ。
もじもじとしながら思いを伝えてくれるアンナに堪らない気持ちになるダニエル。
「敵いませんね......可愛過ぎる」
ポツリと溢れた言葉はアンナの耳にしっかりと届いていた為に真っ赤になって固まってしまった。




