4.災厄聖女は決意する
「シェア……ハウス」
「そっ、面白いからやってみないか?」
スーサ様はイタズラに誘うような口振りで『取引』を持ちかけた。
シェアハウス、この国では『共同生活』と述べた方が伝わりやすいだろう。読んで字のごとく、1つ屋根の下で不特定多数の相手が共に暮らす様式のことだ。取引と言われたからもっと凄いことを持ちかけられるのかと思っていたので、少々拍子抜けである。例えばアタシの元で働け、とか。
「……はっ、もしかして居住先で心身共に奉仕を求められるという」
「はっはぁ、チビのクセに想像力たくましいねぇ!」
既にお気付きかも知れないが、私は市井で流行っている娯楽本やら漫画が大好きなのだ。お陰で余計な知識が増えた気もするが、それはさておき。
「では何が取引なのですか?」
「この家を捨てな、マドイ・ハヤサーラ」
真剣味を帯びた瞳が私を見据えた。
「かつてこの国に嫁いできた和国の姫はスキルを用い、国に蔓延る魔を祓い命の源を与えたという。その姫の魂核こそ光の魂核さ。以来、この国にはごく稀に光の魂核を持つ者が生まれるんだが……」
「国の創建史上、初めて2人の光属性が同じ時代に現れたんですよね」
そのもう1人こそが階段から転げ落ちたイズメさんだ。ちなみにマリーさんの親友であるため、私が階段から突き落としたというデマも彼女が流したのだろう。だがそれがこの家を捨てるのとどう関係するのだ。ピンときていない私を見たスーサ様は「鈍いねぇ」と呆れ顔を浮かべた。
「卒業資格を剥奪された時点で、聖女はイズメに確定したも同然なんだよ。元よりアンタの魂核は強大過ぎる……清らか過ぎるがゆえに全てを狂わせるから『災厄聖女』だっけ? まさにアンタにピッタリの異名だ」
「お褒めいただき光栄です」
「ホメてねーけどな」
はっはぁと明朗な笑声を彼女は上げた。
成程、ここまで言われれば私も理解できる。今まで『聖女候補』としてある程度守られていた私は、正式に聖女が決まったため『ただ人』となったのだ。
しかしながら光属性は国の命運を分けると言われるくらい貴重であり、自分の物にしたい人は至る所にいる。その存在は内部だけとは限らないため、王女は自分の手元に置くことで国益を守ろうとしているのだ。
確かに幼い頃、他国の刺客やら妙な集団に攫われかけたことがあったなぁ。懐かしい。するといつからいたのか――いえ、最初からいたね。ビーチェさんが泡を食った様子で腰を浮かせた。
「お待ちくださいスーサ様ッ、それはつまりマドイを王宮預かりにすると!?」
「んあ? なんだ、いたのか奥方」
どうやら王女も存在を忘れていたようだ。
「正確にはアタシ預かりだけどな。そもそもアンタ等は彼女を勘当する気なんだろう? なら問題ないじゃないか」
「大ありですわっ! マドイの体質をご存知でしょう、この子は危険な存在なのですよ!? お傍においたらいつ貴女様に牙を剥くか……」
「ほぅ、その危険な存在を野放そうとしたワケか」
ニヤリと笑ったスーサ様の言葉にビーチェさんの顔がさらに血の気を失った。
青褪めを通り越していっそ卒倒しかねないほどだ。流石にちょっと心配にはなったが、スーサ様はそうでもないらしい。鼻で笑うと、私へ顔を戻す。
「それで? アンタはこの家を捨てる気はあるかい?」
浮かんだ笑みの真意に気付き、私は。
「えぇ、退屈しないのなら」
差し出された掌をしっかりと握り返した。
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