6.大丈夫か?
魂具車1台ギリギリ通れるほどの小道は薄暗く、そして人気がなかった。
メイン通りとは違って小道は石畳だ。コツコツ歩けば音が反響し、1人なのに1人じゃない雰囲気が味わえる。どのくらい響くのだろうと踵で石畳をリズミカルに叩けば、壁に当たった音が球体のように跳ねていった。
面白い道だ。『サイノ通り』じゃなくて『オトノ通り』にすればいいのに。人気がない空間は自然と心が解放される。人の目もないので大きく大きく伸びをすれば、今まで感じなかった強張りがゆっくりと解けていくのが分かった。
そういえばビーチェさん達は今頃どうしているのだろう。両脇の建物で細長くなった空を見つめ、ふと先日のやり取りに思いを馳せる。
昨日はそのままスーサ様に連れられ、彼女の別宅らしい所に泊めさせてもらったのだ。私の物を全て処分したという話は彼女も聞いていたらしく、ビーチェさん達とはロクに挨拶もせずに別れてしまった。せめてお世話になったお礼でもすればよかったと後悔する。
いや待てよ、別にお世話にはなっていなかったな。じゃあいいか。顔を覗かせては隠れる白い雲を眺めていると、小道の影の濃さが増した気がした。
日が陰ったのだろう。心の隅で思いながら『お礼を言うべき相手』についても思いを馳せる。
私を別宅に放り込むや否や、スーサ様はすぐにいなくなってしまったのだ。なんでも公務をほったらかして来たからなんとか……よくよく考えてみれば、特に何の説明もされていないね。これがいわゆる放置プレイ。
「まぁ、別にいっか」
少なくとも彼女は退屈なあの場所から連れ出してくれたのだ。会えるかは不明だが、今度会った時にでもお礼を言っておこう。お礼、大事。
ここまでの経緯を思い返した所為か、ようやく自由だという実感が湧いてきた。
学園から追放されたので退屈な先生のお話も聞かなくていいし、気味が悪いだの囁く使用人達の声を聞く必要もない。それどころか事あるごとに私のやりたい事を邪魔してくる家族はもういないのだ。つまりこれから私が何をしようが自由。お昼寝をしたり歌を歌ったり、スキル開発をしたりお散歩したりするのも自由。嬉しくなった私は荷物を地面に置き、両手を空高く突き上げる。
「自由、最ッ高ーーーー!!」
そう、こうやって叫ぶのも自由なのです!
相変わらずお空は細長い。けど、今の私には充分なくらい広く感じた。
このまましばらく解放感に浸るのも悪くはないが、私には目的がある。残りの余韻はシェアハウスに着いた後でゆっくり浸るとしよう。ひとまず満足した私は上機嫌で降ろしていた荷物を抱え、再び歩き出そうとする。
と、そこに人がいた。
「……」
「……」
「…………」
「……………………」
…………やらかした。
心底不思議そうに眼をパチクリさせる相手を見て察する。
まさか人がいるなんて思いもよらなかった。いや最初はいなかった筈だ。そういえばさっき影が濃くなった気がしたがアレはこの人の影だったのか。そうかそうでしたかマドイちゃんったらあまりの嬉しさに我を忘れていました。てへっ。
どんなスキルにやられた時よりも痛いであろう沈黙が無言で私を責め立てていた。落ち着こう、まずは心を開くのが一番。私は深呼吸をし、重い沈黙を破るべく努めて明るい声を出す。
「……わ」
「わ?」
「笑えばいいじゃないですか、ちょっとハメを外してイタい人になってしまいましたが何か!?」
黒歴史の爆誕である。努めて明るく――それでいて捲くし立てるように言った私に対し、相手は軽く小首を傾げて一言。
「笑っていいんか?」
「嘘です笑わないでください」
暴言悪口なら言われ慣れているので平気な私も、流石にここで笑われたら精神が崩壊する。頭を下げることで丁寧に懇願すると、相手は気付いたように声を上げた。
「ん、もしかしてマドイ・ハヤサーラさん?」
「? はい」
どうして私の名前を知っているのだろう。頭を上げ、目の前に佇む相手を見つめる。黒歴史の目撃者となった相手は男だ。年は私より確実に上だろう。色素の薄い髪と真紅の目はこの国では珍しいタイプだ。それどころか耳飾りが幾つも着いているし、和装ばかり着ているこの街で黒の軍服っぽいデザインの服を着ているから悪目立ちしそう。パッと見た感じ、闇社会で生きていそうだ。
