8.可愛いものはお好き?
案内されたお部屋は、広い部屋が1つながら浴室やお手洗いも別になっていた。
とりあえずポツンと置かれたベッドに荷物を放り、住民を紹介してくれるというクナトさんの元へ行く。
「お待たせしました」
よほどパパっ子なのか、エリュシュカさんはまだクナトさんに抱っこしてもらっていた。2人の後ろにはかぐやさんがおり、大欠伸をしている。彼も一緒に案内してくれるようだ。
「急だったものでベッドしか用意できず……これから買い足していきましょうね」
ニコリと笑うクナトさん。よくよく見ると私より少し年上くらいだ。それなのにもう子供がいるなんて人生それぞれだね。ちなみに私は書面上だけの婚約者がいたくらいである。
「かぐやさんのお部屋はどちらですか?」
「反対側の端。鍵は基本開いてっから好きに入っていいぜ」
どうやら取り繕うのは止めたらしく、大分おざなりな口調になっていた。うーん、本当にならず者にしか見えない。部屋に入る機会は果たしてあるのだろうか。
そんなやり取りを交わしつつ3階に上がると部屋が並んでいる。廊下の片側に4つだ。ドアプレートも何もないので、最初は誰の部屋か分からず苦労しそうである。
「今は2人しかいないんだけれど、夜にもう2人帰ってくるからその時にまた紹介しますね。まずは奥からっと」
クナトさんは奥から2番目のドアをノックした。
途端に室内から上がる「はぁい」という声。かなり高い声なので、恐らく女の人だろう。そう経たずに扉を開けたのは、やはり女の人だった。
「やぁリルハ、噂の入居者を連れて来たよ」
「まぁ!」
マリーさんより令嬢っぽい。目を輝かせて出て来た彼女を見てそんな感想を抱く。
アイスグリーンの長い髪に榛色の瞳。動きやすさを重視したデザインながら品の良いシンプルドレスは、流通が少なく高価とされているエンペラーグリーンの布で作られていた。私より年上だろうが、マンゴドラのぬいぐるみを持つ姿は可愛らしい。
何故マンゴドラ? 今にも鳴きそうなぬいぐるみを眺めていると、彼女の方から口を開いた。
「初めまして、レディ。お名前は?」
「マドイ・ハヤサーラ」
何故かかぐやさんが答えた。
宝石のような目を動かし、彼女は無言で抗議する。それを見つめ返した彼との間に気のせいだろうか、見えない花火が散った気がした。
もしかして仲が悪いんだろうか。でもクナトさんが相変わらずニコニコしているので特に問題ないのかもしれない。改めて名乗ろうとするも、それより早くかぐやさんが言う。
「まぁ一応勘当されているから今はただのマドイでいいんじゃね?」
「……そう。ではマドちゃん様と呼ばせていただきますわ」
なんだ、このやり取り。訳も分からぬまま愛称が決まり、頭に疑問符を浮かべる他なかった。やはり友好的に差し出される手を握り返すと、リルカハートさんはニコリと笑う。
「リルカハート・ヤノカ、と申しますわ。スーちゃん様からお話をお聞きしてからわたくし、ずっとお会い出来るのを楽しみにしていたんですの。わたくしのことは是非リルハと呼んでくださいな」
「リルカって言うと拗ねるんだ。安直な渾名で可愛くないんだって」
「成程」
ぬいぐるみといい、レースが着いた服といい、クナトさんの発言といい、彼女はどうやら可愛さに一言あるようだ。正直ちょっと長い名前だし、遠慮なくリルハさんと呼ばせてもらおう。
「よろしくお願いします、リルハさん」
「うふふ、まるでお人形のように可愛らしいですわ」
手を伸ばしたから何かと思ったが彼女は私の頭に手を置いた。小さい動きから判断するに、頭を撫でているらしい。撫でやすいようにちょっとだけ頭を傾ければ、彼女は嬉しそうに目を細める。
「マドちゃん様は可愛いものはお好き?」
「多分嫌いじゃないです。リルハさんが手に持っているそのぬいぐるみも、なんか呪われそうで面白そうですし」
是非マリーさんにあげたいぬいぐるみだ。いつもビーチェさんに可愛いドレスやら靴やら欲しいってお願いしていたし、きっと喜んでくれるだろう。それを聞いたかぐやさんが微妙な顔をした気がしたが、リルハさんはますます目を輝かせる。
「まぁ、それは良かったですわ! この子はアバケタブラと申しまして、わたくしお気に入りのぬいぐるみなんですの。時々夜になるとお歌を歌うんですのよ?」
「あぁ、だからミッちゃんが避難してくるんか……」
「歌を歌ってくれるんですか、それなら夜も怖くないですね」
頭を一通り撫でたことで満足したのか、リルハさんは私を引き寄せ頬擦りまでし始めていた。
ちなみにかぐやさんはますます微妙な表情を浮かべていたが、リルハさんは華麗にスルー。音もない静まり返った夜更けに聞こえてくる、マンゴドラの歌。うん、うっかり夜道を歩いていた人が聞いたら卒倒しそうだ。
「あぁ、本当に可愛らしいお方! そのうえスキルも高いなんて素敵、追放したご家族と学園長にはお礼を言いたいくらいですわ!」
「お礼ならおてがみ書くといいのー!」
「いいですね、きっと喜んでくれると思います」
新しいお家で早速やることが出来た。とうとうかぐやさんが天井を仰いだが、誰も同情していなかったので私も気にしないことにした。
「おっと、ユランにも挨拶しなくちゃいけないんだった」
エリュシュカさんを抱えたまま、クナトさんは器用に手を打った。ユランさん。館にいるもう1人の住人だろう。彼の言葉に私の頭を撫でていたリルハさんが言う。
「ユランちゃん様なら裏庭で庭弄りをしていましたわ」
「そういえば一緒に雑草抜いていたんだった。それじゃあマドイさん、外に行きましょうか」
「はい」
ペコリと会釈すればリルハさんは優雅に手を振ってくれる。
ちょっと不思議な人だけれど仲良く出来そう。無意識のうちに手を振り返し、私はクナトさん達の後を追った。
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