10一目惚れした青年は
「銀髪に紫の目? ローズ公爵家じゃないか」
「アンナという名前でした」
「やはり......無理だと思うがな。まぁ見目が整っている、お前なら望みはあるかもしれんが」
ローズ公爵家といえば王族ですら扱いに注意する程の相手だ。何せ魔法省のトップに君臨しており当主のみならず妻も魔力が高い。夫妻揃って戦争の際には先陣切って突っ込んでいく程に血の気が多いのだ。
噂によれば子供が産まれてからは丸くなったと聞くが信用出来ない。最近では公爵家の家庭教師の応募に殺到していた事位しか覚えていないし。
「そもそもだ。あちらは中立派だからなぁ。お前が次男とはいえ」
難しいなぁと腕を組んで悩む父の様子に内心驚く。これまで所詮、自分はスペアで大事にされている訳ではないと思っていたのだ。案外、自分も愛されていたのだなと胸がじんわりと暖かくなる。
「父上、お願いします。どうか一度話す機会を頂くだけでも」
そう懇願されても此方は貴族派に属しているのだ。中立派しかも筆頭公爵家である相手が政治的な事を除いても一人娘に会わせるなんて許してくれるだろうか。
いや、可愛い息子の為だ。頑張るかと腰を上げたダリア侯爵家当主は早速、手紙をしたためる。
季節の挨拶から当たり障りのない話題、そして最後に一度だけでも席を設けてもらえないだろうかというお願い。勿論、政治的な意味合いは一切無いと書いて。
手渡しの方が誠意も伝わるだろうと先触れを出して魔法省へと赴く。
「いやはや、これはこれはダリア侯爵。わざわざ此方まで出向くとは余程、大事な用だと見える」
ニコリと貴族特有の笑みを張り付けたローズ公爵家当主に冷や汗が流れる。
「む、息子が困った病に掛かりましてな。見ていただいたら分かりますぞ」
それでは失礼しますと手紙を押し付けて逃げる様に出て来た。如何せん、これまで剣一筋でやってきたのである。貴族同士の裏の読み合いや嫌味の応酬等の高度な技など持ち合わせていない。
はっきり言って苦手なのだ。
思わずクックと笑いが漏れる。案外とあの者を好意的に見ている自分もいるのだ。裏の読み合いが常の貴族社会の中でダリア侯爵家とのやり取りは、まるで子供と触れ合っているようで癒される。
さてさて、あの堅物が書いた手紙を見てやるかとペーパーナイフに手を伸ばした。
「ハハッ」
成る程、これは厄介な病だと笑ってしまう。そういえば夜会で棒立ちになっていた青年が居たなと思い出す。
あの朴念仁に似た青年なのだろうか。いや、まずは身辺調査からしよう。
「へー女好きだったのが、あの夜会からピタリと大人しいのか」
とは言っても元女好きというのはいただけないな。
「あら、ロジャー?」
「なんだいシャーリー?」
「少し位、女性との関わりを持っていた方じゃないとアンナは任せられないわよ」
ロジャーは眉間に皺を寄せてシャーリーを見つめる。
「あのね? 良い事? 一切女性と関わりの無かった方が、上手にアンナを導けると思うの? アンナはね、年の近い殿方とまともに会話した事も無いのよ。年は相手の子が16......成人していて少し上位でちょうど良いわ」
「そ......そうだね。確かにそうだ」
「アンナは綺麗だわ。とびっきりね。この方と上手くいかなかったとしても相手何て選び放題なの。結婚まではいかなくたって問題無いのよ? 殿方に慣れるというのにはうってつけの相手ではなくて?」
「!......そうか。別に結婚まで無理にする必要は無いのか」
「ヒヨコちゃんのアンナにはピッタリの初めての殿方だわ」
こうして2人のお茶会の席を設ける事が決まったのである。
「早速、手紙を書いて送ろう」
「なっ!......ダニエルに教えてやらんと」
