13赤面のお茶会
「ねぇ、ロジャー見て頂戴。2人共、顔を真っ赤にして碌な会話も無いわ」
「これは誤算だったね。まさかダニエル君がリード出来ないとは」
「でも何だか可愛らしい2人ね」
確かに見ているとニヤニヤしてしまいそうになる甘酸っぱい雰囲気だ。
開いている窓から中の様子をコソコソと覗き込んでいるのである。やはり娘が心配なのだ。
「あの、これをお持ち致しました」
さっと差し出されたのは有名なお菓子で思わず破顔するアンナ。
「有難うございます。嬉しいですわ。大好きなの」
「......だいすき」
「はい、口に入れるとホロホロと崩れて程良い甘さなのです」
ムフフーと満足そうな顔でクッキーが入った箱を抱き締める。
ようやっと会話らしい物が始まって一安心だ。
「今日は良いお天気ですね」
「そうですわね。お出掛け日和ですわ」
「今度は外でお会いしませんか?」
ダニエルは真剣な顔で見つめる。勢いに押されて頷くアンナ。
「えぇ、構いませんよ」
「でしたら観劇に行きましょう」
友人とのお茶会で話していた憧れの観劇デートである。アンナは舞い上がった。
「是非! 楽しみですわ」
「良かった。断られたらどうしようかと」
フーッと胸を撫で下ろして柔らかな笑みを浮かべる。ダニエルはファンクラブが出来る位に顔が良い。鍛えているから体も引き締まっている。ブラウンの清潔感のある短髪に緑色の涼やかな目だ。
アンナは初めて見た微笑みに胸がキュンとした。軍人然りとしたカッチリとする雰囲気なのに柔らかく微笑まれてギャップにやられたのである。
「......すてき」
ポツリと溢れた呟きはしっかりとダニエルの耳に届きカッと頬に赤みが差す。
「貴女にいわれると、とても嬉しいな。良ければダニエルと呼んで貰えないだろうか」
「はい。私の事もアンナとお呼び下さい」
「承知した」
また2人共もじもじとして俯いてしまう。
「ぁあ! せっかく名前で呼び合う話が出たのに!」
「恥ずかしくて呼べないのかしら。本人が居ない所でアンナは呼べて居たのに」
「まるで借りてきた猫の様に大人しいな」
「そうねぇ。アンナも、ちゃんとお淑やかになっていたのね。感慨深いわ」
お淑やかとは、また別な物に感じるが妻の言葉を黙って受け止めるロジャー。
ダニエルが意を決して顔を上げた。
「アンナ嬢」
ビクリと肩を揺らしてダニエルを見る。
「名前を呼んで欲しいのだが」
「あ......ダニエル様」
視線が絡んだままに数秒見つめ合う。アンナは羞恥から顔は真っ赤に目は潤んで耐え兼ねたのかフイッと視線を反らした。
「アンナ嬢」
「はい」
チラリと視線を合わせる。
「にっ...庭を見せて貰えますか?」
「えぇ、勿論」
対面で向き合い会話を繋げるより、余程気が楽だろうと即答して立ち上がる。
「ご案内致しますわ」
「あぁ、有難う」
2人は立ち上がり部屋を出て行く。
両親は急いで庭へと先回りする。
「貴方、どうする? 隠れる場所なんてあったかしら」
「四阿にさりげなく居れば良いんじゃないかな」
「良い考えだわ! そうしましょう」
侍女達も主人の後を小走りで追いかける。何名かはティーセットを準備する為に屋敷の中へと戻った。
「よし、間に合ったな」
「久しぶりに走ったからかしら。息が整わなくて」
何度か大きな深呼吸を繰り返すシャーリー。
少しすると侍女がティーワゴンを押して現れた。
「良かったわ。喉が渇いていたの」
手際良くお茶の準備がされて行く。
「それにしても庭に出てる筈なのに2人が見えないな」
「そうねぇ。おかしいわね」
「アンナ嬢はどの様な観劇を見に行きたいですか?」
「やはり恋物語ですわね。騎士とお姫様のお話が最近、人気ですのよ? ご存知かしら」
「あぁ、意にそぐわない結婚を強いられて2人で逃げ出すのでしたか」