もちろん彼とは初対面だ。今度は私が首を傾げてしまうと、彼は唇の端を吊り上げる。
「初めまして、俺はかぐや。今度からキミと暮らすことになった『恋幸館』の住人です」
恋幸館、目的地であるシェアハウスの名前だ。つまり同居人らしい。謎が解けたので、私はペコリと頭を下げる。
「それはそれは、こちらこそ初めまして。マドイといいます、不束者ですがよろしくお願いします」
「ちょうどキミを迎えに行くところだったんだ。入れ違いにならなくて良かったよ」
「そうですか、それはよかったです」
目を線にしてかぐやさんは微笑んだ。
うん、見た目は悪そうだけど中身は悪い人じゃなさそうだ。しっかり男の人だけど、仕草の所々に品が滲み出ているし。見た目だけ綺麗にしたマリーさんより彼の方が貴族っぽい立ち振る舞いだ。クルリと身を翻した彼の後に続き、私も荷物を持ってえっちらおっちら歩き始める。
「スーから聞いたんですけど、卒業資格を剥奪されたんですって?」
足音が2人分に変わるとまるで拍手をされているように周りから音が響いた。
彼の半歩後ろを歩いていると、かぐやさんの方から気さくに話しかけてくれる。スー。スーサ様のことだろうが、王女様をそんな風に呼ぶ人は初めて見た。これも下町ジョークってやつなのかな。
「えぇ、災難でした。そのうえお家から何も持たされずに追い出されそうになってたので、路頭に迷うところでした」
「それは災難でしたね、たかが魔獣を一掃したくらいで」
「あ、なのでなんの手土産も持たずに来てしまいました。お金なら少しあるので今から戻って何か買ってもいいですか?」
初めて行くお家には手土産を持っていくんだよ、と。言われたことを唐突に思い出した。
懐かしい、確かお母様が生きていた頃に一度だけお友達のお家に遊びに行ったんだっけ。ビーチェさん達が来てからはお外に出ることもあまり出来なかったので、今の今までうっかり忘れていた。私の言葉にかぐやさんは目を丸くし、そしてクスリと笑う。
「いや、気にしないでいいですよ。キミの事情はスーから聞いているので」
「そうですか」
「それにしても噂の『災厄聖女』とは思えない礼儀正しさだね。まぁさっきの様子を見る限り、マトモだとは思わないですけど」
「あれは忘れてください、一生」
私の噂、何処まで流れているんだろう。恐らく流れているであろう噂のどれもがマリーさんや使用人達によるものなので、似ても似つかないのは当然だ。というかさっきのやり取りをこの人の頭から消したいな。消せないかな、えい。
一瞬だけかぐやさんが目を丸くした気がしたが、彼はすぐさま面白そうな表情で私の顔を覗き込む。
「スーいわく、キミは何か特殊な体質があると聞きました。それが原因で義母達とも上手くいっていなかったとか……よければ教えていただいても?」
「体質というのかは分かりませんが」
影がもっと濃くなった気がした。
なんだかんだお昼を過ぎていたし、そろそろ逢魔が時になるのだろう。立ち位置の所為か彼の姿にも影がかかるなか、私は今まで『体質』と言われていたことを口にする。
「よく分からないんですけれど私……異質を惹き寄せやすいらしいんですよね。亡くなったお母様いわく、光属性の魂核は良くも悪くも全てを狂わせると言われましたが……」
「えっ?」
異質とはなんぞや、そんなの私の知ったこっちゃない。ただそれを目の当たりにした人々が口々に囁き、恐ろしい体質だと指差しただけだ。
けれどその言葉を聞いたかぐやさんは驚きと――今まで目にした人々とは違う、心配という感情が混ざった声を上げる。その理由を、私はすぐに知ることになった。
「うち……異質しかいないんだけど、大丈夫か?」
異質とは果たしてなんぞや。
先程とは違う沈黙が私達の間を満たすなか、影は徐々に徐々に濃く深くなっていたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
初回なのでキリの良いところまで公開させていただきました。次からは2~3話を目途に毎日投稿する予定です。
果たしてマドイの持つ『異質を惹き寄せやすい』体質とは?
「面白い」、「続きが読みたい」と思った方は、是非ブックマークや評価などよろしくお願いいたします!