ダリア家当主は手紙を握りしめたままに勢い良く立ち上がると息子の部屋まで小走りで向かった。
ドンドンと紳士にあるまじきノックをする。
「誰だ!......ち、父上」
「おい、会って頂ける事になったぞ」
「え?......本当にですか?」
「嘘を吐いて何になるんだ?」
会って貰える。その事実に喜びに震えた。
「良かった......会える」
父上の頑張りのお陰だと思わず抱きつき感謝を述べる。
「本当に有難うございます」
「う、うむ、まぁ後はお前次第だ。頑張りなさい」
照れくさそうに笑うと書斎へと戻って行った父を見送り扉を閉めた。
「なんという幸運だ。あの子と話せる」
フワフワとした気持ちでうろうろと部屋を歩き回る。
「何か手土産が居るな。やはり花か? いや菓子が良いだろうか」
どうしたら良いのだと頭を抱え始めたダニエル。嫌われたくない気持ちが強過ぎて何を渡せば良いか決められない。
「ここは気持ちを伝える為に真っ赤なバラを渡すべきだろう。いや、待てよ。いきなりバラは重すぎるか? アンナ嬢は年下だ、いきなり距離を詰めたら逃げるかもしれない」
あーでもない、こーでもないとソファに沈み込み気付いたら朝になっていた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
アンナ嬢に手紙で聞いてみようか? ポンッと思い付いた、この考えが何だかとても良い事の様に思えた。何を貰えたら嬉しいのか本人に確認してしまえば間違い等起こる筈も無いのだから。
早速、机へと向かい手紙を認める。
季節の挨拶から、如何に会える事が嬉しいか、夜会で可憐な姿に釘付けとなり、ほんの少しの会話を何度も思い出しては幸せな気持ちになっている事。それから何か欲しい手土産は無いかと書いた。貴女に少しの不満すら抱かせたくは無いと締め括る。オブラートに包む等という芸当をこなす事は出来ずにである。
ここに来て女たらしの技は発揮される事も無く、只々恋する青年になってしまったダニエルは実に直球勝負であった。
何度も何度も書き直し目を通して、大丈夫だろうかと悶々と悩む。結局、何度書き直した所で同じ様な内容にしかならず、これで良いのだと自分に言い聞かせて手紙を執事に託した。
祈りの言葉を心の中で叫ぶ。どうか返事を貰えますうに、そして叶うならば手紙を喜んで貰えますように。
「あら? 私に手紙?」
手渡された手紙を開いて中を見る。
瞬間ボンッと顔を真っ赤にしてプルプルと震えるアンナ。
あの殿方だわと思い出す。手にキスをされ名前も呼ばれた。
「......ダニエル様」
アンナも恋に落ちた。直球勝負の言葉は初心な少女の心を射止めたのである。
「あらあら、私の宝石ちゃんは何て可愛らしいの」
「お母様......私、胸が何だか苦しいわ」
手紙を大事そうに抱き締めて小さく息を吐き出すアンナに母親としてのアドバイスを考えてみる。
「良い事? アンナ、貴女はとっても賢いし強くて綺麗だわ」
「もう! お母様いったい何ですか」
嬉しそうに破顔して身を捩る。
「安売りしちゃ駄目よ。簡単に手に入った女の扱いは雑にされてしまうの。貴女には男何てね、選り取り見取りの選び放題。猫の群れに落とされたマタタビみたいな物なの。貴女は公爵家の1人娘で次期当主」
分かるかしらと微笑まれて何だか凄く褒められているという事は理解したアンナ。
「私は思っていたよりも特別な存在なのですね」
「えぇ、そうよ。私の宝石ちゃんは何て賢いのかしら」
アンナの頭を撫でて視線を合わせる。
「私が言った言葉を繰り返してみて頂戴」
「はい!」
「私は気高く美しい。簡単に触れさせない」
「私は気高く美しい。簡単に触れさせない」
良い子ねと頭を撫でて貰えてご機嫌である。