「はい!」
うっとりとしつつも可愛らしい笑顔はダニエルに効果抜群であった。堪らず顔を手で覆ってしまう。
「え? 大丈夫ですか?」
ダニエルは顔を覆ったままに返事をした。
「申し訳ありません。アンナ嬢が余りにも可愛らしくて」
それを聞いたアンナも顔を手で覆ってしまった。動けなくなる2人。
そんな可愛らしい2人の様子を見て顔がニヤけそうになるのを必死に堪える侍女達。
「それにしても遅いわね」
「まぁまぁ、もう少し待ってみよう」
中々やって来ない2人にやきもきしてしまうシャーリー。立ち上がろうとする妻を宥めるロジャー。
「お嬢様、当家と言えばバラでございます。お見せしたらどうでしょう」
コソコソと耳打ちをして助け舟を出すメアリー。
ハッとして顔を上げる。
「ダニエル様、バラをお見せ致しますわ」
「有難うございます」
無言で歩みを進める2人。
バラで作られたアーチをくぐれば色取り取りのバラが広がる光景は圧巻であった。
「さすがはローズ公爵家ですね」
手紙で何を手土産にすれば良いか聞いておいて良かったと心から安堵する。お菓子が良いと返事を受けて侍女に聞いてみて有名店の物に決めたのだ。
何も聞かずに居たらバラを選んでいたかもしれない。しかも、こんな素敵なバラの庭園を持っている相手にだ。もしそうなっていたら最悪だと言える。
「まぁ、有難うございます」
「アンナ嬢も、やはりバラがお好きなのですか?」
「そうですね、花の中では1番好きかもしれません。1番身近にありましたから。ダニエル様はダリアがお好きなのですか?」
「どうでしよう。嫌いではありませんが......花を見ているよりは体を動かしている方が好きですね」
「殿方はそうですよね」
フフッと思わず笑ってしまうアンナ。
「シャーリー! ほら2人が見える!」
「え? 何処?」
キョロキョロと見渡す。
「入り口の近くに居る」
「あらぁ。何だか良い雰囲気ね。どんな会話してるのかしら」
「余り見ない様にしよう。アンナに覗き見していたと思われたくない」
「そうね! 嫌われてしまうかもしれないわ」
両親は極力、意識しないように気を付けて会話する。
「あそこまでアンナに夢中なら浮気の心配はいらないな」
「そうね。まぁ浮気した事実が分かった瞬間、私が殺しに行きますけど」
「いいや、殺しに行くのは私にやらせて貰えないだろうか」
侍女達も、そんな事になったら袋叩きにしてやると意気込んだ。
「駄目よ。大事な宝石ちゃんを傷付ける輩は私が消し炭にするわ」
浮気の事実など無いし、そもそも婚約にすら至ってないにも関わらず不穏な空気である。
「お母様! お父様!」
「あらアンナ! 庭を案内していたのね」
「いやぁ私達も庭に出たくなってね」
白々しいセリフである。
「ダリア侯爵家のダニエル君だったね。うちの庭はどうだい」
「覚えて頂いているとは......あっ有難うございます。とても、ぅ美しく圧巻でございました」
顔は真っ赤だしカチコチとまるでブリキおもちゃの様な動きを見せるダニエルに思わず噴き出すシャーリー。
「やだ、ごめんなさいね。もう少し肩の力を抜いた方が宜しいかと」
肩を揺らして、いつまでもクスクスと笑い続ける様子を見てダニエルは少しだけ緊張がぬけた。
「本日は御息女様との、お茶会の場を設けて頂きまして誠に有難うございます」
しっかりと礼をして頭を下げるダニエル。この様子を見て両親からの株は上がった。
「せっかくお散歩に出て来られたのですから、私達の事は気にせず庭を思う存分見て下さいな」
「そうだね。アンナ、しっかりと案内を頼んだよ」
「はい! お母様、お父様」
ちゃんと優雅にカーテシーをしてみせるとダニエルに向き直る。
「ご案内致しますわ」




