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「え?」
誰かに揺り起こされ目を覚ますと知らない女性が居た。
「おはようございます。アンナお嬢様」
「アンナ? 私アンナじゃない。貴女は誰なの?」
ハッとして周りを見渡しながら警戒心も顕な様子に侍女は戦慄した。これは一大事だと慌てて部屋を飛び出す。
「誰よ、アンナって何なの」
混乱したままに手を見れば見慣れた自分の手よりも遥かに小さい。見慣れた? そもそも私は誰なの? どういう事? 更に混乱する。
ガチャリと部屋の扉が開かれると美男美女が入ってきた。2人とも心配しきりの様子である。
「可哀想に、どうして? 何があったの? 私の事は覚えている?」
美女がハラハラと涙を零して此方を覗き込む。覚えているも何も誰かも分からない。
「ど、どちら様ですか?」
ピシリと固まり動かなくなる美女。
「そ、そんな……わ、私はどうだ? 分かるか?」
驚愕とした表情のままに美男に問いかけられてもこちとらサッパリである。
「すみません、分かりません」
流石に美女に泣かれた後とあって罪悪感から俯いてしまう。
そういえば私って誰なのだろうか。アンナという名前には馴染みがないが、かといって自分の名前も思い出せない。途方に暮れる。
「お前の名前はアンナだよ」
寂しそうな顔で頭を撫でてくれる美男。美女は苦しい程にギュウギュウと抱き締めてくる。
「ここは何処ですか?」
「アンナ、お前の部屋だ」
美女はおでこにキスを落として困った様な顔のまま口を開いた。
「私の可愛い宝石ちゃん」
次の瞬間、今までの短い数年とは別に長い年月の記憶も流れ込んできた。
たった数年の記憶は、両親からたっぷりと愛情を注がれ過ぎて性格が歪み始めたつい最近まで。
事あるごとに可愛い宝石ちゃんと頬やおでこにキスを落とす母の姿や、悪い事をしても窘められる様な事も無く笑って許される日々。これじゃあ我儘放題の悪ガキが出来上がる事請け合いである。
そこからは今の悪ガキとは別の人生の記憶だ。
流される様に何かを成す事もせずダラダラと生きた名前は分からない者の記憶。
そんな日々で出会った初めて心が大きく動かされた物語。所謂、悪役を成敗してヒロインとヒーローが結婚するまでの話だが胸が高鳴ったのは悪女に対してだった。
格好良く、潔く、悪事を働くにも彼女の道理があって、こうなりたいと思った。
アンナになりたいと思っていた日々。
両親から溺愛され我儘に育ち手に入らない物は無かった彼女が初めて欲しいと心の底から思った物がヒーローだったのだが、勿論悪女と上手くいく訳もなくヒロインとくっつく。
惨めな最期かと思いきや潔く華麗に執着していた片鱗を一欠片も見せずに不敵に笑うのだ。
「それ位の女に満足するなんて興醒めよ。こんな価値の無い男に恋をしていた事実が恥ずかしくて仕方ない。私の人生において紛れもない汚点だわ」
言う程に悪事を働いてはいなかったし、そもそも只々恋をしていただけでアプローチついでに邪魔な存在を小蝿宜しく払っていたに過ぎなかったのである。やった事と言えばこれでもかと嫌味を延々と言う程度でたまにビンタしていた。何故か想い人の筈のヒーローにまで嫌味を言う始末。
いや、彼女は全方位の者に対して毛を逆立てた猫の様に嫌味を言いビンタしていた筈。
そうだ、よくよく思い出せば悪事に手を出していた。所謂、破落戸に金を握らせ腹立った相手を襲わせる事もしていたのである。老若男女関係なくだ。
唯一、愛情を持って接していたと言えるのは両親だろうか。
そこまで人気になる事も無かった物語。続編が出る事は無く、アンナのその後を一人でどうなったのかを妄想するしか無かった。きっと両親から愛される家に帰り、使用人に対して鬱憤を晴らす程度の事はしていた事だろう。
