7.突っ込みどころ満載なのです
10分ほど歩き続けただろうか。
小道の片側が急に開けたかと思うと、茶色い建物が現れた。
「はい、到着。ようこそ『恋幸館』へ」
「ここが……」
この国では比較的珍しい、煉瓦作りの建物だ。ちょっとしたお庭もあり、建物近くでは父と娘らしき親子がしゃがみ込んで庭弄りをしている。あの人達も私の新しい同居人だろうか。
歩き始めたかぐやさんの後をついて行くと、気付いたのか娘さんの方がパッと振り向いた。
「あっ、おかえりなさいカーくん! 無事に合流できたみたいね!」
「おぅ、ただいまエリュシュカ」
まだ社交デビューもしていなさそうな幼さだ。娘さんの声に父親らしき男の人も振り向く。若い。垂れ目の所為か、かなりおとなしそうな印象を受けた。目が合ったのでペコリと会釈すると、男の人は品のある微笑みを返してくれる。
「おかえり、カグ。ちゃんと連れて来られて偉いね」
「初めてのおつかいじゃねぇんだけど?」
途端にかぐやさんの顔が呆れたものになった。
ちょっと荒っぽい口調。どうやらこっちの口調が素のようだ。男の人は気にした様子もなく軽く手を叩いて汚れを落とし、娘さんを抱き上げる。
「初めまして、クナト・ルタコサです」
器用に片手で娘さんを抱えながら、クナトさんは手を差し出してきた。
握手を求められたのは初めてだ。掌を太腿でゴシゴシしてから手を取れば、ひんやりと冷たい感触が伝わる。割とひょろっとしているし、色も白いから彼は室内職なのかもしれないな。ニコニコ笑うクナトさんを見つめ返していると、娘さんも手を伸ばしてくる。
「エリュシュカも、エリュシュカもあくしゅする!」
「はい、初めましてエリュシュカさん」
む、こっちの手は温かくて柔らかい。親子? といえどやっぱり違うものなんだね。
小さなお手々で握手をした彼女は満足したのか、クナトさんへしがみついていた。真っ直ぐ切り揃えられた黒髪がお人形さんみたいで可愛い。頭突きをしないよう1歩下がり、私は頭を下げる。
「今日からお世話になります、マドイ・ハヤサーラです。身体はともかく心は頑張って奉仕していきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします」
「スバらしい心がけですねぇ、ようこそ我が宗教団体『エリュシュカ万歳教』へ」
「おいヤメロ、お前が言うと冗談に聞こえねぇんだから」
クスクス笑っているところを見るに、冗談らしい。確かに真顔で言われたら信じてしまいそうな、不思議な雰囲気の人だ。仲良くなれそう。
「改めてようこそ、マドイさん。シェアハウス『恋幸館』へ」
花が咲くような笑みをクナトさんが浮かべた。
そういえば私に笑顔を向けてくれた人は凄く久しぶりな気がする。スクールでは噂の所為でお友達は出来なかったし、家族は言わずもがなだ。スーサ様からある程度の事情は聞いているだろうから異名も知っているだろうし、だとしたら余計に貴重である。嫌われないようにしよう。クナトさんが歩き始めたので、今度は彼に続いて歩き始める。
「スーからお聞きしているでしょうが、ここは様々なモノが共同で生活をしています。僕はそれをお手伝いする家長……そしてエリュシュカは家主です」
「なんと」
エリュシュカさんの方が家主。成程『異質』というのも頷けた。もっとも、普通に考えて幼女が建物を持っている訳がないので、多分クナトさんが本当の家主だとは思うけど。
「部屋は全部で8部屋あり、マドイさんで7人目になります。えっと、今空いているお部屋が2階の端か真ん中、3階の真ん中ですが……」
「2階の端がいいです。スリー端っこが揃うので」
「スリー端っこ? あぁ、大台ですね」
ふと建物を見上げると、今は2人しかいないようだ。
夜になれば会えるかな。そう思ったところで今の言葉に矛盾があることに気付く。私が7人目なのに、どうして8部屋しかない部屋が3つも空いているんだろう?
「あぁ、私達は近くのお家にすんでいるの!」
すると私の疑問に気付いたのか、エリュシュカさんが両手を合わせた。
「私達以外に今は6人住んでいるんだけど、そのうち2人は夫婦だから1部屋! だからクナトの頭がよわいワケじゃないのよ?」
「おぉう……さらっと毒を吐く」
「まぁ曰く付きと知って住む訳がないよねぇ」
可愛い顔なだけに辛辣さが際立っていたが、クナトさんは気にしていないようだ。それどころか聞き流せない言葉を紡いだ。曰く付き? まさかお化けとか出るのだろうか。
私の懸念を無邪気に笑い飛ばし、エリュシュカさんは言った。
「まっさかぁ! ただ傍にあった川を埋め立てて造った病院が廃病院になって取り壊され、その跡地に墓地が出来たんだけどそれもなくなって、その跡地に館を建てただけだけよ?」
「ありとあらゆる禁忌を踏み抜いているじゃないですか」
住民も異質なら館そのものも異質。
この先やっていけるか、ちょっと不安になった瞬間だった。
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