傲慢にそれでいて美しいアンナ。
貴女の様に生きたいと思い新たに踏み出した一歩は、呆気なく終わってしまった様だけど。
そうか、私きっとアンナに生まれ変わったのね。感激していると共に小さな頭には許容範囲を超えてしまった記憶や情報が流れ込んだせいか意識が飛んだ。
「ァアンナーーーー」
意識を失った愛する宝石ちゃんを抱き締めて咽び泣く両親。早く医者をと慌てる周囲。
「此方です! 早く! 早く!」
侍女の一人が慌てて引っ張って来た若い医者は腕は確かだと評判の者だった。このローズ公爵家に囲われているのである。給金は平均より高いし時間が空けば外出も許される職場、まさに天職だと思っているビリーだ。
ひしっと抱き締められているぐったりとした幼子を見て、悪態をついてくる何時もとは違った様子に胸がザワリとする。
小生意気にフフンと胸を反らして精一杯の悪態をつくのだ。語彙力が無い為、レパートリーはとても少なく可愛らしく見えてしまう。
そんな小憎たらしくも可愛い、小さなお嬢様が力なくぐったりとしている様子に一刻も早く助けて差し上げなくては焦る。
「お嬢様!」
サッと駆け寄り、当主夫妻から壊れ物を扱う様にそっと預かりベッドに横たえて状態を確認していく。
まず、熱がべらぼうに高い。
「氷水! 早く氷水を準備して下さい! タオルも忘れずに」
サーッの数人の侍女が出て行った。
聴診器を当てて胸の音を聞いたり脈を計ったりとしていく。
「こうなる前に何か、おかしな様子はありましたか?」
「......忘れている様だったわ」
痛みを堪える様な表情で言われた言葉に一瞬戸惑う。
「どういう事でしょうか?」
「自分の名前も何も私達の事も分からない様子で」
「それは......」
熱せん妄? いや、先に記憶障害が起こっているから違うか。何か重篤な頭の病気? あの小さな体の中で何が起こっているのだろう。頭の病気は恐ろしい。まず治療法が何も無い。しかも若い場合は亡くなるまでの時間が短い事もある。
拾って貰った恩のあるローズ家の小さな、お嬢様を目の前に何も出来ない自身の不甲斐なさに打ちのめされる。しかし、言わねばならない。
「旦那様、奥様、可能性でしかありませんが......頭の病気かもしれません」
「頭の?」
「頭の病気であった場合、治す事は出来ません。殆どが改善される事無く.......」
ビリーは大きく息を吐き拳を握り込む。
「そのまま亡くなっています」
当主夫妻は息を飲み小さな体で荒く息を吐き苦しそうに時折呻く愛娘を見つめる。
「う、嘘よね? だってこんなに小さいのに、そんな、だって冗談でしょう? まだ5才よ? これから大きくなる所なのに」
「あくまで可能性の話ですが、心の準備は「ふざけるな!」
声を荒げた所を見た事等無く、温厚だと言われる当主は明らかな狼狽を滲ませながら怒鳴っていた。
どうしたら良いのか、横たわる現実を受け止める程の余裕も無く。只々無力感に苛まれ堪らず膝を着いて娘の小さな小さな手を握る。
「どうにか出来ないのか? こんなに小さい、まだまだ大きくなる筈だ。そうだろう? 昨日だって大好きな筈の菓子を私にも分けてくれて。元気に走っていたぞ?」
グルグルと世界が回っている様に思う。何か医者が話している言葉は意味を成さずに通り過ぎていく。コイツは何を言っているのだろう。
私の娘は死なない。そうだろう? あんなに元気だったのだ。死ぬ訳が無い。
ムーンライトノベルズの方で書いている作品なのですが、中々大人な雰囲気にならないので此方にも載せました。内容を今一度見直して駄目そうな所は変えていきます。
ストックが続く限りは毎日20時に1話ずつ投稿します。
宜しくお願いします。




